108 / 592
好敵手
しおりを挟む
今や、ニューハーフAV界でトップを走る智に、他のレーベルや風俗業界から、多数のオファーが、日々舞い込んでくる。
AVに関しては新井への恩義から、他への出演は考えていないし、風俗については、過去に勤務していた時、無味乾燥だった印象が強く、何れの誘いにも乗らなかった。
食堂での仕事は、辛い事から立ち直り、前向きに生きようとする智にとって、健全な精神を保つ役割を果たしてくれていた。
だが、時々、どうしようもなく落ち込む事もあり、一人涙を流す事もあった。
これは、娘の莉愛を奈々の両親に奪われたままであるという事実と、女性ホルモンの投与の影響で、どうしても鬱になってしまうからであった。
そんなときは、買い物に出かけたり、料理を作ってみたりと、何も考えず没頭できるものを必要とした。
その日も、仕事を終えて朝5時半に帰宅。
シャワーの後、眠りについたが、昼前には起きて、家事に勤しんだ。
午後からは、スーパーに、晩に食べる料理の材料を仕入れるために足を運んだ。
自宅から自転車で10分ほどのところにあるスーパーはチェーン店ではないが、安いと評判で、いつも大勢の客で賑わっている。
智もこの店を好んでいて、週に3回は来ていた。
その日はカレーを作ろうと思い、野菜を見て回っていたが、肝心のジャガイモが売り切れていて、棚が空いてしまっていた。
メニューの変更を余儀なくされるのか、と諦めムードが漂ってきたが、近くで陳列された商品の整理を行なっている店員を見つけたため、ダメ元で声をかけた。
「すいません、ジャガイモって全部売り切れました?」
呼び止められた若い男性店員は、振り返って棚を覗き込むと、申し訳なさそうに
「あ、すいません。
すぐ補充します!」
と、言ってバックストックに消えていった。
しばらく待っていると、台車にジャガイモの入った箱を三つほど積んで戻ってきた。
「申し訳ありません。気付かずに‥」
店員は恐縮しながら、箱を開け、棚にジャガイモを並べていった。
普通なら、智も礼を述べてジャガイモを受け取り、さっさとその場を後にするところだが、何故か言葉を発せず、その店員の方を見続けていた。
店員も、目当てのジャガイモが来たのに、一向に取ろうとしないその客に、少し戸惑って、チラッと顔を見た。
「後藤?」
智の方が、先に声をかけた。
「えっ、はい?」
智に後藤と呼ばれた男は、益々変に思い、智の顔を凝視した。
「‥
吉岡?」
男は、智の中学時代の同級生だった後藤和俊だった。
以前、智が墓参りの為に地元に戻った際、偶然コンビニで再会した、あの後藤だった。
神童と呼ばれた子供時代、突如現れた智という存在により、挫折を味わい、人生の歯車が狂っていき‥
最後は引きこもりとなってしまった和俊だったが、自分よりも奇異な人生を送る智を見て、再起を誓ったのだった。
そのとき連絡先の交換をしていたが、その後は連絡を取り合うような事は一度もなかった。
その和俊と智が、地元ではなく、東京の郊外にあるこのスーパーで、意外な形で再会したのだ。
「なんだよ、後藤
この近くに住んでんの?」
智は思わぬ再会に、少し興奮した口調で言った。
「そうなんだよ、久しぶりだな。
えっと‥今、仕事中だから‥
店終わったら電話していい?」
「うん。この前交換した時から番号変わってないし、LINEでもどっちでもいいから、連絡ちょうだい。」
ちょうど人恋しくなっていたときに再会した旧友に、智は気持ちを昂らせた。
AVに関しては新井への恩義から、他への出演は考えていないし、風俗については、過去に勤務していた時、無味乾燥だった印象が強く、何れの誘いにも乗らなかった。
食堂での仕事は、辛い事から立ち直り、前向きに生きようとする智にとって、健全な精神を保つ役割を果たしてくれていた。
だが、時々、どうしようもなく落ち込む事もあり、一人涙を流す事もあった。
これは、娘の莉愛を奈々の両親に奪われたままであるという事実と、女性ホルモンの投与の影響で、どうしても鬱になってしまうからであった。
そんなときは、買い物に出かけたり、料理を作ってみたりと、何も考えず没頭できるものを必要とした。
その日も、仕事を終えて朝5時半に帰宅。
シャワーの後、眠りについたが、昼前には起きて、家事に勤しんだ。
午後からは、スーパーに、晩に食べる料理の材料を仕入れるために足を運んだ。
自宅から自転車で10分ほどのところにあるスーパーはチェーン店ではないが、安いと評判で、いつも大勢の客で賑わっている。
智もこの店を好んでいて、週に3回は来ていた。
その日はカレーを作ろうと思い、野菜を見て回っていたが、肝心のジャガイモが売り切れていて、棚が空いてしまっていた。
メニューの変更を余儀なくされるのか、と諦めムードが漂ってきたが、近くで陳列された商品の整理を行なっている店員を見つけたため、ダメ元で声をかけた。
「すいません、ジャガイモって全部売り切れました?」
呼び止められた若い男性店員は、振り返って棚を覗き込むと、申し訳なさそうに
「あ、すいません。
すぐ補充します!」
と、言ってバックストックに消えていった。
しばらく待っていると、台車にジャガイモの入った箱を三つほど積んで戻ってきた。
「申し訳ありません。気付かずに‥」
店員は恐縮しながら、箱を開け、棚にジャガイモを並べていった。
普通なら、智も礼を述べてジャガイモを受け取り、さっさとその場を後にするところだが、何故か言葉を発せず、その店員の方を見続けていた。
店員も、目当てのジャガイモが来たのに、一向に取ろうとしないその客に、少し戸惑って、チラッと顔を見た。
「後藤?」
智の方が、先に声をかけた。
「えっ、はい?」
智に後藤と呼ばれた男は、益々変に思い、智の顔を凝視した。
「‥
吉岡?」
男は、智の中学時代の同級生だった後藤和俊だった。
以前、智が墓参りの為に地元に戻った際、偶然コンビニで再会した、あの後藤だった。
神童と呼ばれた子供時代、突如現れた智という存在により、挫折を味わい、人生の歯車が狂っていき‥
最後は引きこもりとなってしまった和俊だったが、自分よりも奇異な人生を送る智を見て、再起を誓ったのだった。
そのとき連絡先の交換をしていたが、その後は連絡を取り合うような事は一度もなかった。
その和俊と智が、地元ではなく、東京の郊外にあるこのスーパーで、意外な形で再会したのだ。
「なんだよ、後藤
この近くに住んでんの?」
智は思わぬ再会に、少し興奮した口調で言った。
「そうなんだよ、久しぶりだな。
えっと‥今、仕事中だから‥
店終わったら電話していい?」
「うん。この前交換した時から番号変わってないし、LINEでもどっちでもいいから、連絡ちょうだい。」
ちょうど人恋しくなっていたときに再会した旧友に、智は気持ちを昂らせた。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
異世界転生したら女に生まれ変わってて王太子に激愛されてる件
高見桂羅
恋愛
番外編を75話と76話の間に移動致しました。
話の時間軸は74話の後ですが、内容的な問題でソコに致しました。
学校帰りに建設中のビルから鉄骨が降ってきて死んでしまった少年が異世界、しかも女の子に転生してしまう。
さらに王太子の婚約者までいて…
困惑しながらも王太子に激愛される話です。
主人公は女ですが、転生前は男なので苦手な方はお気をつけください。
初投稿ですので至らないところもあるかと思いますがよろしくお願い致します
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
俺の婚約者は侯爵令嬢であって悪役令嬢じゃない!~お前等いい加減にしろよ!
ユウ
恋愛
伯爵家の長男エリオルは幼い頃から不遇な扱いを受けて来た。
政略結婚で結ばれた両親の間に愛はなく、愛人が正妻の扱いを受け歯がゆい思いをしながらも母の為に耐え忍んでいた。
卒業したら伯爵家を出て母と二人きりで生きて行こうと思っていたのだが…
「君を我が侯爵家の養子に迎えたい」
ある日突然、侯爵家に婿養子として入って欲しいと言われるのだった。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?
藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」
9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。
そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。
幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。
叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く、が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる