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慈母
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美智香は、達也が気付かない間に、そそくさとその場を離れようと、ベビーカーを押して歩き出した。
やはり、達也は美智香に気付かず、ベンチに腰掛けたまま、虚ろな視線で前を見つめていた。
美智香は、振り返り、達也の姿を少しの間見つめていたが、これ以上留まるのは危ないとばかりに去っていった。
まさか、自分が話しかけていたのは元妻だとは思ってもみなかった達也は、美智香を目で追うような事はせず、また俯いてしまった。
しかし
「久しぶりね」
自分に話しかけてくる声が頭上でしたので、慌てて顔を上げると、そこには先ほど会話を交わした太った女が立っていた。
達也は
「久しぶり?…
どこかでお会いしましたか?」
と、まだ美智香を認識できず、とぼけた事を言った。
「美智香よ」
美智香は、ここで初めて名乗った。
「えっ…」
「びっくりしたでしょ?
こんなに醜く太っちゃって。」
「いや、あの
それは…
その子、キミの子か?」
「うん。」
「そうか。
よかったなあ。
やっぱり子供が出来なかったのは俺が原因だったんだな。
今さら言っても仕方ないけど、本当にすまなかった。」
「いいのよ。
私も自分が原因だと思い込んで、ちゃんと調べなかったのが悪かったのよ。」
「そんな事より、キミとご主人、そして智君には本当に申し訳ない事をした。
償っても償いきれない…」
「あなた、プライドが高かったからね。
現状を受け入れられなかったんだよ。」
「そうだね
結局、犯罪に手を染め、刑務所にまで入っちまって、本当に何もかも失ってしまったよ。
自業自得だよ。」
「…
ねえ、出所して何処に住んでるの?」
「あ、いや、三日前に出てきたばかりで…決まった住所はないんだ。」
「えっ!」
「いや、田舎の兄貴に電話したら、住ませてやってもいいって言われたから、明日にでも帰るつもりだよ。」
「そうなの…」
「今日は偶然にも会ってしまったけど、もう二度と君達家族の前には現れないから安心してくれ。
それじゃあ」
達也は立ち上がり、何故か美智香に頭を下げて去っていった。
美智香は去り行く元夫の後ろ姿を見つめていたが
「ちょっと待って」
と、声をかけると、早足で近づいていった。
そして、財布から一万円札三枚を出し、達也の手に握らせた。
「これ…は…」
戸惑う達也に、美智香は何も言わず、そのまま立ち去っていった。
達也は手渡された金を握りしめ、美智香に向かって深々と頭を下げた。
やはり、達也は美智香に気付かず、ベンチに腰掛けたまま、虚ろな視線で前を見つめていた。
美智香は、振り返り、達也の姿を少しの間見つめていたが、これ以上留まるのは危ないとばかりに去っていった。
まさか、自分が話しかけていたのは元妻だとは思ってもみなかった達也は、美智香を目で追うような事はせず、また俯いてしまった。
しかし
「久しぶりね」
自分に話しかけてくる声が頭上でしたので、慌てて顔を上げると、そこには先ほど会話を交わした太った女が立っていた。
達也は
「久しぶり?…
どこかでお会いしましたか?」
と、まだ美智香を認識できず、とぼけた事を言った。
「美智香よ」
美智香は、ここで初めて名乗った。
「えっ…」
「びっくりしたでしょ?
こんなに醜く太っちゃって。」
「いや、あの
それは…
その子、キミの子か?」
「うん。」
「そうか。
よかったなあ。
やっぱり子供が出来なかったのは俺が原因だったんだな。
今さら言っても仕方ないけど、本当にすまなかった。」
「いいのよ。
私も自分が原因だと思い込んで、ちゃんと調べなかったのが悪かったのよ。」
「そんな事より、キミとご主人、そして智君には本当に申し訳ない事をした。
償っても償いきれない…」
「あなた、プライドが高かったからね。
現状を受け入れられなかったんだよ。」
「そうだね
結局、犯罪に手を染め、刑務所にまで入っちまって、本当に何もかも失ってしまったよ。
自業自得だよ。」
「…
ねえ、出所して何処に住んでるの?」
「あ、いや、三日前に出てきたばかりで…決まった住所はないんだ。」
「えっ!」
「いや、田舎の兄貴に電話したら、住ませてやってもいいって言われたから、明日にでも帰るつもりだよ。」
「そうなの…」
「今日は偶然にも会ってしまったけど、もう二度と君達家族の前には現れないから安心してくれ。
それじゃあ」
達也は立ち上がり、何故か美智香に頭を下げて去っていった。
美智香は去り行く元夫の後ろ姿を見つめていたが
「ちょっと待って」
と、声をかけると、早足で近づいていった。
そして、財布から一万円札三枚を出し、達也の手に握らせた。
「これ…は…」
戸惑う達也に、美智香は何も言わず、そのまま立ち去っていった。
達也は手渡された金を握りしめ、美智香に向かって深々と頭を下げた。
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