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第2章 俺、死にかけてる?
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意を決して、仁は≪木霊鬼≫へ話しかけた。
「あの~、あまりここら辺で人を驚かせないで貰っていいですか?まぁ、興味本位で縄張りを荒らされて困っているのは分かっているんですが・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「今までは大丈夫でしたが、今後は怪我人が出る可能性もあります。考えたくはないんですが、貴方が人を襲う可能性も捨てきれません」
≪木霊鬼≫は聞こえているのかいないのか、無反応のまま仁に視線を向けている。
仁は≪木霊鬼≫に言葉が聞こえており、理解していると信じて言葉を続けた。
「あなたが人を襲うような事があれば、人に仇なす存在として調伏しないといけなくなります。できれば、その前に封印を受けてもらえませんか?この墓地は荒させないように配慮しますから」
「・・・・・・・・・・・・・」
一応、仁なりに誠意を持って話しかけたつもりなのだが≪木霊鬼≫は黙して語らない。
……やっぱり、聞こえていないのかな?それとも、聞く気がないのか・・・・・
「シ、信じらレない・・・・・・人間ハ嘘をツク。今度は、ダ、騙さレない。ワシを、封印しタ後にヨリシロを切り倒す気ダろう?」
少しつまり気味ではあるが、≪木霊鬼≫は紛れもなく日本語を理解している。低く、かすれた声であるが、しっかりと仁に対して返答してきた。しかし、その口調から仁は説得を始める前よりも敵意が上がっているように感じた。
仁は背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら≪木霊鬼≫を説得する糸口を見つけようと話しかける。
「今度は、という事は、一度人間に封印されたことがあるんですか?」
「イ、一度は人間ヲ信じテ封印を受けタ。ト、土地神とシて祀り、社を建テてくれタ。シ、シカシ、時を置くト社を壊して墓地にしタ。それダケではあきたらず、ワ、我がヨリシロはこの有様ダ。かつテは神木ト呼ばれタ・・・・・・」
≪木霊鬼≫の視線はゴミに囲まれた大きな木に向いている。言葉を重ねるごとに≪木霊鬼≫の怒りの大きさが増していようだ。
「カ、かツテはこの地デ人間を見守っタのダ・・・・・先に裏切っタのは人間ダ!コ、この地に入っテくるものは許すマじ!!」
その言葉と同時に≪木霊鬼≫のまとう黒い霧が爆発的に広がり、仁を包み込む。思わぬ事態に悲鳴を上げて後ろに控える二人に助けを求めた。
「うわ、なんだこれ!?二人共助けて下さい!こんなの交渉不能ですよ!!」
「これも鍛錬だ、もう少し頑張ってみろ~」
鞘火は呑気な声で助けを求める仁に言った。そんな鞘火に対して、仁は切羽詰まった声を上げている。
「イヤ、この黒い霧のせいで視界も悪い上に息苦しいんですよ!体も重いです!こんなんどうしろってんですか!」
仁がパニックになって文句を言っている。
「まぁ、瘴気だからなぁ。息も苦しくなるだろ。人間には毒みたいなものだし・・・・・・包まれたらマズイいかもしれんな。頑張れ!」
「悲鳴と助けで瘴気を吸い込んだのではないか?迂闊としか言い様がないが・・・・・・次にどうなされるのか期待しよう。頑張って下され!」
呑気な鞘火と、助けようとはしない水緒。
仁は先ほど悲鳴を上げて助けを呼んだ時に少なくない量の瘴気を吸い込んでしまっていた。毒霧を思いっきり吸い込んだようなものだ。息苦しさと肺を焼く痛みに喉と胸を抑えてうずくまっていた仁に二人のセリフが聞こえた。
「最悪だよ、あの二人!本当に助ける気ないだろ・・・・・・」
取り敢えず、立ち上がらなくては!と、足に力を入れた仁は何かを引き裂く気配を感じて、かろうじて動く腕で地面を押して体を横倒しにした。
ヒュンッ!
何かが頬の横を高速で通り過ぎた。仁が手を当てて頬を確認すると血が滲んでいる。かろうじて倒れていなければ、喉を切り裂かれていただろう。先ほどまで仁の首があった位置に何かが通り過ぎたのだから。
「よ、よく避けラれタな?・・・・シ、しかしその体デは次はないダろう」
仁の背中から≪木霊鬼≫の声がする。そちらを向くと≪木霊鬼≫が腕を下ろしてこちらを見ていた。その鈎爪には血が滲んでいる。先程の高速の一撃は仁の首を狩ろうと≪木霊鬼≫が高速で鈎爪による攻撃を繰り出してきたものだった。
「タ、退魔師にシては迂闊な小僧ダな。ワ、我ガ気を吸ってカラダを動かせぬトは・・・・・」
≪木霊鬼≫は口元に笑みを浮かべ、動けない仁に対して鈎爪を向けた。
……これ、マジでヤバイかも・・・・・
『窮地に陥った時、まずは現状確認だ。自分のできる事を確認しろ』
『冷静さを失ったものが次に無くすものは命だな』
『実戦では相手が何をしてくるか分からん。相手を観察する力は重要だぞ』
今まで鞘火の拳骨と蹴りによって、文字通り体に叩き込まれてきた実践での心得が仁の頭に浮かんできた。まずは現状確認。
何とかこの場を脱しようと体の動く部位を確認するが、かろうじて手足を動かせる程度で立ち上がることはできそうにない。先程の攻撃で≪木霊鬼≫が仁の目で追うのが難しいほどのスピードを持っているのもわかった。
これまでも鞘火と水緒のスパルタ教育によって何度も窮地に立たされている仁であるが、体が動かない状況で動きの追えない相手をするという状況は初めてである。分析してでた結論は
……俺、死ぬかも
仁は独力での現状回避を諦めた。何もしない内から自分の悲鳴でピンチに陥るというのも情けない話なのだが・・・・・・・・
「向こうの二人も片付ケなければならない」
≪木霊鬼≫は仁に襲いかかろうと一歩を踏み出そうとする。
『そんな時には自分が成さなければならない明日の事を考えろ。最終的には努力と根性だ!諦めない気持ちが力を与えてくれるぞ?』
教訓を言われた時には、さんざん苛めておいて最終的には根性論か!と鞘火にツッコミをいれて、では最終論が必要にならない程鍛えてやろうと更なる特訓を強いられたのだが・・・・・・・あの特訓を思い出すと、体が動くような気がしてきた。ついでに辛かった事を思い出して、胃から酸が上がってきたような気もしてくる。あの特訓は最終的には殺してもらったほうがマシという程に追い込まれた。
「くそぅ、これしきで明日の模試を諦めてたまるか!」
鞘火の苛めのような特訓を耐え抜いて勉強もしてきたのだ。少し位?の命の危機で模試を諦めきれない。その気持ちが仁の両足に力を宿した。
「も、モシ?・・・・・・何だ、それハ?」
模試が何か分からない≪木霊鬼≫は仁が突然立ち上がったことにたじろいた。しかし、その膝は力が入りきらないのかガクガクと震えている。
「タ、立ったダけデはドうしようナいダろう、ひト思いにシネ」
≪木霊鬼≫は身を縮めて仁に飛びかかってきた。先程とは違い、初動は見えたが足が動かないのではどうしようもない。仁はこれまでかと目を閉じたが・・・・・・・
ヒュンッ! ボグッ! ドガッ!
仁の耳に風を切る音と何か肉同士がぶつかる音、その後に激突音が聞こえてきた。
自分のおそるおそる首が繋がっていることを手で触って確かめた仁は、その音の正体を確かめようと目を開けた。
「ハッハッハッハ、命の瀬戸際で模試を気にしているとは、中々大物だね。義弟よ」
「所長!」
仁の前にスーツ姿の男が立っていた。180センチを軽く超える長身の持ち主で、背中まで伸びたストレートの黒髪の似合う彫りの深い美形である。
日本人とはどこか違った雰囲気の持ち主であり、中国大陸できらびやかな甲冑を着込んで、馬上にて鉾を振り回しているのが似合いそうだ。
先程の音は、≪木霊鬼≫が高速で仁に襲いかかろうとした音。それを仁の前に立つ男が蹴りにて迎撃し、最後の音は男の蹴りによって≪木霊鬼≫が吹き飛ばされて依代だという大木に背中から激突した音だ。
「立ち上がるまではよかったが目を瞑ってはいかんな。男子たるもの最後まで目を見開いておくべきだ」
仁に所長と呼ばれた男は、歯を煌めかせながら笑顔を向けていた。
「しかし、あの二人にも困ったものだ。隠れて様子を見ていたから良かったものを、危なく我が義弟が命を落とすところだった。スパルタは程々にと言っておくよ」
爽やかにサムズアップをして仁に言う。
「それに、私の事は兄貴もしくは義兄さんと呼べと教えた筈だが・・・・・・・しかし、お義兄様はノーサンキューだ、別の意味に捉えられてしまうかもしれないからね!」
「・・・・・・・・・・まぁ、所長の意味不明発言は置いておきまして。助けていただいたのにはお礼を言いますよ」
命を助けてもらった割には冷たい仁であった。しかし、所長の参戦で気が抜けたのか足から力が抜けて地面に横たわってしまう。
「なんて冷たい義弟なんだ!立ち上がれもしないくせに!絶対的窮地を救ってあげたのに!」
「いや、隠れて見ていたのなら最初から助けてくださいよ!所長」
「そこは気にするな、義弟よ。一番決まる場面を狙っていただけだから。鞘火、瘴気を消せ。水緒は義弟の回復だ」
所長は瘴気の向こう側でこちらを伺っている筈の二人へ声をかけた。そして、先ほど自分が蹴り飛ばした≪木霊鬼≫へと視線を向ける。
「ふむ、調査では人の命を狙うまで凶悪な妖怪ではなかった筈だが・・・・・・・」
顎に手をかけて所長は気の毒そうに仁をみやりながら言う。
「凶暴化の原因はやっぱりアイツのせいだろうな。半分以上は義弟のせいだと言っていいだろう」
「マジですか・・・・・・・俺はこんな力いらないのに」
「まぁ、そういうな。自分の持って生まれたものだ。愛してやるべきだと思うぞ?それに」
「それに?」
「その力があったから我ら『神威』と出会えたのではないか。それも不幸だというのか?」
所長のその言葉を聞いて、仁は嬉しいような悲しいようなとても複雑な表情を浮かべた。
「どうでしょうか?プラス・マイナスで考えたときにはマイナスの方が大きい気がしますが」
「ハッハッハ。そんなに照れるな。義弟よ・・・・・・さて」
所長は一旦言葉を切り、視線を仁の後ろに向けた。視線の先には蹴りとばされた≪木霊鬼≫が起き上がってこちらを見ている。突然現れた所長に対して警戒しているようだが、蹴り飛ばされた怒りの方が優っているのか、ジリジリとこちらを襲うタイミングを狙っている。所長は起き上がれない仁を≪木霊鬼≫から庇うように前に立つ。
「この状況、最初に出会った時の事を思い出さないか?」
「所長のセリフ、どこかで聞いた事があると思ったら、あの時聞きましたね」
「義兄との衝撃的出会いを思い出して欲しくて再現してみました!」
倒れている仁は、こんな時でも軽口を叩く頼もしい所長の背中を見上げながら、初めて所長と出会った時の事を思い出していた。
「あの~、あまりここら辺で人を驚かせないで貰っていいですか?まぁ、興味本位で縄張りを荒らされて困っているのは分かっているんですが・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「今までは大丈夫でしたが、今後は怪我人が出る可能性もあります。考えたくはないんですが、貴方が人を襲う可能性も捨てきれません」
≪木霊鬼≫は聞こえているのかいないのか、無反応のまま仁に視線を向けている。
仁は≪木霊鬼≫に言葉が聞こえており、理解していると信じて言葉を続けた。
「あなたが人を襲うような事があれば、人に仇なす存在として調伏しないといけなくなります。できれば、その前に封印を受けてもらえませんか?この墓地は荒させないように配慮しますから」
「・・・・・・・・・・・・・」
一応、仁なりに誠意を持って話しかけたつもりなのだが≪木霊鬼≫は黙して語らない。
……やっぱり、聞こえていないのかな?それとも、聞く気がないのか・・・・・
「シ、信じらレない・・・・・・人間ハ嘘をツク。今度は、ダ、騙さレない。ワシを、封印しタ後にヨリシロを切り倒す気ダろう?」
少しつまり気味ではあるが、≪木霊鬼≫は紛れもなく日本語を理解している。低く、かすれた声であるが、しっかりと仁に対して返答してきた。しかし、その口調から仁は説得を始める前よりも敵意が上がっているように感じた。
仁は背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら≪木霊鬼≫を説得する糸口を見つけようと話しかける。
「今度は、という事は、一度人間に封印されたことがあるんですか?」
「イ、一度は人間ヲ信じテ封印を受けタ。ト、土地神とシて祀り、社を建テてくれタ。シ、シカシ、時を置くト社を壊して墓地にしタ。それダケではあきたらず、ワ、我がヨリシロはこの有様ダ。かつテは神木ト呼ばれタ・・・・・・」
≪木霊鬼≫の視線はゴミに囲まれた大きな木に向いている。言葉を重ねるごとに≪木霊鬼≫の怒りの大きさが増していようだ。
「カ、かツテはこの地デ人間を見守っタのダ・・・・・先に裏切っタのは人間ダ!コ、この地に入っテくるものは許すマじ!!」
その言葉と同時に≪木霊鬼≫のまとう黒い霧が爆発的に広がり、仁を包み込む。思わぬ事態に悲鳴を上げて後ろに控える二人に助けを求めた。
「うわ、なんだこれ!?二人共助けて下さい!こんなの交渉不能ですよ!!」
「これも鍛錬だ、もう少し頑張ってみろ~」
鞘火は呑気な声で助けを求める仁に言った。そんな鞘火に対して、仁は切羽詰まった声を上げている。
「イヤ、この黒い霧のせいで視界も悪い上に息苦しいんですよ!体も重いです!こんなんどうしろってんですか!」
仁がパニックになって文句を言っている。
「まぁ、瘴気だからなぁ。息も苦しくなるだろ。人間には毒みたいなものだし・・・・・・包まれたらマズイいかもしれんな。頑張れ!」
「悲鳴と助けで瘴気を吸い込んだのではないか?迂闊としか言い様がないが・・・・・・次にどうなされるのか期待しよう。頑張って下され!」
呑気な鞘火と、助けようとはしない水緒。
仁は先ほど悲鳴を上げて助けを呼んだ時に少なくない量の瘴気を吸い込んでしまっていた。毒霧を思いっきり吸い込んだようなものだ。息苦しさと肺を焼く痛みに喉と胸を抑えてうずくまっていた仁に二人のセリフが聞こえた。
「最悪だよ、あの二人!本当に助ける気ないだろ・・・・・・」
取り敢えず、立ち上がらなくては!と、足に力を入れた仁は何かを引き裂く気配を感じて、かろうじて動く腕で地面を押して体を横倒しにした。
ヒュンッ!
何かが頬の横を高速で通り過ぎた。仁が手を当てて頬を確認すると血が滲んでいる。かろうじて倒れていなければ、喉を切り裂かれていただろう。先ほどまで仁の首があった位置に何かが通り過ぎたのだから。
「よ、よく避けラれタな?・・・・シ、しかしその体デは次はないダろう」
仁の背中から≪木霊鬼≫の声がする。そちらを向くと≪木霊鬼≫が腕を下ろしてこちらを見ていた。その鈎爪には血が滲んでいる。先程の高速の一撃は仁の首を狩ろうと≪木霊鬼≫が高速で鈎爪による攻撃を繰り出してきたものだった。
「タ、退魔師にシては迂闊な小僧ダな。ワ、我ガ気を吸ってカラダを動かせぬトは・・・・・」
≪木霊鬼≫は口元に笑みを浮かべ、動けない仁に対して鈎爪を向けた。
……これ、マジでヤバイかも・・・・・
『窮地に陥った時、まずは現状確認だ。自分のできる事を確認しろ』
『冷静さを失ったものが次に無くすものは命だな』
『実戦では相手が何をしてくるか分からん。相手を観察する力は重要だぞ』
今まで鞘火の拳骨と蹴りによって、文字通り体に叩き込まれてきた実践での心得が仁の頭に浮かんできた。まずは現状確認。
何とかこの場を脱しようと体の動く部位を確認するが、かろうじて手足を動かせる程度で立ち上がることはできそうにない。先程の攻撃で≪木霊鬼≫が仁の目で追うのが難しいほどのスピードを持っているのもわかった。
これまでも鞘火と水緒のスパルタ教育によって何度も窮地に立たされている仁であるが、体が動かない状況で動きの追えない相手をするという状況は初めてである。分析してでた結論は
……俺、死ぬかも
仁は独力での現状回避を諦めた。何もしない内から自分の悲鳴でピンチに陥るというのも情けない話なのだが・・・・・・・・
「向こうの二人も片付ケなければならない」
≪木霊鬼≫は仁に襲いかかろうと一歩を踏み出そうとする。
『そんな時には自分が成さなければならない明日の事を考えろ。最終的には努力と根性だ!諦めない気持ちが力を与えてくれるぞ?』
教訓を言われた時には、さんざん苛めておいて最終的には根性論か!と鞘火にツッコミをいれて、では最終論が必要にならない程鍛えてやろうと更なる特訓を強いられたのだが・・・・・・・あの特訓を思い出すと、体が動くような気がしてきた。ついでに辛かった事を思い出して、胃から酸が上がってきたような気もしてくる。あの特訓は最終的には殺してもらったほうがマシという程に追い込まれた。
「くそぅ、これしきで明日の模試を諦めてたまるか!」
鞘火の苛めのような特訓を耐え抜いて勉強もしてきたのだ。少し位?の命の危機で模試を諦めきれない。その気持ちが仁の両足に力を宿した。
「も、モシ?・・・・・・何だ、それハ?」
模試が何か分からない≪木霊鬼≫は仁が突然立ち上がったことにたじろいた。しかし、その膝は力が入りきらないのかガクガクと震えている。
「タ、立ったダけデはドうしようナいダろう、ひト思いにシネ」
≪木霊鬼≫は身を縮めて仁に飛びかかってきた。先程とは違い、初動は見えたが足が動かないのではどうしようもない。仁はこれまでかと目を閉じたが・・・・・・・
ヒュンッ! ボグッ! ドガッ!
仁の耳に風を切る音と何か肉同士がぶつかる音、その後に激突音が聞こえてきた。
自分のおそるおそる首が繋がっていることを手で触って確かめた仁は、その音の正体を確かめようと目を開けた。
「ハッハッハッハ、命の瀬戸際で模試を気にしているとは、中々大物だね。義弟よ」
「所長!」
仁の前にスーツ姿の男が立っていた。180センチを軽く超える長身の持ち主で、背中まで伸びたストレートの黒髪の似合う彫りの深い美形である。
日本人とはどこか違った雰囲気の持ち主であり、中国大陸できらびやかな甲冑を着込んで、馬上にて鉾を振り回しているのが似合いそうだ。
先程の音は、≪木霊鬼≫が高速で仁に襲いかかろうとした音。それを仁の前に立つ男が蹴りにて迎撃し、最後の音は男の蹴りによって≪木霊鬼≫が吹き飛ばされて依代だという大木に背中から激突した音だ。
「立ち上がるまではよかったが目を瞑ってはいかんな。男子たるもの最後まで目を見開いておくべきだ」
仁に所長と呼ばれた男は、歯を煌めかせながら笑顔を向けていた。
「しかし、あの二人にも困ったものだ。隠れて様子を見ていたから良かったものを、危なく我が義弟が命を落とすところだった。スパルタは程々にと言っておくよ」
爽やかにサムズアップをして仁に言う。
「それに、私の事は兄貴もしくは義兄さんと呼べと教えた筈だが・・・・・・・しかし、お義兄様はノーサンキューだ、別の意味に捉えられてしまうかもしれないからね!」
「・・・・・・・・・・まぁ、所長の意味不明発言は置いておきまして。助けていただいたのにはお礼を言いますよ」
命を助けてもらった割には冷たい仁であった。しかし、所長の参戦で気が抜けたのか足から力が抜けて地面に横たわってしまう。
「なんて冷たい義弟なんだ!立ち上がれもしないくせに!絶対的窮地を救ってあげたのに!」
「いや、隠れて見ていたのなら最初から助けてくださいよ!所長」
「そこは気にするな、義弟よ。一番決まる場面を狙っていただけだから。鞘火、瘴気を消せ。水緒は義弟の回復だ」
所長は瘴気の向こう側でこちらを伺っている筈の二人へ声をかけた。そして、先ほど自分が蹴り飛ばした≪木霊鬼≫へと視線を向ける。
「ふむ、調査では人の命を狙うまで凶悪な妖怪ではなかった筈だが・・・・・・・」
顎に手をかけて所長は気の毒そうに仁をみやりながら言う。
「凶暴化の原因はやっぱりアイツのせいだろうな。半分以上は義弟のせいだと言っていいだろう」
「マジですか・・・・・・・俺はこんな力いらないのに」
「まぁ、そういうな。自分の持って生まれたものだ。愛してやるべきだと思うぞ?それに」
「それに?」
「その力があったから我ら『神威』と出会えたのではないか。それも不幸だというのか?」
所長のその言葉を聞いて、仁は嬉しいような悲しいようなとても複雑な表情を浮かべた。
「どうでしょうか?プラス・マイナスで考えたときにはマイナスの方が大きい気がしますが」
「ハッハッハ。そんなに照れるな。義弟よ・・・・・・さて」
所長は一旦言葉を切り、視線を仁の後ろに向けた。視線の先には蹴りとばされた≪木霊鬼≫が起き上がってこちらを見ている。突然現れた所長に対して警戒しているようだが、蹴り飛ばされた怒りの方が優っているのか、ジリジリとこちらを襲うタイミングを狙っている。所長は起き上がれない仁を≪木霊鬼≫から庇うように前に立つ。
「この状況、最初に出会った時の事を思い出さないか?」
「所長のセリフ、どこかで聞いた事があると思ったら、あの時聞きましたね」
「義兄との衝撃的出会いを思い出して欲しくて再現してみました!」
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