2 / 48
第一章
02
しおりを挟む
「ただいま」
「おかえり、六耀。遅かったね」
太陽の光も満足に当たらない森の奥。
ひっそりと佇む小屋の戸を開けると、長い紫色の髪を揺らしてにっこりと出迎えてくれた。
妖華は僕が買ってきた食材を品定めするかのように、手に取ったり置いたりしている。
彼こそが尋常でない魔力を持ち備える、世界最強の魔術師。他人、特に魔術を操れる人からは『死神』と言う異名で呼ばれているらしい。
苺ジャムを見つけて「これこれ。我はこれが好きなんだ」なんて言って喜んでいる姿を知っている人間から見ると、怖い存在ではないのだけど。
「帰り道で変な人に遭遇しちゃって、絡まれてたんだ」
「えぇ!? 大丈夫だったのかい? 我の六耀に何かあったら……」
僕の言葉を聞いて、赤紫の瞳が開く。あ、まずい……。
普段は細く閉じられた瞼が開くのは、感情が大きく動いている証拠なんだ。
「見ての通り、無事だから! ね? どこも怪我してないでしょ?」
ひやりと感じる冷や汗を背筋に流したまま、その場でくるっと回って見せて無傷だと証明する。
少し説明が足りなかったようなので補足させてもらうと、確かに妖華は僕には優しく接してくれるよ。
けれど、昔は色々と残酷なことをしていたらしいし、今でも気に入らない相手には有り余っている力を容赦なく解放させてしまう。
いつもにこにこしているのは単純に優しいからではなく、相手を油断させる手段だ。
「そう? 大丈夫だったらいいんだけどさ。君に何かあったら、そいつをぶっ殺しちゃうところだったよ」
安心したように笑いながらも、とんでもないことを言うなぁ……。
「本当に変な人が多いよね。そうそう、襲ってきた理由も変わっていたよ。『雷晶をよこせ』って。でも、雷晶って何だろう?」
食材を紙袋から出しながら問いかけると、妖華はぴたりと動きを止めた。
不思議に思って顔を盗み見ると、再び開いた瞼。
だけどその瞳はどこを見つめる訳でもなく、ただただ遠い過去を眺めるかのようで。
あれ? 僕、何かいけないことでも言ったかな?
「どうしたの?」
「六耀。その通り魔はどんな人だった?」
石みたいに固まって真面目に引き結ばれた口から漏れた質問に、返答も少し遅れがちになってしまう。
「えぇっと、白髪で青い目をしていたよ。最高位の呪文を難無く操っていて、威力が凄かったから力を持った魔術師だとは思うんだけど」
「白髪の魔術師……か。彼があれを求め始めたと言うことは、自身の才能に気付いたか? それとも……」
何やら独り言を呟きだしたかと思うと、静かにこちらを窺い、
「君にもそろそろ雷晶の存在を教えておかなきゃいけないね」
そう言いながら、外に出ようと促される。
「わざわざ外にまで出てきてどうしたの? 雷晶と言う物はそんなに危険な……」
そうだよ、通り魔が求めるくらいだからよっぽど危ない物なんだ。
不安になって向かい合った彼から一歩後ずさるも、妖華は首を横に振りながら笑う。
そして、そっと差し出された手の平の上に見つけた物は。
昼間でも薄暗いこの森の中で、きらりと存在を主張している石だった。
「これが雷晶なの?」
「そう。と言っても、これは欠片だけどね」
僕の小指の先ほどの大きさしかないそれをよく見ると、青い光をじんわりと放っている。ただ、それだけのこと。
なんて思ったのが伝わったのか、
「欠片と言っても威力はあるんだよ? 試してみるといいよ」
と言いつつ、石ころを渡された。
「何を試すの? これで一体何が出来るの?」
「まぁまぁ、説明は置いておいて。使い方はとても簡単だよ。火系初級呪文を唱えようとしてごらん?」
話の根っこがさっぱり分からなくて首を傾げつつも、指示された通りにしてみる。
先ほどの白髪をやっつけた呪文を唱えるべく、人差し指と中指に魔力を集中させると――何かが小さく破裂したような音が響いた。
一体どんな魔法になるんだろう、と言う期待。
恐ろしい結果になるかも知れない、と言う不安。
それらが入り混じって軽い興奮を覚えていたのに、静電気と間違うほどに大したことのない呪文が生まれただけ。
こんなにひどい期待外れを味わったのはいつ振りだろうか?
そして、こんなに下らない物のために命を奪われかけた僕は何なんだろう?
「落ち込まなくていいよ? 六耀の魔力もすごいんだけど、この雷晶はあんまりにも小さ過ぎたからこんな結果になっただけだよ」
少しふてくされながらそれを彼に返却すると、ぽんぽんと頭を撫でてくれる大きな手。
「次は我がやってみせるから、よく見ててね?」
にまっと微笑んだ師匠を、僕はちょっと疑い気味。
誰がやっても同じなんじゃないの? いくら妖華でも、結果はそう変わらないんじゃ……と思ったのだけど。
彼の指先に集まり始めた魔力によって、木々はしなり、大きく葉を揺らし始める。
何かが軋んでいるような音が森中に響き渡り、異変を感じた鳥達は悲鳴にも似た鳴き声をあげて空へ飛び立ち。
僕も鳥達と一緒に避難しようと、足を一歩踏み出した矢先。
死神の瞼が開眼し――咄嗟に耳を塞いだにも関わらず、鼓膜が破れんばかりの雷鳴が響いた。
「おかえり、六耀。遅かったね」
太陽の光も満足に当たらない森の奥。
ひっそりと佇む小屋の戸を開けると、長い紫色の髪を揺らしてにっこりと出迎えてくれた。
妖華は僕が買ってきた食材を品定めするかのように、手に取ったり置いたりしている。
彼こそが尋常でない魔力を持ち備える、世界最強の魔術師。他人、特に魔術を操れる人からは『死神』と言う異名で呼ばれているらしい。
苺ジャムを見つけて「これこれ。我はこれが好きなんだ」なんて言って喜んでいる姿を知っている人間から見ると、怖い存在ではないのだけど。
「帰り道で変な人に遭遇しちゃって、絡まれてたんだ」
「えぇ!? 大丈夫だったのかい? 我の六耀に何かあったら……」
僕の言葉を聞いて、赤紫の瞳が開く。あ、まずい……。
普段は細く閉じられた瞼が開くのは、感情が大きく動いている証拠なんだ。
「見ての通り、無事だから! ね? どこも怪我してないでしょ?」
ひやりと感じる冷や汗を背筋に流したまま、その場でくるっと回って見せて無傷だと証明する。
少し説明が足りなかったようなので補足させてもらうと、確かに妖華は僕には優しく接してくれるよ。
けれど、昔は色々と残酷なことをしていたらしいし、今でも気に入らない相手には有り余っている力を容赦なく解放させてしまう。
いつもにこにこしているのは単純に優しいからではなく、相手を油断させる手段だ。
「そう? 大丈夫だったらいいんだけどさ。君に何かあったら、そいつをぶっ殺しちゃうところだったよ」
安心したように笑いながらも、とんでもないことを言うなぁ……。
「本当に変な人が多いよね。そうそう、襲ってきた理由も変わっていたよ。『雷晶をよこせ』って。でも、雷晶って何だろう?」
食材を紙袋から出しながら問いかけると、妖華はぴたりと動きを止めた。
不思議に思って顔を盗み見ると、再び開いた瞼。
だけどその瞳はどこを見つめる訳でもなく、ただただ遠い過去を眺めるかのようで。
あれ? 僕、何かいけないことでも言ったかな?
「どうしたの?」
「六耀。その通り魔はどんな人だった?」
石みたいに固まって真面目に引き結ばれた口から漏れた質問に、返答も少し遅れがちになってしまう。
「えぇっと、白髪で青い目をしていたよ。最高位の呪文を難無く操っていて、威力が凄かったから力を持った魔術師だとは思うんだけど」
「白髪の魔術師……か。彼があれを求め始めたと言うことは、自身の才能に気付いたか? それとも……」
何やら独り言を呟きだしたかと思うと、静かにこちらを窺い、
「君にもそろそろ雷晶の存在を教えておかなきゃいけないね」
そう言いながら、外に出ようと促される。
「わざわざ外にまで出てきてどうしたの? 雷晶と言う物はそんなに危険な……」
そうだよ、通り魔が求めるくらいだからよっぽど危ない物なんだ。
不安になって向かい合った彼から一歩後ずさるも、妖華は首を横に振りながら笑う。
そして、そっと差し出された手の平の上に見つけた物は。
昼間でも薄暗いこの森の中で、きらりと存在を主張している石だった。
「これが雷晶なの?」
「そう。と言っても、これは欠片だけどね」
僕の小指の先ほどの大きさしかないそれをよく見ると、青い光をじんわりと放っている。ただ、それだけのこと。
なんて思ったのが伝わったのか、
「欠片と言っても威力はあるんだよ? 試してみるといいよ」
と言いつつ、石ころを渡された。
「何を試すの? これで一体何が出来るの?」
「まぁまぁ、説明は置いておいて。使い方はとても簡単だよ。火系初級呪文を唱えようとしてごらん?」
話の根っこがさっぱり分からなくて首を傾げつつも、指示された通りにしてみる。
先ほどの白髪をやっつけた呪文を唱えるべく、人差し指と中指に魔力を集中させると――何かが小さく破裂したような音が響いた。
一体どんな魔法になるんだろう、と言う期待。
恐ろしい結果になるかも知れない、と言う不安。
それらが入り混じって軽い興奮を覚えていたのに、静電気と間違うほどに大したことのない呪文が生まれただけ。
こんなにひどい期待外れを味わったのはいつ振りだろうか?
そして、こんなに下らない物のために命を奪われかけた僕は何なんだろう?
「落ち込まなくていいよ? 六耀の魔力もすごいんだけど、この雷晶はあんまりにも小さ過ぎたからこんな結果になっただけだよ」
少しふてくされながらそれを彼に返却すると、ぽんぽんと頭を撫でてくれる大きな手。
「次は我がやってみせるから、よく見ててね?」
にまっと微笑んだ師匠を、僕はちょっと疑い気味。
誰がやっても同じなんじゃないの? いくら妖華でも、結果はそう変わらないんじゃ……と思ったのだけど。
彼の指先に集まり始めた魔力によって、木々はしなり、大きく葉を揺らし始める。
何かが軋んでいるような音が森中に響き渡り、異変を感じた鳥達は悲鳴にも似た鳴き声をあげて空へ飛び立ち。
僕も鳥達と一緒に避難しようと、足を一歩踏み出した矢先。
死神の瞼が開眼し――咄嗟に耳を塞いだにも関わらず、鼓膜が破れんばかりの雷鳴が響いた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる