流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第2部 外道達の宴

134. ない

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「ルピス様! ご無事で?」

 ブレイら部下達がルピスを呼びに来た。「ああ」と振り向いたルピスの左腕は血塗ちまみれで、ダランと不自然に揺れた。

「ルピス様! 腕を……!?」

「なに、見た目程酷くはない、気にするな。それよりそっちは?」

「はい、粗方あらかた片付きました。しかし、ワイティが深手を……」

「何!?」

「命に別状はありません。が、早く治療してやりたいと……」

「そうか……では、そろそろいいか……」

 そう呟くとルピスは叫ぶ。

「コウ殿! こちらは粗方あらかた片付いた! 戦闘前の剣士殿との約定やくじょう通り、この辺でおいとまさせて頂くがよろしいか!」

 ルピスの声が響く。勿論聞こえている。だがアイロウから目を放せない。先程からアイロウは攻撃を俺に集中させている。ルピスは怪我をしており脅威はないと考えたようだ。現にルピスは俺達の戦いについて行くのが難しくなっている様子。ブロスが話していた通りルピス達に犠牲が出るのは本意じゃない。この場面での離脱はお互いにちょうど良いのかも知れない。
 ルピスに返答したい所だが、少しでもよそ見しようものなら目の前のアイロウは何をしてくるか分からない。そこで俺は左手を挙げてルピスに応えた。

(フフ……声も出せんか。まぁ無理もない)

 それを見たルピスは少しだけ笑った。

「ではコウ殿! 武運を祈る! 行くぞ」

 そう叫ぶとルピスは部下を連れこの場を離れようとする。しかしアイロウがそれを許さない。

「何だ、もうお帰りか? 散々引っき回しておいて、離脱させると思うかぁ!」

 アイロウはルピスらに向けて魔弾まだんを連続射出する。ルピスの部下達は身構えるが、アイロウの放った魔弾まだんはパパパパパッと音を鳴らしながら、そのことごとくが弾けるように消えた。俺の放った魔散弾まさんだんがルピスらを狙ったアイロウの魔弾を打ち消したのだ。

「チッ……」

 舌打ちをして俺を睨むアイロウ。よそ見をするな、お前の相手はこっちだ。俺の放った魔散弾まさんだんはアイロウにそんなメッセージを送っていた。

(生意気な……だったらとことん付き合ってもらう!)

 詰め寄るアイロウ。俺は魔弾を放ちつつ距離を取る。

「フン、ろくに相手もせぬくせに帰るな、とは……随分とワガママな話ではないか。よし、行くぞ」

 ルピスは背を向け歩き出す。

「本当によろしいのですか?」

 ブレイの問い掛けに無言でうなずくルピス。

(……ここで死ぬようであれば、それまでだったという事……)

 ほんの少しだけ後ろ髪を引かれながら、ルピスはその場を離れた。




「…………」

 アイロウは押し黙る。その顔には明らかな悔しさがにじんでいた。みすみす獲物を逃したのだから無理もない。本来ならば追いかけてあの剣士達を皆殺しにしている所だ。だがそんな余裕はない。剣士の後を追おうと少しでも動こうものなら、目の前の魔導師は躊躇ちょうちょなく凶悪な攻撃を叩き込んでくるだろう。

(……まぁいい)

 アイロウは切り替えた。目の前の魔導師はゼルの手の者だ。この魔導師を仕留められれば、ゼル陣営に相当なダメージを与えられる。それだけでも手柄としては充分。決して望んだ事ではないにしても、それでも最強と呼ばれる者の責務として、この魔導師を始末しなければならない。と、建前たてまえとしてはこんな所だろう。では本音の部分ではどうか? 単純である。

 敵はほふる。

 目の前に立ちはだかる者が敵であれば倒すのみ。叩き伏せ、ねじ伏せ、ひざまずかせる。そして地面に這いつくばる相手を見下ろし見せつける、証明する。自分の方が強いのだと。

 今この場に及んでアイロウの考える所はそれだけだ。立場としての責務などどうでも良い。ただ目の前の魔導師を倒すのみ。

「一人で……やれるのか?」

 アイロウはニヤリと笑いながら俺を見る。

「子供じゃないんでね」

 俺も軽く笑いながら答える。

 …………


 シュン!


 一拍の間を置き互いに魔弾を放つ。アイロウは連射し、俺はそれを魔散弾の弾幕で防ぐ。続けて二発、三発と魔散弾を射出。アイロウはシールドで防ぎながら、勿論こちらへの攻撃も忘れない。俺は隠術いんじゅつで細かく移動しながらそれをかわす。そしてチャンスをうかがう。

 確かめなければならない。

 魔散弾をアイロウの足元へ放つ。地面に着弾した散弾達はパパパパン、と小さく爆発。「チッ……」舌打ちしたアイロウは後ろに飛ぶ。そのどさくさにまぎれ、俺はマーキングの魔弾を放った。何故なぜ雷が防がれたのか、確かめなければならない。




(何だ? また……)

 アイロウは再び違和感を覚える。何かが身体に当たったような……いや、触ったような……?

(さっきと同じだ。となると、これは……)

 バッ! とアイロウは前面にシールドを展開。その直後、


 バーーーーーン!


 激しい音と閃光。シールドはビリビリと振動しながら消える。あと少しシールドの展開が遅かったら、このとてつもないエネルギーの攻撃が直撃していただろう。

 そう、攻撃。攻撃だ。あの魔導師が仕掛けたのだ、間違いない。

 アイロウは確信する。と、同時に推測する。あれは何だ? あの音と光はまるで稲妻だ。しかし、雷撃は制御出来ない為使えるはずは……

(……なるほど)

 アイロウはとある答えに行き着いた。そして大いに驚き、感心した。




 まただ。また防がれた。これは決して偶然じゃない、意図して防がれたのだ。しかしどうやって……?

「良く考えたものだ……」

 突然アイロウは話し出す。眉間にシワを寄せながら不思議がっている俺が可笑しかったのだろう。少しだけ笑みを浮かべながら。

「あれは的だな。あのごく少量の魔力を当てたのは、雷撃の的にする為だ。直進性の極めて悪い、言い換えればどこに飛ぶか分からない雷を正確に飛ばす為、その準備として自分の魔力を付着させた。そうだろ? 全く、良く考えた。自分の魔力同士は引かれ会う、魔力の特性を上手く使った良い手だ。大抵の魔導師は気付く事なく雷に撃たれて絶命するだろう」

 やっぱりバレていた。じゃなければ防がれるはずがない。しかし、何故なぜバレたのか? よもや勘、などという事はないだろうが……

「参ったね……防がれる所か、カラクリまでバレるとはね……何で分かった?」

 困ったような、呆れたような、そんな表情の俺を見て察したのだろう。アイロウは再び笑いながら答える。

「フフ……教えてやる義理はないと思うが……まぁいい。久々にやり甲斐のある戦いを楽しませてもらってる礼だ、教えてやろう。俺は魔力を感知する能力が人より優れている。自身に近付く魔力を人よりも早く、繊細つ正確にとらえる事が出来る。だからお前の放った小さな魔弾にも気付けた訳だ。この能力がなければ、俺はお前の放つ雷に撃たれて死んでいた。大して使えない能力だと思っていたが、こんな所で役に立つとは……」

 ……本当に参った、相性が悪すぎる。これで雷は完全に使えなくなってしまった。

「さすがは最強……」

 ポツリと漏らした俺の言葉に、アイロウは声を上げて笑う。

「ハッハハハ! さて、その様子だとあの雷は、お前にとって一撃必殺を狙える重要な技だったようだが……頼みの魔法を封じられて、これ以上何が出来る? 出来る事があるなら……やって見せろ!!」

 アイロウは攻撃を再開する。俺は隠術いんじゅつを使いつつシールドを張る。


◇◇◇


(このままではらちが明かん!)

 互いに攻撃を繰り出すがまともにヒットしない。延々と続く攻撃の防ぎ合いにごうを煮やしたアイロウ。意を決して魔弾を連続射出しながら走り出した。強引に間合いを詰めようというのだ。俺はその攻撃をシールドで防ぎつつ距離を取ろうと右足を踏み込む。が、ビキッ! と体重を乗せた右膝に痛みが走った。

(な!?)

 俺はそのまま崩れるように膝を付いた。力が入らない。どうやら隠術いんじゅつを使い過ぎたようだ。隠術いんじゅつの身体強化魔法は、魔法の効果で一時的に身体能力を向上させるというのも。しかし過度に使用すると身体がその負荷に耐えられず壊れてしまう。故に適度に抜きながら・・・・・使わなければならない。しかしアイロウの攻撃をかわす為に連発せざるをなかったのだ。

(くっ……)

 見上げるとアイロウは短剣を振りかざしている。その顔に笑みはない。先程と同じてつは踏まない、油断はない、という事か。

 ここで終わるのか?

 俺は反射的に両腕で頭を抱えるようにガードする。亀のように丸くなり身を守ろうとしたのだ。

 ここで……死ぬ?

 ブン! と風を切る音が響く。アイロウは振り上げた短剣を斜めに振り下ろした。



 冗談じゃない!



 俺は何を考えてる? ここで死ぬ? 死ねる訳がない! どうする? ここから何が出来る? ここから打てる手を……


 ガツッ!


 左腕と左肩に感じる衝撃。今まで経験した事のない程の強烈な衝撃。

 斬られた。

 瞬間、理解した。

 それはそうだろう。あの状態から打てる手などある訳がない。

 死んだ? まだ生きてる?

 身体が右に倒れてゆくのが分かる。一瞬の出来事だったはずだ、ほんの一瞬の。しかし俺の視界に写る光景はひどくゆっくりと流れてゆく。危機にひんした際、周りがスローモーションに見えるあれなのだろう。ゆっくりと近付いてくる地面。そして視界に入るアイロウ。



 俺は魔弾を放った。



 何故なぜかは分からない。アイロウがひどく無防備に見えたからか、死ぬ前の最後の悪あがきのつもりだったのか。何故なぜかは分からない、全く意識していなかったからだ。しかし俺はアイロウに向け魔弾を放った。
 その時放った魔弾は今まで散々放ってきた魔弾とは少し違っていた。今までで一番スムーズに必要な魔力を取り出せて、今までで一番素早く魔力を圧縮出来て、今までで一番静かに魔弾は飛んでいった。
 どうしてこんなにも理想的な魔弾を放てたのか。魔弾を放った瞬間、俺は今まで味わった事のない爽快感を感じた。




 不意を突かれた。

 決して油断していた訳ではない。仮にどんな状況にあろうとも、あの魔導師には隙を見せられない。それは痛い程良く理解している。よもやあんな状態から反撃しようとは、なとどそんな言い訳をするつもりもない。現に油断はしていなかったのだ。だが、反応が遅れた。それはあの魔導師が放った魔弾があまりにも美しかったからだ。美しすぎて一瞬見とれてしまったのだ。何故美しいなどと思ってしまったのか? 理由は分からない。しかし確実に分かっている事が一つ。あの魔弾は自身の身を滅ぼそうと不気味な程静かに近付いてくるという事だ。

(まずい……まずいまずいまずい!!)

 斜め左から迫りくる魔弾。アイロウはシールドを張る。と同時に魔弾は無数に分裂した。

 パパパバシバシバシボボボボボン……

「グゥアァァァァ!!」

 アイロウはシールドを張った。しかし防ぎきれなかった。アイロウの左側面を襲った魔散弾、シールドで防げたのは太腿ふとももから上半身にかけて。膝から下にはシールドを展開出来なかったのだ。反応が遅れてしまったせいだ。
 ババババッ、と分裂した小さな魔弾は左足の膝やすねに当たり、当たった魔弾はご丁寧に小さな爆発まで起こす。皮膚は裂け、えぐれ、血が滲むと同時に火傷が広がる。

「ぐっ……」

 アイロウはたまらずその場に倒れた。そして上体を起こす。

「ぐぅぅ……なぜ……だ……」

 何故あの魔導師は動いている!?




 ……当たった。

 アイロウが倒れている。

 そして俺を見ている。

 当たったのか、魔散弾……

 ピチャ……

 何だ? 濡れてる。地面?

 ……赤い。血か? 血。誰の?



 ……俺……の!?



 ハッとして俺は起き上がろうとする。生きてる、まだ生きてる! 何をボケッとしているのか!? 生きているならまだやれる! まだ終わっていない!

「がっ! っぐぁぁ!!」

 激痛。思わず叫んだ。とんでもない激痛、左腕だ。左腕……



 腕がない。
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