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その5
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当然ながら、リクとは会えずじまい。
メッセージが届いていたが、再生する気にはなれなかった。
「海柱の翌日というのに、浮かない顔じゃのう」
珍しく、おじーちゃんが現場に来ていた。
「もう、色々ありすぎて、頭の中ぐちゃぐちゃで、わけわかんない……」
「ほっほっ、若者らしい悩みじゃ。今はそれでええ。この暗黒海のように混沌をかき混ぜて答えを探ると良い」
それだけ言ってすぐに帰っていった。
「何だったんだろ。……暗黒海みたいに、か」
いっそのこと、海にでも飛び込んだら楽になるのだろうか。
この陰鬱な気持ちも、ごちゃまぜの感情も、全部全部海の底に沈めてしまえたら、それはどんなに心地良いのだろう。
退屈への逃避行は、こんなにもすぐそばにあったのだ。
海を覗き込んでいるうちにフッと、全身の力が抜ける。
「――あっ」
『おいバカ、危ないだろうがっ!』
あたしを繋ぎ止めたのは見た目によらず怪力な、手のひらサイズの小さな妖精。
――だけど、その声には聞き覚えがある。
「変身!?」
『どうせなら変身って言ってほしいなぁ』
『まだこの姿になるつもりは無かったんだけど、あまりに面白そうだからつい――おっと口が滑った』
口の悪さは瓶詰帆船の時と変わらない。
『こっちの海にゃ落ちても何も無いぞ。これだから若者は』
「え、いや待って。この状況を受け入れてるのもヤキが回ってたからで、冷静になると意味わかんない。何これ。自動人形……にしてはあまりに精巧だし、そもそも擬態する機械なんてあり得ない。……船ってのは、そういうもんなの」
混乱するあたしを見て考え込む仕草を取り、言った。
『導くための問いを一つ。なぁ、この天井の向こうには何があると思う?』
「は? 天井なんだからその先は何も無いわよ」
『天井の向こうにはもう一つの世界がある。ここと、ほとんど同じ世界。オイラはそこから来たんだ――ま、捨てられたんだけどね』
仮に、あっちを上の世界としよう。
上の世界にもあたしたちみたいな人間が暮らしていて、同じような文明が発展しているらしい。
瓶詰帆船は本来ごく近くの帯域に存在する者同士でしかやり取りできないが、たまたま上の世界と同座標に位置していたから受信できたのでは、とのこと。
向こうの方が随分と進んでいるように思えるけど、こいつに言わせるとそれぞれの世界に合わせてカスタマイズされているだけで、優劣はないみたい。
ただ一つ、大きく違う点は『海が上にある』こと。
だからあちらには海柱なんて概念は存在しない。
「意味わかんない。普通海は下じゃん。鏡の向こう側みたい」
『そいつは面白い考えだな』
船の姿よりも妖精の姿で言われる方がムカつくのは何でだろう。
『こっちの海は何も無いと言ったけどさ。じゃあ、あっち世界の海の向こうには何があると思う?』
「は? 知らないわよ知らないんだから」
そう言うと思った、みたいな顔してる。
ムカつく。
『海の向こうには、星がある。宝石のように光り輝く、星の海だ。オイラたち瓶詰帆船はそこを目指している』
「星の、海……」
『星の海を目指す瓶詰帆船。それがオイラたちの正式名称。ところで、あっちの世界の海のことを何ていうか知ってるかい』
「……?」
『空っていうんだ』
は。
知ってる。
その言葉を、あたしは知っている。
「あたしの名前……」
『そうだ。ソラ、これは運命だ。あの天井の向こう側、本物の空を取り戻す旅に出ようじゃないか。瓶詰帆船の口車に乗せられて、さ』
今、退屈が死んだ。
あたしの中で、音を立てて崩れ去った。
......
...
『メッセージを再生します――
あれから返事ができなくてごめん。
この周波数帯域も危険らしい。
もう今までみたいにメッセージは送れないかも。
ずっと海を見上げながら君を思っていた。
……ねぇ、君は。
君は本当に存在しているんだよね。
どうか。
信じさせてほしいんだ、ソラ。
瓶詰帆船に願いを込めて。
――』
......
...
『――
ハローハロー、こちらアジワ経済特区。
これはラストメッセージです。
リク、聴こえました。
届いていました。
これはラストメッセージです。
天気は晴朗、視界も良好、順風で――
ううん、視界不良で天歩艱難。
暗雲どころか海柱の直ぐ側に居るみたいな猛繁吹。
けれど、世界は本物のはずなんです。
あたしは存在しています。
そして、あなたも存在しているはず。
いつか必ず、会いに行きます。
瓶詰帆船に願いを込めて。
――』
---------
"UGS"より"ÆS"に告ぐ。
メッセージが届いていたが、再生する気にはなれなかった。
「海柱の翌日というのに、浮かない顔じゃのう」
珍しく、おじーちゃんが現場に来ていた。
「もう、色々ありすぎて、頭の中ぐちゃぐちゃで、わけわかんない……」
「ほっほっ、若者らしい悩みじゃ。今はそれでええ。この暗黒海のように混沌をかき混ぜて答えを探ると良い」
それだけ言ってすぐに帰っていった。
「何だったんだろ。……暗黒海みたいに、か」
いっそのこと、海にでも飛び込んだら楽になるのだろうか。
この陰鬱な気持ちも、ごちゃまぜの感情も、全部全部海の底に沈めてしまえたら、それはどんなに心地良いのだろう。
退屈への逃避行は、こんなにもすぐそばにあったのだ。
海を覗き込んでいるうちにフッと、全身の力が抜ける。
「――あっ」
『おいバカ、危ないだろうがっ!』
あたしを繋ぎ止めたのは見た目によらず怪力な、手のひらサイズの小さな妖精。
――だけど、その声には聞き覚えがある。
「変身!?」
『どうせなら変身って言ってほしいなぁ』
『まだこの姿になるつもりは無かったんだけど、あまりに面白そうだからつい――おっと口が滑った』
口の悪さは瓶詰帆船の時と変わらない。
『こっちの海にゃ落ちても何も無いぞ。これだから若者は』
「え、いや待って。この状況を受け入れてるのもヤキが回ってたからで、冷静になると意味わかんない。何これ。自動人形……にしてはあまりに精巧だし、そもそも擬態する機械なんてあり得ない。……船ってのは、そういうもんなの」
混乱するあたしを見て考え込む仕草を取り、言った。
『導くための問いを一つ。なぁ、この天井の向こうには何があると思う?』
「は? 天井なんだからその先は何も無いわよ」
『天井の向こうにはもう一つの世界がある。ここと、ほとんど同じ世界。オイラはそこから来たんだ――ま、捨てられたんだけどね』
仮に、あっちを上の世界としよう。
上の世界にもあたしたちみたいな人間が暮らしていて、同じような文明が発展しているらしい。
瓶詰帆船は本来ごく近くの帯域に存在する者同士でしかやり取りできないが、たまたま上の世界と同座標に位置していたから受信できたのでは、とのこと。
向こうの方が随分と進んでいるように思えるけど、こいつに言わせるとそれぞれの世界に合わせてカスタマイズされているだけで、優劣はないみたい。
ただ一つ、大きく違う点は『海が上にある』こと。
だからあちらには海柱なんて概念は存在しない。
「意味わかんない。普通海は下じゃん。鏡の向こう側みたい」
『そいつは面白い考えだな』
船の姿よりも妖精の姿で言われる方がムカつくのは何でだろう。
『こっちの海は何も無いと言ったけどさ。じゃあ、あっち世界の海の向こうには何があると思う?』
「は? 知らないわよ知らないんだから」
そう言うと思った、みたいな顔してる。
ムカつく。
『海の向こうには、星がある。宝石のように光り輝く、星の海だ。オイラたち瓶詰帆船はそこを目指している』
「星の、海……」
『星の海を目指す瓶詰帆船。それがオイラたちの正式名称。ところで、あっちの世界の海のことを何ていうか知ってるかい』
「……?」
『空っていうんだ』
は。
知ってる。
その言葉を、あたしは知っている。
「あたしの名前……」
『そうだ。ソラ、これは運命だ。あの天井の向こう側、本物の空を取り戻す旅に出ようじゃないか。瓶詰帆船の口車に乗せられて、さ』
今、退屈が死んだ。
あたしの中で、音を立てて崩れ去った。
......
...
『メッセージを再生します――
あれから返事ができなくてごめん。
この周波数帯域も危険らしい。
もう今までみたいにメッセージは送れないかも。
ずっと海を見上げながら君を思っていた。
……ねぇ、君は。
君は本当に存在しているんだよね。
どうか。
信じさせてほしいんだ、ソラ。
瓶詰帆船に願いを込めて。
――』
......
...
『――
ハローハロー、こちらアジワ経済特区。
これはラストメッセージです。
リク、聴こえました。
届いていました。
これはラストメッセージです。
天気は晴朗、視界も良好、順風で――
ううん、視界不良で天歩艱難。
暗雲どころか海柱の直ぐ側に居るみたいな猛繁吹。
けれど、世界は本物のはずなんです。
あたしは存在しています。
そして、あなたも存在しているはず。
いつか必ず、会いに行きます。
瓶詰帆船に願いを込めて。
――』
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"UGS"より"ÆS"に告ぐ。
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