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13 デートの続きは彼の家で。

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「よかった夕飯の支度しておいて」

 車で亘の家に帰ってきた。今日は亘の家に来る予定はなかったけれど、あまりに自然だったのでついてきてしまった。

「簡単なものだけど」

 家を出る前に用意してくれていたのか、三十分くらいしかキッチンに立っていなかったのに、もう完成していた。ハヤシライスだ。

「ここまでしてもらっちゃって、悪いな……誕生日でもなんでもないのに」

 今日の里帆は、なにもしていない。与えられるものをすべて甘えて受け取っていただけだった。普通の恋人とはこういうものなのか、わからない。でも里帆にとっては甘やかされるだけなのは性に合わない気がした。

「初デート記念ってことで」
「……もう」

 どこまでもやさしい亘は、恋人にも同じようなことをしていたんだろう。恋人の好きな映画を観たり、こうやって食事を作ってくれたり。うらやましいと思う反面、自分には向いてないかもしれない、と思う。そうなってしまうともう絶望的だ。女性向けの、恋人と使う商品なんて開発できる気がしない。

「そうだ、今日泊まるよな?」
 ハヤシライスを食べながらうなずいた。
「夕飯食べ終わったら映画見よう」
「映画?」
「そう、恋愛映画。一緒に観ようと思ってレンタルしたんだ」
 計画って、こういうことか。確かに恋人同士だったら家で映画鑑賞をしそうだ。

「……その前に、亘くんのお仕事について教えて?」

 帰ってきてから亘は一言も話題にしてこないのできっとあまり聞かれたくないんだろうなということはわかっていたが、あそこまで騒ぎになっていたら、もっと知りたくなるというものだ。

「別に、大したことはないよ。勉強して資格とって、必死に働いてたら仕事が増えて、なぜか取材とか受けるようになったってだけ」
「そんな忙しい人が、うちの会社で働くものなの?」
「そうだよ。それも仕事の一環」
「そういうもの、かあ」

 亘の仕事事情は詳しくない。会社勤めの里帆とは違って、一人でやっていたら仕事を増やさなければいけないこともあるだろう。踏み込みすぎてしまった、と反省した。

「ごめんね、仕事の話させちゃって。ちょっとびっくりしちゃっただけなの」
「いいよ。自分の彼女には知ってもらいたいし。ほら、冷めないうちに食べな」

 さらっとすごいことを言って、すぐになんでもなかったような顔をする。亘は里帆が思った以上に女性に慣れた大人みたいだ。



「はーおなかいっぱい!」
「デザートあるよ」
「やった~!」

 二人で洗い物をしてから、デザートの登場だ。ケーキ屋さんのプリンだった。ケーキだったら重いと感じていただろうからちょうどよかった。

「食べながら観ようか」
「悲しいのじゃないといいな……」
「ラブコメっぽいから大丈夫じゃないか?」

 部屋の電気を薄暗くして、テレビの前のソファに二人並んで座る。亘がリモコンを操作すると、映画が始まった。
 働く女性が仕事や恋愛に振り回されながらも、幸せを掴むために奮闘するストーリーだ。主人公の年齢は25歳。里帆と近いこともあって、共感できる部分が多く、気づいたらストーリーに入り込んでいた。失恋を繰り返しながらも、結局は一番近くにいた存在の幼なじみと想いを結ぶ。仕事もうまくいって、万々歳だ。
 王道ストーリーではあるけれど里帆には強く突き刺さった。

「うう、よかった……っ」
 ラストの主人公が幼なじみと抱き合うシーンで、つい涙がこぼれた。恋愛映画で泣くのは苦手だ。でも、悲しい涙ではなくてうれしい涙なら、いくらでも泣けそうだ。
「てぃ、ティッシュ……」
 テーブルの上に置いてあるティッシュに手を伸ばして、鼻を噛む。正直、隣の存在のことはすっかり忘れていた。

「ひゃっ」
 なので肩を抱かれた時には、おかしな声が出てしまった。
「わ、亘くん……?」
「ん? なに?」

 肩を抱かれてそのまま引き寄せられると、亘の肩に里帆の頭が乗っかった。亘の顔を見ようにも、近すぎてうまく見ることができない。

「ち、近いよ」
「いいじゃん恋人なんだし。ていうかいいかげん慣れてもらわないと困る」

 たしかに『恋人ごっこ』をしているけれど、急にこの距離はずるい。

「里帆、こっち向いて」

 やさしく名前を呼ばれる。そっと亘を見上げると里帆をまっすぐ見つめる視線があった。どきどきと鼓動がうるさいくらいに鳴っている。
 頬をさらりと撫でる大きな手。こんなに近いのは初めてなんじゃないかな。近くで見てもかっこいい。ファンがいるのもよくわかる。

「……里帆」
 亘がさらに近づいてきて、唇がふれそうな距離に――。

「っ! わ、私、トイレ!」
「……うわっ」

 里帆は亘をはねのけ、ソファから飛び降りる。ドタバタとトイレへ入ると鍵を閉めて、しゃがみ込んだ。

「……なに今のっずるいっ!」

 まだ心臓がバクバクと鳴っている。まるでキスでもするんじゃないかという距離で囁かれて、世の恋人たちはあんな雰囲気に耐えられるなんて信じられない。里帆には無理だ。耐えられないしどうしたらいいかわからないし、逃げ出したい。両手で顔を覆うけれど頭の中には先ほどの光景がこびりついて離れない。
 しばらく悶えていると、トイレのドアがノックされた。

「里帆、ごめん、からかいすぎた」
 トイレに用があるとは思っていない口ぶりだ。いつまでもこうしているわけにはいかないし、里帆は数回深呼吸をして、トイレのドアを開いた。
 軽く亘を睨む。

「睨むなって、恋人っぽいことできただろ?」
「……ん……」

 できたはできたけど、刺激が強すぎだ。一般的な二十六歳の女性では慣れていることだろうに里帆にはハードルが高い。

「まだふてくされてんの? ごめんって。でもこういうこと慣れていかないと……」
「……亘くんの、意地悪……っ」

 やさしいと思っていた幼なじみのお兄ちゃんは、やさしいだけではなくちょっと意地悪みたいだ。
 処女をからかうのもいいかげんにしてほしい。
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