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挫折

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朝から体調が悪く、会社を早退してきた智が家の近くで目にしたものは、見知らぬ車から降りてくる妻の奈々の姿だった。



智が見たことのない男が運転席におり
その男に笑顔で手を振る妻の姿。
その光景を見て疑問を持たぬ者がいたら
相当おめでたい奴・・
そんなシチュエーションだった。

車が走り去った後、奈々はようやく夫が自分を見つめていた事に気付き
驚きの表情を見せた。



「・・・」



一瞬この状況をなんとか逃れる算段を試みた奈々だったが
到底無理なことを悟り
すぐに智から視線を切り
俯いた。







「言い訳はしません。

全て私が悪いんです。」


家に戻り、リビングで向かい合って座ると
奈々の方から言葉を発した。


対する智はまだ頭の整理が付かず
どう言っていいかわからずただ奈々を見つめるだけだった。


「あなたを裏切り浮気をしました。」




「・・・」



「勝手な事はわかってる。


でも・・



離婚して下さい。」


離婚という言葉が奈々から出て

ようやく智は口を開いた。


「俺の事がキライになったのか・・」



対する奈々は

首を横に振った。


「あなたに対する不満はないわ。

こんなに若いのに一流企業に勤めてて
お給料もたくさんあって


それにとても優しくて。」



「じゃあ・・」



「でも、あなたの本心は違うんじゃないかって
ずっと思ってた。

本当は私の事なんか好きじゃないし、結婚生活に何の気持ちも持ってない。


ただ、淡々と生活してるだけ。」



「どういうこと?」



「熱を感じないの。

ずっと・・


出会ったときから今まで


あなたの心は私に向いたことなどなかったわ。

ただ、結婚ごっこをしていただけ。

良き夫を演じていただけだと思う。」



「そんなことないよ・・」



「そうね。

ワタシの思い過ごし、勘違いかもしれない。

でも、ずっと感じていたことなの。

それが勘違いじゃないって最近になって確信したわ」




図星



まさに図星だった。


智も自分に対して奈々が思っていたことと同じような感覚に陥っていた。


智と奈々は学生結婚だった。


幼きときから優秀だった智は
大学でも他の追随を許さずトップの成績を残し
首席で卒業して一流と呼ばれる企業に就職した。

小学校から大学まで圧倒的な成績を残してきた智が唯一追い上げを感じて驚いたのが奈々であった。

最後まで智を抜くことはなかったが
彼さえいなければ間違いなくトップは奈々であったことは誰も疑いを持たなかった。


そんな二人は互いを意識し大学一年の終わり頃から付き合い始め、四年になる少し前に入籍をした。

奈々の両親は卒業後に就職せず家庭に入った娘の選択に大いに不満を持っていた。

これほど優秀な娘のキャリアが結婚によって終焉を迎えるのはあまりにも惜しすぎる。

だが、奈々の決意は固かった。


同時に智自体が結婚を急いでいたこともこのような状況を招く主因となった。


智はまだ幼いときに両親を立て続けに亡くし
祖父母に育てられた。

祖父は会社を経営し資産家であったため
何一つ不自由なく生活することが出来た。

だが唯一欠けていて補えないものがあった。

それは両親の愛情

特に母をほとんど記憶していない智はいつも虚しさ、寂しさを心の奥底に感じながら生きていた。

だからこそ奈々と付き合い始め
早く家庭を持ちたいと強く願ったのである。


その事は奈々も重々承知しており
智の気持ちに応えてくれて学生結婚という形をとることが出来たのだった


だが、無味乾燥

結婚生活に充実感を得られない智は
こんな筈ではないと、自分の本心を否定し
ようと必死にもがいた。

優しく、家事も手伝い、愛の言葉を発し
定期的に夜の生活もこなした。


だが、どれも偽りだった。

そんな自分に疑問を感じていた矢先の奈々の浮気

もはや疑いの余地はない


離婚を受け入れる事が智に唯一出来る妻への償いであった。


慰謝料はなし。一日も早く離婚してほしいという妻の希望によりその日のうちにサインし判を押した。


あっけなく終わってしまった結婚生活。


これまでの人生はまさに順風満帆であった。

受験、就職、現在に至るまで負け知らず。

敗北を経験したことなど一度もなかった。

だが、結婚生活については完敗であった。

挫折感というものを経験したことのなかった智は、無気力になり飲めない酒に逃げようとしたりもした。
だが、そんなことをしても虚無感を埋める手段にはならず、一人で落ち込む時間だけが増えていった。


それでも仕事はそつなくこなし、三ヶ月が経過した。


そんな中で智に訪れた転機




それが宴会での女装、女装クラブでのケイコとの出会いだった。


この時点ではまだ自分の気持ち、方向付け
正体がわからなかったが

今まで感じていた自分の心境の謎を解くきっかけを見つけたような気がしていた。




週が明けて通常通り出勤してきた智は

自分の心境が今までとは全く違っていることに気付いた。


以前は全然気にしていなかった女子社員のメイク、髪形などがやたらと気になり、ついつい見てしまう。


勿論それは異性ではなく同性としての感情を持っての観察ということになる。


(一体俺はどうしちゃったんだろ・・)

智は自分の変化に戸惑い頭を抱えたが、同時に歯止めがかからずどんどんエスカレートしていく予感がうっすらとするのだった。


その日は仕事にあまり身が入らず、不本意な時間をすごした。



「吉岡、今から帰るのか?」


会社を出たところで、一年先輩の三崎 清太が後ろから声をかけてきた。


「三崎さん、お疲れ様です。

ええ、帰るとこっす。」



「そうか、ちょっと駅前で飲んでかないか。」




「あ、そうですね・・


えっと、すいません


今日はちょっと用事があって、また誘って下さい。」


一度は三崎の誘いに応じようとした智だったが、急に態度を変え、申し訳なさそうに言うと、その場を後にした。


小走りで駅とは反対方向に駆け出すと、何かを目指してさらに走る速度を早めた。




「ケイコさん!」


智が目指した先には偶然反対側の道路を歩くケイコだった。


ケイコはキョトンとした顔でスーツ姿の智を見つめた。


「あの、一昨日お世話になった智です。」


恥ずかしげに智が言うと、ケイコは驚いた顔をしたあと、満面の笑みを浮かべて智の胸をポンポン叩いた。


「なんだ、どこのカッコいい男が声かけてくるのかって期待したらトモちゃんじゃないの。

へえ、普段はこんな感じなのね。

可愛い。」



「この前はどうも有難うございました。

こんなに早くお会い出来るとは思ってもみませんでした。


ところで、どこかお出掛けですか?」



「この近くに行き付けの店があってね。

飲みに行こうかなって。


よかったら一緒に来る?」



「えっ
いいんですか??

ご一緒させて下さい。」


智は興奮気味に答えた。
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