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第3章 ソロプレイヤー
第八十六話
しおりを挟む結論から言おう。
僕は殺人罪で懲役五年を科せられた。
殺人は現実世界と同じ罰則で死刑又は無期、若しくは五年以上の懲役刑。
裁判なしの問答無用で刑罰に応じたペナルティを科せられる割には量刑が軽くすんで良かったと言っていいのかな?
保護観察中にまた犯罪を犯したからもっと重い刑罰になると覚悟していたけどね…
どうやら街中で犯罪行為を犯すと牢獄に強制転移するらしいけど、外のフィールドで犯罪行為を犯した場合はGMから運営管理委員会経由で犯罪を犯したPCを拘束しに来るらしい。
特定の状況若しくは、特殊なイベントやシナリオを進行している場合はこの限りではない。とヘルプに記載されていた。
僕の場合は何故来なかったのか?
特定の状況だった?これはありえそう。掲示板とかで調べてみたけどあの薬草採取クエでドリュアスやミストルティンなんてチート並みの化物登場しないみたいだし。
多分だけど、ドリュアス好みのヴァイスがいたせいだと思う。
それともあれは特殊なイベントかシナリオだったのか?
PCに襲われるのが特殊なイベントとは思えないし…でも昔プレイしたゲームで似たようなのがあった気がするけど、さすがにその可能性はないと思いたい。
父さんに勧められてプレイしてみたけどあれはクソゲーだった…(苦笑)
とういうわけなのか理由ははっきりしないけど結局捕まることには変わりない…
再び収監されて早いもので一ヶ月が過ぎた。
塀の中の暮らしはこれで二回目。
心情的には初犯だけど、データ状は前科二犯の犯罪者だ。
勝手知ったる少年房での生活で僕は代わり映えのしないルーティンをこなしていた。
昼間は塀の中で運動と作業をこなし、夜になると就寝時間まで読書をしてからログアウトして落ちる日々。
夜の読書は色々考え事をしてしまって読書に集中できない。
きちんと読まないと読了したことにならないからなかなかページが進まない。
週に何度かある講和や特別講師の授業などのイベントはやる気が起きずにスルーした。
強制的に起こるイベントは諦めて参加するけど、任意のイベントはどうしてもやる気が起きない。
今度来たら色々検証しようとは思っていたけど、実際に入るとなにもやる気がしなくなる。
今回の件でなんか心が折れてしまった。
やろうと奮起しても腐っている今の心境じゃうまく気持ちを切り替えられなかった。
作業ではなにも考えずにハンマーを振るって武器を作製している。
おかげで【鍛治師】のレベルがけっこうなスピードで上がっていったし、各武器、各防具等の熟練度もコツコツ上がっていった。
運動もなにも考えずに身体をひたすら動かすだけだから、気を紛らわずにはちょうど良かった。
課金して早く出ようとは思うけどそもそも金がない。
こういう時に限ってなかなかバイトが決まらない。
前のバイトは人が足りてて働けないし、新しい所に面接に行っても、後日そっけない不採用のメールがくるだけ。
その度に焦りも加わってさらにへこんでしまう。
高校生すらバイト探しに苦労する世知辛い世の中だ…不景気ここに極めり:-(
そういえば最近学校行ってないなぁ。
留年覚悟でゲームしてたけど何故か進級できてしまったし…
新しいクラスになって以降一回も登校してない。
まあ、どうでもいいけど…
思うようにいかない現状の中、僕は自己嫌悪と矛盾に陥っていた。
僕ってキレたら躊躇なく人を殺せるんだと思い知った。
人を傷つけるのが怖いくせに、仲間がやられたりすると怒りで我を忘れて相手を傷つけてしまう。
ゲームの世界とはいえ僕はネトゲのFPSとかで普通にPKとかしてた。
キル数数えて一喜一憂してた頃はなんとも思わなかったけど、このゲームの仮想世界は逆にリアルすぎて逆に罪悪感を感じてしまう。
そのくせ普通に敵を倒すのに慣れたり、キレると躊躇なく相手を殺したりする。
ドンペリキング達にイジメられる自分。
山賊の苦痛に泣き叫ぶ姿を見てビビる自分。
ゼルが殺されてキレる自分。
ルーネさんが危ない目に遭って我を忘れる自分。
現実の時と変わらない自分もいれば、現実では絶対やらないことをやってしまう自分がいた。
どれが本当の僕なんだろう…?
なんだか嫌気がさしてくる。
そもそもVRMMO RPGで他のPCと関わらずにプレイするのは難しいのかもしれない。
ギルドの人間関係に嫌気がさしてギルドを抜けて、そのあとNPCと一緒に楽しく冒険してただけなのにどうしてこうなった…?
それを考えると沸々と怒りが込み上げてくる。
そもそも仲間が襲われてたから僕はPKした。
多分黒ずくめ達の狙いは僕だったはずだ。
狙うなら僕だけを狙えばいいのにアイツらはルーネさんを狙った。
それがどうしても許せない。
僕が悪いのか?いや悪くないだろう。
僕は自分勝手な言い訳を胸の内で繰り返していた。
自己弁護でこの状況に陥った自分を慰めなければやってられない。
そんな事を悶々と考えていた頃、ゼルが面会にやってきた。
「お久しぶりです兄貴」
面会室のアクリル板っぽい透明な板を挟んでゼルが一礼した。
どうでもいいけど親族やギルドメンバー、PT登録しているPC 、NPCは面会可能だ。
牢獄は手紙も申請すればOKで、最初は月一で面会と手紙のやりとりが可能だ。
「久し振りだね。一ヶ月ぶりくらい?」
「はい。あと4年10ヶ月と28日を一日千秋の思いで待っています」
「長いね…」
「俺達はいつまでも待っています」
「はは…ありがとう」
「でも…」
ゼルは身を乗り出すように前のめりになった。
額をしきり板につけるようにくっつけてゼルは小声で呟いた。
「三日後の運動時間、運動場の北側、塀の角辺りにいてください」
「え?なんで?」
「兄貴を脱獄させます」
「はぁ!?」
思わず僕は声をあげ、後ろを振り返った。
面会室の扉の傍に看守が記録をとっている。
いまの聞かれてないよね?
ていうか脱獄って………それはアリなの?
ゼルは席を立つと僕に向かって微笑んだ。
「兄貴はなにも心配しなくても大丈夫です。ではこれで失礼します」
深々と一礼したゼルは踵を返して帰っていった。
僕は颯爽と立ち去るゼルの後ろ姿をぼけっと見ていることしかできなかった…
◇
三日後。
運動はブートキャンプ式の運動を行う日と各自自由に運動場で運動できる日と分かれている。
自由な運動の日の今日はソフトボールをしている者。
運動場の周りをずっと走り周っている者。
腕立て腹筋スクワット等の筋トレを繰り返している者。
運動場の片隅で駄弁っている者など、様々な形で分かれていた。
そんな中、僕はゼルに言われた通り北側の塀の角っこ辺りで腕立て伏せをしてきた。
そのままただぼけっと佇んでたらまずいと思った僕は隅っこで一人寂しく筋トレしてますって感じを装っていた。
「99…100…」
運動場に着いて何気なくここで筋トレを始めたけど、すごいね僕。
余裕で腕立て百回超えたよ=)
運動不足解消のためにログインする前や落ちたあととかに軽くストレッチしたり筋トレしたりしてるけど、現実で腕立てなんて百回もできない。
頑張っても五十回がいいとこだ(笑)
ゼルが迎えに来るまで、この仮想体で何回腕立てできるか限界まで挑戦してみようと思った。
なにかに集中して気を紛らせないとどうにも緊張して落ち着かない僕は、黙々と腕立て伏せを続けていた。
ぶっちゃけこの三日間緊張と不安で生きた心地がしなかった。
ゲームから落ちてリアルに戻っても全然落ち着きを取り戻せなくてまた胃に穴が空きそうな心境だった。
ていうかそもそもゼルはどうやって僕を脱獄させるんだろう?
脱獄なんて大それた事、小心者の僕には荷が重すぎる…
ていうかシステム的に脱獄はアリなのだろうか?
逃げたはいいけどまたすぐ捕まったら意味なくない?
「大丈夫かな…157…激しく不安なんですけど…158…」
不安すぎてつい独り言を口にしてしまう僕。
腕立て伏せ二百回を超え僕sugeee!と自画自賛してた頃、塀の角の地面が少しめくれあがった。
「兄貴、迎えに参りました」
地面からそっと顔を出したゼルが囁くように呟いた。
ていうかそこから出てきたか…
地面に穴開けてくるとは…僕はてっきり塀からロープかなにか投げてくると思っていたよ。
「俺が合図したらここに飛び込んでください」
「あ、うん…」
うぅ…緊張で胃が痛い気がする。
本当に脱獄していいのかな…?
「今です!」
ゼルがそう言った瞬間、地面がさらにめくれ上がった。
ええいままよ!
僕はゼルの指示に従ってスペースの空いた穴に飛び込んだ。
ゼルは僕が飛び込んだと同時になにかを投げた。
それがなんなのか確認できないまま、ゼルは地面に蓋をしてしまった。
薄暗い…。
地面の下が僕とゼルの二人でもキツキツの狭い空洞になっていた。
「さあ兄貴、ここから逃げましょう」
ゼルがランタンを掲げた先には人が一人横になって通れるくらいのトンネルがあった。
「俺が先行しますから、兄貴は後に連いてきてください」
「あ、うん了解…」
ゼルはランタンを先に向けて、ほふく前進しながら進んで行った。
僕もそれに倣って連いて行く。
はぁ…これから先どうなるんだろう……
ゼルに言われるまま連いてきちゃったことを少し後悔しつつ、僕は牢獄から脱獄してしまった。
『ファントムの職業【囚人】が【脱獄囚】になりました』
『業値(悪属性)が50上昇しました』
『業値が一定の数値に達しました』
『特殊シナリオの分岐に入りました』
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