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37話 覚醒

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「もうハースくんったら、危ないじゃない」

「す、すみません」

「別に謝らなくていいわ。
 そ・の・代・わ・り、うちも少しだけ、本気出しちゃうから」

「あ、あはは……」

 これ、死んだな。

「ティーネブリス!」

 ディアンナが魔剣を振るうと、素早い斬撃が俺の元へ飛んできた。
 こ、これはやばい……。

「フリーズ! フリーズ! フリーズ!」

 急いで3重に氷壁を張り、それを何とか斬撃を防ぐ。
 だが、まともにあれをくらえば、即死は免れないだろう。

「ティーネブリス! ティーネブリス! ティーネブリス!」

 しかし、ディアンナはそんな事気にもせず、斬撃を連続で出してくる。
 彼女は心まで化け物みたいだ。

「フリーズ! フリーズ! フリーズ!
 フリーズ! フリーズ! フリーズ!
 フリーズ! フリーズ! フリーズ!」

 後、これはいらない配慮かもしれないが、できるだけ芝生を傷つけないように戦わないと、帰ってきたクロさんとシロさんに怒られそうだ。
 だから俺は、斬撃をかわすのではなく、全てフリーズで防いでいる。

「あらあら、ハースくん結構やるわね」

「ありがとうございます」

 正直に言えば、今すぐにでも手を抜いて欲しい。
 ただ、パパさんは無言。
 つまり、続けろということだ。

「ふぅ、そろそろかな」

「え?」

 よく見ると、魔剣いっぱいに魔力が溜まっている。

「ま、まさか……」

 もしかすると、次飛んでくる斬撃は範囲にいるだけで死ぬかもしれない。
 直感でそう感じた。

「じゃあ行くわよ」

「いやいや、だめでしょ……」

「ティーネブリス・ラグナ!」

 竜の形をしたその斬撃は、視界に入れただけで足がすくむ。
 正しく、闇の竜だ。

「おいおい、昔話みたいな竜出てきちゃったよ」

 名前からして、やばい斬撃の進化系であることは間違いない。
 ただ、このような場所で、このような手合わせの場で使うような技じゃないことは確かだ。

 しかし直後、更なる不運が俺を襲った。

「ただいまなのだ!」

 おいおい、この声まさか……。

「シェルヴィ様!?」

「ふっふっふ、ハースよ。
 我は今日、午前授業で早帰りだったのだ!」

 そう。
 最悪のタイミングで、シェルヴィ様が帰ってきてしまったのだ。

「おいディアンナ、今すぐその竜を止めろ!」

「えっ、あっ、ちょっと、それは無理よ。
 だってもう、放っちゃったし……」

「はぁ、夢だと言ってくれ……」

 竜は、獲物を見定めるかのごとく空を飛んでいる。
 言うならばそう、空の王だ。

 でもこの時の俺は、どうにかデリートさえ当てられれば、竜を止められると思っていた。

「あ、あのね、ハースくん」

「なんですか!」

「あの竜、デリートじゃ止まらないから……」

「は?」

 そして、事態は最悪な方向へと進む。

「な、なんか飛んでくるのだ……!」

 シェルヴィ様の声に導かれ、魔剣から放たれた竜を目で追うと、あろうことかシェルヴィ様の元へ向かっていくではないか。

「ディアンナ、後で反省文を提出しなさい」

「も、申し訳ありません」

 真っ先に異変に気づいたパパさんは、怖い笑顔でディアンナを見ると、シェルヴィ様の前へ空間転移を始めた。

 そしてちょうどその頃、俺の頭の中は酷いパニック状態に陥っていた。

 ……だめだ……。
 ……竜がシェルヴィ様の元に……。
 ……喰われるのか?……。
 ……殺されるのか?……。
 ……それだけは……。
 ……それだけは……。
 ……それだけは……。

 脳裏によぎるシェルヴィ様との思い出。
 俺はこの命に変えてでも、あなたをお守りします!

「絶対にだめだぁぁぁあああ!」

 この時、どこかのリミッターが外れた。

「魔力全開放……アスモデウス!」

 次の瞬間、俺は魔王を超えた。

「なっ、ハースくん……!」

 俺は魔王より先に、シェルヴィ様の前へと空間転移した。

「ふぅ……」

 そして当然、この膨大すぎる魔力は、買い出しから帰る途中のクロさんとシロさんに届いていた。

「な、なんにゃ!?」

「こ、これは、凄まじい魔力です……にゃ」

 2人が持つ野菜や肉、魚がパンパンに入ったビニール袋は、今にもはち切れそうだ。

「シロ、急いで帰るにゃ!」

「はい、急ぎましょう……にゃ」

 そして、場面は再び城前へと戻る。

 身体からとめどなく溢れる濃い魔力。

「おい腐れ竜、どこへ行く?
 まさか、シェルヴィ様の元へ行くわけじゃないだろう?」

「グオオオオオ!」

「悪いが、シェルヴィ様の命は俺の命だ。
 お前みたいな腐れ竜に、奪われていいはずがない!」

「グォォォォ……」

 俺の赤く光る目を見て、竜は恐れた。
 でも、それはごく自然のことである。
 だって、死を恐れるのは生物の本能なのだから。

「魔静術……消滅ディマイズ

 俺の手のひらから放たれた暗黒の魔弾は、一瞬にして竜を消し去った。

「シェルヴィ様は俺の全てだ。
 二度と近寄るな」

「ハース……」

 そして、その言葉を最後に俺は気を失った。
 おそらく、膨大すぎる魔力に身体が耐えられなかったのだろう。

「ハース!」

 気を失う直前、俺を心配するシェルヴィ様の声が聞こえたような……。
 でも、シェルヴィ様ごめんなさい。
 少しだけ眠らせていただきます。

「あ、あいつ何者なんだよ……」

「あー、足が全く動かなかったぜ……」

「う、うちは、あんな化け物を相手にしてたのね……」

 魔王軍幹部だけでなく、あの魔王すら超える力。
 これを人は『愛』と呼ぶのかもしれない。
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