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04 嫉妬とはじめて

正反対の彼

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「おかえりなさい。席替えしたよ~」
「……そうですか」
「ごめんね、春子ちゃん」

 代わりに薫が謝る。虎将も春子に目で合図を送るが、彼女本人に強くは言えないみたいだった。なんとなく琴の立ち位置がわかってくる。小さい頃から可愛がられてきたんだろうと想像できた。
「隣失礼しますね」
 仕方なく薫の隣に座った。彼は虎将が特に仲良い人、兄弟だと言っていたので虎将のことも聞いてみたい。

「ねえねえ虎将くん、今度デートしようよ」
「はあ? なんでだよ」

 正面では、琴がここぞとばかりに虎将に身体を寄せている。胸元の開いている服は女の春子から見ても過激だ。胸の谷間が見えているあの服で誘惑されたらどんな男性でもコロッといってしまいそうだ。

「だって、二人の仲をもっと深めないといけないし~」
「いや、これ以上深める必要はないだろ」

 けれどぐいぐいと迫る琴に、虎将はあくまで素っ気ない。もともと虎将は彼女との結婚を阻止するために春子を婚約者のフリに依頼した。見るからに虎将は困っているしここは婚約者の出番だ。気合いを入れて、残っていたビールを飲み干す。

「春子ちゃん、次はなに飲む?」

 虎将に助け舟を出そうとした瞬間、薫に声をかけられる。ちょうどグラスが空になっていたのを彼は気づいてくれたらしい。でもがんばってようやくビールを飲み干したので、それだけでも酔いがまわっていた。

「お酒は弱いので、もう大丈夫です」
「そんなこと言わないでさ、度数低いのならいいんじゃない? ここの店ならなんでも作ってくれるよ」

 この場でお酒を飲まないのも盛り下がるかもしれない。虎将の顔を立てたい気持ちもあり、春子はもう一杯お酒を飲むことにした。

「……じゃあ甘いお酒にします」
「いいねいいね」
 薫に乗せられるままフルーツのカクテルを注文した。

「はい乾杯」
「は、はい」

 虎将は琴の対応で手いっぱいで、薫と二人で乾杯した。コミュニケーション能力は高そうだが、少し話しただけでどことなく軽薄さを感じる。虎将とは全然タイプの違う人だ。

「ところでさ、虎将とはどうやって知り合ったの?」
「え?」
「いや、急に虎将が婚約者連れてくるから長年の友人としては驚いてさ。今まで特定の女性なんていなかったのに」

 虎将と、出会いなどの設定は話し合っていなかった。ちらりと虎将を見ても彼は琴に攻められていてそれどころではないみたいだった。

「ええと、声をかけられて」
「虎将から?」
「は、はい」
 虎将が春子のことを彼らに言っていなかったとしたら急場しのぎの嘘でもバレなさそうだ。
「……そっか、ナンパか。いつ頃?」
「えっ、いつ頃か……ですか」
 どう答えれば不自然ではないのだろう。正面の虎将をちらりと見ると目が合った。
「ん……? おい薫、春子となに話してんだよ」
「虎将との馴れ初めだよ。お前が教えてくれないから気になってさ」
「……まったく。春子、何も話さなくていいからな」
 春子は小さく頷く。質問攻めされるとは思っていなかったのでそもそも答えを準備していない。

「なんだよ。二人の秘密だって?」
「……今日の薫はいつも以上に面倒だな」
 虎将はハイボールを飲み干し、ため息を吐いた。
「俺だってショックだったんだよ。兄弟にいつの間にかこんなにきれいな婚約者がいてさ」
「悪かったって。言いづらかったんだよ」
「そんなこといいから~、ねえねえ虎将くん」

 琴は虎将の腕にすり寄る。見ていて気持ちのいいものではないけれどこの状況で口を出したらこの場の空気を悪くしてしまう。

「ごめんね、琴が」
 薫の言葉に春子は首を横に振る。彼女の気持ちを考えたら春子が邪魔者なのは理解できる。

「あの、薫さんから見て虎将さんはどういう人ですか?」
「どういう人? うーん……」
 薫は腕を組んで虎将をじっと見たまま答える。
「良い意味でも悪い意味でも『いい奴』かな」
「悪い意味でも?」
「ああ。ヤクザとしては『いい奴』は舐められやすいからね。人望もあるし実力もある。でもそんな男がいい奴になったら今よりも上へは昇りつめられないと俺は思ってる。多少他人を蹴落とすくらいじゃないと生きていけないんじゃないかな」

 男社会だけならまだしも、極道の世界は春子にはさらに想像し難い。彼の仕事をしている姿も数回しか見たことがないし、まだ知らないことばかりだ。

「でも春子ちゃんはそんな虎将を好きになったんだもんな?」
「えっ!」
 思わず声を上げていた。虎将に視線を向けるが、彼は琴にぐいぐいと言い寄られているので春子たちの話は聞こえていないみたいでほっとした。

――虎将さんの好きなところ……。

 出会ってまだ一週間。知らないことのほうが多いなか、彼のことをじっくり考える。顔が怖くて強引だけど、優しいところがある。それから春子の作ったごはんをすごくおいしそうな顔をして食べてくれる人。あとは……街中を歩いていたら怖い部分もあると知った。

「や、優しいところ……とか?」
 考えた結果、結局無難な答えになってしまった。
「へえ、春子ちゃんには優しいんだ」
 薫が楽しそうに微笑む。
 照れくささから春子はカクテルをぐいっと一気に口に含む。口の中にストロベリーの甘い味わいが広がり、香りも良い。

「恥ずかしがってるの可愛いね。次は何飲む?」
「お、同じ感じのカクテルにします」

 勢いもあるけれど、フルーツカクテルの美味しさを知った。甘くて飲みやすく、すいすいと飲むことができるジュースみたいで一気に飲めてしまう。

「で、他には虎将のどんなところが好きになったの?」
 考えているうちに三杯目のカクテルが来て、間を持たせるためにすぐ一口飲む。今度は桃の甘さが口の中に広がる。
「……えっと、それは……」
 お酒のせいかうまく考えることができない。顔が熱く、身体も火照ってきた。頭がくらくらしてくる。
「ん? なに聞こえない」
 薫の距離がぐっと縮まる。タバコの匂いがふわっと漂ってきて、虎将とは違う匂いに身体を彼から離す。でも狭い個室内では限度があった。

「春子ちゃん? 顔赤いよ。大丈夫?」
 距離を取った隙間をさらに詰めてくる薫。壁際に追い詰められる。
「あ、あのちょっと近……」
「おい、そろそろ帰る」
 虎将の声に正面を向くといつの間にか彼は春子たちをじっと見ていた。琴は席を立っているらしく隣には誰もいない。
「え、もう? って琴は?」
 ようやく薫が離れてくれた。
「トイレ行った」
「そっか。気づかなかったよ」
 虎将は春子の顔を凝視している。春子はすでに頭がふわふわしていて思考が曖昧だ。

「おい薫、どんだけ飲ませたんだよ」
「三杯しか飲んでないんじゃないかな。甘いカクテルだよ?」
「飲みやすいからってこうなるまで飲んだらだめだろ……」
 虎将が手を額に当て息を吐く。酔っていても彼が怒っているのはわかる。

「……虎将さん……ごめんなさい」
「いや……もういいから帰るぞ。薫、あとは頼んだ」
「はいはい」
 そうこうしているうちに琴が個室に戻ってくる。

「琴、虎将たち帰るって」
「え~、虎将くん~そんな人放っておいて次行こうよ~」
「琴いいかげんにしろ。そんなわけにはいくかよ。……ほら春子、うちに帰るぞ」

 立ち上がった虎将は春子の腕を掴み立ち上がらせる。ふらついた春子は彼の身体にしがみつく。ふわりと香水の甘い匂いがして心がざわついた。いつもの彼の匂いではない。

「春子ちゃんの家はここから近いのか?」
「俺と一緒だよ」
「え!? 一緒に住んでるのぉ!?」

 琴の甲高い声が耳に響く。虎将は本当に彼らに何も話していないらしい。

「そうだよ。じゃあな」
 虎将は春子を抱え、すぐにタクシーを捕まえた。
 取り残された薫と琴は店の中で呆然としている。

「虎将くん急に変わっちゃった……」
「アイツらしくないことばっかりだな」
「もう無理なのかなあ」

 琴はぽつりと呟き、何杯目かわからないハイボールを喉に流し込んだ。
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