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07 復讐の足音
キョウダイ
しおりを挟む案内されたテーブルにいたのは、東雲だった。
彼の顔を見た瞬間、どう逃げだそうか考えたが、実行に移す前に目が合ってしまった。
「あれ、春子ちゃん!?」
「あっ……東雲さん」
「なんだ。お客さんってお兄ちゃんか~」
琴の態度が一気に崩れる。素に近い顔に変わった。
「なんだよ客に向かってそれは」
知った顔でよかったのか悪かったのか。
東雲は二人の男性を連れていた。もしかしなくても東雲組の組員だろう。春子たちも座り、琴は彼らにお酒を作る。
「そんなことより春子ちゃん、どうしたのその恰好は」
絶対に聞かれると思っていたことだ。
虎将と仲の良い東雲には知られたくなかった。琴にお世話になっているなら無理な話だとは思ったが、これほどすぐに見つかるとは考えていなかった。
「事情があって体入中~」
春子が答える前に、琴が答えてくれた。
「まじか……。虎将は知ってるの?」
春子は黙って首を横に振った。
「そうか。じゃあ虎将には黙っておくよ」
「あ……ありがとうございます!」
春子はほっとして、頭を下げる。
琴がお酒を作ってくれ、春子たちキャストにもお酒を奢ってくれた。春子は琴の勧めで薄めて飲むことにした。
「ていうかお兄ちゃん店に来すぎじゃない?」
「悪いかよ。気兼ねなく飲むにはちょうどいいんだよ」
「とか言って可愛い妹が心配だったりして~」
「うるさい」
仲の良い兄妹だ。一人っ子の春子にとっては羨ましい光景だった。
それからも酒を飲みながら談笑をする。東雲組の組員も意外と気さくで話しやすかった。東雲の性格が影響しているのだろう。彼も最初は距離が近すぎて戸惑ったが、気さくないい男性ではある。虎将とはタイプが違いすぎて戸惑うことも多いが。
琴もずいぶんリラックスしていた。見知った相手だからか先ほどよりも楽しそうだ。その影響か春子も緊張は薄れ、会話を楽しむことができた。
初めて会った時からしたら大きな進歩だ。最初は警戒していたが、こうやって虎将の大切な人と仲良くなるのは悪いことではない。
お酒も入り盛り上がっているなか、ボーイが琴に声をかけた。
「コトミさん、すみません。ご指名ですが、どうしましょうか」
「は~い。行く行くー」
「あ、それなら私も……」
腰を上げかけると、琴に止められた。
「サクラは大丈夫。今日はこのテーブルで終わりでいいよ。お兄ちゃん相手なら楽っしょ。お兄ちゃんたちはお酒自分でやって~」
「あ……」
彼女は颯爽と去り、次のテーブルへ向かって行った。
「あいつは俺相手だと適当だな……」
はぁ、とため息をつきつつも東雲はブランデーを一口飲み、春子に視線を向けた。
「それよりサクラって?」
「私の源氏名を、コトミさんがつけてくれたんです」
「いつの間に仲良くなってんの」
東雲はどこか楽しそうに笑っている。今日は先日の怪しい雰囲気はない。
「さっきの様子を見ると琴もだいぶ吹っ切れたみたいでよかった」
「あ……すみませんでした」
「春子ちゃんが謝ることじゃないだろ。虎将は無理に人を好きになるような男じゃない」
好きな人に振り向いてもらえない気持ちは、春子も少しはわかる。たいした恋愛もしたことがないので想像でしかないが、つらく悲しいものであることは確かだ。しかも春子はライバル相手なのに琴はここまで協力してくれた。
「ここで働いてる事情は聞かないけどさ、虎将とはどう?」
「……虎将さんには優しくしてもらっています」
彼は春子たちの本当の関係を知らない。ここで嘘だとバレてしまったらすべて無駄になる。春子は急に緊張感が増した。
「そう。それならよかった虎将最近大変そうだからフォローしてやってね」
「大変そうって?」
東雲の表情が変わり、小声になった。他の組員は組員同士で酒を飲みながら盛り上がっているのでこちらは気にしていない様子だ。
「うん。ちょっと他の組に狙われたりしてるみたいだから」
「どうしてですか……?」
不穏な言葉に春子は身体が強ばる。
「前にバーで話した、跡目争いっていうの? 野心家が多くてね、相原組ってところがけっこう虎将を警戒してるんだよね」
「そんな……」
「虎将は跡目なんか興味ないって言ってはいたが、あれは本音かな?」
東雲はなぜか春子に問いかける。
「私は虎将さんとそういう話はしないので……」
「まあそうだよな。虎将は女性にそういう話をする男じゃないか。俺にすら話さないしな」
東雲は寂しそうに目を伏せる。組が違えど仲間である東雲にも話さないとなると組長である虎将は一人で抱えることになる。東雲にも話さない彼なら若頭である陽太にも話はしないだろう。
「襲撃に遭ったりしてるみたいだしさ、相当疲れてるはずだ。気をつけてあげてよ」
「襲撃って……」
恐ろしい言葉に、虎将が極道の人なのだと実感する。わかってはいたが春子とは世界が違う人だ。彼の仕事振りは表面上は知っているが、それだけでないことは想像に難くない。
虎将が危険な状態だという時に、本当はこんなことをしている暇はないのかもしれない。春子にとっては仕事を得ることは大事なことだが、虎将の傍で支えるべきなのだろうか。でも自分はあくまで婚約者のフリで、借金の返済を終えたらどうなるかもわからない。
春子は今自分が何をすべきかどうか、迷い始めていた。
「そうだ。キャバクラで働くならうちの系列の店もどう?」
「え?」
「虎将に知られたくないんだったら俺の店のほうがいいと思うよ」
東雲の言っていることはもっともだ。琴がいることで安心感はあるが、虎将が管理下の店ではいつ知られるかはわからない。
「でも、私なんかが働けるんでしょうか?」
この店は琴のコネで入店しているようなものだ。現場に琴がいない以上、周囲からの目も気になる。努力はするつもりだが、見た目的にも限界はあるだろう。
「今日の姿見て、需要はあると思ったよ。きれいで繊細な感じが癒やされる男は多いと思う」
「そういうものですか」
客の需要など春子にはわからない。でも店を経営している東雲の言葉には説得力がある。お世辞だけだとは思いたくはなかった。
とはいえまだ一歩踏み出す勇気がなく迷っている。虎将に嘘を吐き続けるのも苦労しそうだし、彼にあまり嘘を吐きたくはない。
「まあ、その気になったら連絡してよ」
「……ありがとうございます」
「よし。じゃあ俺らはそろそろ帰るよ」
「え、もうですか?」
テーブルについてまだ一時間も経っていない。お酒だって、二杯しか飲んでいないのに。
「うん。俺らが早く帰れば『サクラちゃん』も上がれるんだろ?」
「あ……」
「じゃあな。本格的に入店した時にはボトル入れるよ」
東雲たちは早々に席を立ち、お会計をして帰っていく。先ほどの琴を真似て、せめて入り口まで出て東雲たちを見送った。
「あ、ありがとうございました!」
東雲兄妹にこんなに甘えていいのだろうか。あの時はまだこんなに頼る関係になるとは想像もつかなかったことだ。
二テーブル目は見知った人が相手で気が楽だった。体験入店とはいえこんなに任せきりでよかったのかと不安になる。
「サクラさん、お疲れさまでした。今日はもう帰っていいですよ。コトミさんから聞いてます」
控え室に戻ろうとすると、店長に声を掛けられた。
「これ、今日の給料です」
「ありがとうございます!」
厚みはさほどないが、封筒を手渡された。数時間座っていただけでお給料がもらえること自体がありがたかった。
「素質あったし本格的に働く時は言ってくださいね」
「ありがとうございます。あの、コトミさんは……」
「ああ彼女は忙しいから……このあともお客様とアフター決まったみたいだしこっちに顔出せないかも」
ちょうど琴が男性客と外に出る後ろ姿が見えた。スーツを着た小柄な男性で、琴はその男性に腕を絡め、店を出て行った。挨拶をする時間もなさそうだ。
「そうですか……ではお先に失礼します」
「車用意してるから、それで家まで帰って」
「そんなことまで……ありがとうございます」
これも琴の配慮だろう。今日は彼女に世話になりっぱなしだった。
お礼を言いたかったのだけど、忙しいなら仕方がない。
春子は華やかな店内を出る。外に出ると真っ暗な空と対照的に煌びやかな街は活気づいていた。こんな時間なのに凄い光景だと思いながら用意された車に乗り込んだ。
今日はすごい一日だった。別人になったような時間だった。
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