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きっかけ

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「衝撃的」

吉岡 智にとって、それはまさに衝撃的な出来事だった。


会社の宴会での一幕・・


罰ゲームをやらされることになった智は
女子社員に化粧をされて、皆の前に連れ出された。

大いにウケた・・というより
どよめきが起きたのだった。


「吉岡クン

キレイすぎるんじゃない?」


化粧を施してくれた仲川 麻友子が
その完成度に驚きの声を上げた。


「おいおい、シャレにならんぞ。

女子社員より美人になるなんて。」



課長の杉野がそう言うと、そこにいた全員が賛同の声を上げた。


智は化粧された自分の顔を確認できておらず、どうせからかわれてるのだと思っていた。

「口紅の味がイヤなんすけど。

もう、いいでしょ?」


智は早く化粧を落としたがったが、なかなか許してもらえず、しばらく晒し者となった。


ようやく解放され、トイレの鏡で自分の顔を確認した智は、思わず絶句してしまった。


鏡の前に立つ人物の顔が、幼き日に亡くなった母親そっくりだったのだ。

智が物心つく前には既に母は亡くなっており、写真などでしかその姿を見ることが出来なかった。

だからこそ余計に思いが強く、いつも永遠に会えない母の写真を見てすごしていた。


鏡の中に写真で見ていた最愛の母の姿があったのだから
衝撃を受けて絶句してしまったのは致し方ない。


智自身は自覚はなかったが、顔の作りが女性的で
化粧をすれば美人になることは見る人が見ればわかっていたことだった。

それを見抜いた仲川達が画策して罰ゲームで無理矢理化粧を施したのだった。

彼女達の思惑通り、見事に美女へと変身させられた智だったが、彼にとって思わぬ副産物をもたらしたことは本人以外誰も気づいてはいない。



宴会が終わり、智は自宅に戻った。


先程の衝撃と興奮がまだ収まっていなかったが、だからといってどうしていいかもわからず、その日はシャワーを浴びてベッドに入った。


翌日の土曜日は会社は休みで、智は遅めに目を覚ましたが
一晩が経過しても、まだ昨夜の出来事が頭から離れなかった。

この欲求をどうしたものかとしばらく考えていたが、結論として出した答えは
「もう一度母に会いたい」というものだった。

そのためにはまた女装しなければならない。

もちろん元々そんな趣味のない智が、化粧品や女性物の服など持っているわけがないので、どうすることもできない。


智はスマホを取り出して検索を開始した。

女装で検索すると沢山のサイトがヒットし

こんなにマニアがいたのかと智を驚かせた。


「へえ、こんな店があるのか・・」


思わず呟くと、自宅からそこそこ近い店を目指して出掛けることにした。



「ピクシー」という名のその店は、とある駅から程近く、雑居ビルの4階にあった。



智は周りに人がいないかを緊張しながら確認し、エレベーターに飛び乗った。

4階に着くと、「ピクシー」は左手の突き当たりにあった。


ドアを開けるとカウンターに中年の女性が立っており

「いらっしゃいませ」

と優しく微笑んだ。


「あの、すいません。

初めてなんですけど・・」

智は相手が女性だったことで、少しホッとして
なんとか話しかける事ができた。


「今日は下着は持ってきてますか?」


女性の質問に、智は首を横に振った。


「初回のみショーツとブラジャー、ストッキングを購入していただきます。

次回来られるときは、必ず持参して下さいね。

それから、次に服を選んでもらいます。

下着を着用して服を着たら

あとはこちらのスタッフがメイクをさせていただいて完成です。

隣の部屋でくつろいで下さい。」


智は女性の話に一々頷くと、服を選ぼうと視線を向けた。


「あと、こちらのものはオプションで別料金がかかりますので。」

女性はウェディングドレス等か掛かっているコーナーを指差しながら智に言った。

「はい。」

智はさすがにそれは選らばないといった感じで苦笑いを浮かべながら返事した。


「これでお願いします。」

智は当たり障りのないピンク系のワンピースを選ぶと、女性に言った。

「じゃあ着替えが終わりましたら呼んで下さいね。」

女性はそう言って下着セットとワンピースを智に渡すと試着室のカーテンを閉めた。


「ふぅ・・」

思わずため息をついた智は
着ていた服を全て脱ぎ捨て、生まれて初めて
パンティというものに足を通した。

(なんか、気持ち悪いな)

お尻が全部隠れないその感触に違和感を覚えた智だったが、何よりも前の膨らみが強調されて間抜けな感じがした。

パンティの後はパッド付きのガードルを上から履いた。

(なるほど、男と女はお尻の大きさというか形がちがうもんな。)

パッドの存在に感心した智だったが、ガードルによって前の膨らみが軽減され、見てくれは少しマシになった。

次にストッキングに足を通すと何かひんやり冷たい感じがして、それはそれで違和感があった。


ブラジャーに至ってはもっと間抜けだった。

平べったい男の胸にはAA カップのブラでもプカプカと浮き、パッドを中に入れても隙間が出来た。


最後のワンピースは一番マシだった。

細身の智には少し大きいくらいに感じたが、気にするほどでもなかった。

女性に完了したことを伝えると、壁際に3台並んだ化粧台の真ん中に座って待つように言われた。


座って待っていると、受付の女性よりもさらに年配の女性が智のところへやってきた。


「はじめまして、よろしくね。」



「どうも・・」



「ここへは初めて?」



「ええ。そうです。」



「それにしても、あなたキレイな顔してるわね。

いつもは、撮影映えするように濃い目のメイクをするんだけど、あなたにはその必要はないわね。
だって、メイクなしでも女の子顔してるんだもの。」


昨日に続いてまた誉められ、まんざらでもない様子の智だったが、まだまだ緊張は解れなかった。
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