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再び王都に来ました。ハルトくんは元気そうです。

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 目の前には黒髪の美しい少女が立っていた。

 その少女は年齢のわりに不思議な魅力があった。それはときに大人の男を誘惑するほどのものだ。
 
 男……ハルトはその少女のことをよく知っていた。そしてなにも知らなかった。実の妹だというのに。
 
『く……クロ、メ……!?』

『フフ……お兄様。どうかされましたか……?』
 
 その日は祭りがあった。年に一度の大きな祭りだ。妹のクロメは巫女として神輿に担がれ、そのまま神殿へと向かった。
 
 しかし今。クロメは手に、刀身が白いカタナを持っており、周囲には大人が……それこそ島でも上位に入る剣士たちが血を流して倒れている。
 
『これ……は……? クロメが……!?』

『ひどいのですよ、この人たちったら……』
 
 クロメはそう言うと、口だけを笑みに変えてハルトへと足を向ける。
 
『ふふ……。もしかして私の身の心配でもしたのかしら?』

『こ、ここで……いったい、なにが……』

『もうわかっているのでしょう? それなのにわからないふりをして……可愛いお兄さま』
 
 ゆっくりと、しかし確実に互いの距離が縮まっていく。

 クロメの持つ刀からは血が滴っていた。ハルトは震える声を必死に絞りだす。
 
『なぜ……こんなことを……』

『この人たちったらひどいのよ。巫女役の女は魔人王の魂を鎮める役目があるとか言って……寄ってたかって私を犯そうとしたの』

『え……』
 
 妹の言っている言葉の意味が理解できない。ここにいるのは里でも尊敬される大剣豪たちで、クロメはそもそもまだ12才で……。
 
『ふふ。もちろん嘘かもしれないわ。でもわたしがこう言うことで、お兄様はもしかしたら嘘ではないかもしれないとも考える。この場で起こったことは、仕方がなかったかもしれないとも考える。そうして答えのない苦悶をこの先強いられる』

『あ……』
 
 気づけばハルトとクロメは、互いにあと一歩の距離に立っていた。完全にクロメの間合いだ。
 
『まぁ……嘘なのですけどね』

「おああああああああああ!?」
 
 ばっと身体を起こす。ハルトが目を覚ましたのは、半壊したギルンの屋敷内にある部屋だった。

 シーツには大量の寝汗が染みている。
 
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
 
 途中から夢だと気づいていた。昔は何度も見た夢だ。

 かなり久しぶりに同じ夢を見たが、どうして今日なのか。
 
「はぁ、はぁ……! ち……! 最悪な寝覚めだ……!」
 
 久しく夢に見ていなかったが、あの日の出来事を忘れた日はなかった。その時に負わされた傷が原因で、ハルトは長く熱にうなされることになったのだ。
 
 そして親や友を殺された。その復讐と身内の不始末の尻拭いをすると決め、師匠と共に島を出たのだ。だが。
 
(12年経って再会したあいつは、あの時と見た目がまったく変わっていなかった……)
 
 そして実力差はより広がっていた。幾度も死線を渡り歩き、修羅場の中で鍛え上げた剣が一切通じなかったのだ。
 
 それ以降、ハルトは投げやりな日々を送っていた。剣腕を鍛えることもやめ、酒と女に溺れるようにもなった。

 王都に来たのは偶然だ。魔獣大陸を目指す途中で立ち寄ったにすぎない。
 
 だがここでギルンに雇われ、鍛え上げてきた暴力を振るう快感を覚えた。そうして自覚を持ちながらも調子にのり続けていた。
 
 アハトとの出会いは、まさにこのタイミングだった。今でも彼女の強さと、感情を映さない特徴的な目は鮮明に思い出せる。
 
(アハト殿にはまちがいなく武の神が……いや。彼女こそまちがいなく武神の化身……!)
 
 どこまでも無機質な瞳、無駄のない動き。顔はずっと正面を向いており目は動かしていないのに、それでいてあらゆる角度からの攻撃すべてを見切っている。
 
 あれこそ武を極めた者が行きつく頂点。一点を見ているようで、じつは全体を見渡している強者の視点。しかもその呼吸は、どれだけ至近距離でもまったく感じとることができない。
 
 妹は正真正銘のバケモノだ。幼き頃からそうだったし、再会した時は完全に魔人王の力を使いこなしていた。しかし。
 
(アハト殿であれば……クロメが相手でも、負けるイメージが思い浮かばない……!)
 
 ここまで考えて、自分がアハトになにを期待しているかを自覚してしまう。そして一気に自己嫌悪に襲われた。
 
(なにを考えているんだ、俺は……。自分の因縁を……しかも一度諦めたこの復讐を、アハト殿に押しつけようってのか……?)
 
 そもそもアハトたちに絡んだ輩でしかないのに。だが諦めた妄執を叶えられる存在にすがりたいという気持ちはたしかにあった。
 
 ふと視線を隣に向けると、机の上に酒の入った瓶が置かれている。これまでは毎晩飲んでいたが、瓶の酒は2日前からまったく減っていなかった。
 
(ああ……俺も叶うのならば。あの境地にたどりつきたい……! 武の極み、その一端に触れてみたい……!)
 
 もう己を鍛えることなどないと考えていたのに。自分で自分を見放したというのに。

 武を極めれば、魔力なしでもクロメを超越できる。その可能性にどうしても希望を見てしまう。
 
(アハト殿はいったいいかにしてあの境地に……? おそらく本当に得意なのはハルバードではないのだろう。そもそも使い込んだ形跡は見られなかった。知りたい……アハト殿の全力が。その過去が……!)
 
 自分ほど特殊な過去を持つ者はそうはいないと思っていた。だからこそ強くなれたと考えていた。

 しかしアハトの通ってきた人生に比べると、たいした生は送っていないのだろう。
 
 そうでなくては、あの年齢でできる目をしていない。感情を一切映さない、作り物かのような無機質な瞳。

 妹以上の才能と、煉獄のような修羅場を生き抜いたからこそ、身についた実力だというのは容易に想像がつく。
 
「し、失礼します!」

「……なんだ」
 
 扉が開き、男が入ってくる。その男もケガをしており、身体に包帯を巻いていた。
 
「れ……例の奴らが、また姿を現しまして……!」

「………………! な、なに!? ど、どこにいる!?」

「は、はい。ボスに用があるとかで、今はボスが直接応対してます……」

「すぐに行く!」
 
 

 
 
「あ……あの……。今日はどういったご用件で……」
 
 翌日。王都に転移してきた俺たちは、さっそくギルンのもとを訪ねていた。

 だいぶ汗をかいているな。まさか昨日の今日でさっそくやってくるとは思っていなかったのだろう。
 
「おう。ちょっと聞きたいことがあってよ」

「なんでしょう……?」

「四聖剣って知ってる? ほら、なんだっけ。魔人王がどうたらとかいう……」
 
 たしか2000年前にいた魔人王とかいうのをやっつけるのに、活躍した〈フェルン〉が4人いたんだったか。

 で、そいつらが使っていた剣が〈四聖剣〉とやらで、なんでも大精霊を呼び出せるとか。そもそも魔人王とか大精霊がなんなのかわからんけど。

 魔人王はあれかな。その時代の圧制者かなにかかな。
 
「ああ……そんな昔話もありますね。どこまで本当のものかはわかりませんが」
 
 やはりそのレベルの話か。こりゃ期待できそうにないな……。
 
「学者の中には、その手の研究をしている者もいるかもしれませんが。わたしはなにも……」

「えぇ!? ほんとにぃ!?」
 
 リュインが甲高い声で叫ぶ。うるせぇ!
 
 でもまぁ、もとから有益な情報が手に入るとは思っていなかったしな。なにか知っていたらラッキーくらいの感覚で聞いたにすぎない。

 そう考えていたのだが、ここで別の男の声が届いてきた。
 
「魔人王の伝説に興味があるのかい?」
 
 壊れかけて半開きになっている扉からハルトくんが顔を見せる。彼はアハトに視線を向けると、軽く会釈をした。
 
「興味っていうかなんというか。四聖剣探しをしているもんでな」

「…………! まさか……魔人王と戦おうと……!?」

「え? そりゃ2000年前の伝説の存在だろ? なに言ってんだ?」
 
 ハルトくんも重傷だねぇ。ちょっと強く殴りすぎたかもしれない。
 
「あ……いや、すまない。忘れてくれ」

「ああ。とりあえずその話はもういいよ。こっからが本題なんだが……魔獣大陸ってどうやったら行けんの?」
 
 俺の質問に対し、ギルンはすこし眉を上げる。そして素直に答えてくれた。
 
「王都の南東に港町〈クルバーナ〉があります。そこから魔獣大陸行きの船が出ていますね」

「へぇ! 距離は? あ、あと金とかいるの?」
 
 ここからはハルトも混ざって、俺たちにいろいろ教えてくれた。

 そもそもハルトは、魔獣大陸に行く途中だったらしい。だがとくに目的もなかったので、ここでギルンに雇われて王都にいついていたそうだ。
 
「港町までは乗り合い馬車でまる2日、船賃は片道分なら1人2万エルク前後、と」
 
 そこそこ遠いな。俺とアハトが全力で走れば1日の距離だろうけど。
 
「魔獣大陸へは、片道だけならわりと手ごろなんですよ。ですが向こうから外の大陸に渡ろうとすると、関係各所の許可やらも必要になるんです」

「ふーん……?」
 
 リュインも話していたとおり、魔獣大陸の港町を起点にすれば各大陸へ移動ができる。

 だがどの国もそのルートを通って他国の間者が入り込んでくることを警戒しており、他大陸移動の際にはすこし面倒な手続きを踏む必要があるらしい。
 
(考えてみればそりゃそうか。各国からすれば、魔獣大陸から渡ってくる奴はどうしても警戒するんだろう)
 
 同大陸であれば、往復のチケットも買えるようだ。だがノウルクレート王国の港から出て、魔獣大陸を経由した上で他国の港に行くには、すこしハードルが高いらしい。
 
 まぁ今はそこまで深刻に考えなくてもいいだろう。チケットも片道で十分だ。どうせ向こうについたら転送装置を設置するんだし。
 
「んじゃ、さっそく向かうかね……」
 
 そう呟いたときだった。ここでハルトが声を上げる。
 
「ま……まってくれ!」

「うん……?」

「その……お、俺も……。俺もアハト殿たちについていきたいんだ……!」
 
 ……………………。ん? アハト……殿ぉ……?
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