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第3章 ソロプレイヤー
第百十二話
しおりを挟む「神妙にお縄を頂戴いたします!」
マリアさんは僕に切っ先を突きつけたままそう宣言した。
まさかマリアさんが敵として僕の前に立ち塞がるとは思いもしなかったよ…
「おいマリア。本気で言ってるのか?」
「…もちろんですゼル兄さん」
「えっ!?」
兄さん!?
ゼルとマリアさんってもしかして兄妹なの!?
「ひとつ言っておくぞ。悪いのは兄貴じゃない。悪いのは襲ってきた奴等だ」
「それでも脱獄した事実は変わりません」
「正当防衛だったのに兄貴を牢獄にぶち込んだ世界の法のほうがおかしいだろ?」
「だからファントムさんを脱獄させたと?」
「ああそうだ。兄貴はなにも悪くない。兄貴が意味もなく人を傷つけたりすると思うのか?そうは思わないだろ?」
「それは…」
「なあ、ここは見逃してくれないか?」
「…それはできません。たとえ同じ孤児院で育った家族でも、罪人を庇い立てするのなら見逃すことはできません…!」
「チッ…相変わらず頭が固い妹分だ」
「申し開きは牢獄でお聞きします!」
マリアさんは大剣を上段に構えた。
後ろに控えていた騎士達も剣を抜き構える。
『追手の騎士団(NPC)に発見されました!』
『脱獄囚の特殊イベント戦闘に移行します』
『追手の撃破、又は逃走が勝利条件です』
やれやれ…結局戦うことになるのか。
僕は剣と盾を構えつつマリアさんの格好を改めて見た。
以前とは装備が違う。
たしかマリアさんは【修道士】だったはず。でもさっき教会の騎士とか言ってた。
ということはマリアさんは転職している。
【修道士】から【教会騎士】に転職なったのか?
マリアさんの後ろに控えている仲間達も恐らく全員【教会騎士】の可能性が高い。
ていうか【教会騎士】の特性ってなんだっけ?
ヘルプやサイトを観る余裕はなさそうだ。
二対四か…さっきのように簡単にはいかないような気がした。
「皆は退がっていてください」
「しかし隊長…」
「私1人で充分です」
「……わかりました」
どうやらマリアさん一人で僕とゼルの二人を相手にするようだ。
「おいおい、俺らを舐めてんのかマリア…余裕ぶっこいてんと死ぬぞ?」
ゼルが殺気を放ちながら短剣を構えた。
対するマリアさんはゼルの殺気を浴びても平気な顔で大剣を構えている。
なんか、すごい自信を感じる…
とりあえず僕は【心眼】を発動させた。
『ファントムのAGIが50%上昇しました』
『ファントムのDEXが50%上昇しました』
こっちも出し惜しみなしでいったほうが良さそうだ。
僕はマリアさんの動きを注視しつつゼルの動きに合わせようと構えていた。
その時、マリアさんの大剣を上段に構えたまま一歩踏み出した。
「我が剣は剛剣、悪を断ち切る断罪の剛剣…【ジャッジメントブレイク】!」
マリアさんの大剣が赤く輝いたと同時にマリアさんの姿がかき消えた!
速っ!?
身の危険を感じた僕は横に大きく跳んだ。
「せいやああああああ!!!」
マリアさんの剣が振り下ろされた。
なにかが爆発するような轟音とともに地面が爆ぜた。
土埃と衝撃が僕の身体を揺さぶる。
なんとか直撃は免れたものの爆風が衝撃となって僕を吹き飛ばした。
ゴロゴロと転がった僕は追撃を恐れて慌てて起き上がった。
マリアさんが大剣を振り下ろしたまま硬直している。
今なら技後硬直の隙を狙えるけど、目の前の光景を目にした僕は驚きのあまり動けなかった。
ウソ…地面に穴が空いてる…!?
マリアさんの攻撃で地面にクレーターができていた。
ていうか、街の建物とか道って破壊不能オブジェクトだと思っていたけど違うのね…
まるで隕石かミサイルでも落ちたかのような惨状に僕はドン引きしていた。
「お前…脳筋なのも大概にしろよ…?」
土埃で汚れたゼルが引きつった表情を浮かべて呟いていた。
よかった…ゼルに怪我はないみたいだ。HPも減ってないし安心した。
ていうかあんなのまともに喰らったら死ぬでしょ…(汗)
これはまともにやりあったらダメだ。
「ゼル!」
僕の呼びかけにゼルは反応してこちらに視線を向けた。
僕はゼルに向かって大きく頷くと、ゼルは察してくれたのかコクリと頷き返してくれた。
僕はマリアさんを警戒しながらゼルの下へ近づいていく。
ゼルは油断なくマリアさんを見つめていた。
技後硬直を終えたマリアさんは大剣を地面に突き刺すと合流した僕らに視線を向けた。
「ファントムさん、投降していただけませんか?そして主の御名の元でお務めをきちんと果たしてください」
「マリアさん、悪いけどそれはできない」
お金がないから刑期を短縮できないしね(笑)
「何故ですか!?」
「えっとそれは…僕にはやらなきゃいけないことがあるんだ」
ヴァイスを治してあげたい僕はマリアさんにそう言った。
「やらなきゃいけないこと?その為に罪を重ねるのですか!?」
「兄貴にはな、使命があるんだ」
ゼルがそんなことを言った。
あの、ゼルさん?
「使命?その使命のために悪名をかぶろうと言うのですか?」
「そうだ。だから兄貴をここで失うわけにはいかない…!」
ゼルはマリアさんに向かって右手をかざした。
「漆黒の闇よ、阻みし霧となれ【ブラックミスト】!」
ゼルの放った黒い霧状の塊がマリアさんを包み込んだ。
「兄貴!」
「うん!」
僕らは踵を返して全力疾走。
その場からダッシュで離脱した。
「なんですかこれは!?真っ暗でなにも見えません!」
「隊長!?」
黒い霧の中で慌てふためくマリアさんの声が聞こえた。
たしかゼルの【ブラックミスト】の効果は五秒もなかったはず。
できるだけ遠くに逃げないと………
「あ!逃げたぞー!」
「待てコラァ!」
「追え追えー!」
チラリと後ろを振り向くとPC達が追いかけてきていた。
うわ…なんかみんな追いかけてきた!
「兄貴こっちです!」
ゼルは先導で僕らは路地裏へ足を向けた。
路地裏は狭いうえに道も入り組んでいる。
追手を撒くにはいいかもしれないけど、適当に走って行き止まりに行き当たったら目も当てられない。
僕は視界に映るMAPを見ながらゼルに追走しているけど、ゼルは迷うことなく狭い道を突き進んでいた。
さすが元盗賊。逃げるのは得意なようだ。
ていうかゼルもMAPが見れるのかな?
何気にNPCにどれくらいの権限というか、機能があるのかよくわかっていない。
PCと同様なのかそれとも………
「チッ!回り込まれたか。兄貴ここは強行突破しましょう!」
たしかにこの先にPCを示す青い光点がいくつかある。
次の曲がり角あたりにPCの反応がある。その数は五。
恐らくっていうか絶対僕達を追いかけてきたPCだろう。
このまま進むと鉢合わせになる。
ていうか冷静になって考えてみるとこれって撒けるのかな?
MAPには街の見取り図やPC とNPCの現在地が表示されているから逃げ切るのは難しいんじゃ…?
「兄貴、俺が食い止めてる間に走り抜けてください!」
ゼルがそう言うとさらに脚を早めて跳んだ。
おお!忍者みたい!
建物の壁を足場に上へ上へと跳んでいく。
視界のMAPを見ると僕らと前方のPCのアイコンが重なり合っていた。
「いたぞ!」
曲がり角からPCが姿を現した。
ちょうどPC達の頭上にいたゼルは壁を蹴り急降下。
手にした短剣を先頭のPCに振るった。
「なに!?」
「上からだと!?」
ゼルに気を取られている他のPCに僕は突っ込んでいった。
剣を振るい、盾を突き出しながら追手の間をすり抜けるように駆け抜ける。
威嚇の意味を込めて適当に振るったから当たっても大したダメージは与えられてないだろうけど、無事に通り抜けられた。
なんとかして撒くか隠れるかしないと………
ゼルを追いかけるように僕は必死になって走り続けた。
◇
「一旦ここで身を隠してましょう」
「はぁはぁ…うん…」
僕らはとある民家の屋根?に伏せていた。
木をくりぬいたような某おもちゃの家っぽい民家は枝葉が屋根の役割を果たしている。
僕らは木というか家によじ登ると枝葉の陰に身を隠した。
「おい、みつからねえぞ!?」
「近くにいるはずだ探せ!」
家の下で騒ぐ何組かのPT。
PTのPCは手分けするように散り散りになって走って行くのを僕は上から見つめていた。
途中【隠蔽】を使ってここに隠れたおかげか、完全に僕らを見失ったようだ。
多分ゼルはともかく僕よりレベルの高いPCか隠蔽看破のスキルをもってるPCがここを目にしたら僕がいることがバレてしまうだろう。
「ほとぼりが冷めるまでここにいたほうがいいのかな…?」
「そうですね。ここにいれば安心だと思います」
ていうかもう夕飯の時間過ぎてる…
ヘタしたらっていうか、そろそろキレた妹が回線ぶっこ抜きそうな予感をひしひしと感じる…(焦)
もしこのまま回線抜かれて現実に戻ったらどうなるんだろう?
僕は街中にいるから再びログインする時はこの街の転移門からスタートだろうな。
でもゼルはどうなるんだ?
いない間PTメンバーの NPCがどうなるのか考えたこともなかった。
レイモンドさん達を見る限りじゃ、なんかどっかに行く感じだけど………
「ねえゼル。もし僕がここからいなくなったら、ゼルはどうなるの?」
「どうなるですか…?普通にここにいるでしょうね」
そうなんだ…
となると僕がいなくなったらゼルは一人でPC達とマリアさん達を相手にしなきゃいけなくなるのか………
「そういえば、ゼルってマリアさんとキョーダイなの?」
「はい?」
「え、いや、そんなこと言ってなかったっけ…?」
「ああ…兄弟っていうか、マリアとは同じ孤児院で育った仲なんですよ。血は繋がってないですけど、同じ釜の飯を食ってた家族みたいなもんです」
「ふーん…」
そうなんだ。
「うちの孤児院は教会が運営してるんですけど、予算がカツカツで最低限の衣食住しか与えられてなかったんですよ。人が増えても予算が増えることなんてないですから、年長組は早目に孤児院を出て独立しなきゃいけないんです。まあ、出たヤツらは大体手に職がなくて、俺みたいに犯罪に染まるヤツとマリアみたいに教会に入るヤツの二つに分かれるんですけどね…」
「………」
なんと言っていいのか言葉に詰まる僕。
「えっと…冒険者とかになればよかったんじゃ?」
なんとか絞り出した僕がそう言うとゼルは苦笑した。
「なんの力もコネもない素人以下の子供がいきなり冒険者になったら速攻で死にますよ…Fランクの雑用じゃとてもじゃないけど食っていけません。俺は信心深くもないし、教会の適正試験に落ちましたから仕方なく…っていうと言い訳かもしれませんけど、生きる為に汚い仕事をせざるを得ませんでした」
「………」
「まあおかげで一人で生きていけるくらいの力と金を手に入れられましたけどね」
「………ゼルは、なんで冒険者になろうと思ったの?」
ゼルは牢獄に入る前はけっこう名の知れた盗賊だったっぽい。
周りに聞いた話と共に過ごした時を振り返ってみると、ゼルは前いた盗賊団の中じゃかなり上の人間だったんじゃないかと思った。
なのになんで冒険者になりたいって僕の下に来たんだろう?
出てからも盗賊やってればよかったんじゃ…?
「…それは………」
ゼルが口ごもった。
僕の方を見て照れ臭そうにしている。
?なにか言いにくいことなのかな?
「まあ、アレですよ。…はした金で子供を助けに来た冒険者に恩返しする為です」
「はい…?」
首を傾げる僕にゼルは何故かテンパりはじめ、まくしたてるように続けた。
「正直言って冒険者なんて体のいいカモだと思ってました。欲しいモノの為なら盗品だろうが喜んで買い取るし、いくらでもぼれるヤツはぼれるし、ランクの低い弱いヤツとか高ランクの凄腕でも油断を誘って襲えばけっこうな稼ぎになるわで本当にマジでかなり稼がせてもらいましたよ」
「………:-()」
「アイツら基本報酬の高い依頼しか受けないじゃないですか?だからけっこう金持ってるんですよ。襲って有り金と持ち物奪うだけでかなりの稼ぎになりますし…それに迷宮帰りの冒険者は稀少なアイテム持ってる可能性があるから一攫千金を狙えるんですよ。まあ、迷宮に潜る冒険者は凄腕なヤツがほとんどなんで周到な準備と計画を組みますけどね」
「………:-()」
「俺は冒険者に期待してなかったんです。助けて欲しいときに助けてくれませんでしたから…だから俺はせいぜいいいカモだと思うことにしました。冒険者に弱者を助ける強者なんていないと思ってました。ただ自分の力を誇示したくて迷宮に潜ったり報酬のいい依頼を受けたりしてるだけで本当に助けを求めて依頼を出してる弱者なんて相手にしないと思ってました」
ゼルの言ってることは途中から思ったことを口にしてる感じに聞いてて思った。
「ヘタうって塀の中にいた時、マリアが面会に来たことがあるんです。毎月面会に来ては堕天使がどうたらと説法たれてたんですけど、その日は珍しく説法もなく上機嫌でしてね、訳を聞いてみるとある冒険者の話をしてきたんです。たった50Gのはした金で迷子になった弟を助けてくれたとても優しくて強い冒険者の話を…」
うん?
「マリアの話を聞いた俺は外の部下に連絡をとって裏付けをとらせました。マリアの話は堕天使とかの例えが混じってて意味がわからない上に話盛り過ぎだろと勘繰ってました。でも、部下の報告はマリアの話とほぼ同じでした」
いやいやゼルさん?
どういう風に聞いたのかわからないけど、多分話盛られてると思うよ?
「ああ…こういう冒険者もいるんだって素直に感心しました。出たらお礼に行こうと考えていた矢先に、その本人がここに収監されたと聞いて話せる機会を探ることにしました。いざ話せる機会ができて会ってみると、そのなんていうか…」
ゼルがまた言いづらそうに口ごもった。
でもすぐに意を決したのかゼルが口を開く。
「あまりにも弱そう…じゃなくて、頼りなさそうな…でもなくて!あの、なんて言ったらいいのか…とにかくそんな感じの方だったので、これは弟を助けてくれたお礼に俺が支えてあげないといけないと思っちゃいまして、適当な理由をつけて兄貴の側で恩を返そうと思った次第であります!」
しどろもどろになったゼルは伏せていた身体を起こし正座をした。
「今更ですが、弟を助けてくれてありがとうございました!」
そう言ったゼルは僕に頭を下げた。
ちょっと!?その態勢は土下座だよ!
「いや、いいよ別に!」
「そういう訳にはいきません!」
「いやいや、頭を上げてよ!」
「ありがとうございました!それと色々失礼なこと言ってごめんなさい!」
どうしていいかわからずテンパる僕と土下座したままひたすら謝り続けるゼル。
「いたぞあそこだー!」
「「あ」」
見下ろすとそこにPCの姿が…
「逃げましょう兄貴!」
「うん!」
起き上がり駆け出そうとした瞬間………
「!?」
僕の視界がブラックアウトした。
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