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03 守ってくれた人

お礼に

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 家に帰ると、ほっと息を吐く。まさかここで義父に会うとは思っていなかった。駅前で見かけたと言っていたけど、こんな偶然、残酷だ。

「虎将さん、ごはん食べますか?」
「そんなのはいいからこっちに来い。今のことが知りたい」
 春子はキッチンに立ち料理を始めようとするが虎将の声に引き留められる。
「でも……」
「いいから。飯より先だ」
「……はい」
 厳しい口調に春子は大人しく虎将が待つソファに座った。するとすぐに引き寄せられ、虎将の身体に寄りかかる。

「さっきの男は誰だ?」
 虎将に助けられたようなものだから事情を話すのは当たり前だ。
「……私の父です。義理の」
「義理の?」
「はい。母は三回結婚していて、さっきの人が三人目の……最後の父です」
「仲は良かったのか?」
 春子はすぐに首を横に振る。

「まさか。嫌いでした。不倫して家を出て行ってからは会うこともなかったので顔も忘れていたくらいです」
「そいつがなんでこのマンションに」
「昨日も私を見かけて、ついてきたって言ってました」
 虎将の眉間に深い皺が寄る。
「気持ち悪い男だな」
「私もそう思いました。しかも、このマンションを見ていいマンションに住んでるならお金を貸してくれって」
「……クズか」
「昔からギャンブル好きでお金のない人でした。それなのに女遊びもするから母にお金を強請り、借金は膨らむばかりで」
「もしかして春子の借金は自分のではないのか?」

 恥ずかしくてあまり人に話せる内容ではないので、本当なら黙っていたかった。でも借金のことを唯一知る虎将になら話せる。自分のことを知ってほしいと思った。

「……はい。ほとんどは親の……逃げた義父たちの借金です。といっても私を育ててくれるお金でもあったと思うので、半分くらいは私の借金でもあります」
「そうだったのか。……いや、そうではないかと思っていた。春子のような人が闇金に手を出すはずがない」
 虎将は深く息を吐く。
「三人の父はろくでもない人ばかりで借金は膨れ上がっていて、最後の父はすべてを母に押し付け、女を作って家を出ました。そのあと母が昼も夜も働いてくれていたんですけど、過労で倒れてしまって、そのまま亡くなってしまいました」
 春子は苦しげに表情を歪める。思い出すだけでつらい出来事だ。

「……それで借金が春子へ?」
「はい。闇金からも借りていたみたいで金額が膨れ上がってから請求しに来たんです。夜の仕事もしようか考えたんですけど覚悟ができないままで」

 若いうちにと思っているのに最終手段だと考えているうちに、年齢を重ねてしまった。

「でも、また今日みたいなことがあるかもしれないし、夜のバイトは辞めたらどうだ? 昼も働いてるならもう夜は必要ないだろう」
「……いつまで虎将さんの婚約者のフリをするかわからないし……」

 仕事をしていないと、収入を増やさないと、不安だ。いくら虎将にお金をもらえているからといって、いつもう婚約者のフリはしなくていいと言われるかもわからない。そうなったら今度こそどうしたらいいかわからなくなる。返済を待ってくれる約束をしたとはいえ、足りなければまた前の日々が戻ってくるだろう。

「最低でも借金完済までは頼む。俺も困ってるんだ」
「……本当ですか?」

 出会ったあの日以来、婚約者のフリらしい仕事ができている気はしない。自分の事情は話したけれど、虎将自身についてのことはまだわからないことのほうが多い。

「ああ、頼むよ」
「……ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
 虎将の仕事を見ても、もう今さら引き返すことができないところまで来てしまった。それに彼と一緒にいる居心地の良さも感じ始めていた。
「春子はガキの頃から苦労してたんだな」
「あ」

 虎将の腕が伸びてきて春子の身体をさらに引き寄せる。されるがまま、彼の胸に包み込まれた。まだ出会ってから三日の関係なのに彼に抱きしめられると鼓動が高まるのと同時に安心感があった。
 春子は彼の身体に手を回し、ぎゅっと縋りつく。すると虎将の身体が動揺で揺れる。春子から彼を求めたのは初めてだった。先ほど、虎将が来てくれなければどうなっていたかわからない。義父への憎しみから強気でいられたけれど接触をされると恐怖が勝る。その時、虎将がマンションの中から出てきてくれた。

「……そういえば、虎将さん出かけるところじゃなかったんですか?」
「いや、別に。どうしてだ?」
「だってさっき、マンションから外に出てきてたじゃないですか」
「……ああ、春子を迎えに行こうと思ってたんだ。昨日は迎えに行けなかったしな」
 春子は驚き彼を見上げる。
「もっとはやく出てればクズから守ってやればのにな、悪い」
「そんな、虎将さんが謝ることはないです。ありがとうございます」

 彼の優しさに目頭が熱くなる。泣きそうになって彼の身体に顔を埋め、隠した。ぎゅっと強く虎将を抱きしめると彼の力も強くなる。
 他人に助けられる温もりを感じたのは、初めてのことかもしれない。
 子どもの頃から母だけは味方だったけれど好きな人ができると娘の春子のことはそっちのけだったし、家に来る父と名乗る人はろくでもない人ばかり。誰かに頼ることもできなかった。
 一人で働く母は日に日にイライラするようになり徐々にやつれていった。春子がバイトをしても足しにはならなかった。母を助けられなかったことは今でも悔いが残る。
 忘れかけていた過去の苦しさが込み上げてくる。子どもだった自分にはどうすることもできなくて、大人になった今でも迷うことばかりだ。
 きゅ~とお腹の音が聞こえてきた。春子が顔を上げると目が合って、微笑み合った。彼は照れくさそうにしている。その顔を見て心の中を渦巻いていた闇が少し晴れる。

「……ごはん作りますね」

 もうすぐ〇時になってしまう。食べるには遅い時間だけど二人とも空腹状態だった。春子は虎将のおかげで軽くなった心でさっそくキッチンに立ち、玉ねぎを切り始める。時間もないので、簡単なものを作ることにした。
 三〇分もかからずに完成する。

「簡単なものしか作れなかったんですけど、塩親子丼です」
「うまそうだ。いただきます」
 虎将は相当お腹が減っていたのか、さっそくガツガツと食べ始める。
「……うまい。うますぎる」
「よかったです」

 春子も食べ始めるが、いつもの自分の味だ。親子丼も安くできるのでレパートリーのひとつだった。でもせっかくなら作ったことがない料理を作ってみたくなってくる。一番は、虎将の好きな料理。
「あの、何かお礼がしたいんですけど、次に食べたいものとかありますか?」
「食べたいものか……」
 虎将は親子丼を咀嚼しながら考え込んでいる。どんぶりいっぱいにあったご飯はもうすでにほんのわずかになっていた。

「……それなら、一緒に風呂に入ってくれ」
「え!?」
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