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駄菓子屋
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「久しぶり」
「あらあら、柚くんじゃないか。久しぶりだねぇ」
「おばちゃん、元気にしてた?」
「当然、わたしゃあいつも元気だったよ」
ここは俺行きつけの駄菓子屋。
もうかれこれ8年は利用していると思う。
「よかった。あっ、いつものある?」
「あるよ。ほれっ」
ここに来ると、俺は決まって10円ガムを口に含む。
どうやら、今日のおばちゃんの気分はオレンジのようだ。
「うん、安定の美味しさ」
「それはよかった」
ガムを噛みながら、俺は店の一角に目を向けた。
「えっ、閉まってる。珍しっ」
その一角には個人スペースという名がついている。
ちなみに個人スペースというのは、店内で駄菓子を食べたい人向けに設置された隔離空間のことだ。
「あそこ、誰が入ってるの?」
「それは言えないよ。
もし言っちゃったら、個人スペースの意味が無くなっちゃうだろう?」
「確かに、それもそうだね」
あの場所を知る人か。
もしかしたら、通い続けて何十年とかの人だったりして。
「はい。柚くんは外でアイスでも食いな」
「えっ、いいの? ありがと」
「なぁに、ただの入学祝いだよ」
俺はこの駄菓子屋が好きだ。
普段はうるさくて仕方ないセミの声も、このお店だと趣に変わる。
ここはきっと、世界が違うんだろう。
「はぁ」
アイスを片手に、俺は店先に置いてある木のベンチに座った。
このベンチにも簡易的な衝立が用意され、人目を気にせず楽しめる工夫がされている。
まぁかっこよく言うなら、この店全てがおばちゃんの優しさで包まれてるってこと。
「何このアイス、美味っ」
そんな優しいおばちゃんがくれたアイスは、まだ食べたことのない新作だった。
「多分、ブドウとモモ、それからイチゴのミックス……かな」
パッケージには何も書かれていない。
でも、俺には分かる。
普段からアイスを食べまくっている俺には。
「うーん、ブドウとモモ、それからイチゴのミックスかな? 超美味しいー!」
そんな時、横から聞こえてきた馴染みある声。
「なっ……!?」
俺以外に分かるやつがいたのか……?
ダメだと分かっていても、身体が勝手に隣を覗く。
「「あっ」」
すると、全く同じタイミングで顔を覗かせたお隣さんと目が合った。
「えっ、あゆじゃん」
「おっ、柚じゃん」
おいおい、こんな偶然があるか!……って訳でも無いんだよな。
小さい頃なんかしょっちゅうあゆと来てたし、最近駄菓子に関するLIMEもしたし。
こうなる予兆はあったと言っていい。
「そのアイス、おばちゃんから?」
「うん! ってことは、まさか柚も?」
「うん」
「ほんと、何も変わってないね」
時折聞こえてくる心地よい風鈴の音。
あゆの言うように、ここは昔から何も変わっていない。
でも、何も変わらないからこその魅力がある。
「あっ、そういえば、個人スペース見た?」
「んっ? なんで? 別に見てないけど」
えっ、あのあゆが気づかないなんてことあるのか……?
「だって今日、珍しく襖閉まってたでしょ?」
俺が聞くと、あゆは少し悩む素振りを見せた。
そして一言。
「それ、多分私じゃないかな?」
・・・あっ。
「使ってたの?」
「うん、使ってた」
「なら絶対あゆじゃん。
というか、あゆしかありえないじゃん」
「うん。あっ、なんかごめん」
少しして、俺とあゆは顔を見合わせ笑った。
「なんか懐かしいね」
「うん、俺もちょうど同じこと思ってた」
「あっ、いいこと考えちゃった!
柚、個人スペースで待ってて!」
出たよ。
たまにあるんだよな、これ。
「分かった」
俺は1人靴を脱ぎ、個人スペースに上がった。
中に入ると、懐かしい畳の香り……と、あゆの匂いがする。
「入るのは久しぶりか」
テーブルを囲むように置かれた4つの座布団。
昔は確か、俺とあゆ、お互いの母が向かい合う形で座ったっけ。
「懐かしいなぁ」
そんな具合で思い出に浸っていると、ゆっくり襖が開いた。
「お待たせー!」
何かを片手に戻ってきたあゆ。
「何してたの?」
「ふっふーん、これを見よ!」
あゆが見せつけてきたのは、これまた新作のhokkyである。
「イチゴ味って……美味しいの?」
「うーん、どうなんだろ? まぁでも、今回味は関係ないから」
味が関係ないって……。
それ、お菓子全般に対する侮辱じゃない?
まぁいっか。
「で、それを食べるの?」
「それが違うんだなぁ。
じゃあ柚、目閉じて!」
「えっ、やだ」
「むっ、いいから閉じてっ!」
ゴリ押しの末、俺は渋々目を閉じた。
「はい、これ咥えて」
「んんっ」
なぜかhokkyを咥えさせられる俺。
俺はてっきり利きhokkyでもやらされるんだと思ってたのに。
「じゃ、じゃあ、そのままキープで……!
絶対目開けちゃだめだからね!︎」
口を開けたらhokkyを落としてしまいそうだったため、俺は小さく頷いて答えた。
「あむっ」
目の前に感じるあゆの気配。
何してるんだろ?
「あむっ、あむっ」
しかも、それは少しずつ少しずつ近づいてくる。
「あむっあむっあむっ」
そして気づけば、すぐそこから息遣いが聞こえる。
目、開けちゃだめかな……?
俺はひたすら自分と葛藤し続けた。
そんな中、あゆが俺に言う。
「あのね、柚は知らないと思うけど、これhokkyゲームって言うんだよ」
hokkyゲーム……?
この響きどっかで……あっ、ヒロが屋上で言ってた気がする。
でも、全然内容覚えてないや。
ごめんね、ヒロ。
「それにhokkyゲームは、仲のいい人としか出来ないゲームなんだって。
本来はお互いに食べ進めて、最後にはね……」
なんだ?
急にドキドキしてきた。
今までこんなこと無かったのに。
「キスしちゃうから」
「んっ……!?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は目を開けてしまった。
「ぷっ、はい柚の負けー!」
「えっ、俺負けたの……?」
「うん! じゃあ、私帰るから!
ばいばーい!」
それだけを言い残し、あゆは駄菓子屋を後にした。
「おいおい、勘弁してくれよ……。
そんなの反則じゃん」
俺は横になり、両手で顔を覆った。
こんな気持ちになったのは、いつ以来だろう。
それからしばらくの間、俺は畳から動くことが出来なかった。
一方その頃、先に帰ったあゆはというと……。
「あ、あの柚が照れてた……!?
照れてたよね!?」
こちらも同じく顔を覆っていた。
(思い切った作戦だったけど、やってよかったー! それに……)
「照れる柚、可愛かったなぁ」
その日、眠れない夜を過ごすことになるなんて、この時の2人はまだ知らない。
俺はあゆが嫌いだ。
俺の頭から離れてくれない、そんなあゆが嫌いだ。
「あらあら、柚くんじゃないか。久しぶりだねぇ」
「おばちゃん、元気にしてた?」
「当然、わたしゃあいつも元気だったよ」
ここは俺行きつけの駄菓子屋。
もうかれこれ8年は利用していると思う。
「よかった。あっ、いつものある?」
「あるよ。ほれっ」
ここに来ると、俺は決まって10円ガムを口に含む。
どうやら、今日のおばちゃんの気分はオレンジのようだ。
「うん、安定の美味しさ」
「それはよかった」
ガムを噛みながら、俺は店の一角に目を向けた。
「えっ、閉まってる。珍しっ」
その一角には個人スペースという名がついている。
ちなみに個人スペースというのは、店内で駄菓子を食べたい人向けに設置された隔離空間のことだ。
「あそこ、誰が入ってるの?」
「それは言えないよ。
もし言っちゃったら、個人スペースの意味が無くなっちゃうだろう?」
「確かに、それもそうだね」
あの場所を知る人か。
もしかしたら、通い続けて何十年とかの人だったりして。
「はい。柚くんは外でアイスでも食いな」
「えっ、いいの? ありがと」
「なぁに、ただの入学祝いだよ」
俺はこの駄菓子屋が好きだ。
普段はうるさくて仕方ないセミの声も、このお店だと趣に変わる。
ここはきっと、世界が違うんだろう。
「はぁ」
アイスを片手に、俺は店先に置いてある木のベンチに座った。
このベンチにも簡易的な衝立が用意され、人目を気にせず楽しめる工夫がされている。
まぁかっこよく言うなら、この店全てがおばちゃんの優しさで包まれてるってこと。
「何このアイス、美味っ」
そんな優しいおばちゃんがくれたアイスは、まだ食べたことのない新作だった。
「多分、ブドウとモモ、それからイチゴのミックス……かな」
パッケージには何も書かれていない。
でも、俺には分かる。
普段からアイスを食べまくっている俺には。
「うーん、ブドウとモモ、それからイチゴのミックスかな? 超美味しいー!」
そんな時、横から聞こえてきた馴染みある声。
「なっ……!?」
俺以外に分かるやつがいたのか……?
ダメだと分かっていても、身体が勝手に隣を覗く。
「「あっ」」
すると、全く同じタイミングで顔を覗かせたお隣さんと目が合った。
「えっ、あゆじゃん」
「おっ、柚じゃん」
おいおい、こんな偶然があるか!……って訳でも無いんだよな。
小さい頃なんかしょっちゅうあゆと来てたし、最近駄菓子に関するLIMEもしたし。
こうなる予兆はあったと言っていい。
「そのアイス、おばちゃんから?」
「うん! ってことは、まさか柚も?」
「うん」
「ほんと、何も変わってないね」
時折聞こえてくる心地よい風鈴の音。
あゆの言うように、ここは昔から何も変わっていない。
でも、何も変わらないからこその魅力がある。
「あっ、そういえば、個人スペース見た?」
「んっ? なんで? 別に見てないけど」
えっ、あのあゆが気づかないなんてことあるのか……?
「だって今日、珍しく襖閉まってたでしょ?」
俺が聞くと、あゆは少し悩む素振りを見せた。
そして一言。
「それ、多分私じゃないかな?」
・・・あっ。
「使ってたの?」
「うん、使ってた」
「なら絶対あゆじゃん。
というか、あゆしかありえないじゃん」
「うん。あっ、なんかごめん」
少しして、俺とあゆは顔を見合わせ笑った。
「なんか懐かしいね」
「うん、俺もちょうど同じこと思ってた」
「あっ、いいこと考えちゃった!
柚、個人スペースで待ってて!」
出たよ。
たまにあるんだよな、これ。
「分かった」
俺は1人靴を脱ぎ、個人スペースに上がった。
中に入ると、懐かしい畳の香り……と、あゆの匂いがする。
「入るのは久しぶりか」
テーブルを囲むように置かれた4つの座布団。
昔は確か、俺とあゆ、お互いの母が向かい合う形で座ったっけ。
「懐かしいなぁ」
そんな具合で思い出に浸っていると、ゆっくり襖が開いた。
「お待たせー!」
何かを片手に戻ってきたあゆ。
「何してたの?」
「ふっふーん、これを見よ!」
あゆが見せつけてきたのは、これまた新作のhokkyである。
「イチゴ味って……美味しいの?」
「うーん、どうなんだろ? まぁでも、今回味は関係ないから」
味が関係ないって……。
それ、お菓子全般に対する侮辱じゃない?
まぁいっか。
「で、それを食べるの?」
「それが違うんだなぁ。
じゃあ柚、目閉じて!」
「えっ、やだ」
「むっ、いいから閉じてっ!」
ゴリ押しの末、俺は渋々目を閉じた。
「はい、これ咥えて」
「んんっ」
なぜかhokkyを咥えさせられる俺。
俺はてっきり利きhokkyでもやらされるんだと思ってたのに。
「じゃ、じゃあ、そのままキープで……!
絶対目開けちゃだめだからね!︎」
口を開けたらhokkyを落としてしまいそうだったため、俺は小さく頷いて答えた。
「あむっ」
目の前に感じるあゆの気配。
何してるんだろ?
「あむっ、あむっ」
しかも、それは少しずつ少しずつ近づいてくる。
「あむっあむっあむっ」
そして気づけば、すぐそこから息遣いが聞こえる。
目、開けちゃだめかな……?
俺はひたすら自分と葛藤し続けた。
そんな中、あゆが俺に言う。
「あのね、柚は知らないと思うけど、これhokkyゲームって言うんだよ」
hokkyゲーム……?
この響きどっかで……あっ、ヒロが屋上で言ってた気がする。
でも、全然内容覚えてないや。
ごめんね、ヒロ。
「それにhokkyゲームは、仲のいい人としか出来ないゲームなんだって。
本来はお互いに食べ進めて、最後にはね……」
なんだ?
急にドキドキしてきた。
今までこんなこと無かったのに。
「キスしちゃうから」
「んっ……!?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は目を開けてしまった。
「ぷっ、はい柚の負けー!」
「えっ、俺負けたの……?」
「うん! じゃあ、私帰るから!
ばいばーい!」
それだけを言い残し、あゆは駄菓子屋を後にした。
「おいおい、勘弁してくれよ……。
そんなの反則じゃん」
俺は横になり、両手で顔を覆った。
こんな気持ちになったのは、いつ以来だろう。
それからしばらくの間、俺は畳から動くことが出来なかった。
一方その頃、先に帰ったあゆはというと……。
「あ、あの柚が照れてた……!?
照れてたよね!?」
こちらも同じく顔を覆っていた。
(思い切った作戦だったけど、やってよかったー! それに……)
「照れる柚、可愛かったなぁ」
その日、眠れない夜を過ごすことになるなんて、この時の2人はまだ知らない。
俺はあゆが嫌いだ。
俺の頭から離れてくれない、そんなあゆが嫌いだ。
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