上 下
9 / 41

09 甘えられる存在

しおりを挟む

 通常業務も隙間でこなしつつ、新企画のプロジェクトリーダーとして動いていると残業は免れられないもので、里帆は最近では毎日夜九時頃まで残業をしている。残業時間が規定を超過すると上司に注意されてしまうので、仕事が終わる終わらないにかかわらず週に一日くらいは定時で帰るようにしていた。
 約束をしていた通り、定時で上がった水曜日に亘の家で彼の作ってくれた夕飯を食べている。

「お、おいしい……っ!」

 出されたのは純和食。自分ひとりでは外食やコンビニ弁当ばかりなので濃い味に疲れ切った舌が優しい味に癒やされていくようだった。

「それならよかった」

 亘は疲れなど見せずニコニコしている。亘だって里帆と同じように働いているのにこの違いはなんだろう。

「亘くんは疲れてないの?」
「うーん。疲れてないといったら嘘になるけど、でも平気だよ」
「それなのにご飯作ってもらっちゃってごめん」
「あーほら、そんな顔するなって。正直に言うんじゃなかったかな」

 伸びてきた手が、里帆の頭を撫でる。

 幼なじみだからといって甘えすぎている、と毎回思っているのについ甘えてしまう。亘は不思議だ。見た目は逞しくてかっこいい男の人なのに、優しくて柔らかい雰囲気があって、甘えたくなってしまう。でもカウンセラーの人(亘本人)も言っていたし、亘が嫌だと言わない限りは甘えてしまいたい。
 服などは何着か置いてもらっているのでそのまま泊まることになった。亘と一緒に寝ると寝心地が良いのでうれしい。食後のデザートのプリンを食べてから、ゆっくりお風呂に入ってベッドにもぐる。
 里帆のあとにお風呂に入った亘が戻ってくる頃にはすでにうとうとしていた。明日も朝早い。

「……今週の金曜日は、自分の家に帰るね」
「泊まれば?」
「だめだよ。だって土曜日は……デート、だよね」
「だから俺の家から一緒に出ても……」
「だめ。一応、いろいろ支度したいし」

 服やメイクもじっくり考えたい。亘の家にいたらできないことがたくさんある。本物の恋人同士ではないにしても、『デート』というもの自体が久しぶりの里帆にとっては大イベントだ。

「わかった。恋人らしく、頼むよ」

 亘も察してくれたのか寝ている里帆の頭を撫でた。
 むずがゆい。恋人ごっこだとわかっていても、亘はあまりに距離が近く、まるで本当の恋人同士だ。他人が一緒に眠ったりはしないだろうに亘は簡単にベッドに入ってくる。

「眠くなってきた?」
「……うんん……」

 寝付きの悪い里帆が、ベッドに入って数分で眠くなるのはめずらしいことだ。お風呂に入って身体が冷めないうちにベッドに入ったのがよかったのだろうか。すんなりと眠気がやってきた。
 少し距離を保って、隣でも亘の寝息が聞こえてくる。その規則的な息づかいに妙に安心して里帆は今日も目を閉じた。



 亘と一緒に眠った次の日の目覚めはいつも良い。
 身体も軽く、心も前向きになれる。社会人になってからはずっと一人で寝て起きていたから誰かと一緒にいることで安心しているのか、相手が気の知れた相手だからか。再会して間もないのにこんなに落ち着くのは彼しかいないだろう。

「朝飯はパンでいいか? それともご飯?」
「パンがいい! 私はコーヒーを用意するね」
「……元気だな」
「亘くんのおかげだよ」

 一緒に朝ご飯の用意をして、一緒に食べる。この不思議な関係は、家族や恋人なのだと錯覚してしまいそうだ。

「じゃあ私先に行くね」

 里帆と亘では始業時間が違うので、朝9時からの里帆は先に家を出ることになる。鍵など預けなければいけないのでちょうどいい。置かせてもらっている数枚の服から選び着替えて、里帆は亘に手を振った。

「ああ、いってらっしゃい」
 朝、笑顔で見送ってくれるだけで気持ちが上向きになるなんて、亘と再会するまで気づかなかった。


 頭がすっきりすると仕事もはかどるものだ。次のミーティングは来週の月曜日。
 それまでに自分の考えをまとめなければいけない。他のチームメンバーも、唸りながら考えているのが見えた。しっかりとした睡眠と食事を取り入れるだけでこうも身体がすっきりするものかと自覚していた。
 キーボードをぱちぱちと打ちながら資料を完成に近づけていく。まだまだ迷いばかりだけど、今の精一杯の経験と気持ちで作るしかない。時々甘いチョコを口に放り込みながら、仕事を続けていた。

「里帆、お昼は?」
「あれもうそんな時間?」

 美琴に声をかけられて時計を確認する。もう十二時を回っていた。この会社ブーケではフレックス制度をとっており、社内では始業やお昼、就業のチャイムなどは鳴らず、決められた時間の中でお昼の時間をとることになっている。そのせいで時間に気づかないこともよくある。ただ里帆はなんとなく十二時に昼食をとるようにしていた。そうでなければ際限なく仕事に没頭してしまうからだ。そのことを彼女は知っているので声をかけてくれたんだろう。

 いつもだったら食欲もなく、デスクに置いてあるカロリーバーをかじるだけだったが最近は亘のお弁当だ。でも、今日のお昼はお弁当ではない。

「あ、やばっ」
 里帆は思い出して慌てて席を立った。
「どうしたのそんなに慌てて」
「約束してたのっ」
「そっか。たまには外にでも行こうよって思ったけど、また今度ね」
「うん、ごめん!」

 財布の入っている小さなトートバッグを手に、里帆はオフィスを出て混雑したエレベーターで二階まで降りた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

同居離婚はじめました

仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。 なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!? 二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は… 性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...