流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

273. 混乱の最中

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「何ぃ!?」

 ヤリスの報告を聞いたグレバンは驚いて声を上げた。その声はあまりに大きく、周りにいた部下達は一体何事かと一斉にグレバンを見る。しかしグレバンはそんな周りの様子に気付く事なく、更に大きな声で「傭兵共が宮殿を襲うと申すか!!」と怒鳴った。その言葉に部下達はざわめき出し、セムリナも心配そうにグレバンを見る。ヤリスは周りからの視線を若干気にしながら「は」と答えた。

「こちらのコウ殿が申すに、いまだブロン・ダ・バセルはジェスタ様を狙っていると……」

 そう話しながらヤリスは後ろに立つ俺に視線を向ける。俺からも話してくれ、という事だろう。

 出発の準備が進む中、はたと気付いた俺は慌ててヤリスに事の次第を説明した。傭兵達がジェスタを狙っている。これは彼らに事前に伝えておかなければならない重要事。色々あってうっかり伝え忘れる所だった。ヤリスに話すと「すぐにグレバン様に!」と侯爵の所まで連れて行かれたという訳だ。

「傭兵達がそう言っていたので、間違いないでしょう」

 俺はヤリスの意図をんでグレバンにそう説明した。するとグレバンは「傭兵達がとは……どういう事か?」と眉をひそめる。

「南門に現れたんですよ、元ブロン・ダ・バセルだって連中が。そいつらが言うには、シャーベルとかいう部隊がジェスタさんの首を狙ってると……」

 そこまで話すとグレバンは「シャーベル!?」と再び大きな声を上げた。

「ナイシスタ・イエーリーか! 連中は取り分け凶暴な狼共だ……もたもたしてはおれん! すぐに宮殿へ向か……むぅぅ……」

 勢い良く振り返り宮殿へと視線を送るグレバン。しかし途端に口ごもった。すでに準備を終え出発を待っているセムリナが視界に入ったのだ。

(そうであった、殿下がご一緒だ……)

 顔をしかめ苦悶の表情を浮かべるグレバン。まぁ当然の苦悩だろう。「宮殿の警備は厚くなっています」と俺はグレバンに声を掛ける。

「事情を知ったダグベのミュラー将軍が五十の兵を宮殿へ回してくれました。城にも増援を依頼すると言っていたので守りは固くなっているはず……ラベン達もいますしね。あとは宮殿より安全な場所が他にあるかどうかですが……」

「では……城はどうか?」

「城は今一番危険な場所です。四方よりオークが押し寄せてますから」

「ならばやはり宮殿か……まぁこの辺をうろついているより遥かに安全……」

 グレバンは下を向くと低くそう呟いた。侯爵が一体何を懸念けねんしているのか、彼の立場を考えれば容易に想像がつく。一刻も早く宮殿へとせ参じ、あるじたるジェスタを守らなければならない。しかし攻められると予想される危険な場所にセムリナを連れて行くべきかどうか、という所だろう。

(ん……?)

 そんな事を考えていていると、いつの間にか顔を上げこちらをジッと見ているグレバンの視線に気が付いた。

「あの……何か?」

「コウ……と申したな。何者かと思っておったが……そなたが迅雷であったか」

(この人も知ってるのか……)

 この恥ずかしいあだ名、一体どこまで広まっているのやら……若干うんざりとし、同時に気恥ずかしさを感じながら「まぁ……そんな風に呼ばれている事もなくはない様ですが……」などと歯切れ悪く返答する。するとグレバンはおもむろに右手を左胸に当てた。

「ジェスタ様への力添え、並びに此度こたびの助太刀……貴殿の尽力に心より感謝致す」

 驚いた。侯爵という立場の人がこんな若造にここまで丁寧な謝意を伝えた事にだ。俺は慌てながら「いえ! そんな大袈裟な……」と両の手のひらをグレバンに向ける。さすがはジェスタが信頼を置く人物か。己の立場にあぐらをかく様な人ではなさそうだ。好感の持てる人格者といった所か。するとグレバンは「大袈裟なものか」と言いながら右手を下ろした。

「ジェスタ様よりの書簡に記されておった。コウ・サエグサと出会えた事は何よりの幸運だった、お陰でこうして生き延びている、とな」

(だから大袈裟だって……)

 俺一人の力でどうにかなんてなるはずがない。ノグノさん達皆が凄いのだ。なのにそんなに持ち上げられると何だかこう……俺は話題を変えようと「感謝されるのは嬉しいですがまだ早いですよ」と返す。

いまだ危機の真っ只中……まだ何も終わっちゃいません」

「ふむ……そうだな、その通りだ。で、迅雷殿はこのまま宮殿まで同行してくれるのだな?」

「もちろん、そのつもりです」

「それは有り難い」

 どこか満足そうにそう話すグレバンに「ならばそろそろ参りましょう」と背後からテムが声を掛ける。

「グレバン様、怪我人の治療が終わりました。そろそろ出発可能です」

「よし、では出発だ」

 そう宣言するとグッと胸を張るグレバン。そして「殿下、準備はよろしゅうございますか?」と話しながらセムリナの側に寄る。セムリナは「ええ、いつでも」と答え、不意にフッとこちらに視線を向けた。

(……!)

 バチッと目が合った。というより……睨まれた? しかしセムリナはすぐに視線を外してくるりと後ろを向いた。何だかモヤッとする……するとテムが俺の腕をポンと叩く。

「魔導師殿、気にするな。貴殿に非はない。あとでセムリナ様にも話しておくゆえ……」

 軽く笑いながらそう話すテム。こちらを気遣ってくれている。俺は「あぁいや、大丈夫。問題ないよ」と返す。侯爵といいテムといいノグノさん達もそうだが、どうやらジェスタの支持者は皆良い人達ばかりの様だ。これはやはり類は友を呼ぶ的な事なのだろう。ジェスタ自身が良い人だから、そういう人が集まるのだ。

「コウ」

 不意に呼ばれた。そうだ、こっちの話も途中だった。

「デンバ、終わった?」

「ああ。ようやく手が空いた。さっきの続きだか………もう出発だな。移動しながら話す」


 ◇◇◇


「いなくなったって……いつ?」

「一ヶ月……いや、もう一ヶ月半か」

「……急に?」

「そうだ、荷物もそのまま。お前かゼルに会いに行ったと思った。ここに来る前アルマドに寄ったが、ゼルは来ていないと言っていた。だからお前を追って来た。だが……」

 デンバは走りながら横に並ぶ俺を見る。

「その口振りでは会っていないな」

「ああ、ここじゃ見てない。でも荷物もそのままって……どこ行ったんだ……」

 セムリナ一行の最後尾、俺は走りながらデンバがここにやって来た理由を聞いていた。と、一行の足が止まる。幸いにもオークに遭遇する事もなく、無事にデバンノ宮殿に到着した。

「止まれ! 貴様ら何者か!」

 避難者でごった返す宮殿を背に、正門前に立っていた数人の衛兵は慌てる様に入り口を塞ぎ次々と剣を抜いた。帯剣した大勢の剣士が突如押し寄せたのだ、もしや危惧きぐされていた傭兵共かと、彼らがそう警戒しても何らおかしくはない。すると一行を先導していたドーギンが彼らの前に進み出る。

「第三大隊所属のドーギンだ! イオンザの姫君一行をお連れした!」

 衛兵達は名乗ったドーギンの襟元えりもとに付いている階級章を見る。そして間違いなく彼がダグベ軍人である事を確認し、ようやく突き出していた剣を静かに納めた。

「では……そちらの御方が……?」

 衛兵達のいぶかしげな視線がドーギンの後ろに移る。セムリナはそんな不快な視線など全く意に介さず、スッと前に出てドーギンの隣に並んだ。

「セムリナ・イオンザ・エルドクラムと申します。我が弟ジェスタルゲインがこちらで世話になっていると聞き会いに参りました」

 全身ずぶ濡れでドレスも膝辺りから破れている(本人がナイフで裂いたのだが)。ぱっと見そんな感じには見えないが、堂々とした喋り口調に品を感じさせるたたずまいや所作しょさから、これは本物の貴人であると判断した衛兵達。慌てる様に敬礼すると「たた大変失礼致しました!」と謝罪する。すると彼らの背後から「セムリナ様!」と声がした。

「セムリナ様! ようこそおいで下さいました!」

 敬礼する衛兵達を押し退ける様に現れたのは数人の別の兵。ただし身に着けている兵装が違う。彼らはジェスタと共に傭兵の襲撃を受け、幸運にも生き残ったイオンザ兵だった。

「貴方達は……ジェスタの麾下きかの者達ですね」

「は! ジェスタ様と共にマンヴェントにてお世話になっております!」

「そう……良くぞジェスタを守ってくれましたね、礼を申します。そして良くぞ生き残りました。貴方達のご家族も誇りに思う事でしょう」

 思いがけぬ王女からの言葉にイオンザ兵達は感激し「そんな……勿体もったいなきお言葉にございます……」と言葉を詰まらせる。更にセムリナは再びダグベ衛兵達に視線を向けると「ジェスタ共々、我が国の兵をかくまって頂き改めて御礼を申し上げます」と右手を左胸に当てる。驚いたダグベ衛兵達は改めて敬礼し直し「めめ、滅相もございません!!」と恐縮しきり様子だ。そして正門近くにいた避難者達は一体どこの偉いさんが来たのかとざわざわし始める。

(ふ~ん……ちゃんと王女なんだ)

 そんな正門前の様子を後方から眺めていた俺はどこか上からの目線でそんな感想を持った。俺の彼女に対する印象は、先程の失言騒動があったお陰でお世辞にも良いと言えるものではない。それが一言二言話しただけでダグベ兵達が最敬礼し、同時に周囲の耳目じもくを集めているのだ。最低限王族としての振る舞い方は身につけているのだなと、そんな偉そうな感心の仕方になっても致し方ないと思う。と、そうこうしている内に他の衛兵や騎士が次々と正門付近に集まって来た。

「どけ! 道を開けろ!」
「もっと開けて下さい!」
「下がって! ほらそこの! もっと後ろに!」

 そして群がる避難者達の整理を始め、瞬く間に左右を野次馬の避難者達に挟まれた宮殿エントランスまで続く一本の道が出来た。

「セムリナ殿下並びに御一行様方、どうぞこちらへ。ジェスタルゲイン殿下のお部屋までご案内致します」

 セムリナの前へ進み出た一人の騎士が敬礼しながらそう述べる。セムリナは「有難う」と礼を言い一歩踏み出した。しかし彼女のかたわらに立っていたグレバンが「殿下、少々お待ちを」とセムリナの歩みを止める。

「騎士殿、済まぬがジェスタ様にお会いする前にセムリナ殿下のお召し物を替えて差し上げたいのだが。さすがにこのお姿では……」

「確かに……これは気が付きませんで申し訳ない、すぐにご用意させます」

 騎士はグレバンにそう告げると、不審な者はいないかと避難者達を監視している部下に「おい」と声を掛ける。

「殿下は着替えをご所望だ。給仕の女を呼んで用意させろ」

 騎士の命令に「は!」と返事をすると部下はすぐさま宮殿へと走る。騎士は再びセムリナらに視線を向けると「すぐにご用意させます、皆様は一先ひとまず中へ。雨も強くなって参りましたゆえ……」と言いながら右手を宮殿へ向ける。

「では殿下、参りましょう」

「ええ」

 騎士にうながされセムリナ達は宮殿へ入る。最後尾にいた俺は横に立つデンバに「俺達も行こう、ジェスタに紹介したい」と声を掛ける。するとデンバは「ふむ……」と言って辺りを見回しながら何やら考える仕草を見せた。

「デンバ?」

「……コウ。ジェスタとは誰だ?」

「…………ん?」

「あのドレスの女……セムリナといったか。殿下と呼ばれていた所を見るとどこぞの王族だとは思うが……コウ、お前はこの国で何をしている?」

「ひょっとしてデンバ……事情知らない?」

「全く分からん。オークと戦闘中ヤリスと知り合い、頼まれるがまま手を貸しここまで来たが……全く分からん」

「あ~……なるほど……」

 何という事でしょう。当たり前の様に怪我人を治療し、そして当たり前の様にこの場にいるデンバ。しかし全く事情を知らないと言う。エス・エリテで出会った頃と同じ様にデンバは相変わらず表情が薄く飄々ひょうひょうとしている。だがその裏では実は疑問で一杯だったらしい。これは説明してやらねば。

「ジェスタは俺の目的地、イオンザ王国の王子だ。とある事情で追われていて、俺はジェスタに手を貸している。で、セムリナはジェスタの姉、イオンザの王女だ。こっちもどうやら色々あったそうで、ジェスタの支持者達と一緒にこの国に……」


 ボン!! ボンボン……


 突如響く大きな爆発音。近い。宮殿全体がビリビリと揺れている。「うわっ!?」、「キャッ!」などと爆発に驚く声が敷地内のあちこちから上がった。

(何だ……!?)

 反射的に俺は周囲を見回した。すると宮殿の北と東、この正門から見るとちょうど宮殿の裏の辺りからもくもくと黒煙が立ち昇っている。

(攻撃か!?)

 このタイミングで事故による爆発などとは考えにくい。宮殿が攻撃を受けたとするのが自然だ(それが自然というのも本来おかしな話だが)。当然予想されるのはブロン・ダ・バセルの襲撃。だが宮殿には敷地ごとすっぽりと防衛の為のシールドが張ってある。外からの魔法攻撃はシールドによって弾かれるはずだ。だが黒煙は明らかに敷地内、もっと言えば宮殿から直接立ち昇っている様に見える。宮殿の外壁を攻撃されたのではないか。と言う事は……

「クソッ! 外じゃない、中からの攻撃だ! 不審者を探し出せ!!」

 騎士の一人が叫んだ。そうだ。敵は外から攻撃したんじゃない。中……敷地内から外壁に魔法を放ったのだ。避難者に紛れて敵が侵入している。

「何だ!?」
「攻撃だと……?」
「ちょっと待て……ここ危ないんじゃ……」

 にわかに避難者達がざわめき始める。彼らのつのらせる不安は徐々に周りに伝播でんぱし、そして加速度を増して広まってゆく。

「落ち着け! 大丈夫だ!」
「まだ何があったかは分からない!」
「その場から動くな! 冷静に!」

 衛兵や騎士達は避難者達を落ち着かせるべく声を掛けて回る。しかしまるで火に油を注ぐ様な、最悪な内容を伝える声が響いてきた。

「敵襲!! 傭兵だ!! 宮殿内に突入された!! 警備隊は宮殿内へ向え!!」

 一瞬の静寂。そしてすぐにまた、今度は先程よりも大きなざわめきが場を包みこんだ。

「敵……敵襲って……オークか?」
「傭兵って言ったぞ! センドベルの傭兵か!?」
「センドベルだ! センドベルが攻めてくるぞ!!」

 虚実きょじつ入り混じった情報が飛び交う。そして避難者達はパニックにおちいった。どこへ向かえば助かるのか、彼らは敷地内を右往左往しながらあるいは宮殿へ、あるいは敷地の外へ出ようと走り出す。

「騎士団所属の者は宮殿内へ!! それ以外はここで避難者を抑えろ!!」

 騎士の一人が叫んだ。そしてそれが更に混乱に拍車を掛ける。

「避難者を抑えろってどういう事だ!!」
「騎士共! 自分らだけ助かるつもりか!!」
「ここにいたら死ぬぞ! 早く逃げろ!!」

(これ……まずいぞ……!)

 正門前にいた俺には敷地内の混乱振りが良く見えた。宮殿内に逃げ込もうとエントランスに押し寄せる人々と、それを阻止しようとする兵達の揉み合いが始まる。そしてこの正門にも、宮殿の敷地から外に出ようとする人々が迫る。

「デンバ! 俺は中に入る! デンバも一緒に……デンバ?」

 このままでは人波に飲まれ身動きが取れなくなる。今の内に宮殿内へ入ろうとデンバに声を掛けるが、しかしデンバはどこかあらぬ方向を見ながら立ち尽くしている。そして小さく「……いた」と呟くや俺の腕を掴むと迫り来る人波に突っ込んでゆく。

「ちょ……デンバ! どうした!?」

「いた……間違いない」

「いたって誰が!?」

 混乱極まる状況下でデンバの目がとらえたもの。それは人々の隙間を縫う様にするすると移動する大小二つの影だった。その二つの影は北西側の宮殿壁際まで行くと、シュッと壁を登り二階バルコニーの奥へ消えた。間近にいたならば恐らく気付かなかっただろう。背が高く、更に遠目から俯瞰ふかん的に見ていたデンバだからこそ気付いた影だった。そしてその二つの影が壁を登る時、あとに続く小さな影が羽織はおっている真っ黒なローブのフードから、わずかに覗いたその横顔をデンバは見逃さなかった。

「メチルだ」
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