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顔合わせ
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和俊の母律子に案内され、二人は応接間のソファに、横並びで座った。
智の心臓は、隣りの和俊に聞こえるのではないかというくらいに激しく鼓動を打ち、とてもではないが、生きた心地がしなかった。
そして、その緊張がいちばんのピークに達したのは、父の博史が部屋に入ってきたときだった。
「遠いところ、ようこそいらっしゃいました。」
眼鏡をかけ、頭は白髪混じりだが、柔和な顔をした父は、優しげな口調で挨拶をした。
「初めまして、吉岡 智と申します。」
智は立ち上がり、深々と頭を下げた。
それから、律子がお茶を持って来るまでの間、微妙な雰囲気となり、時間流れがゆっくりとなった。
五分ほど経過して、ようやく律子が合流し、皆にお茶を出した後、博史の横に腰掛けた。
全員が揃ったところで、今まで何の役にも立っていなかった和俊が、ようやく口火を切った。
「紹介するよ、こちらは吉岡智さん。
こっちは父の博史と母の律子」
紹介された三人は頭を下げ合った。
「今日、トモをここに連れて帰ってきたのには理由があって‥
俺、トモと結婚しようと思ってる。」
和俊は間髪を入れずに、話を続けた。
「それと、隠しても仕方ない事だから、言っとくけど、トモは今は女性として生活してるけど、元は男の子として生まれてきたんだ。」
「‥」
いきなり、予想だにしていなかった角度から飛んできた話に、博史も律子も、きょとんとして、何のリアクションもとれなかった。
その光景を見て、智はすぐにその場から逃げ出したい衝動にかられた。
「トモは男の子だったんだけど、心は女の子で、性転換して今は女性として生活している。
そんな彼女を、俺は好きになって結婚を申し込み、オッケーの返事をもらったんだ。
俺たちの事を理解出来ないかもしれないけど、気持ちは変わらないから。
だから、認めてもらえなくてもかまわない。
今日は許しを得に来たわけではないし、あくまでも報告のために来たんだ。
以上」
和俊はもう一度、踏み込んだ説明をした。
またもや、ビミョーな沈黙があり、ようやく博史が口を開いた。
「和俊、お前は何でもかんでも親に相談せずに勝手に‥」
「親父、悪いけど、説教は聞かないよ。」
博史が喋っているのに、和俊が機先を制するように口を挟んだ。
「そういうところを言ってるんだ。
親の話はちゃんと聞け。」
イヤな雰囲気がぷんぷん漂う中、智は俯いたまま固まっていた。
「和俊、お前の話に、父さんも母さんも驚きはしたが、何も反対しようとしてるんじゃあないよ。
結婚なんてものは本人同士がするものであって、親がどうのこうの言う話ではない。
たとえ、どんな形でも、本人同士が好きな気持ちを持っていれば、何も問題はないよ。」
「‥」
「私だって40年近く教員をしていたんだ。
昨今のジェンダー…いわゆるLGBT問題がどれだけ大事な事か、わかっているつもりだ。
自分なりにこの問題に真剣に取り組んできたし。だが、国の姿勢は慎重だし、教育現場もそうだよ。
当事者にならない限り、どうしても正面から受け止めようとは出来ない。
所詮は他人事で、自分の身近な問題として捉えてないからだ。
だが、私がこの問題の当事者になった事は、それが、いかに身近な問題かを表してる。」
「親父、何が言いたいんだよ。」
「和俊、お前、覚悟は出来ているのか?」
「覚悟?」
「そうだ。
智さんは、これまでも辛い思いをしてこられたと思います。
私や妻には到底理解の及ばない部分ですので、軽々しく言うことは出来ませんが。
和俊、智さんと結婚したら、今度はお前も当事者になるんだ。
つまり、困難にぶち当たったときに、お前がしっかりサポートし、守ってやれるのか?
その覚悟は出来てるのか?
私はそれを問いたい。
仕事で失敗して引きこもりになったお前だ。
自分の弱さを自分でよく理解している筈だ。
今度は逃げる事は許されないんだぞ。」
博史の言葉は和俊の胸にグサリと刺さった。
「わかってる。
俺は本当に弱い人間だよ。
物事に真正面からぶつからず、逃げてばかりいた。
でも、そんな俺を救ってくれたのは、ここにいるトモなんだ。
言われなくても、俺は人生をかけてトモを守っていくよ。」
和俊の揺るぎのない言葉に、博史は頷いた。
智の心臓は、隣りの和俊に聞こえるのではないかというくらいに激しく鼓動を打ち、とてもではないが、生きた心地がしなかった。
そして、その緊張がいちばんのピークに達したのは、父の博史が部屋に入ってきたときだった。
「遠いところ、ようこそいらっしゃいました。」
眼鏡をかけ、頭は白髪混じりだが、柔和な顔をした父は、優しげな口調で挨拶をした。
「初めまして、吉岡 智と申します。」
智は立ち上がり、深々と頭を下げた。
それから、律子がお茶を持って来るまでの間、微妙な雰囲気となり、時間流れがゆっくりとなった。
五分ほど経過して、ようやく律子が合流し、皆にお茶を出した後、博史の横に腰掛けた。
全員が揃ったところで、今まで何の役にも立っていなかった和俊が、ようやく口火を切った。
「紹介するよ、こちらは吉岡智さん。
こっちは父の博史と母の律子」
紹介された三人は頭を下げ合った。
「今日、トモをここに連れて帰ってきたのには理由があって‥
俺、トモと結婚しようと思ってる。」
和俊は間髪を入れずに、話を続けた。
「それと、隠しても仕方ない事だから、言っとくけど、トモは今は女性として生活してるけど、元は男の子として生まれてきたんだ。」
「‥」
いきなり、予想だにしていなかった角度から飛んできた話に、博史も律子も、きょとんとして、何のリアクションもとれなかった。
その光景を見て、智はすぐにその場から逃げ出したい衝動にかられた。
「トモは男の子だったんだけど、心は女の子で、性転換して今は女性として生活している。
そんな彼女を、俺は好きになって結婚を申し込み、オッケーの返事をもらったんだ。
俺たちの事を理解出来ないかもしれないけど、気持ちは変わらないから。
だから、認めてもらえなくてもかまわない。
今日は許しを得に来たわけではないし、あくまでも報告のために来たんだ。
以上」
和俊はもう一度、踏み込んだ説明をした。
またもや、ビミョーな沈黙があり、ようやく博史が口を開いた。
「和俊、お前は何でもかんでも親に相談せずに勝手に‥」
「親父、悪いけど、説教は聞かないよ。」
博史が喋っているのに、和俊が機先を制するように口を挟んだ。
「そういうところを言ってるんだ。
親の話はちゃんと聞け。」
イヤな雰囲気がぷんぷん漂う中、智は俯いたまま固まっていた。
「和俊、お前の話に、父さんも母さんも驚きはしたが、何も反対しようとしてるんじゃあないよ。
結婚なんてものは本人同士がするものであって、親がどうのこうの言う話ではない。
たとえ、どんな形でも、本人同士が好きな気持ちを持っていれば、何も問題はないよ。」
「‥」
「私だって40年近く教員をしていたんだ。
昨今のジェンダー…いわゆるLGBT問題がどれだけ大事な事か、わかっているつもりだ。
自分なりにこの問題に真剣に取り組んできたし。だが、国の姿勢は慎重だし、教育現場もそうだよ。
当事者にならない限り、どうしても正面から受け止めようとは出来ない。
所詮は他人事で、自分の身近な問題として捉えてないからだ。
だが、私がこの問題の当事者になった事は、それが、いかに身近な問題かを表してる。」
「親父、何が言いたいんだよ。」
「和俊、お前、覚悟は出来ているのか?」
「覚悟?」
「そうだ。
智さんは、これまでも辛い思いをしてこられたと思います。
私や妻には到底理解の及ばない部分ですので、軽々しく言うことは出来ませんが。
和俊、智さんと結婚したら、今度はお前も当事者になるんだ。
つまり、困難にぶち当たったときに、お前がしっかりサポートし、守ってやれるのか?
その覚悟は出来てるのか?
私はそれを問いたい。
仕事で失敗して引きこもりになったお前だ。
自分の弱さを自分でよく理解している筈だ。
今度は逃げる事は許されないんだぞ。」
博史の言葉は和俊の胸にグサリと刺さった。
「わかってる。
俺は本当に弱い人間だよ。
物事に真正面からぶつからず、逃げてばかりいた。
でも、そんな俺を救ってくれたのは、ここにいるトモなんだ。
言われなくても、俺は人生をかけてトモを守っていくよ。」
和俊の揺るぎのない言葉に、博史は頷いた。
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