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03 守ってくれた人

思い出したくない過去

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 ファミレスは日曜日の夜だからか客が少なく、さほど忙しくもなく変なトラブルもなく無事に終わった。しかも、人が少ないからと早めに上がることができた。時給制なのであまり喜べることでもないのだが、明日からは朝から仕事なので、助かる気持ちのほうが大きかった。昨日と同様にスーパーに寄ってマンションへの道を歩いていた。

「春子」
「え?」

 マンションのエントランスに入ろうとした時名前を呼ばれて振り返ると、白髪交じりの中年男性が立っていた。痩せ細っていてへらへら笑い、怪しい雰囲気がある。

「春子、俺だ。覚えてるか?」

 名前を呼び捨てにするほどの人なのだから知り合いには違いないのだろう。マンションの明かりに照らされる顔をまじまじと見る。すると記憶の奥底から浮かび上がってくる顔があった。

「……あ。お義父さん……?」
「ああ。よく覚えてくれていたなあ」

 それはこっちのセリフだ。
 彼は、春子の母の三人目の夫だ。つまり春子にとっての義父。けれど彼とは嫌な思い出しかない。当時春子は高校生だったので、会わなくなってから十年以上経っている。もう二度と顔を見ることもないと思っていた人だ。当時よりは随分と老け、別人のようだった。ただ嫌な笑い方をするあの顔は昔と変わらない。

「どうしてここにいるの?」
「昨日駅前で見かけたらからちょっとついてきただけだよ」

 当然のように言うが、寒気がした。昨日も見られていたと思うと恐怖心さえある。そんな春子の気持ちなど知らぬ義父は春子たちが住むマンションを見上げ、声を上げて笑った。

「それにしても春子、こんな高いマンションに住んでるのか。それなら金があるんだろう? 貸してくれよ」
「……は?」
 信じられない言葉に目を見開く。それが短い期間でも『父親』であった人の言うことか。
「いいだろ? 十万……いや、五万でいい!」
「何言ってるんですか」

 春子には今まで三人の父親がいる。全員最低だったが、三人目の父である彼が一番嫌いだった。
 思春期の娘である春子の身体をいやらしい視線で見つめ、必要のないスキンシップを強要された。そして最後は借金を残し、外に女を作って出て行った。母がどれだけ傷ついたか。春子は今でも母の泣き顔を忘れたことはない。それからは二人きりで、どん底の日々だった。

「あなたにお金を渡せるわけないじゃないですか」
 春子だって借金を抱えている。この家は虎将の家だと、説明するのも面倒だ。
「そ、それなら三万でもいい。少しくらいいいじゃないか。春子、きれいになったなあ。どうだ、父さんとこのマンションで暮らさないか」
「……っ、無理です!」
 何が『父さん』だ。父らしいことをされた覚えも何もない。確かに一時的に金銭的にはお世話になったかもしれないが、それ以上の代償が大きかった。

「だめかあ……じゃあせめて金でも。な?」
「……もう帰ってください警察呼びますよ」
 きつく言っているのに義父は春子の嫌いなニヤニヤ顔で、一歩ずつゆっくりと春子に近づいてくる。
「春子、お父さんに酷いこと言うなあ」
「……あなたを父だと思ったことはありません」

 忘れかけていた怒りが込み上げてくる。当時は子どもだったし年上の男性、しかも母の好きな人だということで言いたいことも言えなかったけれど今は違う。責める言葉も山ほど思い浮かぶ。でもそれ以上に、顔を見ていたくない。声を聞きたくない。それほど嫌悪感しかなかった。

「おいおい春子、怖い顔をするなよ~」

 義父の手が春子の腕を掴む。その瞬間、昔のことがフラッシュバックしてきて寒気がするだけではなく吐き気まで込み上げてきて、息が詰まる。

「い、いやぁっ」
 叫びたいのに弱々しい声しか出てこない。手を振りほどきたいのに、力が出ない。

「……春子!」
 その時、力強い声が暗い道に響く。振り返ると虎将がこちらへ向かって走って来ていた。

「……虎将さん」
「おいお前、その手を離せ」

 虎将の視線が春子から義父へと移る。険しく睨んだ顔は自分へのものではないとわかっていても怖かった。

「……チッ」
 舌打ちが聞こえ、手が離れていく。
「おい待て!」
 義父は逃げるように走り去る。春子は追いかけようとする虎将の腕を掴んだ。

「追いかけなくていいのか?」

 春子は首を振る。追いかけたところで話すことなどなにもない。追い払ってくれただけで充分だ。なにより、一人でいるのが怖い。

「なんだったんだ今の男は。……とりあえずはやく入れ」
「は、はい」

 震える手を、虎将の手が包んでくれた。力強い手に安堵して春子はようやくちゃんと呼吸をすることができた気がした。
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