上 下
351 / 665

あいのうた

しおりを挟む
由香里の愛の告白に、敦は言葉を失ったが、このような状況になる事は、最初に由香里を抱いた時から予測できた事だった。


「由香里さん…

僕は…」


由香里の事を自分も愛している

そう答えたかった。

しかし…

敦の頭の中では様々な思いが去来し、そして、消えていった。


小学校の教師を目指して大学に進み、希望が叶った二十代前半

無我夢中で教師生活を頑張り、気がつけば三十歳になっていた。

そんなときに自分の受け持つクラスに転入してきたのが、吉岡智と莉愛の親子だった。

勝手のわからない吉岡親子に、敦は二人が困らないよう最大限の配慮をした。
智は母親ではなく、父親だということがわかり、衝撃を受けたが…
そのうち、あまりにも美しいニューハーフ、智に心を奪われて本気に恋をし、彼女が働く風俗店にまで訪ねていった。

そんな敦の気持ちを智も受け入れ、交際するようになったが、その禁断の関係が、タレント活動をして知名度のあった智の事を報じる週刊誌を通じて、世間に知られる事となり、敦は学校を自ら辞めざるを得なくなってしまったのだった。

ちょうど、父が亡くなり、実家の畑を処分しようかと考えていた時期だったが、教師をクビになったのなら、実家に戻り畑を立て直そうと、考えを改めた。
智も莉愛も自分に付いてきてくれて、籍こそ入れられないままここまで来たが、智は妻として一生懸命尽くしてくれて、貧乏生活にも文句一つ言わず付いてきてくれた。

これについては感謝の気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいで、敦は自分の農家としての才覚の無さを心から恥じていた。

だが、地元に戻り七年余り、何一つ上手くいかない生活の中、敦の頭には、後悔という言葉が浮かんでは消え、消えては浮かぶというような事が続くようになっていた。


それは、教師を続けていたら?
という、世界線への思いである。

たしかに、元タレントのニューハーフに恋をしたのは自分の責任であり、世間から軽率だと言われても、自業自得としか言いようがない。

だが、智が週刊誌の取材さえ受けて写真さえ撮られていなければ、こんな人生は送ってなかった筈だ。

今も教師を続け、畑は処分して母親の光江も東京に呼び寄せて暮らしていたかもしれない。
そうしていたら、母も病気にならず、今も元気に暮らしていたかもしれない。

かもしれない…

こんな事は今さら言っても、考えても仕方ない事とわかってはいるが、人生があまりにも上手くいかないと、どうしてもその方向の思考になってしまう自分がいた。

そんな中での、由香里との関係


敦は溺れずにはいられなかった。

由香里の求愛に応えるつもりがなかったのに、気がついたら…
強く抱きしめて言っていた。


「由香里さん、僕もあなたを愛しています」


と…
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指すい桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...