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09 甘えられる存在
しおりを挟む通常業務も隙間でこなしつつ、新企画のプロジェクトリーダーとして動いていると残業は免れられないもので、里帆は最近では毎日夜九時頃まで残業をしている。残業時間が規定を超過すると上司に注意されてしまうので、仕事が終わる終わらないにかかわらず週に一日くらいは定時で帰るようにしていた。
約束をしていた通り、定時で上がった水曜日に亘の家で彼の作ってくれた夕飯を食べている。
「お、おいしい……っ!」
出されたのは純和食。自分ひとりでは外食やコンビニ弁当ばかりなので濃い味に疲れ切った舌が優しい味に癒やされていくようだった。
「それならよかった」
亘は疲れなど見せずニコニコしている。亘だって里帆と同じように働いているのにこの違いはなんだろう。
「亘くんは疲れてないの?」
「うーん。疲れてないといったら嘘になるけど、でも平気だよ」
「それなのにご飯作ってもらっちゃってごめん」
「あーほら、そんな顔するなって。正直に言うんじゃなかったかな」
伸びてきた手が、里帆の頭を撫でる。
幼なじみだからといって甘えすぎている、と毎回思っているのについ甘えてしまう。亘は不思議だ。見た目は逞しくてかっこいい男の人なのに、優しくて柔らかい雰囲気があって、甘えたくなってしまう。でもカウンセラーの人(亘本人)も言っていたし、亘が嫌だと言わない限りは甘えてしまいたい。
服などは何着か置いてもらっているのでそのまま泊まることになった。亘と一緒に寝ると寝心地が良いのでうれしい。食後のデザートのプリンを食べてから、ゆっくりお風呂に入ってベッドにもぐる。
里帆のあとにお風呂に入った亘が戻ってくる頃にはすでにうとうとしていた。明日も朝早い。
「……今週の金曜日は、自分の家に帰るね」
「泊まれば?」
「だめだよ。だって土曜日は……デート、だよね」
「だから俺の家から一緒に出ても……」
「だめ。一応、いろいろ支度したいし」
服やメイクもじっくり考えたい。亘の家にいたらできないことがたくさんある。本物の恋人同士ではないにしても、『デート』というもの自体が久しぶりの里帆にとっては大イベントだ。
「わかった。恋人らしく、頼むよ」
亘も察してくれたのか寝ている里帆の頭を撫でた。
むずがゆい。恋人ごっこだとわかっていても、亘はあまりに距離が近く、まるで本当の恋人同士だ。他人が一緒に眠ったりはしないだろうに亘は簡単にベッドに入ってくる。
「眠くなってきた?」
「……うんん……」
寝付きの悪い里帆が、ベッドに入って数分で眠くなるのはめずらしいことだ。お風呂に入って身体が冷めないうちにベッドに入ったのがよかったのだろうか。すんなりと眠気がやってきた。
少し距離を保って、隣でも亘の寝息が聞こえてくる。その規則的な息づかいに妙に安心して里帆は今日も目を閉じた。
亘と一緒に眠った次の日の目覚めはいつも良い。
身体も軽く、心も前向きになれる。社会人になってからはずっと一人で寝て起きていたから誰かと一緒にいることで安心しているのか、相手が気の知れた相手だからか。再会して間もないのにこんなに落ち着くのは彼しかいないだろう。
「朝飯はパンでいいか? それともご飯?」
「パンがいい! 私はコーヒーを用意するね」
「……元気だな」
「亘くんのおかげだよ」
一緒に朝ご飯の用意をして、一緒に食べる。この不思議な関係は、家族や恋人なのだと錯覚してしまいそうだ。
「じゃあ私先に行くね」
里帆と亘では始業時間が違うので、朝9時からの里帆は先に家を出ることになる。鍵など預けなければいけないのでちょうどいい。置かせてもらっている数枚の服から選び着替えて、里帆は亘に手を振った。
「ああ、いってらっしゃい」
朝、笑顔で見送ってくれるだけで気持ちが上向きになるなんて、亘と再会するまで気づかなかった。
頭がすっきりすると仕事もはかどるものだ。次のミーティングは来週の月曜日。
それまでに自分の考えをまとめなければいけない。他のチームメンバーも、唸りながら考えているのが見えた。しっかりとした睡眠と食事を取り入れるだけでこうも身体がすっきりするものかと自覚していた。
キーボードをぱちぱちと打ちながら資料を完成に近づけていく。まだまだ迷いばかりだけど、今の精一杯の経験と気持ちで作るしかない。時々甘いチョコを口に放り込みながら、仕事を続けていた。
「里帆、お昼は?」
「あれもうそんな時間?」
美琴に声をかけられて時計を確認する。もう十二時を回っていた。この会社ブーケではフレックス制度をとっており、社内では始業やお昼、就業のチャイムなどは鳴らず、決められた時間の中でお昼の時間をとることになっている。そのせいで時間に気づかないこともよくある。ただ里帆はなんとなく十二時に昼食をとるようにしていた。そうでなければ際限なく仕事に没頭してしまうからだ。そのことを彼女は知っているので声をかけてくれたんだろう。
いつもだったら食欲もなく、デスクに置いてあるカロリーバーをかじるだけだったが最近は亘のお弁当だ。でも、今日のお昼はお弁当ではない。
「あ、やばっ」
里帆は思い出して慌てて席を立った。
「どうしたのそんなに慌てて」
「約束してたのっ」
「そっか。たまには外にでも行こうよって思ったけど、また今度ね」
「うん、ごめん!」
財布の入っている小さなトートバッグを手に、里帆はオフィスを出て混雑したエレベーターで二階まで降りた。
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