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3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王
181. 悪タレ
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「魔法てのはイメージだ。いいかよ悪タレ共? 想像力を……ぶちまけろぉ!」
(フ……この期に及んで思い出すのがあのジジィの言葉とは……)
パシパシと途切れなくシールドに小さな魔弾が当たる。動けば雷撃の餌食となるであろうこの状況で、やり過ごすしか手はないと判断したアイロウ。己の愚かな選択を大いに恥じた。自分の方が上であると大した根拠もなく慢心し、結果良い様にやられている。自分自身に呆れ、怒り、ようやくにして状況を打破しようと頭を働かせ始めた矢先、不意に脳裏に浮かんだのは魔法の師たる酒呑みジジィの言葉だった。
◇◇◇
想像力をぶちまけろ。
授業は大抵その言葉で締め括られた。直後、男は傍らに置いてある酒瓶に手を伸ばす。そして瓶ごとグイッとあおると「ブハァ」と息を吐き嬉しそうに笑うのだ。学園内で酒など以ての外だと、知らぬ者ならきっとそう言うだろう。しかし彼の事情を知っている同僚講師達は、授業中にやらないだけマシになった、と苦笑いする。
男はかつて軍人だった。どこかの国の魔導兵団に所属していたそうだ。力もあり人望もあった男は必然、それなりの地位に就いていた。しかし戦争が全てを奪う。気付けば生き残ったのは自分一人、部下は皆死んだ。それからは毎夜悪夢に襲われた。部下や仲間が責め立てるのだ。
何故お前だけが生きている?
悪夢から逃れる術は酒しかなかった。日毎増える酒量、まともな生活すら送れなくなり軍を除隊した。生きる目的も活力もなく、ただただ各地を放浪する。死に場所を求める旅路。
ある時立ち寄った小さな小さな街。そこで知り合った老人に、子供達に魔法を教えてやってくれと懇願される。老人は街で学園を運営していた。自分などに務まるはずがない。そう思いながらも人が良かった男は断りきれず、学園の魔法講師として子供達と触れ合う様になる。
そして徐々に男は変わっていった。ガチガチに凝り固まった心が解れてゆく。酒の量も減った、やめる事こそ出来ないが。気付けばいつしか悪夢からも解放されていた。
そんな男には一人、気になる生徒がいた。
多少……いや、かなりやんちゃなその生徒は、自身を先生ではなくジジィと呼ぶ。同僚の講師達は失礼だとその生徒を叱ったが、男は気にも留めなかった。
「まぁまぁ、いいではないかい。ジジィをジジィと呼んでいるだけだ、何の間違いもないだろぉ?」
一教えればすぐに吸収し、自分で二や三を考え試し出す。魔法の才に恵まれている、センスがある、何よりも魔導師として絶対に必要な能力、想像力に溢れていた。
その生徒、名をアイロウ・ブレンデスという。
アイロウはすぐ隣の村から通っていた。父は村の衛兵、美しいと評判の母と、ようやく立って歩く様になった弟の四人家族。裕福とは言えないが決して貧乏ではない、極々普通の家庭。
田舎の小さな村には娯楽などない。子供達は時間と身体を持て余す。アイロウも例外ではなく、近所の仲間達と集まってはイタズラばかりしていた。怒った父に物置小屋に放り込まれる事も珍しくなかった。
このままではろくな大人にはならない。そう思った父はアイロウを隣街の学園へ通わせる。魔法の才には気付いていた、このまま伸ばす事が出来れば、ものになるかも知れない。
アイロウにとって同世代の子供達が多く集まる学園での毎日は刺激的だった。勉強は好きではなかったが、友達に会える事と唯一魔法の授業だけは楽しかった。講師の酒呑みジジィは事あるごとにアイロウに声を掛ける。
「悪タレよ、お前はいい魔導師になるぞぉ!」
しかしそんな楽しい日々は突然終わりを告げる。アイロウが学園にいる間に村が賊の集団に襲われたのだ。
その情報はすぐに街中を駆け巡った。当然アイロウのいる学園にも一報が届く。アイロウを案じる講師や友達をよそに、本人は全く動じていなかった。何故ならば、村には父がいるからだ。衛兵である父が村を守っているのだ、大事が起こる訳がない。しかし大事……いや、大惨事が起こる。
村の人間は皆殺しにされていたのだ。
老人、女、子供……一人残らず、例外なく、その命を奪われた。それはアイロウの家族も同様だった。
父は他の衛兵達数人と共に、村の中央広場で磔にされていた。地面に打ち付けられた丸太に縛り付けられ腹を掻っ捌かれていたのだ。恐らく賊の余興に使われたのだろう。手足の縄は食い込み皮膚が裂けて流血していた。激しく暴れたのだ。生きたまま解体された証拠だった。
幼い弟は自宅にいた。但し上半身だけ。下半身は見つからなかった。
父と弟は発見されたが母は見つかっていない。多分賊に連れ去られたのだろう。評判だった美貌が仇となったのだ。
一報を聞いた領主はすぐに討伐隊を編成し賊の捜索に当たった。だが結局賊を捕らえた、処刑したなどという話は聞かなかった。
その後アイロウは街の教会が運営する孤児院に預けられた。学費は孤児院が寄付で賄うとの事だった。しかし元の生活は戻ってこない。活発だった彼の性格は一変、塞ぎ込み暗い目をする事が多くなる。アイロウは十三歳にして悟った。この世には正義も慈悲もない、ただ強くある事こそがトラブルを叩き潰す術であると。そして丁度その頃からである、彼がブレンデスという家名をあまり名乗らなくなったのと、灰色を好む様になったのは。
暫くはそのまま学園に通っていたアイロウだったが、程なくして退学を決意する。この世の賊という賊を殺す為だ。当初は軍に志願する為このまま学園に残ろうと考えていた。しかしそれでは領内、もしくは国内でしか動けない。国境に縛られる事なく活動出来る武力組織となればハンディルか傭兵。より賊との遭遇が多そうな傭兵を目指す。そして賊を根絶やしにする。そう決めた。
事実、六番隊の賊狩りは苛烈だ。全て殺す。一人残らず殺す。懸賞金が掛けられている場合などは、大抵捕らえてその後依頼主や街や国、ハンディル協会につき出す。しかし六番隊はそれをしない。一人も生かしておかないのだ。
学園を辞める旨を講師に伝えたアイロウ。当然学園側は引き留める。十三歳の少年の目標が傭兵などとは、あまりに未来がなさ過ぎる。しかし魔法講師の酒呑みジジィは違った。
「男が将来を定めたんだ、祝福して送り出すべきだ」
彼には分かっていたのだ。この悪タレの頑固さは一級品、説得になど応じるはずがない。ならばせめて、笑顔で送り出してやろう。例え周りから見たこの悪タレの未来が、ほの暗い灰色であったとしても。
アイロウが退学したその日の夜、酒呑みジジィの姿は教会にあった。軍を辞めてから久しく向き会う事がなかった神の御前。破壊と再生を司る女神エリテマの石像の前で、彼は跪き祈りを捧げた。あのとびっきりの悪タレの、平和で温かな日々は無念にも破壊された。願わくはこの先、再生の日々が訪れん事を。
そしてアイロウはジョーカーに入団する。雑務をこなしながら力を付け、武功を上げ、やがてマスターにまで至るのだ。
◇◇◇
(……急に思い出したという事は、ジジィの言葉にヒントがある……か)
アイロウは対話する。こんな場面でもなければ思い出す事はなかっただろう。自身の記憶に眠る魔法の師、酒呑みジジィとの邂逅。
(さて……ジジィ、どうすれば良い?)
「おいおい悪タレよ、難しく考える事ぁないぞ。こうしたい、それをリアルにイメージする。それだけだぁ!」
(こうしたい……か。俺はどうしたい? ばらまかれている雷撃の的が邪魔だ、的を排除する。魔法で吹き飛ばすか? シールドで押し退けるか? 理想は一瞬、一瞬で周囲の的を無力化するには……)
暫しの思案の後、考えはまとまった。シールドだ。シールドで全身を包み、それを一気に押し広げる。やった事はない、超高等技術だ。そもそもぶっつけ本番でやる様な事ではない。だが出来る。
(そうだろジジィ、リアルな……イメージだ)
一瞬で全身にシールドを張る。魔力をどうやって取り出すのが効率的か? 前にも横にも後ろにも、周囲に魔力を充満させる。しかも一瞬で……
アイロウはイメージする。魔力が全身から噴き出す、どうやって? 毛穴だ。全身の毛穴という毛穴から魔力が噴き出るイメージだ。それならば魔力を身体の周囲に充満させられる。
「ふぅぅっ!!」
強く息を吐き出すと、バァァァッ……とシールドが周囲に広がった。そして広がるのと同時に周囲は浄化された。ばらまかれていた忌々しい魔力、雷撃の的が消えた。
(ハ……何だ、出来るじゃないか……)
「言った通りだろぉ、悪タレェ? 思考を止めたら全てが止まる。考えろ、そしてイメージしろぉ!」
いとも容易く、とは言い難いがしかし、それは思っていたよりずっと簡単だった。勝手に難しいと、出来ないと、そう決めつけていたに過ぎない。そしてふと前を見ると、呆然と立ち尽くす若い魔導師の姿。アイロウは思わず吹き出しそうになる。
(何だその顔は、戦闘中だぞ? 俺に策を破られるなどと、よもや思いもしなかったか……それはさすがに……ナメ過ぎだ!!)
この隙を逃す手はない。アイロウは魔弾を連射する。途切れる事なく、延々と。若い魔導師はシールドを張って魔弾を防ぐ。形勢逆転、攻守交代。今度はこちらの番だ。
(折角だ……試してみるか)
以前、大分前ではあるが、アイロウは自身の放つ魔弾の可能性について考えた事がある。もっと効果的な、もっと殺傷能力の高い、魔弾を超える魔弾を放てないものかと。そしてぼんやりとではあるがその形は頭の中に浮かんでいた。しかし実戦で試すには至っていない。何故ならば、結果的にその必要がなかったからだ。魔弾の強化を図らなくても特段困る事はなかった、つまりアイロウを脅かす存在がいなかったのだ。
だが今目の前にいるあの魔導師は違う。何をするか分からない、何をされるか分からない。攻勢に転じた今だからこそやる意味がある。とは言え、常時のアイロウならば実戦中に試そうなどとは考えないだろう。酒呑みジジィと対話しているこんな状況でもなければ。
「シールドを無効化する手段か。いいじゃねぇか、思い付いたらやればいい!」
(ああそうだ、ジジィならそう言うはずだ)
まずは逃げ道を塞ぐ。左右に魔弾を放ち着弾と同時に発火、炎の壁で取り囲む。そして魔弾を連射しながら変形させる。シールドを砕くのではなく切り裂くイメージ。どうする? どうすれば切り裂ける?
刃物だ。
切り裂くのだから薄くなければならない。魔弾を潰して平べったく、薄くする。すると魔弾がシールドに当たる音が変化した。バシッと鳴っていた音が段々と軽くなってゆく。しかしまだ切り裂けない。もっと薄く? だがそうすると、単純に耐久性が低くなる気もするが……
「ダメだなぁ悪タレェ、それじゃあ切れねぇよ。ただぶつけるだけじゃあダメだ、どうするよ? どうすりゃ切れる?」
(実際の刃物ならどうだ? 単に刃を押し付けただけでは切れない……ならば……引いて切る! 刃を動かせば良い、魔弾を……回転させる!)
アイロウがそうイメージすると、薄く平べったい魔弾は途端にシュルシュルと音を鳴らしながら回転し始める。
(もっと速く……速く!)
ピシッ……ピシッピシッ……
シールドに当たる魔弾の音が完全に変わった。今まで聞いた事がない音。初めて聞くその音に心が躍る。何かが起きる、その前触れだ。
ピシッ……ピシピシピシピシピシッ!
シールドに次々と亀裂が生まれ、その亀裂に飛び込んでゆく薄刃の魔弾。シールドが裂けた。イメージ通り、砕くのではなく切り裂いたのだ。自身の放った魔弾が進化したその瞬間、喜びや手応えを感じるよりも先にアイロウは走り出した。ここが勝負所だと、頭ではなく肌で感じたのだ。無我夢中で間合いを詰め剣を抜く。シールドを切り裂く異形の魔弾、それが撒き餌だと誰が気付くだろうか。
本命は剣。
完全に意識は魔弾に向いているはずだ。ここからの剣撃は予想の埒外。
(そうだろ……コウ・サエグサァァァ!!)
ボロボロのシールド、その奥の若い魔導師は案の定驚いた表情を浮かべている。腕や脚など所々裂けたローブと衣服は薄刃の魔弾が切り裂いた跡。アイロウは無言で剣を振り下ろす。しかし激しい金属音と共に振り下ろした剣は弾かれる。若い魔導師の抜いた黒い短剣が鈍く光っていた。
(この状況で良く……見事!)
思わず感心した。完全に斬れると思っていたのだ、よもや防がれるとは。
(だが遅い!!)
上手く虚を突けたからか、それとも怪我の影響か、一撃目を防いだ若い魔導師の反応がおかしい。明らかに動きが鈍いのだ。すかさずアイロウは振り下ろした剣をスッと引く。そして瞬間、肩口に構えると二撃目、突きだ。
「貫け! 悪タレェェェ!!」
剣を握る右手にガツッと伝わる衝撃。そのまま若い魔導師を押し倒す。
(チッ……)
胸の真ん中を狙った渾身の突き。狙いは外れた。いや、外された。恐らく咄嗟に上半身を捻ったのだろう、剣は左肩辺りに突き刺さっている。
(これもかわすとは……)
ギリギリと奥歯を噛みしめ、アイロウは捻る様に力を込めて傷口を抉った。どこまでもしぶとく、どこまでも憎らしい相手。しかし、顔を歪めながら叫ぶ様に声を上げるその若い魔導師の姿を見ていたら、今度は自然と笑みが浮かんだ。しぶとく憎らしいこの手強い相手を、ようやくにして出し抜きねじ伏せたのだ。沸き上がる心地好い高揚感が身を包む。そしてふと、とある事に気が付いた。
(フ、全く……ろくでもない生徒だな。大恩ある師の名前すら覚えていないとは……だがまぁ仕方がない、ジジィはジジィだ)
(フ……この期に及んで思い出すのがあのジジィの言葉とは……)
パシパシと途切れなくシールドに小さな魔弾が当たる。動けば雷撃の餌食となるであろうこの状況で、やり過ごすしか手はないと判断したアイロウ。己の愚かな選択を大いに恥じた。自分の方が上であると大した根拠もなく慢心し、結果良い様にやられている。自分自身に呆れ、怒り、ようやくにして状況を打破しようと頭を働かせ始めた矢先、不意に脳裏に浮かんだのは魔法の師たる酒呑みジジィの言葉だった。
◇◇◇
想像力をぶちまけろ。
授業は大抵その言葉で締め括られた。直後、男は傍らに置いてある酒瓶に手を伸ばす。そして瓶ごとグイッとあおると「ブハァ」と息を吐き嬉しそうに笑うのだ。学園内で酒など以ての外だと、知らぬ者ならきっとそう言うだろう。しかし彼の事情を知っている同僚講師達は、授業中にやらないだけマシになった、と苦笑いする。
男はかつて軍人だった。どこかの国の魔導兵団に所属していたそうだ。力もあり人望もあった男は必然、それなりの地位に就いていた。しかし戦争が全てを奪う。気付けば生き残ったのは自分一人、部下は皆死んだ。それからは毎夜悪夢に襲われた。部下や仲間が責め立てるのだ。
何故お前だけが生きている?
悪夢から逃れる術は酒しかなかった。日毎増える酒量、まともな生活すら送れなくなり軍を除隊した。生きる目的も活力もなく、ただただ各地を放浪する。死に場所を求める旅路。
ある時立ち寄った小さな小さな街。そこで知り合った老人に、子供達に魔法を教えてやってくれと懇願される。老人は街で学園を運営していた。自分などに務まるはずがない。そう思いながらも人が良かった男は断りきれず、学園の魔法講師として子供達と触れ合う様になる。
そして徐々に男は変わっていった。ガチガチに凝り固まった心が解れてゆく。酒の量も減った、やめる事こそ出来ないが。気付けばいつしか悪夢からも解放されていた。
そんな男には一人、気になる生徒がいた。
多少……いや、かなりやんちゃなその生徒は、自身を先生ではなくジジィと呼ぶ。同僚の講師達は失礼だとその生徒を叱ったが、男は気にも留めなかった。
「まぁまぁ、いいではないかい。ジジィをジジィと呼んでいるだけだ、何の間違いもないだろぉ?」
一教えればすぐに吸収し、自分で二や三を考え試し出す。魔法の才に恵まれている、センスがある、何よりも魔導師として絶対に必要な能力、想像力に溢れていた。
その生徒、名をアイロウ・ブレンデスという。
アイロウはすぐ隣の村から通っていた。父は村の衛兵、美しいと評判の母と、ようやく立って歩く様になった弟の四人家族。裕福とは言えないが決して貧乏ではない、極々普通の家庭。
田舎の小さな村には娯楽などない。子供達は時間と身体を持て余す。アイロウも例外ではなく、近所の仲間達と集まってはイタズラばかりしていた。怒った父に物置小屋に放り込まれる事も珍しくなかった。
このままではろくな大人にはならない。そう思った父はアイロウを隣街の学園へ通わせる。魔法の才には気付いていた、このまま伸ばす事が出来れば、ものになるかも知れない。
アイロウにとって同世代の子供達が多く集まる学園での毎日は刺激的だった。勉強は好きではなかったが、友達に会える事と唯一魔法の授業だけは楽しかった。講師の酒呑みジジィは事あるごとにアイロウに声を掛ける。
「悪タレよ、お前はいい魔導師になるぞぉ!」
しかしそんな楽しい日々は突然終わりを告げる。アイロウが学園にいる間に村が賊の集団に襲われたのだ。
その情報はすぐに街中を駆け巡った。当然アイロウのいる学園にも一報が届く。アイロウを案じる講師や友達をよそに、本人は全く動じていなかった。何故ならば、村には父がいるからだ。衛兵である父が村を守っているのだ、大事が起こる訳がない。しかし大事……いや、大惨事が起こる。
村の人間は皆殺しにされていたのだ。
老人、女、子供……一人残らず、例外なく、その命を奪われた。それはアイロウの家族も同様だった。
父は他の衛兵達数人と共に、村の中央広場で磔にされていた。地面に打ち付けられた丸太に縛り付けられ腹を掻っ捌かれていたのだ。恐らく賊の余興に使われたのだろう。手足の縄は食い込み皮膚が裂けて流血していた。激しく暴れたのだ。生きたまま解体された証拠だった。
幼い弟は自宅にいた。但し上半身だけ。下半身は見つからなかった。
父と弟は発見されたが母は見つかっていない。多分賊に連れ去られたのだろう。評判だった美貌が仇となったのだ。
一報を聞いた領主はすぐに討伐隊を編成し賊の捜索に当たった。だが結局賊を捕らえた、処刑したなどという話は聞かなかった。
その後アイロウは街の教会が運営する孤児院に預けられた。学費は孤児院が寄付で賄うとの事だった。しかし元の生活は戻ってこない。活発だった彼の性格は一変、塞ぎ込み暗い目をする事が多くなる。アイロウは十三歳にして悟った。この世には正義も慈悲もない、ただ強くある事こそがトラブルを叩き潰す術であると。そして丁度その頃からである、彼がブレンデスという家名をあまり名乗らなくなったのと、灰色を好む様になったのは。
暫くはそのまま学園に通っていたアイロウだったが、程なくして退学を決意する。この世の賊という賊を殺す為だ。当初は軍に志願する為このまま学園に残ろうと考えていた。しかしそれでは領内、もしくは国内でしか動けない。国境に縛られる事なく活動出来る武力組織となればハンディルか傭兵。より賊との遭遇が多そうな傭兵を目指す。そして賊を根絶やしにする。そう決めた。
事実、六番隊の賊狩りは苛烈だ。全て殺す。一人残らず殺す。懸賞金が掛けられている場合などは、大抵捕らえてその後依頼主や街や国、ハンディル協会につき出す。しかし六番隊はそれをしない。一人も生かしておかないのだ。
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「男が将来を定めたんだ、祝福して送り出すべきだ」
彼には分かっていたのだ。この悪タレの頑固さは一級品、説得になど応じるはずがない。ならばせめて、笑顔で送り出してやろう。例え周りから見たこの悪タレの未来が、ほの暗い灰色であったとしても。
アイロウが退学したその日の夜、酒呑みジジィの姿は教会にあった。軍を辞めてから久しく向き会う事がなかった神の御前。破壊と再生を司る女神エリテマの石像の前で、彼は跪き祈りを捧げた。あのとびっきりの悪タレの、平和で温かな日々は無念にも破壊された。願わくはこの先、再生の日々が訪れん事を。
そしてアイロウはジョーカーに入団する。雑務をこなしながら力を付け、武功を上げ、やがてマスターにまで至るのだ。
◇◇◇
(……急に思い出したという事は、ジジィの言葉にヒントがある……か)
アイロウは対話する。こんな場面でもなければ思い出す事はなかっただろう。自身の記憶に眠る魔法の師、酒呑みジジィとの邂逅。
(さて……ジジィ、どうすれば良い?)
「おいおい悪タレよ、難しく考える事ぁないぞ。こうしたい、それをリアルにイメージする。それだけだぁ!」
(こうしたい……か。俺はどうしたい? ばらまかれている雷撃の的が邪魔だ、的を排除する。魔法で吹き飛ばすか? シールドで押し退けるか? 理想は一瞬、一瞬で周囲の的を無力化するには……)
暫しの思案の後、考えはまとまった。シールドだ。シールドで全身を包み、それを一気に押し広げる。やった事はない、超高等技術だ。そもそもぶっつけ本番でやる様な事ではない。だが出来る。
(そうだろジジィ、リアルな……イメージだ)
一瞬で全身にシールドを張る。魔力をどうやって取り出すのが効率的か? 前にも横にも後ろにも、周囲に魔力を充満させる。しかも一瞬で……
アイロウはイメージする。魔力が全身から噴き出す、どうやって? 毛穴だ。全身の毛穴という毛穴から魔力が噴き出るイメージだ。それならば魔力を身体の周囲に充満させられる。
「ふぅぅっ!!」
強く息を吐き出すと、バァァァッ……とシールドが周囲に広がった。そして広がるのと同時に周囲は浄化された。ばらまかれていた忌々しい魔力、雷撃の的が消えた。
(ハ……何だ、出来るじゃないか……)
「言った通りだろぉ、悪タレェ? 思考を止めたら全てが止まる。考えろ、そしてイメージしろぉ!」
いとも容易く、とは言い難いがしかし、それは思っていたよりずっと簡単だった。勝手に難しいと、出来ないと、そう決めつけていたに過ぎない。そしてふと前を見ると、呆然と立ち尽くす若い魔導師の姿。アイロウは思わず吹き出しそうになる。
(何だその顔は、戦闘中だぞ? 俺に策を破られるなどと、よもや思いもしなかったか……それはさすがに……ナメ過ぎだ!!)
この隙を逃す手はない。アイロウは魔弾を連射する。途切れる事なく、延々と。若い魔導師はシールドを張って魔弾を防ぐ。形勢逆転、攻守交代。今度はこちらの番だ。
(折角だ……試してみるか)
以前、大分前ではあるが、アイロウは自身の放つ魔弾の可能性について考えた事がある。もっと効果的な、もっと殺傷能力の高い、魔弾を超える魔弾を放てないものかと。そしてぼんやりとではあるがその形は頭の中に浮かんでいた。しかし実戦で試すには至っていない。何故ならば、結果的にその必要がなかったからだ。魔弾の強化を図らなくても特段困る事はなかった、つまりアイロウを脅かす存在がいなかったのだ。
だが今目の前にいるあの魔導師は違う。何をするか分からない、何をされるか分からない。攻勢に転じた今だからこそやる意味がある。とは言え、常時のアイロウならば実戦中に試そうなどとは考えないだろう。酒呑みジジィと対話しているこんな状況でもなければ。
「シールドを無効化する手段か。いいじゃねぇか、思い付いたらやればいい!」
(ああそうだ、ジジィならそう言うはずだ)
まずは逃げ道を塞ぐ。左右に魔弾を放ち着弾と同時に発火、炎の壁で取り囲む。そして魔弾を連射しながら変形させる。シールドを砕くのではなく切り裂くイメージ。どうする? どうすれば切り裂ける?
刃物だ。
切り裂くのだから薄くなければならない。魔弾を潰して平べったく、薄くする。すると魔弾がシールドに当たる音が変化した。バシッと鳴っていた音が段々と軽くなってゆく。しかしまだ切り裂けない。もっと薄く? だがそうすると、単純に耐久性が低くなる気もするが……
「ダメだなぁ悪タレェ、それじゃあ切れねぇよ。ただぶつけるだけじゃあダメだ、どうするよ? どうすりゃ切れる?」
(実際の刃物ならどうだ? 単に刃を押し付けただけでは切れない……ならば……引いて切る! 刃を動かせば良い、魔弾を……回転させる!)
アイロウがそうイメージすると、薄く平べったい魔弾は途端にシュルシュルと音を鳴らしながら回転し始める。
(もっと速く……速く!)
ピシッ……ピシッピシッ……
シールドに当たる魔弾の音が完全に変わった。今まで聞いた事がない音。初めて聞くその音に心が躍る。何かが起きる、その前触れだ。
ピシッ……ピシピシピシピシピシッ!
シールドに次々と亀裂が生まれ、その亀裂に飛び込んでゆく薄刃の魔弾。シールドが裂けた。イメージ通り、砕くのではなく切り裂いたのだ。自身の放った魔弾が進化したその瞬間、喜びや手応えを感じるよりも先にアイロウは走り出した。ここが勝負所だと、頭ではなく肌で感じたのだ。無我夢中で間合いを詰め剣を抜く。シールドを切り裂く異形の魔弾、それが撒き餌だと誰が気付くだろうか。
本命は剣。
完全に意識は魔弾に向いているはずだ。ここからの剣撃は予想の埒外。
(そうだろ……コウ・サエグサァァァ!!)
ボロボロのシールド、その奥の若い魔導師は案の定驚いた表情を浮かべている。腕や脚など所々裂けたローブと衣服は薄刃の魔弾が切り裂いた跡。アイロウは無言で剣を振り下ろす。しかし激しい金属音と共に振り下ろした剣は弾かれる。若い魔導師の抜いた黒い短剣が鈍く光っていた。
(この状況で良く……見事!)
思わず感心した。完全に斬れると思っていたのだ、よもや防がれるとは。
(だが遅い!!)
上手く虚を突けたからか、それとも怪我の影響か、一撃目を防いだ若い魔導師の反応がおかしい。明らかに動きが鈍いのだ。すかさずアイロウは振り下ろした剣をスッと引く。そして瞬間、肩口に構えると二撃目、突きだ。
「貫け! 悪タレェェェ!!」
剣を握る右手にガツッと伝わる衝撃。そのまま若い魔導師を押し倒す。
(チッ……)
胸の真ん中を狙った渾身の突き。狙いは外れた。いや、外された。恐らく咄嗟に上半身を捻ったのだろう、剣は左肩辺りに突き刺さっている。
(これもかわすとは……)
ギリギリと奥歯を噛みしめ、アイロウは捻る様に力を込めて傷口を抉った。どこまでもしぶとく、どこまでも憎らしい相手。しかし、顔を歪めながら叫ぶ様に声を上げるその若い魔導師の姿を見ていたら、今度は自然と笑みが浮かんだ。しぶとく憎らしいこの手強い相手を、ようやくにして出し抜きねじ伏せたのだ。沸き上がる心地好い高揚感が身を包む。そしてふと、とある事に気が付いた。
(フ、全く……ろくでもない生徒だな。大恩ある師の名前すら覚えていないとは……だがまぁ仕方がない、ジジィはジジィだ)
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そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
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