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風俗嬢として再び活動を始めた智は、瞬く間にトップに返り咲き、予定通り稼ぐ事が出来た。
一日中女性モードで生活するようになり、そのままの姿で店の帰りや出勤前に奈々の病室を訪れる事も多くなった。
智自身、仕事をしている時は集中が出来て、束の間ではあるが、現実を忘れる事が出来た。
それに、本当の自分(女)に戻れる大義名分を得て、心理的にもかなり楽になった。
だが、良い事ばかりではない。
奈々の母恵理が家に泊まり込んでいるので、なるべく女装した姿を見られないように注意していた。
だが、奈々の父俊之が病院を訪れた時、運悪く、智も完全女性モードで病室におり、ばったり鉢合わせをしてしまったのだ。
ついにその正体を知られることとなった。
それについては奈々が丁寧に説明してくれたが、当然理解するわけもなく、奈々への面会時間が終わったところで、智の家に場所を移し、話し合いが行われた。
「奈々に要らぬ心配をかけたくないから、こっちの方に押しかける形になってすまんね。」
奈々の父、俊之は、智が出したお茶に一度視線を落としたかと思うと、また智をじっと見ながら、話を続けた。
俊之は還暦前で、頭には白髪が目立つが、恰幅も良く、色黒で精悍な感じのするスポーツマンタイプの男であった。
妻の恵理は俊之より五つ年下で、可愛らしい感じが残っており、奈々は母親似である事が一目でわかった。
「智君、娘と離婚した理由は詳しくは聞いてなかったが、君のその姿を見れば大体の見当はつく。」
横に座る母の恵理も黙って頷いた。
「私はね、娘と君の結婚には内心反対していたんだよ。
それは君がどうこうではないが。
ただ、手塩にかけて育てた一人娘だ。
二十歳そこそこで嫁にやるなんて夢にも思っていなかったからね。
それにまだ学生という身分で。
だが、娘や妻がどうしてもって強く言うから、最終的には折れた形になった。
まあ、自分の人生は自分で決めるのが当たり前だし、私もそこまで我を押し通せないのはわかっていた。
要は娘の幸せが一番だから。
なのに、結局は君らの結婚生活は上手くいかなかった。
どちらに原因があるかはわからんが。」
「仰る通りです。
私のせいで結婚生活は早々に破綻してしまい、奈々を不幸にしてしまいました。」
智は蚊の鳴くような声でそう答えた。
「まあ、夫婦のことだ、二人にしかわからん事もあるし、それに対して我々が口を挟むのも違うということはわかっている。
しかし、一度離婚したにもかかわらず、君と奈々は再入籍した。
これが私にはわからない。」
「それは‥」
「この一連の出来事を見るに、娘の心理的負担は大きかったであろうと思う。
私が何を言いたいか、わかるか?」
「‥」
「娘が病に倒れた、その責任の一端は君にあると、私はそう思っている。」
「はい、その通りです…」
「奈々が‥奈々がもう長くないのは、わかっている‥」
俊之は一瞬涙声になったが、話を続けた。
「せめて、少しでも穏やかな気持ちで、残りの人生を送らせてやりたいんだ」
恵理はハンカチで目を覆い、肩を震わせている。
「大事なのは奈々の気持ちだ。
それでもあの子が君と最期まで一緒にいたいと言うのなら、それはそれで尊重したいと思う。」
「ありがとうございます‥」
「だが、孫の事は全く別の話だ。
莉愛の事は奈々も心残りで、死んでも死にきれない思いでいるだろう。
だから、私達で莉愛を立派に育て上げてみせる。」
「待ってください!」
俊之の話を黙って聞いていた智だったが、こればかりは聞き入れる事が出来なかった。
「奈々とも約束したんです。
何があっても莉愛は私が‥」
「バカな事を言うな。
そのような外見をして、何が父親だ。
どうやって責任が果たせるんだ?」
「それは‥」
「莉愛は母を亡くし、それだけでもハンデを背負って生きなければならないのに、父親がオカマなんてことが周りに知れたら、いじめに遭うに決まっている。」
智は何も言い返せなかった。
俊之が言った事は、自分でもよくわかっていて、ずっと心の中で葛藤があった。
奈々と約束したとはいえ、そして、自分と血が繋がっているとはいえ、本当に莉愛と暮らしても良いのだろうか。
万が一、一人で育てるとなったとき、果たして大丈夫なのか。
答えが出ない状況の中、俊之に核心を突かれたのだ。
俊之は言いたい事を言い、それから暫くして帰っていった。
智は、その場から動けず、涙を流した。
一日中女性モードで生活するようになり、そのままの姿で店の帰りや出勤前に奈々の病室を訪れる事も多くなった。
智自身、仕事をしている時は集中が出来て、束の間ではあるが、現実を忘れる事が出来た。
それに、本当の自分(女)に戻れる大義名分を得て、心理的にもかなり楽になった。
だが、良い事ばかりではない。
奈々の母恵理が家に泊まり込んでいるので、なるべく女装した姿を見られないように注意していた。
だが、奈々の父俊之が病院を訪れた時、運悪く、智も完全女性モードで病室におり、ばったり鉢合わせをしてしまったのだ。
ついにその正体を知られることとなった。
それについては奈々が丁寧に説明してくれたが、当然理解するわけもなく、奈々への面会時間が終わったところで、智の家に場所を移し、話し合いが行われた。
「奈々に要らぬ心配をかけたくないから、こっちの方に押しかける形になってすまんね。」
奈々の父、俊之は、智が出したお茶に一度視線を落としたかと思うと、また智をじっと見ながら、話を続けた。
俊之は還暦前で、頭には白髪が目立つが、恰幅も良く、色黒で精悍な感じのするスポーツマンタイプの男であった。
妻の恵理は俊之より五つ年下で、可愛らしい感じが残っており、奈々は母親似である事が一目でわかった。
「智君、娘と離婚した理由は詳しくは聞いてなかったが、君のその姿を見れば大体の見当はつく。」
横に座る母の恵理も黙って頷いた。
「私はね、娘と君の結婚には内心反対していたんだよ。
それは君がどうこうではないが。
ただ、手塩にかけて育てた一人娘だ。
二十歳そこそこで嫁にやるなんて夢にも思っていなかったからね。
それにまだ学生という身分で。
だが、娘や妻がどうしてもって強く言うから、最終的には折れた形になった。
まあ、自分の人生は自分で決めるのが当たり前だし、私もそこまで我を押し通せないのはわかっていた。
要は娘の幸せが一番だから。
なのに、結局は君らの結婚生活は上手くいかなかった。
どちらに原因があるかはわからんが。」
「仰る通りです。
私のせいで結婚生活は早々に破綻してしまい、奈々を不幸にしてしまいました。」
智は蚊の鳴くような声でそう答えた。
「まあ、夫婦のことだ、二人にしかわからん事もあるし、それに対して我々が口を挟むのも違うということはわかっている。
しかし、一度離婚したにもかかわらず、君と奈々は再入籍した。
これが私にはわからない。」
「それは‥」
「この一連の出来事を見るに、娘の心理的負担は大きかったであろうと思う。
私が何を言いたいか、わかるか?」
「‥」
「娘が病に倒れた、その責任の一端は君にあると、私はそう思っている。」
「はい、その通りです…」
「奈々が‥奈々がもう長くないのは、わかっている‥」
俊之は一瞬涙声になったが、話を続けた。
「せめて、少しでも穏やかな気持ちで、残りの人生を送らせてやりたいんだ」
恵理はハンカチで目を覆い、肩を震わせている。
「大事なのは奈々の気持ちだ。
それでもあの子が君と最期まで一緒にいたいと言うのなら、それはそれで尊重したいと思う。」
「ありがとうございます‥」
「だが、孫の事は全く別の話だ。
莉愛の事は奈々も心残りで、死んでも死にきれない思いでいるだろう。
だから、私達で莉愛を立派に育て上げてみせる。」
「待ってください!」
俊之の話を黙って聞いていた智だったが、こればかりは聞き入れる事が出来なかった。
「奈々とも約束したんです。
何があっても莉愛は私が‥」
「バカな事を言うな。
そのような外見をして、何が父親だ。
どうやって責任が果たせるんだ?」
「それは‥」
「莉愛は母を亡くし、それだけでもハンデを背負って生きなければならないのに、父親がオカマなんてことが周りに知れたら、いじめに遭うに決まっている。」
智は何も言い返せなかった。
俊之が言った事は、自分でもよくわかっていて、ずっと心の中で葛藤があった。
奈々と約束したとはいえ、そして、自分と血が繋がっているとはいえ、本当に莉愛と暮らしても良いのだろうか。
万が一、一人で育てるとなったとき、果たして大丈夫なのか。
答えが出ない状況の中、俊之に核心を突かれたのだ。
俊之は言いたい事を言い、それから暫くして帰っていった。
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