異世界マンションの管理人

ゆざめ

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夜凪の色男④

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 俺は悩みの全てをイムに話すことにした。
 体を起こした俺の隣にイムは座った。

「俺は……あと二週間で死ぬかもしれないんだ」

「え……?」

「この前、俺がみんなに読んだ手紙があっただろ?」

「はい、もちろん覚えています。
 海に飛ぶと書かれていたやつですよね」」

「そうだ。
 実はあの手紙にはまだ続きがあるんだ」

「……」

 イムは黙り込んでいる。
 だが俺は構わず続けた。
 ここでやめればイムの覚悟を無駄にすることになるからだ。

「俺が読まなかった部分には、こう書かれていた。
『この手紙が届いた時、キミに残された時間はあと二週間。
 海で遊ぶ時間は、キミに取ってかけがえのない大切な最後の思い出になると思う。
 だから後悔のないように楽しんできてね』
 この一つ前の手紙には、
『キミは一ヶ月後に死ぬ』
 と書かれていた。
 嘘か本当かはわからない。
 ただ一つ言えるのは、手紙に書かれた場所へマンションは確かに移動しているということだ」

「嘘……ですよね……」

 イムは自分の膝あたりを強くつかみ、震えているように見えた。

「まだわからない。
 でも俺は……みんなに会えて幸せだった」

 この言葉は紛れもない本心だ。
 刺激が欲しいと願ったら、異世界へ来た。
 現実の俺は一人暮らしの退屈さ、高校の憂鬱さに参っていたんだと思う。
 だから異世界へ来て、みんなと出会えたことは大きなストレス発散になったんだ。

「夢さん……なんでそんなこと言うんですか!
 本当に死んじゃいますよ!」

「もういいんだよ。
 俺には少しばかり幸せすぎたんだ。
 もし俺がいなくなった時は……任せたよ……イム」

 俺はテントへ戻っていった。
 残されたイムは、ただ一人泣いていた。
 イムにはこれが、怒りから来るものなのか、無力感から来るものなのか、わからなかった。
 俺がテントへ戻ると、もうすでに片付けは終わっていた。

「おう友よ、これ持ってきたんだけどやらねえか?」

 戻って早々、水月は花火を片手に俺を誘ってきた。
 さすがは海の王だ。
 この環境でやる花火はきっと綺麗だろう。

「よし、やろうぜ!」

 俺は笑顔でそう答えた。

「そうと決まれば、男はこれだ!
 女子はこっちな。
 夢、早く行こうぜ!」

 水月は線香花火を取っていた。
 これは何か話があるということを不器用に伝えようとしたのだろうか。
 俺は水月に連れられ、大きな岩の裏にやってきた。

「どっちが長く持つか勝負と行こうぜ!」

「いいよ、やってやろうじゃん」

 水月はポケットからライターを取り出し、俺と水月それぞれの線香花火に火をつけた。
 パチッパチッという優しい音が、夜凪の海に静かに消える。

「なあ、水月」

「どうした、友よ」

「もし二週間後に死ぬって言われたらどうする?」

「そうだなぁ……」

 水月という男に出会った時、本当にすごい男だと思った。
 少し表現が難しいが、自分があると言えばわかるだろうか。
 悩みなんてない、そんな楽しい人生を送っているように見えた。
 でもそんな水月にも辛い過去があったと知った時、俺に足りていないのは今と向き合うことだと思った。

「俺は特に気にしないかな。
 人生に悔いは絶対に残したくないからさ」

「争いのことは?」

「あれは王としての判断で、海の民の望みを叶えてやっただけだ。
 物事は考え方で見方が大きく変わると俺は思うぜ。
 二週間後に死ぬなら、二週間以内に出来ることをやればいい。
 これが俺の答えだ」

 俺はこの時気づいた。
 もうすでに、この移動が俺を対象としたものであると。
 水月の人生に悔いは残らない。
 それが彼の生き方だから。
 俺が二週間以内に出来ること……か……。
 その時、俺の線香花火から火玉が落ちた。
 線香花火は人の一生を表していると言われている。
 火をつけ、少し経つとパチッパチッと音を立て始める。
 その音は次第に弱まっていき、ポトンと地面に帰る。

「よし決めた!」

「急にどうしたんだ?」

「水月、俺のマンションに来い!
 そしてとにかくいっぱい遊ぼうぜ!」

「なんかそれ面白そうだな!
 お前となら毎日退屈せずに楽しめそうだ!」

 こうして水月はマンションに住むことになった。

「もう夜も遅いし、今日は俺の部屋に泊まってけ」

「おいおい、お泊まり会ってやつか!」

「まあ……そうなるのかな」

「俺のことは水月って呼んでくれ!
 そういえば、まだ名前を聞いてなかったな」

「俺は夢、鹿島夢だ。
 よろしくな」

「夢……か。
 最高の名前じゃねえか!
 よろしくな、夢!」

 テントへ戻ると、みんなはまだ花火で盛りあがっていた。

「見よ、我が二刀流を!」

 スラは二本の花火を持ち、振り回して遊んでいる。

「あらあら、まだまだ子どもね」

 ソフィは色の変わる花火をじーっと眺めている。
 キースは緑色の花火を、ヴェントスは赤色の花火を持ち二人で笑いながら楽しそうにしている。
 ただ、イムはその輪の中にいなかった。
 俺はソフィに尋ねた。

「イムの姿が見当たらないんだけど、どこか行ってるのか?」

「さあ、どこかしら?」

 明らかに知っている人の話し方だ。
 まあ言えないというのなら仕方がない。
 俺はみんなの元へ走っていき、六本の花火を手に取った。

「これこそが
『良い子は絶対真似しないでね』
 というやつだ!」

 俺は置いてあったキャンドルから火を貰い、全てに火をつけた。

「す……すごいではないか!
 我にもぜひ伝授を」

「ならばスラよ、俺の弟子になるか?」

「それは無理なお願いである」

 このやりとりにみんなが笑顔になった。
 現実と向き合い認めることで、今俺は心の底から笑えている。
 人生に悔いを残さない。
 そのために、前を向いて生きていく。

「そろそろかしら」

 ソフィがそう言うと、イムの声が聞こえてきた。

「みんないっくよ~! せ~のっ!」

 天高く登って行った花火は、満点の星空に大きな一輪の花を咲かせた。
 次々と打ち上げられていく花火の可憐さに、俺たちはみな心を奪われていた。
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