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御所の襲撃者 万葉に迫る者

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 五陵坊と別れた鷹麻呂は、六人の妖たちと御所へ向かっていた。妖も全員人の姿をしているため、ぱっと見では異質さを感じさせない。

「鷹麻呂。白璃宮でなくていいのか?」
「ええ。月御門万葉は今、御所へと移動しています。彼女だけではない、緊急事態を前にして皇族は全員御所に固められていますよ」

 霊影会の狙いが皇都である事は以前から感づかれていた。そこで数日前から皇族は御所へと移っていたのだ。

「だが御所にはどうやって入る? 当然結界も張られていよう。我らなら突破は容易いが、結界を破れば侵入者の存在を明るみに出す」
「そのためにジルベリオに暴れてもらっているのです。今、皇都に残されている戦力は多くありません。街中に現れた大型幻獣に、西門から姿を見せた我等。御所全体に結界を張れるほどの術士は残っていませんよ」

 これも既に楓衆から確認した事だった。御所の一室くらいなら結界を張っているかもしれないが、さすがに広大な敷地面積を補えるほどの結界は張られていない。

「内部の構造もあらかじめ情報を仕入れていますし、私自身もおおよその位置が分かります。……ここです。ここから潜入して、真っすぐ目的地を目指します」

 そうして鷹麻呂は足を止める。だが御所の回りは深い堀が掘られており、水で満たされている。常人ならここを超えての潜入は不可能である。だが鷹麻呂の指示を聞いた妖の一人は、鷹麻呂をその背に背負う。

「いくぞ」

 そして人外の脚力を以て、妖たちは堀を飛び越えた。聞いていた通り、混乱の最中にあるため御所には結界が張られていなかった。

「さすがにこの距離を背負われながら飛び越えるのは慣れませんね……」
「帰りもあるのだ。しっかりしてくれ」
「ええ……。ではここからは作戦通りに」

 足音に気をつけながら、鷹麻呂たちは御所内を突き進む。緊急事態だからか、御所内に人影は見えなかった。

 それでも月御門万葉の暗殺が難しい事は理解している。近づけば十中八九、近衛や高位術士との戦闘になる。あっさり負ける事はないが、妖の霊力を以てしても苦戦は必至。そのため、いざという時の囮役や、引き際の段取りも整えていた。

「こっちです」

 事前に聞いていた情報では、この危急への対応に、新たに対策室が作られているとのことだった。指月はそこを中心に勤めており、その身を守るのは近衛頭である天倉朱繕だろう。

 そして他の皇族は、主に二つの区画を中心にすごしている。鷹麻呂は二つの内の一つ、小さな区画の方に万葉がいると考えていた。

 皇国にとっても、万葉が特別な存在である事は明らか。より限定された区画で、厳重な警備体制が敷かれているはずだ。

「……止まってください。あの部屋です。そろそろ我々の霊力に感づかれていてもおかしくありません」
「ああ。まずは俺が行く。お前らはそれから判断してくれ」
「頼みます」

 妖の一人が、部屋の襖を大きく蹴破りながら襲撃を仕掛ける。しかしやはり気付かれていたのか、そこには二人の近衛が控えていた。




 
 突如現れた妖に対処したのは、誠臣だった。誠臣は妖の一撃を神徹刀で受け止める。

「偕!」
「金剛力! 破っ!」

 誠臣が引き付け、偕が妖に斬りかかる。だが妖は即座にその場を退いた。が。

「なに……」

 その右腕は半ばから斬られており、今にも落ちそうだった。確かに回避できたと思ったのだが、と呟く。

「二人……か!」

 妖はニィと笑みを浮かべる。瞬間、背後から五人の妖も姿を現す。

「計六匹かよ!」
「多い……! でも……!」
「ああ! やるぞ!」

 多勢に無勢、油断できる相手ではない。偕たちは即座に神徹刀の御力を解放する。その姿を見て、妖の一人は一歩前へと歩み出た。

「二人とも新徹刀持ち、近衛で違いないな。その奥に皇族の姫がいるとみた。六対二だが悪く思うな」
「まさか堂々と狙ってくるとはな! 俺は近衛、賀上誠臣! 我が名、我が神徹刀に懸けてここでお前たちを討つ!」
「皇族の御前と知りながら狼藉を働くとは! この陸立偕、神徹刀冬凪そして羽地鶴を以て、無礼者を斬る!」

 部屋は決して狭くはない。それでも刀を振るうため、二人はそれぞれ距離を空けて戦う必要があった。

 しかしそれは相手も同じ事。ましてや六人もいるのだ、限られた空間で連携をとる事は難しいだろう。誰一人として後ろへは通さない。その気迫を込めて妖を睨みつける。




 
「万葉様。どうやら始まったようです」
「……はい。二人で大丈夫でしょうか」
「もし難しい相手であれば、即座に声を出す様に言っております。少なくとも今は大丈夫でしょう」

 偕たちの戦う部屋の更に奥に、万葉と清香は控えていた。この部屋は、御所における万葉の寝室である。

 普段から偕たちは寝室の前の部屋に待機しており、清香は直接万葉の守りについていた。

 剣戟の音や気配から、相手が複数人の妖である事は疑いようがない。これまでの経験もあり、清香は決して警戒を怠っていなかった。

(死刃衆の事もある。どこからか矢か術で狙われている可能性もあるわ。この部屋は正面の襖以外に出入り口はないけど、油断はできない……!)

 破術士の中には、妖にならずとも近衛に迫る実力者もいる。そんな者が妖になれば、どれほどの脅威になるかという事も、その身を以て経験していた。

 だからこそ清香たち三人は、近衛のお役目を務めながらも今日まで鍛錬を怠った事は一度も無い。元の武才も手伝い、今や近衛の中でも上位の実力者として数えられている。

「……清香。こちらへ」
「はっ!」

 清香は指示に従い、万葉の側へと移動する。同時に万葉は術を発動させていた。

「私が築くのは断絶の要害。不動城塞陣」

 術が完成したところに、不意に見えない刃が襲い掛かる。その刃は部屋の外、壁を切り裂いて襲撃してきたものだった。

「……! この術は!」

 見えざる刃は確かに万葉に襲い掛かったが、万葉の術はその全てを完璧に防ぎきった。

 未来視を理玖によって封印された万葉ではあるが、最近になって新たな神秘の技を発揮する様になっていた。

 未来が視えている訳ではない。しかし自らに襲い掛かる危機に関して、非常に鋭敏になっているのだ。

 今も敵の術が、あらかじめくるのが分かっていた様に、防ぎきってみせた。崩れた壁から襲撃者が姿を見せる。

「やはり……! 霊影会幹部、無刃の鷹麻呂……!」
「ふぅ……。あなたとは腐れ縁のようですね」

 姿を見せた鷹麻呂ではあったが、その相貌は驚きで見開かれていた。注意深く万葉を観察している。

「はじめまして。私は霊影会の鷹麻呂。月御門万葉様。御身のお命をいただきにまいりました」

 無礼な……と声を上げようとした清香を、万葉は手で制する。

「……なぜ、でしょう?」
「我等が理想とする新たな皇国に必要なことなのです。……しかし私の術を完璧に防いで見せるとは。しかも……」

 どうやって自分の術発動の瞬間を見切られたのか、想像がつかない。しかも今も結界術は解かれていない。このままでは万葉暗殺が難しいと鷹麻呂は考えていた。

(皇族がこれほどの術を身に付けるとは。しかもこの霊力、噂通りですね)

 不意打ちが失敗した今、どう崩そうかと考えているところに清香が刀を抜く。

「万葉様。お部屋を汚してしまう事、お許しください」
「……はい。清香」
「分かっております」

 清香はそう言うと新徹刀の御力を解放し、万葉の結果の外へと出る。

「鷹麻呂。以前までの私とは違うわ。近衛、葉桐清香。我が神徹刀「金銀花」を以て。ここであなたを誅します」

 金銀花の御力は絶刀。並の武人にはある程度の対処手段を準備している鷹麻呂ではあるが、絶刀の御力を振るう近衛が相手では、苦戦は必至。

「最初に毛呂山領でお会いしたのはいつでしたか……。あの時の武人が随分と立派になったものです。ですがここは私の死地ではない。近衛、葉桐清香。我等の理想の礎となってもらいます」

 鷹麻呂も全身全霊を以て、目の前の近衛を打ち破る事を決意する。
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