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第6章 俺、力持ってる?

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「クソッ」
 最初の突きは避けられた仁だったが、その後は腕を前にしてガードを固めるだけで打たれるがままになっている。鍔木はそのガードの上からも攻撃を加えていた。鞘火は防戦一方である仁の様子を歯噛みして見守っている。
「残り3分な」
「ガハッ!」
 とうとうガードは破られ、鍔木の拳が仁の腹部に深く突き刺さった。突いた体制のまま、鍔木は仁に語り掛けた。
「このままでは勝ち目が薄い事はお分かりでしょう?降参してはいただけませんか」
「い、イヤです」
 霊力を使うたびに襲ってくる頭痛に、腹部に刺さったままの鍔木の拳。仁は心が折れかけているが、時間切れまで粘れば勝ちなのだ。制限時間も半分を切っている。減俸の事を思えば体の痛みなど・・・・・・・・
「減俸が気になりますか?ご安心下さい、このまま負けを認めれば、仁殿のバイト代の事は経理の私が何とかしましょう」
 それは悪魔の誘惑だった。仁の体からみるみる力が抜けていく。
「職権乱用だろ!」
「さすがは鍔木、凄まじい心理戦じゃ」
 所長は驚き、水緒は感心したように唸っている。しかし、それでおさまらないのは鞘火である。
「ウルァ!少年!このまま負けて私がメイド服を着るハメになったら、その期間は徹夜で折檻するぞ!最初の基礎訓練は私の担当になっているんだ!毎日悪夢にうなされるほどにジックリと面倒をみてやる!!」
 腕を振り回し、怒りの気炎を上げる鞘火。
仁の肩が大きく震えた。失いかけていた闘志が甦っていくのを全員が感じる。
「あの人は、ヤル、と言ったら絶対にヤルでしょう・・・・・・短い付き合いですが、分かります」
 仁は絶望したような顔をして鍔木に気合の入った目を向けた。
「ようし、よし。それでいい。死んでも勝て!勝てなかったら死ね!分かったな!!」
 最初と同じ激と飛ばし、仁に闘志が戻ったことにひとまず安堵する鞘火。
 鍔木は仁の目を強く見返している
「説得が通用しなかったのは残念です。しかし、この状態から逆転の目はありますか?」
 未だ仁の腹部には鍔木の拳が入ったままだ。
「私は既に勝つための葉をまき終りました」
 静かに拳を引く鍔木。仁は腹部を抑えて唸っている。そんな仁を見下ろして再度鍔木は語り掛ける。
「これが最後です。降参してください」
「お断りします」
 仁は、痛みをこらえつつ泣き笑いのような顔で、きっぱりと断った。
「残念です」
 鍔木はゆっくりを右手を前に持ち上げて、指を鳴らした。
「『樹界』」
 四方からシュガーバインの蔓が伸び、一瞬で仁の全身を拘束した。
「こ、これは」
 仁がもがいている間にも、蔓は成長を続け、幾重にも仁の体に巻き付いていく。
「先程の攻撃している間に、周りに葉や蔓を落としておりました」
 よく見れば、鍔木が手足に巻いていたシュガーバインの蔓や葉は全て無くなっている。
「遠距離からでは火行で防がれてしまう可能性も高かったですが、近距離からでは今の仁殿に防ぐのは難しいでしょう」
 既に仁はまったく動けない程、蔓を全身に巻き付かれている。体の自由を奪われた仁を、鍔木は座った目で見つめた。
「本来なら、このままのカウントを待つところですが・・・・・・・」
 両手を前に出してファイティグポーズを取る。
「余計な事をされては適いません。このままサンドバックになっていだきます。意識がなくなるか、十五秒間殴られ続けるか・・・・・・どちらでも結構ですよ」
「ん~、ん~」
 口にも蔓が巻かれている仁は、悲鳴を上げることもできない。本気の目をした鍔木に怯えた目を向けるだけだ。
「十四~」
 所長は、仁が完全に拘束されたのを確認して、カウントを始めた。同時に鍔木の拳が深々と仁にボディーに突き刺さる。右のショートアッパーだ。
「だから、降参しろと言いましたのに・・・・・・・・もう、遅いですよ」
「十三~」
 今度は左のアッパー。
「おぉう、エグイのぉ。意識を刈り取るなら顎に一発入れてやればいいものを。あれでは気を失いたくても失えんぞ?」
 またも右のアッパー。カウントが進む毎に一発を入れている。
「十二~」
 仁の体は、ボディーへの攻撃を受けてくの字に曲がってしまっている。
「十一~」
 いくら殴られても、その身を縛る蔓が仁が倒れることを許さない。
「ムムムムム」
 鞘火は焦っていた。不幸中の幸いというべきか、何故か鍔木は一気に仁の意識を刈り取るような一撃を繰り出していない。しかし、このままでは仁が意識を失うのが先か、カウントが終わるのが先か。どちらにしても鞘火のメイド化は近づいている。
「十~」
……何か無いか、何か無いか、何か、何か、何か
 鞘火は全力で思考しているが、状況を打破する方法を思いつかない。
……私が憑神としてちゃんと少年を守ってやれていれば
 鞘火はサンドバック状態の仁を険しい目で見ている。
……私のご主人を好きなように殴りまくっているアイツが許せん!
 殴っている鍔木は、冷静な目をして仁を観察している。一瞬の油断もない。
「七~」
……私が傍にいてやれれば、一瞬で黒こげに・・・・私の炎で守ってやれるのに
 そこまで考えて、鞘火に一つだけ閃いた。しかし、それは訓練を施していない仁にはかなり難しいように思える。しかし、
……このままでは負ける。やらないよりはマシだ!
 一縷の望みにかけ、鞘火は仁に向って叫んだ。
「少年、纏え!炎を纏うんだ!!」
 鞘火の声に、鍔木が動きを止めた。
「自分の体を炎で覆うんだ!大丈夫だ、炎がお前を焼くことは無い!」
 一瞬動きを止めた鍔木だったが、先ほどと同じようにパンチを繰り出した。
「5~」
「確かに、それができれば体に巻き付く蔓を焼き切れような」
 水緒は納得したように言うが、簡単ではない。
自分に炎を纏うというのは無茶な話だ。炎は見ただけで容易に恐怖心を誘う。それを自分の体にという事は、全身火傷を覚悟しろという事だ。大丈夫だと言われても恐怖心が先に立つ。普通の人間の感性では無理だろう。
「それができなきゃ、自爆しろ!全身から火を吹き出せぇ!!」
「オイオイ、もう滅茶苦茶だな」
 所長も思わずカウントを忘れて苦笑してしまった。
 仁に鞘火の声は届いているのだろうか?
 仁はボンヤリとした意識の中、かろうじて鞘火の声を拾っていた。
……火を、まとう?よく分からないな。どうすればいいんだろう?でも、火を吹き出すのは簡単そうだなぁ。自爆なら自分でもできるかなぁ
 意識を失いかけているのが逆に功を奏した。通常ならばそんな事はやろうとしてもできるものではないが、意識を失いかけていた仁には、鞘火の言葉の意味を考える余裕も思考能力も残っていなかった。ただ、従うだけだ。
「二~」
 カウントが無情に進む。それまで、連打を続けていた鍔木は、攻めつかれたのか、ここまでカウントが進めば大丈夫だと思ったのか、手を止めて一歩後ろに下がった。
 鍔木の攻撃を歯を食いしばって耐えていた仁が、更に奥歯に力を込めた。
「ん~~」
 次の瞬間、仁が、爆発した。全身から炎を吹き出して、巻きついていた蔓を焼き落とす。
「キャッ!」
 鍔木は一歩距離を取っていたのが幸いした。炎が届く前に、飛び退く時間があった。
「おっ、ギリギリセーフだ。んで、残り時間は一分な」
 仁から吹き出していた炎は勢いを弱め、体の各所で揺らめいている。
「いいぞ!少年。残った炎はそのまま体に纏うのだ。何でもいいから鎧をイメージしろ!」
 鞘火の声が飛ぶ。
「まとう?よろい・・・・・・」
 意識が朦朧としている仁は、鞘火の言葉に従うだけだ。身に残る炎で鎧をイメージしようとした時、それはきた。
「ぐ、ガァァァァァァァ」
 先程とは比べ物にならないほどの頭痛。仁は、あまりの痛みに悲鳴を上げた。
「お、おい、少年!」
 鞘火は駆け寄ろうと一歩踏み出したが、まだ勝負の最中だと思い出し、足を止める。
 仁の体には既に炎は残っていなかった。頭を抱え込んで膝をついてしまう。その足はブルブルと震えて、力が入っていないことは明らかだった。
「まさか・・・・・・・これが狙いだっとか言わないよな、鍔木」
 鍔木は仁から少しの距離を保ったまま、注意深く仁の様子を観察している。
「・・・・・・・・・・」
 無言のまま、仁に右手を向けて指を鳴らした。先ほどと同じように、仁の体にはシュガーバインの蔓が巻きつくが、その数はかなり少ない。拘束しているというよりはただ巻き付いているだけ、といってもいい程だ。
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