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アバンクスくんを護衛することになりました。

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 それからというもの、俺たちはアバンクスの屋敷で寝泊まりをするようになった。

 アバンクスの屋敷は貴族街の片隅にあり、平民の住む町とかなり近い。ここから毎日職場まで通っているため、その行き来はしっかりと護衛している。
 
 リュインは俺たちについてきている日もあれば、屋敷で適当にすごしているときもあった。今日は屋敷にいる。3才になるアバンクスの子供と遊んでいるのだろう。
 
 ちなみにアバンクスの職場は城の近くにあった。ここで王都に住む民たちの戸籍管理や土地区画の資料整理をしているらしい。

 役所業務の一部を担っているようだが、税関連のものは扱わないところを見ると、いかにも下っ端貴族役人がやりそうな仕事である。
 
 待遇自体はわるくなかった。毎日それなりに飯が食えるし、風呂も使える。日中は職場近くで待機しているが、なにをして時間を過ごすかは自由だ。

 それに趣のある建築は、貴族街の中ほど多い。見ているだけでもそれなりに楽しめる……が。
 
「ふぅ……こうなにもトラブルがなくては、退屈ですね……」

「お前……トラブルを期待していたのか……」
 
 アハトさんは退屈している様子だった。どうやらアバンクスに絡んでくる連中や、暗殺者みたいなのがくることを楽しみにしていたらしい。
 
「まぁそうそう事件なんて起きないんじゃないの? 民の暮らしを見ても、この国はわりと生活レベルが高そうだし。それなりに裕福そうだろ? 治安もいいんじゃね?」

「さて……」
 
 やはり戦闘用アンドロイドは闘争を求めるものなのか……。

 そんな話をしているうちに、日は沈みはじめる。しばらくまっていると、アバンクスさんが姿を現した。
 
「またせたな。帰りもよろしく頼む」

「あいよ」
 
 ちなみに貴族街で平民が帯剣することは許されていないため、俺もアハトも今は武器を持っていない。

 武装できない平民をよく護衛に選んだな……。それだけアバンクスも余裕がなかったのか。
 
「なぁアバンクスさんよ。こう何日も平和なら、赤竜公の連中も仕掛けてこないんじゃないか?」

「いや……これはさっき聞いたのだが。どうやらかなり質の悪い因縁をつけられた者がいるようだ」

「質の悪い因縁……?」

「ああ。軍学校で教官を務めている者がいるのだが……その者と取り巻きが、集団で因縁をつけてきたらしい」
 
 貴族の因縁のつけかた……想像できん。お上品に嫌味の応酬でもすんのかね。
 
「つかアバンクスさんの屋敷、けっこう遠いよな……。普通は馬車とか使うもんじゃないの?」

「わたしは馬車なんて持っていないし、毎日呼んでいては金がかかる。いろいろ上への贈り物に金がかかるというのに、そんなものは使っていられん」

「うへぇ……」
 
 これがあるべき下っ端貴族の在り方か……! 

 馬車は持ったら持ったで、馬と御者にまた金がかかる。それに馬車自体も定期的なメンテナンスが必要になる。

 つまり所有しているだけで維持費がバカにできないらしい。
 
 いつも貴族街の片隅まで歩くため、屋敷に着くころには日が沈んでいるのだ。そのあと風呂に入って飯を食えば、あとは寝るだけである。
 
 今日も屋敷が近くなったときには、すでに日が沈んでいた。この辺りは魔道具による明かりも少ない。たぶん平民の住む下町の方がまだ明るいし、活気もあるだろう。
 
「アバンクスさんも大変だねぇ……」

「お前になにがわかる。こうして聖竜国の貴族として生きるということが……」

「アバンクス」
 
 会話の途中で、しれっとアハトさんが呼び捨てで名前を呼ぶ。

 見た目の美しさで無礼をゴリ押すつもりなのだろう。実際に押し通せているのが強い。
 
「なんだ」

「先ほどの話に出てきた連中ですが……見た目の特徴などはありますか?」

「うん? ああ、因縁をつけてきている連中のことか。そうだな……軍学校の教官を務めている者は、元騎士だ。大柄でいつも剣を持っているな」

「なるほど。その情報だけでは特定できませんが。前方に3人、帯剣した男たちがいますね」

「っ!?」
 
 周囲は暗いし、まだ先は見通せない。だが俺も軍用コンタクトレンズ越しにアハトの言う連中が確認できた。
 
「お、ほんとだ。あー、ありゃいかにも柄が悪そうな連中だな。一番でかい男は、右頬に切り傷がある」

「ぶ……ブルバス……だ……」

「おや。心当たりがあるようで」
 
 ブルバスというのが、先ほど話していた軍学校の教官らしい。彼は〈赤竜公〉の派閥に属している貴族とのことだった。
 
「最悪だ……! 今日聞いた話も、ブルバスに因縁をつけられたというものだった……!」

「ちなみにどんな因縁だったんで?」

「家まで護衛をしてやるから、金を払えと言われたそうだ」

「えぇ……」
 
 予想していた因縁とだいぶちがう……! ちなみにブルバスというのは、気性の荒い元騎士として有名らしい。

 もし押し付け護衛を断れば、どんな目にあっていたかわからないとのことだ。
 
「く……! しかしよくぞ先に見つけてくれた。このまま迂回して帰ろう……!」

「んー……いやいやアバンクスさん。ここはまっすぐ行きましょうよ」

「なに!?」

「まだブルバスって奴か決まったわけでもないし。それにもしブルバス本人で、はじめからアバンクスさんが狙いだった場合。今日避けられても明日待ち構えているかもしれないでしょ?」
 
 確証はなにもないけど。たぶんアバンクスさんみたいな下っ端貴族……なにか問題が起こってももみ消せそうな者を対象にしているなら。これから毎日でも姿を見せるかもしれない。
 
「最初にガツンとやっておいた方が、あとあとの面倒をなくせますって。それに俺たちがいるんだ、なにも心配ないすよ」

「む……」
 
 しばらくなにかを考えていたが、アバンクスさんはハァと息を吐く。
 
「たしかに、今日避けても明日もある……か。わかった。それに万が一の場合は……」

「場合は?」

「大人しく金を払って見逃してもらう」

「…………なるほど」
 
 うん。これは下っ端貴族……!
 
 

 
 
「おぉ!? そこにいるのはアバンクスさんじゃないですかぁ」
 
 正面にいた3人の男たちは、俺たちの姿を見つけると行き先を塞ぐように広がった。そのまま右頬に傷がある男は、一歩前へと出てくる。
 
「……ブルバス殿」

「奇遇ですなぁ。そうだ、ちょうどいい。ここから家までお送りしましょう。ほら、最近の貴族街はないかと物騒でしょう? 一夜明けたら貴族の死体が転がっていた……なんてこともありましたし」
 
 そういうと3人の男たちはニヤニヤと笑う。完全にチンピラ……!
 
「ブルバス殿がそんなことになったら大変だ! 格安で家までお送りしますよぉ? まさかいやとは……言わないよなぁ?」
 
 アバンクスさんがなにかを答える前に、俺は前に出る。そして正面からブルバスと目を合わせた。
 
「んだぁお前は」

「アバンクスさんの護衛だ。家までは俺たちがついているから、あんたらの護衛は不要だよ」

「んん……?」
 
 ここでブルバスたちは俺とアハトに視線を向ける。そして腰にも顔を向けた。
 
「はっは! 平民か! ブルバスさんよぉ、まさか平民を護衛に雇ったのかぁ!? 下級文官の考えることはよくわからんなぁ!」
 
 男たちは声を上げて笑いだす。おや……見た目でアハトが貴族かも、とは考えなかったのか。

 おそらく帯剣していないことから、俺たちを平民だと断定したんだろうけど。
 
(見た目よりも帯剣の有無で、身分を判断した……?)
 
 聖竜国の貴族の感覚からすれば、貴族街で帯剣しないのはあり得ないのかもしれない。アバンクスさんも目に見える形で帯剣しているし。
 
「魔力も持たない平民は下町に帰んな。ここからは貴族の出番だ」

「あいにく、今はアバンクスさんの屋敷で寝泊まりしてるんでね。これ以上の護衛は不必要だ。……さすがに2回も言えば、意味は理解できるよね?」

「………………っ!」
 
 たっぷり挑発するような声色で話しかける。しかし貴族というか、やっぱりチンピラだな。

 そんなブルバスは俺の真ん前まで距離を詰めてくる。
 
「どうやら学が足りていないらしい。ここでは貴族の言うことはぜったいだ……お前のその小さな頭でもわかるな?」

「え……そのナリで貴族のつもりだったの? てっきりチンピラかと思ってた……」
 
 思っていたことを言ってしまう。その瞬間、ブルバスの全身が淡く輝く。同時に右拳が突き出された……が。俺はそれを正面からしっかりと受け止めた。
 
「っ!?」

「ほら。やっぱりチンピラだ」
 
 そのまま掴んだ腕を強引に捻りにいく。
 
「うぉ!?」
 
 そして体幹を崩させたところで、ブルバスの足首を蹴った。大柄な身体はあまりにあっさりと地面に転がる。
 
「…………!?」

「あれあれ? この程度で、アバンクスさんの護衛を買って出たの? こりゃやっぱり俺たちがいるから、あんたらはいらなかったな」
 
 あえて挑発を続ける。ここで相手に本気を出させるのだ。

 なにせ俺は今ここで、ブルバスの心を完全に折るつもりだからな。
 
「てめぇ!」
 
 ブルバスは地面を転がると、そのまますこし離れた位置で起き上がる。その顔には強い怒りの形相が刻まれていた。
 
「平民如きが……! この俺に……!」
 
 続けて迷いなく剣を引き抜く。これには後ろにいる2人の男たちも驚いていたが、止める様子はなかった。
 
「マグナ……!」
 
 アバンクスさんからも心配そうな声をかけらえる。さすがに剣を向けられるとは考えていなかったのだろう。
 
「だいじょうぶですよ。あー、ブルくんといったっけ? それじゃ特別に稽古をつけてあげようかな?」

「…………! 軍学校の剣術教官である俺に……! 平民が……なにさまのつもりだああああぁぁぁぁぁ!」
 
 暗くなった貴族街の片隅で、男の叫び声が轟く。近所迷惑……!
 
 ブルバスはけっこうな速さで俺に斬りかかってきた。たぶん〈空〉属性の魔力で身体能力を強化しているんだろう。
 
 剣を振るう動きにも迷いがない。何度か人を斬ったことがあるんだろうな。上段から振り下ろされる剣を見ながら、あえてこちらから一歩踏みこむ。
 
「っ!?」
 
 同時にやや腰を落とし、ほぼブルバスとゼロ距離になる。この状態で下から左腕を伸ばし、剣を握っている右腕を掴んだ。
 
「な……!?」

「先に仕掛けてきたのはそっちだぜ?」
 
 そのまま再び腕を捻りながら下ろさせる。ブルバスは剣を手放し、頭ががら空きになった。
 
「この……!」
 
 空いた左手を振りかぶろうとしてくる。

 だが遅い。それよりはやく、俺は右腕を突き出す。そしてブルバスの胸部を殴打した。
 
「ぐふっ!?」
 
 大柄な身体がグラリと揺れる。その隙にもう一発、裏拳を素早く鼻に突き出す。

 するとブルバスは足をもつれさせ、そのまま地面に倒れた。鼻からは血が流れており、目は白目を剥いている。
 
「な……!?」

「やっぱりアバンクスさんの護衛には力不足だったな。あんたら、こいつを連れて帰りな。それとも……ブルバスと同じく、アバンクスさん護衛試験希望の方?」

「………………!」
 
 普段ならこういう役回りはアハトがやりたがるんだろうけど。今のアハトは素手だからな。下手したらこいつらが死にかねない……!
 
「平民が……貴族を傷つけて……! ただで済むと思っているのか……!」
 
 ああ……たしかにそういう脅しの仕方もあるか。力で敵わないから、権力がものいうステージで戦おうというわけだ。たしかにそこでは俺は無力だろう。
 
 だがここで声をあげたのはアバンクスさんだった。
 
「先に武器を持たない平民に剣を振るったのはブルバスの方だろう! 夜道で平民に斬りかかったこと、上で問題提議してもよいのか!?」

「…………! だが元はといえば、平民が貴族に口ごたえを……!」

「ならばどちらがわるかったのか、はっきりさせようではないか。まぁそうなれば軍学校で剣術教官を務めるブルバスが、素手の平民に負けたことが広く知られるようになるだろうが……なぁ?」

「………………っ! ち……」
 
 2人の男たちは意識のないブルバスを担ぐ。そして重そうにその足を引きずりながらその場を去っていった。
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