流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

264. 共食い

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「貴様ら! 何をほうけている! 敵はまだまだいるんだぞ!!」

 イベールは前に進み出ると戦場へ向け大声で叫ぶ。信じられない光景に呆然としていた兵達は我に返った様に一斉に動き出した。そんな様子を無言で見ていたミュラー。その視線を治癒師の治療を受けながら、同じく無言で戦場を見つめるロナに向ける。

「嬢ちゃんあんた、ジェスタルゲイン殿下の側近だってな。奴もそうだと……知っとったのか、あれを……」

「いえ……」

「あれは屍術しじゅつではないのか?」

「…………」

 ロナは無言だった。ミュラーは「……ふん」と鼻を鳴らす。

屍術師しじゅつしが殿下の側近とは……大いに問題があると思うがな」

 ミュラーはそう話すと腕を組み視線を戦場へと戻す。相変わらず死者が生者に襲い掛かるというおぞましい光景が繰り広げられている。それが人ではない、というのがせめてもの救いか。死んだ部下達を使役されていたら、怒りでどうにかなってしまっていただろう。

「終わりました」と治癒師がロナに伝える。ロナは「ありがとう」と微笑み、少し間を置くと静かに口を開く。

「あのバカ軍人……イベールが珍しくまとも事を言っていました。力は単に力だと」

「あぁ……正邪はその力を振るう者にある……か。分からん理屈ではないが……では奴は正しき者か?」

 ミュラーはそう問い掛けチラリとロナを見た。ロナは戦場を見ながら少し考え込む仕草を見せる。

「正しくは……ないでしょう。本当に正しい人はどんな理由があれど人を殺しません。そういう意味では、ここにいる誰もが正しくはない……」

「まぁ……な。ならば質問を変えよう。今後あんたらは奴を……屍術師しじゅつしをどうするつもりだ?」

 ミュラーは再びロナに目をやる。ロナは少しムッとして「彼が屍術師と決まった訳ではありません」と答える。

「けど仮に屍術師だったとしても……別にどうもしません。私達は勿論きっとジェスタ様も、あぁそうなんだと……そう思って終わりでしょう」

 その言葉はミュラーにとっては理解しがたいものだった。「何を馬鹿な!」とミュラーは思わず声を荒らげる。

「あんたが生まれるずっと前の話だ、だが知らん訳ではあるまいよ。屍人しびと部隊に攻められたファンダンは実に領土の十分の一を失った……センドベルの凶行を……あんたの国も痛烈に批判した!」

「勿論知っています。あれをいくさと呼んではいけないと……それくらいひどい行為だと……」

「では何故なぜだ!!」

 怒鳴るミュラーとは対照的にロナは落ち着いた口調で「簡単な事です」と言う。

「私達は皆、彼を信頼しています。彼が力を振るう時は誰かを助ける時……短い付き合いですが、私達は彼をそう理解しています。彼が何者であろうとそれは変わりません」

 ロナは真っ直ぐにミュラーを見てそう話した。ミュラーは呆れる様に「……分からんな」と吐き捨てた。

「あれは絶対に許してはならん力……認めてはならん存在だ。あれの恐ろしさを、あれのおぞましさを、この目で見ているわしらの世代は特に強くそう思う。奴が屍術師ならば世の反発は想像も出来んぞ。それでもなお……信頼すると?」

 ロナは軽く笑みを浮かべ「勿論です」と即答した。

「彼は……コウ・サエグサは信頼に足る魔導師・・・です」

 ミュラーは下を向き「ふぅ……」と息を吐いた。そしてついさっきイベールが放った言葉を思い出した。

 邪悪な力で救われたら、それは悪しき事なのか。

「ミュラー将軍! 右手南西方向! 新手です!」

 突如響く部下の声にミュラーは「何ぃ……!?」と顔を上げる。南西の通りから続々と姿を現す大きな影。新たに四、五十体程のオークが広場に現れた。ミュラーは「チィッ!」と大きく舌打ちするとすぐに戦場を見回し指示を出す。

「中央の兵を右へ! 南西の新手に備えろ!」

 そして指示を出した直後「……クソッ!」と感情を吐き出した。左翼から中央は兵を減らしても構わないと、ミュラーはそう判断した。いや、判断出来てしまった。そこでは死んだはずのオーク達がその圧倒的な力で数の差をくつがえし始めていたのだ。いままわしい力が敵を鎮圧しようとしている。その事実にどうしようもない腹立たしさを感じたのだ。

「良いか! 絶対にほりには近付けさせるな! 絶対にだ!!」

 大声でミュラーの指示が飛ぶ。その声を聞きながらロナは左肩を大きくぐるりと回した。痛みはない。「よし……」と呟いたロナはイベールの側まで歩み寄る。

「おいバカ軍人!」

 イベールは「チッ……」と舌打ちすると面倒臭そうに振り返る。そしてロナを睨みながら「何だ脳筋……」と返事をした。

「剣貸して」

「…………はぁ!? 何故なぜ貴様に貸さねばならん!」

「剣がない。だから貸せ」

「だから何故貴様に貸さねばならんと言っている!」

 イベールはそう怒鳴ると腰に下げている剣を守る様に身をよじりながら左手で剣のつかを握る。

「あんたここでわめいてるだけなんだから使わないでしょ! 減るもんじゃなし……貸せ!」

 そう怒鳴り返すとロナはイベールの剣に手を伸ばす。イベールはその手をパシリと叩くと「貴様剣をなくしてるだろうが! 減ってるだろうが!」と反論。「ごちゃごちゃいいから! 時間ないの!」とロナは強引にイベールの剣を掴みその身体から引きがそうとする。

「何する! 離せ!」

「うるさい! 貸せ!」

 わちゃわちゃと醜い攻防を繰広げる二人。そんな二人のやり取りを見たミュラーは「ハッ!」と笑うと「嬢ちゃん、これ使え」と自身の剣をベルトから抜いてロナに向けて差し出した。

「え……いいんですか……?」

「わしが持っとっても使えんからな」

「使えない?」

「剣抜いて前線に立とうもんならすぐさま部下に止められる……全く、すっかりジジィ扱いだ。ほれ、持ってけ」

 ロナはミュラーから剣を受け取るとスッと静かに抜いた。それは白鉄はくてつで打たれた真っ白な美しい剣だった。ロナは角度を変えながら剣身けんしん、そして刃を見ると、重さを確認する様にゆっくりと手首を返しながら剣を振る。そして「すごい……いい剣……」とぼそりと呟いた。

「抜く事がないとはいえ手入れは欠かしとらんからな。折っても何しても構わん、あんたの手ぇ貸してくれ」

「……では遠慮なく。ありがとうございます」

 ロナはミュラーに礼を述べると剣をさやに戻し、グッと腰のベルトに差した。そしてチラリとイベールを見ると「さすがは将軍、下っ端くんとは大違い」とあざける様に皮肉を一言。「んな!? 貴様ァ……!」と怒るイベールを無視して新手のオークに向かい走り出す。

「……随分と甘やかしたものですな。ご自身の剣など与えて……」

 イベールは恨めしそうにミュラーを見る。ミュラーは「ふん」と鼻を鳴らした。

凍刃とうじん殿に師事しとる出来る剣士なのだろう。さっき貴様がそう言っとった。ならば当然戦力として数えるだろうが」

 そう話すとミュラーは改めて戦場を見回す。そしてギリッと奥歯を噛んだ。到底受け入れる事など出来ない力。だがその力が戦況を好転させたのも事実。「ふぅ」とミュラーは息を吐き、もやもやとした気持ちの悪さに一先ひとまず蓋をする。

「おい……あのオークを右翼へ展開させる様伝えろ」

 ミュラーはイベールにそう命令すると、すぐにその場を離れ右翼の指揮へ向かう。イベールはミュラーの後ろ姿を睨みながら「言われなくても……」とぼそりと呟く。

「魔導師ぃ! 右に新手だ! そいつらを右へ展開させろ!!」


 ▽▽▽


「ハァッ!」

 ドンと踏み込み一気に距離を詰めると掛け声と共に強力な一突き。すぐに距離を取り攻撃を回避すると再び飛び込み剣を振るう。重過ぎず軽過ぎず、自在に取り回せる素晴らしい剣。初めて握ったとは思えない程しっくりくる。縦横に立ち回るロナはミュラーから借りた剣に酔っていた。
 だがロナがこうして戦えるのは、何よりミュラー隊の練度が高いからだ。混乱を極めるこの戦場にいて、それでもなお隊としての動きをしようという意志が見える。魔導兵や弓兵の援護があり、それに合わせて攻撃を繰り出す兵達。てんでバラバラに展開していた寄せ集めのイベール隊の左翼よりも、こちらの方が戦いやすいとロナがそう思うのは自然な事だ。だが惜しむらくはやはり、数が少ない事か。

「クソッ……! 抜けられた!!」

 兵の一人が叫ぶ。数の差が出たのだ、押さえきれなかった。ミュラー隊の攻撃をものともせず、三十体程のオークが次々と後方へ抜けてゆく。そしてその姿はミュラーにも見えていた。

「仕留めろ!! 何としても!!」

 すかさずミュラーは声を上げる。オークを止めようとあとを追う兵。城壁上からも矢が飛ぶ。しかしミュラーの指示もむなしくオークは次々と城壕しろぼりへ飛び込んだ。

「弓兵!! 矢を絶やすな!! ほり続けろ!!」

 ミュラーは城壁上の弓兵隊に叫ぶ。しかし弓兵達は互いの顔を見合わせた。何とも拍子抜けだと、弓兵達はそう思った。見た所攻城兵器のたぐいは持っていない。それでどうやってこの堅固けんごなレクリア城を落とすつもりなのか。などと考えながら矢を放っていると、なんと連中はそのままほりに飛び込んだのだ。あの重そうな装備で濠に飛び込むなどただの身投げ、入水自殺だ。一体連中は何がしたいのか。
 その様な思いがあったがゆえに、弓兵達はミュラーの指示に即応出来なかった。だがすぐに弓兵達の顔色が変わる。ザバザバッとオーク達は水面から顔を出した。そしてゆっくりと城壁へ向け進んで来る。

「!? は、放てぇ! 放てぇ!!」

 弓兵達は慌てて矢を放ち始める。ミュラーは「遅いわァ!!」と怒鳴った。

(思った通りか……ここで仕留めねば追い込まれる……!)

 だが雨の降る夜だ、どうしたって狙いの精度は落ちる。ミュラーの思いとは裏腹にオークは止まらない。その内に城門の少し西側まで近付いたオークはジャバッと大鎚ハンマーを振り上げ、ブゥンと城壁に思い切り打ち付けた。

 ドン……!

 鈍い振動と揺れは城壁上にも伝わってきた。如何いか堅固けんごな城とはいえ、これを続けられたらさすがに城壁が崩れるのではないか。弓兵達は青ざめた。

「し……仕留めろ!! あれを止めろ!!」

 弓兵隊の部隊長は叫んだ。だがいくら真上から矢をろうとも、その矢はオークのヘルメットや肩当てに当たりカンカンと音を鳴らすだけだった。そうこうしている内にも二体、三体とオークは次々城壁に取り付く。

「えぇいっ! クソッ!!」

 ミュラーは苛立ち思わず声を上げた。懸念した通りの状況になってしまった。あの巨体ならば濠を渡れるかも知れない。そして城壁に取り付かれたら、こちらの打つ手がなくなってしまう。あの頑強な肉体と装備は半端な攻撃など受け付けない。仕留めようと思うのならば接近して剣を突き立てなければならないが、濠にいる限りはそれも難しいだろう。

 崩れた城壁。そこへなだれ込む巨体。炎に包まれる城。その時、ミュラーの脳裏に浮かんだのはそんな最悪の光景だった。

 高々たかだか二、三十の敵が城壁に取り付いたに過ぎない。なのにこの圧はどうだ? 圧倒的な力で押し寄せ、一度ひとたび城に取り付いたら自身が攻城兵器と化して機能する。なんとシンプルで単純、しかし効果的な城攻めか。

「弓兵っ!! 魔導兵っ!! ありったけ撃ち込めぃぃぃ!!!!」

 にわかに広がる不安を打ち消すがごとく、ミュラーはあらん限りの声を振り絞り指示を出した。敵はどれ程いるのか。どれ程街に入り込んだのか。他の門は、城壁はどうか。何が何でもしのがなければならない。何が何でも防がなければならない。

 落城など冗談ではない。


 ▽▽▽


「弓兵っ!! 魔導兵っ!! ありったけ撃ち込めぃぃぃ!!!!」

 ドン、ドンと鈍い音が響く中、一際大きな声の指示が聞こえた。敵が城壁に取り付いた様だ。

「どうする!?」
「隊長! 後方へ援護に……」
「ダメだ! 勝手に持ち場を……」

 死んだオーク達が展開し始め少し余裕が出てきたからだろう、右翼の兵達は戦いながらそんな相談をし始めた。ここを抜かれたが為に起きてしまった事態だ、何とかしなければと考えるのは自然の事か。
 そんな中、ロナは一人ブレずに集中していた。敵はまだいる。ここで仕留めなければ連中は城へ向かい、更に城壁が危うくなる。自分の役割はここの敵を排除する事、今はそれに徹していれば良い。そして何より、ロナは後方に一切の不安を感じていなかった。

(大丈夫、コウが何とかしてくれる……!)


 ▽▽▽


 ドン、ドンドン……カン、カカカカン……ボン、ボンボンボン……

 重く響く城壁を打つ大鎚ハンマーの音と、装備に弾かれけたたましく・・・・・・鳴る矢尻の音。それと辺りを照らしながら黒煙を上げる着弾した魔法の音。その三つの音だけが城門前に響いていた。

てっ! てっ! てぇぇぇ!!」

 ミュラーは兵を鼓舞する様に声を上げ続ける。しかし一向にオーク達は倒れない。

(クソ……クソッ!! これ以上は……!!)

 ミュラーは焦っていた。モタモタしていれば更に敵の数は増える。どうにかここで……

「ミュラー将軍! お退き下さい!!」

 不意に背後から声が聞こえた。イベールだ。「何を……!」と振り返るミュラーは瞬間息を呑む。ドスドスと地面を鳴らし、ジャバジャバと水を撥ね上げ、オークの集団がこちらに向けて突進してくる。ミュラーは咄嗟とっさに腰に手を伸ばすが、しかしそこに剣はなかった。いや、あった所でどうだと言うのか。それにあれは、敵ではない。

「回避だ! 回避しろ! 踏み潰されるぞ!!」

 ミュラーは周りにいる兵達に呼び掛ける。そして自身も慌てて脇へ避けた。そんな彼らの前を走り抜ける血塗れのオーク達は、ミュラーのいた跳ね橋前まで来るとザブン、ドボンと次々濠へ飛び込んだ。そして城壁に大鎚を打ち込むオーク達に襲い掛かる。

 腕を掴み、大鎚を奪い、首筋に噛み付き、頭を押さえ、水中へと沈める。

 ジャバン、ジャバジャバと激しく波立つ水面。だが押さえ付けられたまま頭は上げられない。そして程なくして波は収まる。装備が重いのだろう、水面には浮かんで来ない。

 目の前で繰り広げられるオーク同士の異様な殺し合いに言葉を失い、弓兵も魔導兵もいつしか攻撃の手を止めてしまった。「まるで……共食いだ……」と弓兵の一人がそう呟いた。

「これが…………戦だと…………?」

 ミュラーは呆れ、なかば笑う様に呟いた。奪い、犯し、ね、さらす。戦とはくもおぞましくむごたらしい、血と泥にまみれる陰惨いんさんなものだ。だがこの戦はそれを超えている。超えてはならない一線を超えてしまっている。死者はただ死者であるべきだ。生者を溺死させようと水に沈めるなど、言い方はおかしいがこんなのがまともな戦であるはずがない。これはまともな陰惨いんさんな戦ではない。

「これが…………戦などと…………」

 ミュラーは再び呟いた。今度はその異様な光景を睨みながら。
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