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その日も智は仕事を早退して病院に行き、奈々に付き添っていた。

「ごめんね、智、私のために‥」

「何言ってんの。当たり前じゃん」

奈々は点滴されている自分の腕をぼんやりと見つめていたが、やがて、智の方に視線を向けた。

「智、私がまだこうして話せるうちに言っときたい事があるんだ。」

「えっ」

「今まで、私と莉愛のために頑張ってくれて本当に有難う。」

「急になんだよ。まだまだ頑張らせてよ」

智は努めて明るい言い回しで笑みを浮かべた。

「自分の事だし、今の状況がどんなものか、わかるよ。多分、厳しいと思うんだ。」

「そんなこと‥」

「大丈夫だよ。落ち込んでもいられないから。私は気持ち切らさずに最後まで頑張るつもりだよ。
でもね、急にってこともあるから、話せるうちに言っとこうと思って」

「奈々‥」

「私がもう家に帰れなくなったら、莉愛の事をよろしくお願いします。」

「帰れるよ、必ず。それに、莉愛はワタシの子供でもあるんだから、そんなの当たり前だよ。」

「でも、莉愛が生まれた事を智は知らなかったわけだし、新しい人生を踏み出そうとしていたところに、私たちが押しかけてしまったんだって、ずっと申し訳ない気持ちでいっぱいだったんだ。
だから、智にはこれからの人生を女性として生きて欲しい。」

「えっ」

「やっぱり、智見てたら、男として生きるのにかなり無理してるのがわかるし、女性として生きる方が幸せになれると思う。

だから、莉愛のママになってあげて。」

「そんな事出来るわけないよ」

「莉愛は私と智の子供だし、物心ついたときにちゃんと話せば、きっとわかってくれるよ。」

「‥」

「智には素敵な男性を見つけて幸せになってほしいな。」

「ワタシは奈々と莉愛と三人で幸せになるって決めたんだよ。
だから‥」

智は言葉に詰まり、それ以上何も言えなかった。

「うん、もちろん私もそのつもりよ。

でも、いくら頑張ってもこればっかりは、どうなるかわかんないもん。」

当の奈々は気丈にも涙一つ見せず、笑みすら浮かべて言った。

智はここで泣いてはいけないと、必死に堪え
話題を変えた。

「奈々、この前話した例の新薬の事なんだけど、調べてみたら、やってみる価値あると思うよ。」

「私もヒマだから、ネットの記事とかに目を通してみたけど‥」

「ね、やってみようよ」

「お金がすごくかかるし、効果があるとも限らないし、やっぱりムリだよ。」

「その事で奈々に相談があったんだ。」

「えっ、何?」

「ワタシ、今の仕事辞めてニューハーフの仕事に戻ろうと思うの。」

「そんな‥それってお金のためでしょ?」

「まあ、そうなんだけど、今のところより稼げるし、もっと良い治療を受けさせてあげられるようになるから」

「智‥気持ちはありがたいけど‥
でも、智には自分の人生をちゃんと考えて大事に生きてもらいたいの」

「ワタシの人生にとって、奈々と莉愛とフツーの生活を送る事が、一番の幸せなの。
まあ、ワタシ自身こんなカラダしててフツーじゃないけど。
その前提条件をクリアするために決めた事なのよ。」

「智‥」

奈々はそれ以上何も言わなかった。

たとえ奈々に大反対されても、智の意思は変わる事はなかったが。
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