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採算

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借金返済と農業で食べていくという目標を掲げた伊東家の三人だったが、軌道に乗りかけては悪化し、また復活したかと思えば天候不良などが起き、目標には程遠い水準にしか達しなかった。

莉愛が今年から高校に上がり、出ていく金だけは増え、収入が改善されない状況に、智も敦も頭を抱えた。


「トモちゃん、本当に申し訳ない。
僕が不甲斐ないから生活を困窮させてしまって。」


「何を言ってるの。
莉愛だって全寮制の高校に行かせてもらえてるし、毎日の生活は多少の不自由はあっても、普通に食べていけるわけだし、ワタシも莉愛も幸せに思ってるんだよ。
ありがとうね、あなた。」


落ち込む敦に智は励ましの言葉を送った。


そもそもこんな生活をさせているのは自分に責任があると、智はそう考えていた。
あの写真週刊誌に自分が狙われていなければ、敦は依然として東京で教員の仕事を続けていたであろう。

毎月の給料は一般企業に比べたら安いかもしれないが、教師は公務員なのである。
今、自分たちの生活で一番欠けてるのは「安定」だ。

それを自らのせいで失わせてしまった。

智は自責の念に駆られるのだった。


智ももう三十九と歳を取った自覚も芽生えてきた。

何か打開策がないかと考えていたとき、ある事件が起きたのである。


朝、畑に行く途中で、何やら騒がしくなっている事に気付いた智と敦は、畦道に停められたワゴン車一台とマイクロバス一台の方に目をやった。

車の前に何人かいて、何やら話し込んでいる。

よく見ると、その輪の中に吉川もいるではないか。

二人で近づいていき、敦が吉川に声をかけた。

「おじさん、どうしたんですか?」


吉川は二人の方を向き、手招きした。


さらに近づくと、吉川も輪を離れて二人の方にやってきた。


「おう、良いところに来た。

テレビが来てるんじゃ。

テレビ」


「えっ、テレビ?」


「何か旅番組でここを紹介したいらしくてな、今見どころを話してたとこなんじゃよ。

ちょっと、オメエらも協力してやれ。」


「はぁ」

敦は智と顔を見合わせた。


「すんません、村で一番若い夫婦がおりますんで、この二人の方が色々説明出来ると思います。」


吉川はスタッフに敦と智を紹介した。


スタッフのリーダーらしき年配の男が近づいてきて、頭を下げた。


「すいませんねえ。朝からお騒がせしてしまって。

制作会社ウエストワンの新井と申します。」

新井と名乗った男は敦に名刺を差し出した。

だが、智の方は固まってしまった…

そして

「新井…さん?…」

と、小さな声で言った。

それに気付いた新井も、しばらく智の顔を見つめていたが、すぐに大きな声を上げた。


「トモちゃん!」

と。
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