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06 カウンセラーの効果

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 眩しい光を感じてゆるりと意識が覚めていく。ゆっくり目を開けると、大きな窓のカーテンの隙間から光が差していた。

「……朝か……」
 枕元に置いていたスマホを確認すると朝の九時だった。寝すぎてしまった。今日が土曜日でよかった。

「……?」

 それにしても違和感がある。寝ぼけた頭で記憶をたどっていくと、ここが亘の家だということはすぐに理解できた。でもそうじゃなくて、他に、いつもと違うような感覚があった。隣に寝ていたはずの亘はいなくて、里帆も身体を起こしベッドから降りる。

「あれ」

 起き上がってようやく大きな変化に気付いた。

 身体が軽い。頭も軽い。平日はもちろん、休日でさえも起き抜けは身体がだるく、しばらくぼーっとしているのに、今はすっきりしていた。週末の疲れはいつも通りで、むしろ悩みのせいでさらに疲労していたはずなのに。

 こんな感覚は数年振りだ。

 だぼだぼのルームウェアを持ち上げながらベッドルームの扉を開けると、いい匂いがした。キッチンでは、じゅわ、とフライパンで調理をするような音が聞こえた。ベッドルームには音は届いてこなかったので、防音がしっかりした部屋なんだろうか。ますます高そうだ。

「……おはよー……」

 顔も洗っていないし、メイクだって落ちたままだ。寝起きの顔を見せるのは躊躇われて、里帆はドアの隙間からキッチンに立つ亘の後ろ姿に声をかける。

「里帆おはよう。よく眠れたか?」
 振り返ると亘はエプロンをしっかりつけていて、がっしりした身体にミスマッチだ。でもどこか馴染んでいるのが不思議だ。

「うん、すっきり……」
「よかった。顔洗って来たらこっちおいで。朝飯用意してるから」
「はーい」

 幼なじみのお兄さんというより、まるでお母さん。人にごはんを作ってもらうのも久しぶりだ。里帆は急いで洗面所に行き、顔を洗い歯も磨いた。いつもカバンに入れている化粧ポーチを取り出し、軽くメイクをする。忙しかったせいで肌荒れがひどい。夜は暗くていいけれど、朝の顔はあまり見られたくはない。荒れた肌を隠す程度のことをして、リビングへ戻った。

「朝飯、洋食でもいいか?」
「もちろん!」

 すでにリビングの低めのテーブルには、出来上がった朝食が並んでいた。きつね色に焼けたトーストに、小さめのサラダにスープ、ハムエッグ、それからフルーツまで。

「おいしそう!」
「簡単なものだよ」

 苦笑しながらエプロンを外した亘が、ソファの隣に座る。
 朝ごはんをしっかり食べるのも久しぶりだし、それが人の手作りだという感動から、里帆はすぐに「いただきます」と手を合わせてフォークを手に取った。サラダのしゃくしゃくとした歯ごたえに、トーストの香ばしい匂い、ハムエッグのしょっぱさ、全部がおいしくて、勢いのまま口に運んでいく。

「落ち着けって」
「だっておいしいんだもん」
「ありがとな」
 隣で亘が優しく微笑む。

 二人で朝食を食べ終えると用意してくれたカフェオレで一息。なんて素敵な休日の朝だろう。ほっと息を吐いたところで、あることを思い出した。

「そうだ、亘くんっ、どうして?」
「なにが?」
 亘も同じくコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいた。

「すごいよ亘くん、なんで?」
「だからなにが」

 里帆の興奮した様子を見て、亘が笑った。笑われて、自分が興奮していることに気づいた。もう一度ゆっくりカフェオレを飲んでから、亘を見つめる。

「私、今まで寝起きすごい悪かったのに、今日はすっきり目覚めたの。亘くんがなにかしてくれたんじゃないの?」
「いや、何もしてないよ」
「嘘っ!」

 じゃあどうしてあんなに朝が気持ちよかったのか。一人の休日とは明らかに違うので単純に睡眠時間の問題ではないことはわかる。他になにか理由が?

「それなら、また一緒に寝ようか」
「えっ」
「一緒に寝て里帆がすっきりするんならいくらでもつき合うよ。添い寝でもいいし」

 さらに甘やかすような提案に、里帆は思案した。
 いろいろと葛藤はあった。昔好きだった人だし、また好きになってしまったらどうしよう、とか亘なしで眠れなくなったらどうしよう、とか彼氏でもない人に一緒に寝てもらうなんて倫理的にどうなんだろう、とかたくさんのことを考えたけれど、睡眠の心地よさ、目覚めの気持ちよさには勝てなかった。

「……お、お願いしたいです」

 気がついたらカフェオレを持ったまま頭を下げていた。甘えすぎている自覚はある。でも亘が優しすぎて、甘えたいと思ってしまった。ずっとじゃないから、いつまでも甘えるわけじゃないから、と自分に言い訳をして。

「でも、迷惑になったら言ってね!」
 付け足すように慌てて顔を上げた。
「わかったよ」
 大きな手が頭を撫でる。亘のこれは、癖なのだろうか。もう子どもでもないのに、昔みたいな子ども扱いだ。でも今はそれも心地よかった。

「じゃあ、添い寝アリの恋人ごっこってことで」

 幼なじみに、おかしなことをお願いしてしまった。でも里帆はもうこうするしかない。仕事のために、彼に協力してもらうしかなかった。申し訳ないと思いながらも暗闇に光が差した気がして、心が軽くなった。

「よろしくお願いします……」
「こちらこそ、よろしく」
 亘は再会した時と変わらない顔で笑った。

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