11 / 41
03 守ってくれた人
思い出したくない過去
しおりを挟むファミレスは日曜日の夜だからか客が少なく、さほど忙しくもなく変なトラブルもなく無事に終わった。しかも、人が少ないからと早めに上がることができた。時給制なのであまり喜べることでもないのだが、明日からは朝から仕事なので、助かる気持ちのほうが大きかった。昨日と同様にスーパーに寄ってマンションへの道を歩いていた。
「春子」
「え?」
マンションのエントランスに入ろうとした時名前を呼ばれて振り返ると、白髪交じりの中年男性が立っていた。痩せ細っていてへらへら笑い、怪しい雰囲気がある。
「春子、俺だ。覚えてるか?」
名前を呼び捨てにするほどの人なのだから知り合いには違いないのだろう。マンションの明かりに照らされる顔をまじまじと見る。すると記憶の奥底から浮かび上がってくる顔があった。
「……あ。お義父さん……?」
「ああ。よく覚えてくれていたなあ」
それはこっちのセリフだ。
彼は、春子の母の三人目の夫だ。つまり春子にとっての義父。けれど彼とは嫌な思い出しかない。当時春子は高校生だったので、会わなくなってから十年以上経っている。もう二度と顔を見ることもないと思っていた人だ。当時よりは随分と老け、別人のようだった。ただ嫌な笑い方をするあの顔は昔と変わらない。
「どうしてここにいるの?」
「昨日駅前で見かけたらからちょっとついてきただけだよ」
当然のように言うが、寒気がした。昨日も見られていたと思うと恐怖心さえある。そんな春子の気持ちなど知らぬ義父は春子たちが住むマンションを見上げ、声を上げて笑った。
「それにしても春子、こんな高いマンションに住んでるのか。それなら金があるんだろう? 貸してくれよ」
「……は?」
信じられない言葉に目を見開く。それが短い期間でも『父親』であった人の言うことか。
「いいだろ? 十万……いや、五万でいい!」
「何言ってるんですか」
春子には今まで三人の父親がいる。全員最低だったが、三人目の父である彼が一番嫌いだった。
思春期の娘である春子の身体をいやらしい視線で見つめ、必要のないスキンシップを強要された。そして最後は借金を残し、外に女を作って出て行った。母がどれだけ傷ついたか。春子は今でも母の泣き顔を忘れたことはない。それからは二人きりで、どん底の日々だった。
「あなたにお金を渡せるわけないじゃないですか」
春子だって借金を抱えている。この家は虎将の家だと、説明するのも面倒だ。
「そ、それなら三万でもいい。少しくらいいいじゃないか。春子、きれいになったなあ。どうだ、父さんとこのマンションで暮らさないか」
「……っ、無理です!」
何が『父さん』だ。父らしいことをされた覚えも何もない。確かに一時的に金銭的にはお世話になったかもしれないが、それ以上の代償が大きかった。
「だめかあ……じゃあせめて金でも。な?」
「……もう帰ってください警察呼びますよ」
きつく言っているのに義父は春子の嫌いなニヤニヤ顔で、一歩ずつゆっくりと春子に近づいてくる。
「春子、お父さんに酷いこと言うなあ」
「……あなたを父だと思ったことはありません」
忘れかけていた怒りが込み上げてくる。当時は子どもだったし年上の男性、しかも母の好きな人だということで言いたいことも言えなかったけれど今は違う。責める言葉も山ほど思い浮かぶ。でもそれ以上に、顔を見ていたくない。声を聞きたくない。それほど嫌悪感しかなかった。
「おいおい春子、怖い顔をするなよ~」
義父の手が春子の腕を掴む。その瞬間、昔のことがフラッシュバックしてきて寒気がするだけではなく吐き気まで込み上げてきて、息が詰まる。
「い、いやぁっ」
叫びたいのに弱々しい声しか出てこない。手を振りほどきたいのに、力が出ない。
「……春子!」
その時、力強い声が暗い道に響く。振り返ると虎将がこちらへ向かって走って来ていた。
「……虎将さん」
「おいお前、その手を離せ」
虎将の視線が春子から義父へと移る。険しく睨んだ顔は自分へのものではないとわかっていても怖かった。
「……チッ」
舌打ちが聞こえ、手が離れていく。
「おい待て!」
義父は逃げるように走り去る。春子は追いかけようとする虎将の腕を掴んだ。
「追いかけなくていいのか?」
春子は首を振る。追いかけたところで話すことなどなにもない。追い払ってくれただけで充分だ。なにより、一人でいるのが怖い。
「なんだったんだ今の男は。……とりあえずはやく入れ」
「は、はい」
震える手を、虎将の手が包んでくれた。力強い手に安堵して春子はようやくちゃんと呼吸をすることができた気がした。
30
お気に入りに追加
163
あなたにおすすめの小説
もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~
泉南佳那
恋愛
イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!
どうぞお楽しみいただけますように。
〈あらすじ〉
加藤優紀は、現在、25歳の書店員。
東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。
彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。
短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。
そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。
人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。
一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。
玲伊は優紀より4歳年上の29歳。
優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。
店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。
子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。
その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。
そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。
優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。
そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。
「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。
優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。
はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。
そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。
玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。
そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる