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スクールライフは何色に?
第24話 これがおれの虹色ライフ!!!!
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尾上山の広場にはおれとカオルと花咲里さん、そして大熊高校のジョージとプリン、他数名が集結していた。
カオルにオモチャにされたのはおれのほうなのに、なぜ神様はこんな試練を立て続けに与えるのだ!? ドSなのか!? それとも、もはや神様などいないのか!?
カオルに勝つために、大熊高校のジョージに花咲里さんとのお茶会を交換条件に特訓をつけてもらっていたとバレたら、きっと花咲里さんに虫唾が走るほど、深く軽蔑されてしまうだろう。
ああ、さっきの天使の笑顔がはるか昔の出来事のように思えるぜ。ちくしょう、なんだよ、この天国から地獄。
それに、花咲里さんだけじゃない。彼女を出汁にしたことが知れたら、車検の連中からも爪はじきにされてしまうだろう。
ただでさえ高校で居場所がほとんどないのに、唯一話せるクラスメイトに嫌われ、車検にも居場所がなくなったら、おれのスクールライフはそれこそ黒歴史に……
そう思って、おれはハッとした。
合宿のときに、なんとなく蚊帳の外にされた気がして、居心地を悪く感じていたのに、今はやっぱりそのクラブや部室がなくなったら……なんて考えている。おれは知らないうちに、あの場所を拠り所にしていたのか。
いや、違う。そうじゃない。
今はっきりと自覚した。
おれは、やっぱりあの部活が、みんなのことが好きなんだ! 馬鹿だ馬鹿だと思いながらも、好きだからこそ、みんなと同じ輪の中にいたいし、みんなと同じ時間を共有したいと願うんだ。
おれにとって、この車検こそが他ならぬ虹色の高校生活なんだ!
『自分のいった言葉の責任はちゃんと果たさなきゃだめだよ』
そういったカオルの言葉が頭の中でリフレインしている。そうだ。今、おれが守らなきゃいけないのは自分自身の身体でも、ましてやくだらないプライドや面子なんかでもない。
おれはカオルにいったんだ。
「花咲里さんのことはおれが守る」って。
だったら、例えジョージにぶん殴られたとしても、花咲里さんのことを守らなきゃいけないに決まってるだろう!
おれは、肩を組むジョージの腕をするりと抜けると、身体一つぶん離れて彼と対峙する。おれより二回りほども大きなジョージを見上げ、おずおずと口を開く。
「あの……ジョージさん。実は……」
「なんだ? 来道シュン」
うひょお、やっぱり怖えぇよ! こいつ、まるで熊だよ、クマ!
「実は花咲里さんのことは口からの出まかせでしたー」なんて口走ったら、この長身のからのドストレートを顔面にブチ込まれて再起不能になりかねないぞ!
いや、確かに思ったよ! 守るのは自分の身体なんかじゃないって。でも相手が悪すぎるだろ!
だいたいなんで、この男、ハントライダーのくせにこんなガタイでかいんだよ! ほとんど格闘家のサイズじゃねぇか!
ちくしょう、どうやったらこんなやつに勝てるんだよ……!
と、おれは気付いた。
そうか、なにもおれが真正面切って殴り合いをして戦う必要はないんだ! ときに狡猾に相手を出し抜くことだって、立派なハントライダーの能力! エンツォだって、これまでに何度もそうやって勝ってきたではないか!
おれは意を決し、短く息を吸うと真剣な声でジョージにいう。
「ジョージさん、お茶会なんですけれど、いきなり二人きりっていうのはやっぱり難しいっていうか……ほら、彼女も緊張しちゃうと思うんで、とりあえず、今日のところは、おれたちみんなでティーパーティなんてどうですか?」
「ほう、なるほど……それで、まずお近づきになるということか」
ジョージは悪くない、というふうにあごを撫でてうなずく。
「みんなで楽しい雰囲気を作ったほうが、より親密になれるでしょう? 店は港町交差点の近くに『あしびば』ってカフェがあるので、このあとそこで集まりましょう。おれたちも用意したらすぐ行きます」
おれがいうと、ジョージは納得したらしく「楽しみにしているぞ」と一団を引き連れてぞろぞろと山を下りていった。
ホッと胸をなでおろしたところで、今度はカオルが「どういうことか、説明してくれるんだよね?」と、腕の中に花咲里さんを抱きとめたまま、強い口調でいった。おれはカオルたちに向き直ると、二人をまっすぐに見据えた。
「花咲里さん……ジョージたちのつきまといは、今日で終わらせるって約束する。そのために、おれと一緒に来て欲しいんだ。花咲里さんのことは、絶対におれが守るから」
「それを信じる根拠はあるの?」
カオルがいった。そういわれると、絶対に、といったおれの根拠は乏しいかもしれない。でも、たとえおれの作戦が失敗したとしても、最悪おれがやつらに殴られてそれで済むなら……
「わん、ライドウ君と一緒に行く」
「アカネちゃん……」
「ライドウ君のこと、信じとる。だから……もし、危ない目に遭いそうになったら、わんのこと、助けてくれる?」
花咲里さんが潤んだ目でまっすぐに見つめてきていた。このとき、おれは固く決意した。口先だけじゃなくて、絶対に、おれの手で花咲里さんのことを守ってみせるって。
「うん、おれはエンツォや車検の先輩ほど、頼りになる人間じゃないけれど、花咲里さんのことを守るって約束する」
花咲里さんはおれの言葉に花のように優しく微笑んだ。
「ライドウ君……ありがっさまりょん」
「はいはーい、もうお腹いっぱい! ごちそうさま! それで、どうやってあのジョージたちからアカネちゃんを守るつもり? なにか考えがあるんでしょ?」
カオルが割って入る。せっかくいい雰囲気だったのに! 小さくため息をついて、おれはカオルに簡単に説明をする。
「うん。この後、ジョージたちと港町のあしびばっていうお店で、お茶会をするって約束してる。そこに一緒に来てほしい」
「お茶会?」
「もちろん、それはジョージを誘いだすためのエサ。花咲里さんはただ座っていてくれたらそれでいいよ。カオルさんはそのまま、男の子モードでついてきてくれますか? ジョージたちは、前に腕相撲で負けたのが頭に来てるみたいで、女の子モードだと話がややこしくなるから。今のカオルさんが同一人物だってことには気づいてないと思います。万が一のときは、花咲里さんを連れて逃げて欲しいんだ」
「わかった。それで、一体どうやってジョージにつきまといをやめさせるの?」
カオルの質問におれは自信満々に自分のスマホを掲げて見せる。
「この中に秘密兵器を持ってるんだ」
カオルと花咲里さんはきょとんとして、顔を見合わせた。
**
その日の午後、カフェ『あしびば』におれたち三人と、ジョージとその取り巻き三人の七人が集合していた。ジョージはなぜかスーツにネクタイ姿で、まるでお見合いに来たみたいに、ガチガチに固まってる。よほど女の人との付き合いがなかったんだな。まあ、おれがいえた立場じゃないけど。
このカフェ『あしびば』は美人店長がいることで学校でも話題になる店で、その店長目当てにやってくる男子は少なくない。店内も南フランスのリゾート地を思わせる上品なオフホワイトで統一されていて、センスの良さがうかがえる。路面店ではなくテナントの二階にあるので、チェーン店のスタービレッジカフェのように、意識高い人でごった返すこともない、知る人ぞ知る隠れ家的なカフェだ。
窓側にジョージたち四人が並び、その対面におれたち三人が座る。もちろん、和気あいあい、なわけはなく、しんとした沈黙のなか、店主が各々注文したドリンクをテーブルの上に並べていった。
「そ、それでは……まずは、じ、自己紹介から……」
ガチガチに緊張した様子でジョージが口を開く。なんていうか、こいつ、思ったほど悪者じゃないのかもしれない。ただ単純に女の人との付き合い方を知らないだけで。だからといって花咲里さんへのつきまといを、これ以上させるわけにはいかない。
「ジョージさん。実は、あと一人来る予定なんです。少し待ってもらってもいいですか?」
「あと一人? そうか、確かに四対四のほうがいいな」
合コンかよ。
ちらりと横目で花咲里さんを見ると、多少不安げにしてはいるものの、以前みたいにジョージに対して怯えた様子は見せていない。きっと、おれを信じているといってくれた、あの気持ちの表れなんだ。必ずそれに答えてあげなきゃ。
そのとき、入口の扉に取り付けられていたウィンドチャイムがきらきらとした輝くような音を奏で、新たに客が来たことを知らせた。その場にいた全員の視線がすっと入口に向き、次の瞬間、ジョージが狼狽したようにガタンと椅子を倒して立ち上がった。
「あ、兄貴!? なんでここに!?」
入口のドアをくぐるようにして店内に入ってきたのは、サングラスに坊主頭をしたヒグマのような巨体。金曜日にマイクロとの特訓中に出会ったプロ格闘家、城実篤だった。
「さ、実篤さんだぁっ!」
カオルが目をらんらんと輝かせながら、興奮して黄色い声をあげた。
「電話をくれたのは君だな、ライドウ君」
「な、なぜ来道が兄貴の電話番号を知っているんだ!?」
ジョージがおれにそういったのを実篤が張りのある声で一喝する。
「黙れ次是琉! 貴様、また性懲りもなく俺のハーレーを勝手に持ち出しやがったな!」
ジョージって本名ジゼルっていうの?! じょうじぜるだから通称ジョージか。なるほど。つうか、本名のほうがインパクト強すぎる名前じゃねえか!
「あ、兄貴。そいつは今、あの……」
「ジゼル、俺の目が節穴だとでも思っているのか! すでに貴様が修理に出した板金屋の調べはついている。観念しろ」
実篤は固めた拳を反対の手で包み込み、まるで枯れ枝を折るようにバキバキと指を鳴らす。
「ゆ、許してくれ! 兄貴!」
青い顔をしながらジョージ、いやジゼル(笑)は後ずさる。その隙に取り巻きの三人は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。
「頼む、何でもする!」
「ほう。何でも……か。どうする、来道君」
おれに意見を求めるように実篤はちらりとこちらに視線を送る。
「それじゃあ、ジョージさん。彼女への……花咲里さんへのつきまといは金輪際やめてくれますか?」
「や、やめる! もう彼女に手は出さない。だから、許してくれ!」
ジョージは床に両手をついて、土下座をしていた。よっぽど実篤さんが怖いんだな。それはそれでちょっとかわいそうな気もするけど……でも、それとこれとは話は別!
「こういっているが、どうする? 来道君」
「いいよね、花咲里さん」
「はい。わんは、それで大丈夫だりょっと」
「だとよ。命拾いしたな、ジゼル」
よく響く低い声で実篤がそういうと、ジョージは慌てて立ち上がり、「し、失礼します!」と腰を折って礼をしてバタバタと店を後にした。
か
まるで嵐が過ぎ去ったあとのように、店内に奇妙な静寂が訪れていた。
おれは腹の底から震えるようなため息をつくと、どすんと崩れるように椅子にへたり込む。
「だ、大丈夫? ライドウ君?」
「大丈夫……でも、緊張したぁ」
そういって天井を仰ぎ見ると、花咲里さんはおれの手を取ってにっこりと笑った。
「わんのために、本当にありがっさまりょうた」
「うん。どういたしまして……あのさ、花咲里さん。おれたち、これからもクラスメイトとして、仲良くやっていこうな」
おれがそういうと、花咲里さんはふるふると首を振った。
え!? 否定!? そんな!!
「ライドウ君。さっき、いえんかったち、もう一度ちゃんといいたいの」
「え……」
これって、もしかして……本当にもしかするの!? 花咲里さんは言葉を紡ぐようにゆっくりとその唇を開く。
「わん、ライドウ君のこと、す……」
「実篤さんッ!」
どわっ! びっくりした!
カオルが目をきらきらとさせながら、飛びつくような勢いで実篤の丸太のような腕をつかんでいた。
サングラスをしているために実篤の表情は見えないけれど、驚いているのは間違いないだろう。
「あの、ボクからもお願いがあるんですけれどっ!」
興奮して鼻の穴が大きくなっちゃってるよ! 閉じて閉じて!
カオルは自身より二回りも大きなこの格闘家にむかって、まるで告白するような勢いでいった。
「ぜひ……ボクと腕相撲してみませんかッ!?」
……ん? なにを……?
**
その日の夜。
おれと花咲里さんは実篤のくれたチケットで、総合格闘技大会『SUPER MATRIX』の大会を見に行った。それはおれにとって、記念すべき人生初デートだったわけなんだけど、大会で一番注目されていた『城実篤vs渡治郎丸』のメインイベントは、城実篤の急病という理由で中止になり、会場内は失望と怒号が入り乱れて騒然としていたのが、ちょっとだけ苦い思い出になった。
あ、実篤の欠場については、決しておれのせいではない、ということだけは、強くいっておきたい。
あと、あの空気の中、代役としてリングにあがり、一人で胡散臭いカンフーの演舞をやってのけた、怪しげな中国人には心からの拍手を送りたいと思った。
カオルにオモチャにされたのはおれのほうなのに、なぜ神様はこんな試練を立て続けに与えるのだ!? ドSなのか!? それとも、もはや神様などいないのか!?
カオルに勝つために、大熊高校のジョージに花咲里さんとのお茶会を交換条件に特訓をつけてもらっていたとバレたら、きっと花咲里さんに虫唾が走るほど、深く軽蔑されてしまうだろう。
ああ、さっきの天使の笑顔がはるか昔の出来事のように思えるぜ。ちくしょう、なんだよ、この天国から地獄。
それに、花咲里さんだけじゃない。彼女を出汁にしたことが知れたら、車検の連中からも爪はじきにされてしまうだろう。
ただでさえ高校で居場所がほとんどないのに、唯一話せるクラスメイトに嫌われ、車検にも居場所がなくなったら、おれのスクールライフはそれこそ黒歴史に……
そう思って、おれはハッとした。
合宿のときに、なんとなく蚊帳の外にされた気がして、居心地を悪く感じていたのに、今はやっぱりそのクラブや部室がなくなったら……なんて考えている。おれは知らないうちに、あの場所を拠り所にしていたのか。
いや、違う。そうじゃない。
今はっきりと自覚した。
おれは、やっぱりあの部活が、みんなのことが好きなんだ! 馬鹿だ馬鹿だと思いながらも、好きだからこそ、みんなと同じ輪の中にいたいし、みんなと同じ時間を共有したいと願うんだ。
おれにとって、この車検こそが他ならぬ虹色の高校生活なんだ!
『自分のいった言葉の責任はちゃんと果たさなきゃだめだよ』
そういったカオルの言葉が頭の中でリフレインしている。そうだ。今、おれが守らなきゃいけないのは自分自身の身体でも、ましてやくだらないプライドや面子なんかでもない。
おれはカオルにいったんだ。
「花咲里さんのことはおれが守る」って。
だったら、例えジョージにぶん殴られたとしても、花咲里さんのことを守らなきゃいけないに決まってるだろう!
おれは、肩を組むジョージの腕をするりと抜けると、身体一つぶん離れて彼と対峙する。おれより二回りほども大きなジョージを見上げ、おずおずと口を開く。
「あの……ジョージさん。実は……」
「なんだ? 来道シュン」
うひょお、やっぱり怖えぇよ! こいつ、まるで熊だよ、クマ!
「実は花咲里さんのことは口からの出まかせでしたー」なんて口走ったら、この長身のからのドストレートを顔面にブチ込まれて再起不能になりかねないぞ!
いや、確かに思ったよ! 守るのは自分の身体なんかじゃないって。でも相手が悪すぎるだろ!
だいたいなんで、この男、ハントライダーのくせにこんなガタイでかいんだよ! ほとんど格闘家のサイズじゃねぇか!
ちくしょう、どうやったらこんなやつに勝てるんだよ……!
と、おれは気付いた。
そうか、なにもおれが真正面切って殴り合いをして戦う必要はないんだ! ときに狡猾に相手を出し抜くことだって、立派なハントライダーの能力! エンツォだって、これまでに何度もそうやって勝ってきたではないか!
おれは意を決し、短く息を吸うと真剣な声でジョージにいう。
「ジョージさん、お茶会なんですけれど、いきなり二人きりっていうのはやっぱり難しいっていうか……ほら、彼女も緊張しちゃうと思うんで、とりあえず、今日のところは、おれたちみんなでティーパーティなんてどうですか?」
「ほう、なるほど……それで、まずお近づきになるということか」
ジョージは悪くない、というふうにあごを撫でてうなずく。
「みんなで楽しい雰囲気を作ったほうが、より親密になれるでしょう? 店は港町交差点の近くに『あしびば』ってカフェがあるので、このあとそこで集まりましょう。おれたちも用意したらすぐ行きます」
おれがいうと、ジョージは納得したらしく「楽しみにしているぞ」と一団を引き連れてぞろぞろと山を下りていった。
ホッと胸をなでおろしたところで、今度はカオルが「どういうことか、説明してくれるんだよね?」と、腕の中に花咲里さんを抱きとめたまま、強い口調でいった。おれはカオルたちに向き直ると、二人をまっすぐに見据えた。
「花咲里さん……ジョージたちのつきまといは、今日で終わらせるって約束する。そのために、おれと一緒に来て欲しいんだ。花咲里さんのことは、絶対におれが守るから」
「それを信じる根拠はあるの?」
カオルがいった。そういわれると、絶対に、といったおれの根拠は乏しいかもしれない。でも、たとえおれの作戦が失敗したとしても、最悪おれがやつらに殴られてそれで済むなら……
「わん、ライドウ君と一緒に行く」
「アカネちゃん……」
「ライドウ君のこと、信じとる。だから……もし、危ない目に遭いそうになったら、わんのこと、助けてくれる?」
花咲里さんが潤んだ目でまっすぐに見つめてきていた。このとき、おれは固く決意した。口先だけじゃなくて、絶対に、おれの手で花咲里さんのことを守ってみせるって。
「うん、おれはエンツォや車検の先輩ほど、頼りになる人間じゃないけれど、花咲里さんのことを守るって約束する」
花咲里さんはおれの言葉に花のように優しく微笑んだ。
「ライドウ君……ありがっさまりょん」
「はいはーい、もうお腹いっぱい! ごちそうさま! それで、どうやってあのジョージたちからアカネちゃんを守るつもり? なにか考えがあるんでしょ?」
カオルが割って入る。せっかくいい雰囲気だったのに! 小さくため息をついて、おれはカオルに簡単に説明をする。
「うん。この後、ジョージたちと港町のあしびばっていうお店で、お茶会をするって約束してる。そこに一緒に来てほしい」
「お茶会?」
「もちろん、それはジョージを誘いだすためのエサ。花咲里さんはただ座っていてくれたらそれでいいよ。カオルさんはそのまま、男の子モードでついてきてくれますか? ジョージたちは、前に腕相撲で負けたのが頭に来てるみたいで、女の子モードだと話がややこしくなるから。今のカオルさんが同一人物だってことには気づいてないと思います。万が一のときは、花咲里さんを連れて逃げて欲しいんだ」
「わかった。それで、一体どうやってジョージにつきまといをやめさせるの?」
カオルの質問におれは自信満々に自分のスマホを掲げて見せる。
「この中に秘密兵器を持ってるんだ」
カオルと花咲里さんはきょとんとして、顔を見合わせた。
**
その日の午後、カフェ『あしびば』におれたち三人と、ジョージとその取り巻き三人の七人が集合していた。ジョージはなぜかスーツにネクタイ姿で、まるでお見合いに来たみたいに、ガチガチに固まってる。よほど女の人との付き合いがなかったんだな。まあ、おれがいえた立場じゃないけど。
このカフェ『あしびば』は美人店長がいることで学校でも話題になる店で、その店長目当てにやってくる男子は少なくない。店内も南フランスのリゾート地を思わせる上品なオフホワイトで統一されていて、センスの良さがうかがえる。路面店ではなくテナントの二階にあるので、チェーン店のスタービレッジカフェのように、意識高い人でごった返すこともない、知る人ぞ知る隠れ家的なカフェだ。
窓側にジョージたち四人が並び、その対面におれたち三人が座る。もちろん、和気あいあい、なわけはなく、しんとした沈黙のなか、店主が各々注文したドリンクをテーブルの上に並べていった。
「そ、それでは……まずは、じ、自己紹介から……」
ガチガチに緊張した様子でジョージが口を開く。なんていうか、こいつ、思ったほど悪者じゃないのかもしれない。ただ単純に女の人との付き合い方を知らないだけで。だからといって花咲里さんへのつきまといを、これ以上させるわけにはいかない。
「ジョージさん。実は、あと一人来る予定なんです。少し待ってもらってもいいですか?」
「あと一人? そうか、確かに四対四のほうがいいな」
合コンかよ。
ちらりと横目で花咲里さんを見ると、多少不安げにしてはいるものの、以前みたいにジョージに対して怯えた様子は見せていない。きっと、おれを信じているといってくれた、あの気持ちの表れなんだ。必ずそれに答えてあげなきゃ。
そのとき、入口の扉に取り付けられていたウィンドチャイムがきらきらとした輝くような音を奏で、新たに客が来たことを知らせた。その場にいた全員の視線がすっと入口に向き、次の瞬間、ジョージが狼狽したようにガタンと椅子を倒して立ち上がった。
「あ、兄貴!? なんでここに!?」
入口のドアをくぐるようにして店内に入ってきたのは、サングラスに坊主頭をしたヒグマのような巨体。金曜日にマイクロとの特訓中に出会ったプロ格闘家、城実篤だった。
「さ、実篤さんだぁっ!」
カオルが目をらんらんと輝かせながら、興奮して黄色い声をあげた。
「電話をくれたのは君だな、ライドウ君」
「な、なぜ来道が兄貴の電話番号を知っているんだ!?」
ジョージがおれにそういったのを実篤が張りのある声で一喝する。
「黙れ次是琉! 貴様、また性懲りもなく俺のハーレーを勝手に持ち出しやがったな!」
ジョージって本名ジゼルっていうの?! じょうじぜるだから通称ジョージか。なるほど。つうか、本名のほうがインパクト強すぎる名前じゃねえか!
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「ジゼル、俺の目が節穴だとでも思っているのか! すでに貴様が修理に出した板金屋の調べはついている。観念しろ」
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青い顔をしながらジョージ、いやジゼル(笑)は後ずさる。その隙に取り巻きの三人は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。
「頼む、何でもする!」
「ほう。何でも……か。どうする、来道君」
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「や、やめる! もう彼女に手は出さない。だから、許してくれ!」
ジョージは床に両手をついて、土下座をしていた。よっぽど実篤さんが怖いんだな。それはそれでちょっとかわいそうな気もするけど……でも、それとこれとは話は別!
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「いいよね、花咲里さん」
「はい。わんは、それで大丈夫だりょっと」
「だとよ。命拾いしたな、ジゼル」
よく響く低い声で実篤がそういうと、ジョージは慌てて立ち上がり、「し、失礼します!」と腰を折って礼をしてバタバタと店を後にした。
か
まるで嵐が過ぎ去ったあとのように、店内に奇妙な静寂が訪れていた。
おれは腹の底から震えるようなため息をつくと、どすんと崩れるように椅子にへたり込む。
「だ、大丈夫? ライドウ君?」
「大丈夫……でも、緊張したぁ」
そういって天井を仰ぎ見ると、花咲里さんはおれの手を取ってにっこりと笑った。
「わんのために、本当にありがっさまりょうた」
「うん。どういたしまして……あのさ、花咲里さん。おれたち、これからもクラスメイトとして、仲良くやっていこうな」
おれがそういうと、花咲里さんはふるふると首を振った。
え!? 否定!? そんな!!
「ライドウ君。さっき、いえんかったち、もう一度ちゃんといいたいの」
「え……」
これって、もしかして……本当にもしかするの!? 花咲里さんは言葉を紡ぐようにゆっくりとその唇を開く。
「わん、ライドウ君のこと、す……」
「実篤さんッ!」
どわっ! びっくりした!
カオルが目をきらきらとさせながら、飛びつくような勢いで実篤の丸太のような腕をつかんでいた。
サングラスをしているために実篤の表情は見えないけれど、驚いているのは間違いないだろう。
「あの、ボクからもお願いがあるんですけれどっ!」
興奮して鼻の穴が大きくなっちゃってるよ! 閉じて閉じて!
カオルは自身より二回りも大きなこの格闘家にむかって、まるで告白するような勢いでいった。
「ぜひ……ボクと腕相撲してみませんかッ!?」
……ん? なにを……?
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その日の夜。
おれと花咲里さんは実篤のくれたチケットで、総合格闘技大会『SUPER MATRIX』の大会を見に行った。それはおれにとって、記念すべき人生初デートだったわけなんだけど、大会で一番注目されていた『城実篤vs渡治郎丸』のメインイベントは、城実篤の急病という理由で中止になり、会場内は失望と怒号が入り乱れて騒然としていたのが、ちょっとだけ苦い思い出になった。
あ、実篤の欠場については、決しておれのせいではない、ということだけは、強くいっておきたい。
あと、あの空気の中、代役としてリングにあがり、一人で胡散臭いカンフーの演舞をやってのけた、怪しげな中国人には心からの拍手を送りたいと思った。
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