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09 頭に浮かぶのは
温もり
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深夜を1時回った頃。
春子はまだ眠れずにいた。琴は昨夜から拘束されていたこともあり、疲れてまた眠ってしまっている。
春子は一人想い馳せていた。
虎将は無事だろうか。
ナイフで刺されていた傷は、どうなってるんだろう。
もしかしてあのまま――。
と最悪なことまで考えて、首を振る。
あの虎将が死ぬはずはない。
そうわかっているのに、組同士の争いを見たのは初めてだったので嫌な予感が胸を占めていた。
陽太が出て行く前に「安心して休んでてください」と言っていたが、心も体も休めることができない。
春子はぼんやりと虎将のことを考えていた。
しばらくして、ガチャリと事務所のドアが開いた。
そこからは、虎将と東雲を抱えた陽太の姿があった。
「……と、虎将さん!!」
春子は思わず大きな声を上げていた。春子の声で琴も目を覚ます。
「え……あ、お兄ちゃん!」
琴はバッと起き上がり、東雲に寄りそう。
「大丈夫?」
「……ああ。俺より虎将のほうが酷い」
また会えると信じていたけれど、目の前に虎将が現れたことがまだ信じられなかった。
春子はゆっくり、虎将に近づいていく。
「……本当の本当に虎将さん?」
「そうだよ」
顔は傷だらけで服もボロボロだ。でも、優しい目をして春子を見つめている。
「……虎将さんっ!」
春子は全力で虎将に抱き着いていた。
「いて」
虎将の小さく呻く声が聞こえたが、離れることはできなかった。
「……よかった、生きててよかった……」
「ああ。怖い思いをさせて悪かった」
虎将が春子の身体を抱きしめ返す。ようやく虎将の温もりを感じて、心の底から安堵していた。
「いいんです、そんなの。虎将さんが来てくれたから……」
再び会えた喜びから、目に涙が滲み、溢れていく。
「春子、顔を見せてくれ」
虎将の手が春子の背中をぽんぽんと叩く。促されているのはわかっているが、顔を上げることはできない。
「いやです」
「どうして」
「……ぐしゃぐしゃだから」
涙が止まらなくて、虎将に抱き着いているから涙も拭えない状態だ。自分でもどうなっているかわからず、見るのが怖い。
「いいんだよ。今は春子の顔が見たい」
虎将の手が、無理やり春子の顎を上げる。
「あっ……」
春子の顔を見て、虎将が微笑んだ。
「本当にぐしゃぐしゃだな」
「だ、だから言ったじゃないですか……!」
虎将は春子の濡れた顔を拭っていく。そのガサガサの手で優しくされると、また涙が溢れた。
そんな春子を、虎将は愛おし気な目で見つめ、頬を撫でる。
「……春子。愛してる」
「……え……」
虎将の口から初めて聞く言葉だった。一瞬聞き間違いだと思うほどの、もったいない言葉。
「あ、あの」
突然の愛の告白に春子は戸惑った。
春子も同じ気持ちではある。けれど、言葉にするのは難しい。
「おいおいそういうのは家でやってくれないかね」
東雲の声がして、春子は我に返った。
虎将も彼らの存在は頭になかったようで、少し顔を赤くしている。
「ご、ごめんなさい。東雲さんも無事でよかったです」
「……いや。春子ちゃん申し訳なかった。琴が心配で春子ちゃんを犠牲にしてしまった」
「いいんです。兄妹なら当たり前ですよ。そもそも私のせいで琴さんは誘拐されたんですし、こちらこそ、義父が本当にすみませんでした」
春子は改めて、東雲と琴に謝罪をした。
春子の義父がいなければ、こんなことにはなっていないだろう。
「あたしは全然大丈夫。油断したのも事実だし」
「俺も、謝ることはあっても春子ちゃんに謝ってもらうようなことはないよ」
「いや、薫、一発でいい。殴らせろ」
「えっ!?」
話は終わったと思っていたのに、虎将はまだ終わらないようだ。
「あっちではそれどころじゃなかったからな。まだここの問題は片付いてない」
「……ああ、当然だよ」
東雲は頷いた。
「春子を危険な場所に連れて行ったのは薫だ。琴のことがあったとはいえ、俺は許すことはできない」
「わかってるよ。さあどうぞ」
東雲は両手を広げて歓迎のポーズをとる。
虎将は東雲の襟首を掴み、ぼろぼろの身体で拳を振り上げる。
「……っ!」
春子は、拳を作った虎将の腕に絡みついた。
「……やめてください」
「……春子」
虎将は春子の様子を見つつ、振り上げていた拳を下ろした。
「もういいんです。みんな無事でよかったです」
「春子がよくても俺が許せないんだが……」
「自分勝手なのはわかってますが、虎将さんが殴るところは見たくありません」
たった一度だとしても、虎将が仲良く話をしていた東雲と争っている姿は見ていられない。男同士の事情があったとしても嫌だった。
春子は虎将の腕をぎゅっと掴んで離さない。すると、虎将は諦めの息を吐いた。
「……しかたないな。春子に免じて許してやるよ」
虎将は春子の手をそっと外す。もう手を出すつもりはないのだろうとわかって、春子は安心した。
目を見張っていた東雲は虎将と春子に頭を下げた。
「……ありがとな。これから恩を返していくよ」
「ああ。琴のことを大事にしろよ」
「……わかってるよ」
東雲の、琴を見る目が優しい。その目からは、よほど琴のことが心配だったのだと伝わってくる。
「琴も、兄貴のことちゃんと見とけよ。俺よりお前のことをよく考えてくれる男だ」
「……うん。ありがとう、虎将くん」
琴の虎将に対する視線は、以前とは変わっていた。きっともう虎将に言い寄ったりはしないだろう。
「よし、春子帰るぞ」
「え……どこにですか」
「俺たちの家に決まってるだろう。陽太に車で送らせる。安心しろ」
「……はい」
虎将はわざわざ移動する体力もないだろうし、今日はここで朝まで過ごすと思っていた。けれど今すぐにでも出て行く勢いだ。春子は虎将を追いかける。
「じゃあな、薫」
「ああ」
東雲たちに頭を下げ、春子も事務所を出た。
ようやく、二人きりの時間が訪れることとなった。
春子はまだ眠れずにいた。琴は昨夜から拘束されていたこともあり、疲れてまた眠ってしまっている。
春子は一人想い馳せていた。
虎将は無事だろうか。
ナイフで刺されていた傷は、どうなってるんだろう。
もしかしてあのまま――。
と最悪なことまで考えて、首を振る。
あの虎将が死ぬはずはない。
そうわかっているのに、組同士の争いを見たのは初めてだったので嫌な予感が胸を占めていた。
陽太が出て行く前に「安心して休んでてください」と言っていたが、心も体も休めることができない。
春子はぼんやりと虎将のことを考えていた。
しばらくして、ガチャリと事務所のドアが開いた。
そこからは、虎将と東雲を抱えた陽太の姿があった。
「……と、虎将さん!!」
春子は思わず大きな声を上げていた。春子の声で琴も目を覚ます。
「え……あ、お兄ちゃん!」
琴はバッと起き上がり、東雲に寄りそう。
「大丈夫?」
「……ああ。俺より虎将のほうが酷い」
また会えると信じていたけれど、目の前に虎将が現れたことがまだ信じられなかった。
春子はゆっくり、虎将に近づいていく。
「……本当の本当に虎将さん?」
「そうだよ」
顔は傷だらけで服もボロボロだ。でも、優しい目をして春子を見つめている。
「……虎将さんっ!」
春子は全力で虎将に抱き着いていた。
「いて」
虎将の小さく呻く声が聞こえたが、離れることはできなかった。
「……よかった、生きててよかった……」
「ああ。怖い思いをさせて悪かった」
虎将が春子の身体を抱きしめ返す。ようやく虎将の温もりを感じて、心の底から安堵していた。
「いいんです、そんなの。虎将さんが来てくれたから……」
再び会えた喜びから、目に涙が滲み、溢れていく。
「春子、顔を見せてくれ」
虎将の手が春子の背中をぽんぽんと叩く。促されているのはわかっているが、顔を上げることはできない。
「いやです」
「どうして」
「……ぐしゃぐしゃだから」
涙が止まらなくて、虎将に抱き着いているから涙も拭えない状態だ。自分でもどうなっているかわからず、見るのが怖い。
「いいんだよ。今は春子の顔が見たい」
虎将の手が、無理やり春子の顎を上げる。
「あっ……」
春子の顔を見て、虎将が微笑んだ。
「本当にぐしゃぐしゃだな」
「だ、だから言ったじゃないですか……!」
虎将は春子の濡れた顔を拭っていく。そのガサガサの手で優しくされると、また涙が溢れた。
そんな春子を、虎将は愛おし気な目で見つめ、頬を撫でる。
「……春子。愛してる」
「……え……」
虎将の口から初めて聞く言葉だった。一瞬聞き間違いだと思うほどの、もったいない言葉。
「あ、あの」
突然の愛の告白に春子は戸惑った。
春子も同じ気持ちではある。けれど、言葉にするのは難しい。
「おいおいそういうのは家でやってくれないかね」
東雲の声がして、春子は我に返った。
虎将も彼らの存在は頭になかったようで、少し顔を赤くしている。
「ご、ごめんなさい。東雲さんも無事でよかったです」
「……いや。春子ちゃん申し訳なかった。琴が心配で春子ちゃんを犠牲にしてしまった」
「いいんです。兄妹なら当たり前ですよ。そもそも私のせいで琴さんは誘拐されたんですし、こちらこそ、義父が本当にすみませんでした」
春子は改めて、東雲と琴に謝罪をした。
春子の義父がいなければ、こんなことにはなっていないだろう。
「あたしは全然大丈夫。油断したのも事実だし」
「俺も、謝ることはあっても春子ちゃんに謝ってもらうようなことはないよ」
「いや、薫、一発でいい。殴らせろ」
「えっ!?」
話は終わったと思っていたのに、虎将はまだ終わらないようだ。
「あっちではそれどころじゃなかったからな。まだここの問題は片付いてない」
「……ああ、当然だよ」
東雲は頷いた。
「春子を危険な場所に連れて行ったのは薫だ。琴のことがあったとはいえ、俺は許すことはできない」
「わかってるよ。さあどうぞ」
東雲は両手を広げて歓迎のポーズをとる。
虎将は東雲の襟首を掴み、ぼろぼろの身体で拳を振り上げる。
「……っ!」
春子は、拳を作った虎将の腕に絡みついた。
「……やめてください」
「……春子」
虎将は春子の様子を見つつ、振り上げていた拳を下ろした。
「もういいんです。みんな無事でよかったです」
「春子がよくても俺が許せないんだが……」
「自分勝手なのはわかってますが、虎将さんが殴るところは見たくありません」
たった一度だとしても、虎将が仲良く話をしていた東雲と争っている姿は見ていられない。男同士の事情があったとしても嫌だった。
春子は虎将の腕をぎゅっと掴んで離さない。すると、虎将は諦めの息を吐いた。
「……しかたないな。春子に免じて許してやるよ」
虎将は春子の手をそっと外す。もう手を出すつもりはないのだろうとわかって、春子は安心した。
目を見張っていた東雲は虎将と春子に頭を下げた。
「……ありがとな。これから恩を返していくよ」
「ああ。琴のことを大事にしろよ」
「……わかってるよ」
東雲の、琴を見る目が優しい。その目からは、よほど琴のことが心配だったのだと伝わってくる。
「琴も、兄貴のことちゃんと見とけよ。俺よりお前のことをよく考えてくれる男だ」
「……うん。ありがとう、虎将くん」
琴の虎将に対する視線は、以前とは変わっていた。きっともう虎将に言い寄ったりはしないだろう。
「よし、春子帰るぞ」
「え……どこにですか」
「俺たちの家に決まってるだろう。陽太に車で送らせる。安心しろ」
「……はい」
虎将はわざわざ移動する体力もないだろうし、今日はここで朝まで過ごすと思っていた。けれど今すぐにでも出て行く勢いだ。春子は虎将を追いかける。
「じゃあな、薫」
「ああ」
東雲たちに頭を下げ、春子も事務所を出た。
ようやく、二人きりの時間が訪れることとなった。
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