流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第1部 欺瞞の魔女

212. 仇

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「おい聞いたか」と言いながら男は手にしたフォークをブスリと肉に突き刺す。

「カーン隊、ガタガタにやられたってよ」

「おう、聞いた……ぞっ」と言いながら向かいに座る男は見るからに固そうなパンをグイッと千切ちぎる。

「いくらか生き残った連中もとっ捕まっちまったんだろ? これであのイカれた王子様が黒幕だってのがバレちまうな。なんせあの根性なしのカーン隊の連中だ、口割るに決まってんぜ」

「カーンはおっ死んじまって良かったかもな、上の連中はカンカンらしい。生きて帰って来た所で……」

 フォークを手にした男は片手でシュッと首をかっ切るゼスチャー。そしてあむり、とフォークに刺した肉を頬張ほおばる。

「そりゃそうだろうよ。あんな大部隊率いて平和ボケした王子一人れなかったとあっちゃあ……な」

 パンを千切ちぎった男は話ながらそのパンをジャバジャバとスープに浸す。そしてばくり、とパンを口に放り込む。

「でもよ……むぐ……このあとぁ……もぐぐ……どうすんだ?」

 フォークを手にした男は肉を頬張ほおばりながら問い掛ける。

「どうもこうも……マンヴェントに逃げ込まれたんだからどうしようもねぇ。もう大っぴらには……動けねぇだろう……しっ……あとはまぁ……暗殺か?」

 パンを掴んだ男はもう一欠片かけらパンを千切ろうと力を込めながら答える。

「暗殺ねぇ……ま、どっちみち俺らにゃ関係ねぇか」

 フォークを手にした男は二切れ目の肉にフォークを突き刺す。

「そういうこった。後方支援の俺らにゃ……あ、おいバッサム!」

 パンを掴んだ男はテーブルのすぐ脇を通り過ぎようとする男に気付き呼び止めた。

「お前も聞いたろ? カーン隊、ほぼ全滅だってな。良かったじゃねぇかお前、カーン隊から移動になってよ。じゃなきゃお前も今頃……なぁ?」

「……あぁ。まぁ……な」

 言葉ずくなに答えるとバッサムは足早にその場を離れ食堂を出る。パンを掴んだ男は「あ、おいバッサムよぉ!」と再び名を呼ぶが、バッサムが振り返る事はなかった。

「んだよアイツ、付き合い悪ぃな……」

「ほっとけよ。ちっと前まで仲良かった連中が皆死んじまったんだ、そらあんな反応にもなんだろ」

「ん……まぁそりゃそうか」

 センドベル王国東端とうたんの街、レッゾベンク。ダグベ王国との国境に程近いこの街は東の国境警備におけるかなめであり、軍の基地は勿論もちろん国の重要機関も集まっている。また東や南へ向かう交易路も伸びており、必然的に多くの人が集うセンドベルの東の玄関口とも言える活気ある街である。
 そして食堂を出て通路を歩くバッサムがいるここは、傭兵団ブロン・ダ・バセルのレッゾベンク駐屯地だ。

「あ、待ってバッサム!」

 不意に背後から呼び止められるバッサム。振り向くと駆け寄ってくる女が一人。ブロン・ダ・バセル団員、リンだ。

「バッサム、これ」

 リンはバッサムに折り畳まれた小さな紙切れを手渡す。「何だ?」と言いながらバッサムは紙切れを受け取る。

「今外でね、こんなおっぱい大っきい女の人に渡された。バッサムに渡してって」

 話ながらリンは両手を自身の胸に当てる。

「あたしの三倍はあったな。多分商売女か何かだと思うんだけど、あんなんもうある意味何かの兵器……あ、ひょっとしてあんた、花代ツケてたとか? 請求書的な?」

「バカ言え、この街に来てからは行ってねぇ」

 バッサムは紙切れを広げ中を見る。「前の街じゃ行ってたんかい」と突っ込むリンをよそに、中を確認したバッサムは「ちょっと出てくる」と再び通路を歩き出す。

「休憩? お泊まり?」

「だから違うってんだろ」


 ◇◇◇


 駐屯地を出て門の外を見回すバッサム。するとそこには鮮やかな青いドレスに白い毛皮のストールを羽織はおった、いかにもそれと分かる場違いな姿の女が門の鉄柵に寄りかかりたたずんでいた。「あんたか?」と紙切れを見せながら問い掛けるバッサム。「貴方がバッサムさんね?」と聞き返す女。バッサムが「そうだ」と答えると女は「ついてきて」とだけ言い歩き出す。バッサムは無言で女のあとを歩いた。


 ◇◇◇


 しばらく歩くと繁華街に差し掛かる。多くの店が建ち並び店前で客引きが通りを歩く者達に声を掛けている。女はそんな賑やかな繁華街の通りから細い路地に入る。そしてそこを抜けた先の細い通りは、客引きがひしめいていた先程の賑やかな通りとはまるで正反対だった。どこかうらぶれた、そしてさびれた雰囲気をかもし出している薄暗い通り。所々に立っている着飾った、しかしどこか影のある女達。そしてそんな女達と話をしている男達。ここは娼館や売春宿が建ち並ぶ通りだ。

 女はそんな建物の一つ、半地下になっている店の扉を開く。どうやら一階はパブ、二階は宿になっている様だ。小さな窓からはうっすらと灯りが漏れているが中に人がいる気配はない。そして扉にはクローズの札が掛けられていた。

「どうぞ」

 女はバッサムを店の中へと導く。誰もいない店内、と思ったが奥のカウンターに背を向けて座っている人影があった。「連れてきたわよ」と女はカウンターに座る男に声を掛ける。グラスを手にした男はゆっくりと振り返り「いよぅ、バッサム」と言いながらニカッと笑う。

「フォージさん……あんた生きてたのか」

 死んだと思っていた仲間が生きていた。驚き、そして安堵あんどした様子のバッサムはフォージの隣に腰を下ろすと右の拳をフォージに向ける。

「当ったり前だっての、んな簡単にくたばるかよ」

 フォージも拳を握るとガツッとバッサムの拳にぶつける。そして「済まねぇなシャニィ、世話を掛けた。店まで閉めさせちまってよ」とバッサムを店まで案内した女に礼を言う。

「気にしないで。そろそろお店の女の子達にお休みあげたかったし……ちょうど良かったわ」

 シャニィはそう話ながらバッサムの前にグラスを置く。そして「好きにやっててちょうだい。奥にいるから、何かあったら声を掛けて」と言うと奥の部屋に引っ込んだ。「あの女は?」と問い掛けるバッサム。フォージは「知り合いだ、同郷のな。知らねぇか? ジェフブロックの宝石って言や有名だぜ?」と答える。

「ああ……確か当時の領主が息子の嫁にって平民から選んだ女だな。すげぇ美人だって……あの女がそうなのか?」

「おう。だがシャニィは拒否した。いくら金積まれてもボンクラに嫁ぐ気はないってな。そのせいで両親共々街を追われた」

「それでレッゾベンクで売春宿の女主人ってか。なんつうか……」

「金より自由を選んだ、それだけの話さ。シャニィの今が良いか悪いかなんて、俺達が判断する事じゃねぇぜ」

 そう話ながらフォージはボトルを手に取る。そして「さて、まずは一杯。ラムで良いだろ?」とバッサムのグラスにラム酒を注ぐ。バッサムはグラスを持つとカチッとフォージのグラスに合わせた。

一先ひとまずは無事で良かった、カーン隊はほぼ全滅って聞いたからよ。で、何で駐屯地に戻らなかった?」

「まぁ慌てんなよバッサム、ゆっくり話そうぜ」


 ~~~


「じゃあその魔導師にられそうだったってのか?」

「おう。だってよ、信じられるか? 魔弾まだんが分裂したんだぜ? 細かくバババッてよ。あんなもん見た事もねぇよ」

 フォージは身振り手振りで当時の様子をバッサムに伝える。

咄嗟とっさにシールド張ったんだがよ、分裂した魔弾まだんに驚いて反応しきれなくてな、ちっと被弾しちまった。左の腕やら足やら……」

「珍しいなフォージさん、あんたがしてやられるなんてよ」

「そんくらい意表突かれたんだよ。でもそれで奴をだまくらせるかと思ってな。そのまま地面に倒れたら案の定、奴は俺を殺ったと思った様でな、確認もしねぇで林ん中に入って行きやがった」

「それで助かったって訳か」

「おう。でもやられっぱなしってのもムカつくだろ? だから痛む足ぃ引きずりながら俺も林に入った。隙突いてぶっ殺してやろうと思ってな。そしたらお前……その魔導師よ、雷ちやがった」

「雷?」

「おうよ。ビカッと光ってパ~ンって音して……その次にゃあカーンらが地面に倒れてやがった。信じられっか? 雷なんてなどこに飛ぶか分からねぇ、使えねぇ魔法の代名詞みたいなもんだ。それを制御したんだぜ?」

「じゃあ、カーンはその魔導師に殺られたのか」

「おう。ま、野郎が死のうがどうしようが構わねぇ。あれだけの部隊任されたってのに第二王子仕留め損なってよ、にゃ女ぁるのに夢中になって死んじまう様な馬鹿だ。これで野郎の汚ねぇつら見なくて済むし、願ったりってなもんだ」

「で、その魔導師はどうなったんだ? 殺ったのか?」

「いや、止めた。ありゃ相当な手練てだれだ、手負いの俺にどうにか出来るとは思えなくてな。それに生かしとく方が得がありそうでよ」

「得? 何の得だ?」

「あの魔導師はな、多分王子と一緒にいる」

「はぁ? 何で分かるんだよ?」

「見ず知らずの女ぁ助ける為にブロン・ダ・バセルに喧嘩売る様なお人好しだ。あのあとぁ恐らくあの女と一緒に王子と合流してるはずだ。そんで王子の事情を知ったら手ぇ貸すに決まってんぜ。そもそも……」

「待ってくれフォージさん」とバッサムは右の手のひらをフォージに向けて話をさえぎる。

「まるで話が見えねぇよ。あんた一体何を考えてる?」

 フォージはグイッとグラスをあおり空にする。そしてダン、と叩き付ける様にグラスをカウンターに置いた。

「なぁバッサムよぉ……そろそろ親父おやじの仇を討ちてぇと思わねぇか?」

 フォージのその言葉でバッサムの表情が変わった。思い出したくもない、しかし決して忘れてはならない過去の出来事がバッサムの脳裏によぎった。

「当たり前だろ……この五年、それしか考えてねぇよ」

「あぁ、そうだなバッサム。俺ぁ今でも夢に見る、無惨にも全身をズタズタに切り裂かれた親父おやじの最期の姿……」

 身近な者の死は多く見てきた。しかしあれ程凄惨せいさんな死に際は他に記憶がない。しかもそれが一番敬愛している者の死き際であれば、忘れようにも忘れられるはずがないだろう。バッサムは「忘れる訳がねぇ……」と絞り出す様に呟いた。

「忘れる訳がねぇよフォージさん。俺だけじゃねぇ、きっと皆そうだ。一家を守るのが俺の役目だって……それでも最期、親父は笑ってたよな……」

 当時を思い出し寂しそうに話すバッサム。しかし次の瞬間、その口調は強く厳しいものに変化する。

「俺達は親父の仇を討つ為にこのクソ溜めに堕ちて、怒りと屈辱に歯噛はがみしながら必死で耐えてきたんだ。この五年、くだらねぇ依頼をこなす為に一体何人仲間が死んだ? 何人にたくされた!? あの女を殺ってくれと……ブロン・ダ・バセルを潰してくれと!! このクソ溜めで無駄に仲間の命が消えてゆくのを……あいつらの死をあとどれだけ見送ればいい!!」

 思わず声を荒らげるバッサム。ガッとグラスを掴むとたかぶる気を落ち着かせる様にラム酒を一気に喉の奥に流し込む。

「ああ、そうだな。まさしくここはクソ溜めだ」

 そう話ながらフォージは自分と空いたばかりのバッサムのグラスにラム酒を注ぐ。そして「ここがクソ溜めならよ、俺達の全てが詰まったあの街ぁ何だ?」と問い掛ける。するとバッサムは即座に「ゴミ溜めさ」と答えた。

「ハッ! そりゃ良いぜ! クソ溜めよりゃあ数段マシだな。確かにあそこぁゴミ溜めだ。でもゴミん中にゃあ宝物たからもんも埋まってる。親父も教会も、そして仲間達もだ。俺らにとっちゃとびっきりの宝物たからもんだな」

 そんなフォージの言葉に自然とバッサムの表情も緩む。貧しく、しかし楽しかったあの日々が鮮明によみがえる。

「ああ。随分と悪い事を色々と教えられた。ヤリース商会だまくらかしてよ、ガッツリ布施ふせをふんだくったりな」

「お? 何だそりゃ? 俺ぁ知らねぇぜ?」

「あんたが教会出たあとの話だな。全く、神父の考える事じゃねぇぜ? まぁお陰で俺達は飯食えてデカくなれた訳だが……」

「俺もお前も他の連中も、随分と悪ぃ金で育てられたもんだ……」

 互いの顔を見合わせるフォージとバッサム。そして「フ……フハハハハハ!」と笑い合った。しかし直後、再びバッサムの表情が険しくなる。

「だがな……いくら仇を討ちたくても、あの女は王都にこもったっきりで姿すら見せやがらねぇ」

 そう話すバッサムの肩をフォージはポンポンと軽く叩きながら「あの女に限らず幹部連中は皆そうだぜ」と話す。

「俺ら下っ端に働かせてよ、てめぇらはその上前はねて良い生活してんのさ。だがよ、さすがに今回は出てこざるを得ねぇ。このデケェ依頼、失敗のまま終わらせる訳にゃあいかねぇぜ?」

「ああ、そうだな……上の連中はここから挽回ばんかいさせる為に手を打つだろうよ。となると、次に動くのは特務部隊か……」

「その特務部隊を率いてんのは誰だ?」

 バッサムはギリッと奥歯を噛む。そして目一杯の恨みと憎しみを込め「あぁ……あの女だ」と低く呟いた。

「そうだバッサム、あのクソドS女……ナイシスタだ。イオンザとの今後を考えたらよ、この依頼は何としても成功させなきゃならねぇ。失敗しました、済みません何てな、国が許すはずがねぇぜ」

「じゃあ、あの女が第二王子を仕留める為に顔を出した所を……」

「おうよ。五年待ってようやく巡ってきたチャンスって訳だ。第二王子を餌にして、あのクソドS女を釣り上げる。これで親父に顔向け出来るぜ」

「なるほど、そりゃ分かったが……それにあんたがしてやられた魔導師がどう絡む?」

 バッサムの問いにニヤリとするフォージ。クッとラム酒をあおると「良いかバッサム……」と今後の計画を説明する。

「いきなりあの女が動く事ぁねぇ。まずは部下共にやらせるはずだ、親父の時もそうだったろ? だがその部下共が早々に王子の首を獲っちまったらどうするよ? あの女が動く前に事が終わっちまったら意味がねぇ。そこであの魔導師だ。奴が王子を守ってりゃ特務部隊とはいえ手こずるだろうさ。そうなりゃあの女の腰も軽くなるって話だ」

「そういう事か、ようやく話が繋がった。だがその魔導師が本当に王子についているかは分からねぇぞ?」

勿論もちろんだ。こりゃまるで確証のねぇ話だ、大して当てにゃしちゃいねぇよ。俺ぁこのままマンヴェントへ向かって王子の周辺がどうなってんのか探ってくるわ。必要なら向こうを引っ掻き回してやるさ。だから俺は死んだって事にしといてくれ、その方が都合が良い」

「よし、じゃあ俺も……」

「いやバッサム、お前は残れ。いざ事を起こそうって時に事情を知ってる奴がこっちにいねぇとどうしようもねぇだろ」

「何言ってる、あんた顔割れてんだろ? その魔導師がいるかも知れねぇし、何よりカーンがろうとしてた王子の側近の女もいる。自由に動ける奴がいねぇと、それこそどうしようもねぇ」

 バッサムの反論にフォージは逡巡しゅんじゅんする。確かにバッサムの言う通りだ。しかし仲間を危険にさらすのは極力避けたい。しばしの思案のすえ「じゃあ……」とフォージは迷いながらも口を開く。

「じゃあ、リンを寄越よこしてくれ。あいつぁ慎重で器用だからな、潜入にゃもってこいだ」

「分かった、リンには伝えておく」

 そう話すとバッサムは「親父に……」と言いながらグラスを持つ。

「ああ、親父に……」

 フォージもグラスを持つとチン……とバッサムのグラスに合わせた。
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