流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第2部 外道達の宴

104. 失踪

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 時間を少し巻き戻そう。

 ゼルがホルツ以下三番隊の隊員五十名を引き連れ、ボーツ支部へ向け出立しゅったつした翌日。

「んで、ここだ。ここを曲がって向こうの通り、先まで行きゃあ突き当たるんで、そこを左だ」

「ここで……この通り……と」

 カリカリとペンを走らせメモを取る。

 アルマド入りしたジョーカー二番隊は、一先ひとまずアルマドの街と始まりの家の防衛任務に付く事となった。始まりの家に残った三番隊のメンバーは、二番隊メンバーに街の巡回ルートなどを教えていた。

「なぁ、ちょっとその辺で休まねぇか?」

 二番隊の隊員が言う。

「……サボろうってか?」

 三番隊の隊員が返す。

「だってほら、今日結構暑いだろ? まだ昼飯も食ってねぇし、冷えたミードでもグイッとやりながら飯食おうぜ? あの店なんかどうよ?」

 二番隊の隊員は通り沿いの店を指差す。

「ダメだ」

 三番隊の隊員はそれを拒否する。

「かてぇ事言うなよ、そんくらいいいだろ?」

 二番隊の隊員は食い下がる。

「一本裏の通りだ。そこの店の方が旨い」

 三番隊の隊員はニッと笑う。


 ◇◇◇


 裏通りに入った二人はいざサボるべく店を目指す。その途中、

「あれ? なぁ、あれ確か、三番隊の奴じゃなかったか?」

 二番隊の隊員は三番隊の隊員を呼び止める。そこにあったのは小さなカフェ、そしてその窓際に座っている男女の姿。

「ああ、ありゃライエじゃねぇか。おいおい何だぁ? デートの真っ最中ってか? 向かいに座ってる野郎は……誰だ? 顔が見えねぇ」

 三番隊の隊員はニヤニヤが止まらない。

「誰かは分からねぇが、あんまりいい趣味じゃなさそうだぜ? 見ろよ、男の腕。何であんなごちゃごちゃと色々付けてんだ?」

 二番隊の隊員は顔をしかめる。

 テーブルに置いた男の腕。その手首には何本ものブレスレット、そして全ての指にリングが光っている。

「おうおう、随分とおしゃれさんじゃねぇの。でも何か……あんまりいい雰囲気じゃなさそうだな……」

 三番隊の隊員は二人の雰囲気がおかしい事に気付いた。

 店の外まで声は聞こえない。しかし何やら言い争っている様子。バン! とテーブルを叩くライエ。男の方はそんなライエをなだめているようだ。そんなやり取りのあと、男は立ち上がり店を出ようとする。外で出歯亀でばがめっていた二人は慌てて物陰に隠れる。男が立ち去ったあとの店を覗くと、一人残されたライエはテーブルに両肘をついて頭を抱えていた。

「……さ、行こうぜ」

 三番隊の隊員は何事もなかったかのように歩き出す。

「おいおい、っといていいのかよ?」

 二番隊の隊員は三番隊の隊員の肩を掴む。

「いいか、俺達は何も見ちゃいねぇ。他人の揉め事に首突っ込んでもいい事なんてねぇぜ? ましてや痴情ちじょうのもつれなんて……どんな火傷やけどするか分かったもんじゃねぇ。ライエだってあんな場面見られたくないんじゃねぇか?」

 三番隊の隊員はチラリとカフェを見る。

「確かに……その通りだな。うん、何も見てねぇ。それがいい」

 二番隊の隊員は納得したようだ。

「そういう事だ。さっさと涼もうぜ」


 ◇◇◇


 夕方。

(もう少し何とかなりそうなんだけどなぁ……)

 日課の修行を終えた俺は始まりの家へ戻る。アウスレイ支部へ奇襲攻撃を仕掛けた際に使用した古代魔法、山崩し。あまりの高威力の為周りに与える被害が大きすぎるのが難点。だったら魔力シールドで破壊する対象をくるんでしまえばいい、と練習してきた魔法だ。
 アウスレイにいては、支部全体に魔力シールドが張ってあるから、と言うのでそのまま試してみた所、シールドが脆弱ぜいじゃくだったのか魔法の威力が強すぎたのか……魔力シールドなど初めからなかったかの如く、見事アウスレイは粉々に吹き飛び瓦礫の隕石を降らせるに至ったのだ。人を当てにしてはいけない、教訓である。やるなら自分でシールドまでしっかりと張らなければ、と大いに反省し、アルマドに戻ってからは始まりの家から程近い荒野で毎日練習をしているのだ。
 大分いい感じになってきてはいるのだが、少し油断するとシールドが薄くなってしまい爆発の威力を押さえ込めなくなる。まぁこればかりは反復練習するしかなさそうだ。
 他にも鍛えたい魔法は色々ある。魔散弾まさんだんの数ももっと増やしたいし、山崩し以外の古代魔法も覚えたいし……全くもって時間が足りん。焦る必要こそないのだが、俺の性格からすると放っておけばいつまでもそのままにしておきそうな気が……

 などと考えながら寝泊まりしている三番隊の宿舎へ行くと、入り口の前にライエが立っていた。

「コウ! 終わったの?」

「ああ、そうだけど……どした?」

「うん……あのさ……ごはん行かない?」

「ごはん? いいけど……急にどうしたの?」

「いいじゃない、たまにはデートしよ?」

「デートぉ? ……本当ほんとにどした?」

「色々話聞きたいし……ほら! ドクトルの修行、どんなだったか? とかさ」

「う~ん、ま、いいよ。汗流して着替えもしたいから、ちょっと時間もらっていい?」

「うん、じゃああとでね」


 ◇◇◇


「じゃ、カンパ~イ」

 チン、とグラスを鳴らす。ここは始まりの家から少し離れたパブ。美味しいワインを出すそうで参謀部のエイナさんとよく来るらしい。

「ねぇ、コウはどうやってドクトルと知り合ったの?」

 ……説明が難しい。

 別の世界から来た、というのは伏せておきたい。

「え~とね――」

 出来る限り嘘をつかず、つライエが納得するようにどうにかこうにか説明する。レイシィとの出会い、弟子入り、ラスカのオーク襲撃やイゼロンでの出来事。俺の話をライエは興味深そうに聞いていた。

 同時にライエの話も聞いた。彼女の生い立ち、なぜ傭兵になったのか?

 彼女の出身はここミラネル王国からずっと南、内海に面した小国だそうだ。両親は国境に近い街の郊外で農場を営んでいた。決して大きな農場ではなく、特別裕福な家でもなかったが、それでも充分幸せだった。しかし突然その幸せは崩れ去る。戦争だ。
 外交で揉め小競り合いが続いていた隣国がとうとう兵を挙げた。国境に近いその街は瞬く間に戦禍に巻き込まれ、侵攻してきた敵兵によって両親は惨殺、彼女は弟を連れ辛うじて逃げ延びた。ライエが八歳、弟は四歳だったそうだ。

 二人は難民として国内を転々としたのち、他国に住む母方の祖父母を頼り国を出た。幼い二人にとっては過酷な旅だっただろう。
 祖父母との生活の中でライエに魔法の才がある事が判明すると、地元の小さな魔導学校へ通わせてもらえる事になった。ここで魔法の基礎を学んだそうだ。しかしそんな生活も数年で終わった。高齢だった祖父母が相次いで他界したのだ。卒業を待たずして彼女は学校を退学した。

 その後生きる術を探して辿り着いたのが傭兵団ジョーカー。いくら報酬がいいとはいえ、なぜこんなにも危険な仕事を選んだのか? それはひとえに弟の夢の為だった。
 弟は商売をしたいと考え商人になる事を望んだのだ。しかしその為には最低限の知識や学問、教養が必要だ。学校に通っていなかった弟には難しい。だったら学校に通わせよう、彼の夢を応援しよう、ライエはそう考えたのだ。
 彼女の弟は現在とある国で学校に通いながら寮生活を送っている。彼女は弟の学費と生活費を稼ぐ為にジョーカーで戦っているのだ。

 ……何と言うか、相当ハードな人生だと思う。でも彼女はスレていない。ブロスのように(?)ひねくれていない。明るく素直で優しい。辛い思いをしてきたからこそ、人に優しく出来るのだと思った。しかし彼女は「よくある話でしょ?」と笑っていた。

 そう、ここはそういう世界なのだ。


 ◇◇◇


 店を出て始まりの家へ戻る。その道中、ふとライエの歩みが遅くなった事に気付いた。振り返るとライエは下を向いている。

「ライエ、どした?」

「うん、何でもない」

「……そう」

 再び歩き出す。そして始まりの家が見えてきたその時、

「コウ」

 ライエに呼び止められた。

「何?」

「うん……あのね、もしも……」

「……もしも?」

「あ、うん……もしもね、あの……」

 再び言葉が途切れる。

「ライエ?」

「うん、ゴメン……何でもない。ゴメンね」

「いや、何でもないって……どしたの?」

本当ほんと、何でもない。大丈夫……大丈夫」

 ニコッと笑うライエ。

「あ、寄るとこあったの忘れてた……ゴメン、コウ、先に帰ってて?」

「いいよ、付き合うよ?」

「ううん、大丈夫、一人で平気だよ」

「そう……分かった。じゃあ、また明日」

「うん…………またね」

 そう言うとライエは今歩いてきた道を走って戻り始めた。俺は若干の違和感を感じながらも三番隊の宿舎へ向かう。

 そして翌日、ライエは始まりの家から姿を消した。
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