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群島地帯からの使者 グライアンの焦燥
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群島地帯に赴いて数日後。ヴィオルガはあらかじめ決めていたタイミングで俺を呼び出した。俺は群島地帯から帝都へと跳ぶ。
帰りは一瞬で済むのはありがたいな。戻った俺にヴィオルガは期待の眼差しを向けていた。
「どうだった、シュド王は」
「全面的に協力するってよ。この間使者が発ったから、もうじき帝都にシュドさんの使いがくるだろ」
シュドさんは帝国貴族との関係が無いため、使者を出しても皇帝に謁見できる伝手がない。手紙を出しても、それが皇帝まで届くかも怪しい。
しかしヴィオルガと群島地帯に寄った際に、俺へ物資の提供を行った。ヴィオルガの護衛として雇われている俺に。
今回はその伝手を使い、俺を通してヴィオルガにシュドさんの使者を紹介する段取りを組んでいる。あとはヴィオルガが父である皇帝に繋げば、間接的にシュドさんと皇帝の間でやり取りが可能になる。
「今や名実ともに群島地帯の王となったシュドさんのからの使者、帝国といえど無視できないだろ。俺やヴィオルガを経由させなくてもよかったんじゃないか?」
「念のためよ。それにシュド王と関係を持てる貴族は絞っておきたいの」
ヴィオルガにはヴィオルガの思惑があるという事か。シュド王との関係は、王族の立場に影響すると考えているのかもしれない。
「それよりそっちはどうだったんだ?」
「聖騎士総代と会ってきたわ。なかなか面白い会合だったわよ」
「確かマルクトアの父だったか」
「ええ。おかげで話も早かったわ」
ヴィオルガはマルクトアの父から、改めて聖騎士の現状について話を聞いたらしい。帝国における魔術師と聖騎士の格差は大きい。そんな中、聖騎士が不忠の事件を起こしたのにも関わらず、その立場を現状から動かそうとするヴィオルガには、積極的な協力をしたいと話していたそうだ。
「見返りは聖騎士の待遇改善か」
「それは私も考えていたところだし、聖騎士側が具体的に何を望んでいるのかも聞けたからよかったわ。そしてそのために西国魔術協会が邪魔だという点では、目的は一致している」
「なら一先ずは味方か」
「そうね。あとはシュド王の訴えをどれだけ活用できるかね。これで直ぐにパスカエルにダメージは負わせられないけれど、便乗してくる貴族は必ずいるわ」
シュドさんからの使者はその後直ぐにやって来た。そして約六年前にパスカエルが群島地帯で行った狼藉について、皇帝に直接訴える。
シュドさんからの要求は三つ。賠償金の要求、公の場でパスカエルが謝罪する事、そして皇帝は帝国の法に則り、パスカエルを罰する事。
これらが成された時、シュドさんは帝国に対する確執を捨て、今後は帝国と友好的な関係を築いていくと約束した。
■
それからしばらく経って、俺はヴィオルガに帝国貴族の反応を確認する。
「どうだ? 少しはこちらの有利に傾きそうか?」
「どうかしらね……。皆パスカエルの影響を気にしてか、そこまで大きな騒ぎにはなっていないわ」
「そう上手くはいかないか……」
やっぱりさっさと暗殺する方が良いか。
「でも水面下で私に接触してくる貴族も増えたわ」
「へぇ?」
「特に自領の特産品を輸出している貴族達ね」
シュドさんは現在、帝国船籍の船には高い停泊費を要求している。それはそのまま輸送費の向上に繋がるため、帝国産の特産品の物価が上がっているのだ。
群島地帯や皇国に輸出する事で儲けていた貴族からすれば、この事態は看過できるものではない。だからといって軍隊を出してシュドさんを脅そうにも、帝国からの一方的な圧力はシュドさんと皇国の繋がりを深くする事になりかねない。
群島地帯は両国の狭間にあるから価値があるのだ。完全に皇国の属領になる様な事態は避けたい。そういう意味でも、群島地帯は手を出しづらい場所であった。
だがシュドさんが帝国に対し、あからさまな態度を取っている原因がはっきりした。パスカエルの暴虐な振る舞いだ。全員がこの話を信じている訳ではないが、中には「ああ、やっぱり」と思う者もいる。
だが交易によって利益を得ていた貴族達にとっては、どちらでもいい話だ。早い話、パスカエルとシュドさんの問題が片付けば、それで元通りになるのだから
「皇帝の判断は?」
「まだ保留よ。でも今、シュド王に一定の譲歩をすべしという貴族も出始めている。陛下は胃を痛めているでしょうね」
ここでシュドさんの訴えを「無頼漢の戯言」と取り合わなければ、領主貴族から不満が募る。シュドさんの要求を呑めば、多くの魔術師から反感を買う。
皇国と違い、国の運営に様々な派閥の思惑が絡む帝国だからこそ、皇帝としても難しい選択を迫られる事になる。
「シュドさんの訴えは皇帝に強く影響を与えているという事か」
「何か折衷案を考えている可能性もあるけれど。いつまでも保留にできない分、近いうちに何らかの判断は下されるでしょうね」
シュドさんの訴えには、パスカエルが群島地帯で行った事について、具体的に記載がされていた。
自らの実験のため、多くの島民を犠牲にした事。村を焼き、シュドさんの娘もその手にかけた事。さらに人を化け物に変異させるという、人の道から外れた事を行った事まで書かれていた。
『かつて初代皇帝は人を幻獣の脅威から解放するために、大精霊と契約してその力を人に伝えた。だというのに、今の帝国貴族はその力を使って暴虐の限りを尽くすのか』
シュドさんからの書状に記載された、帝国貴族全体を痛烈に批判する文面だ。これでパスカエルを盲目的に信じている奴らの何人かでも、目を覚ましてくれれば良いんだが。
「でも陛下が即決できないという事は、それだけ判断が慎重になっているという事よ。何かのきっかけでどちらにも傾く可能性はある」
「強権は振るえずとも皇帝は皇帝。帝国の代表者か」
「ええ。……そうね、改めて陛下にお話ししてみるわ。幻獣の大量発生に対して皇国が進めている取り組みを。どうせ誕生祭後に皇国からの使者で分かる事だけれど、もしかしたら陛下のご裁可に影響を与えられるかもしれない」
言うほど簡単な事ではないだろうが、何もしない理由にはならないか。俺はパスカエルの邪魔ができればそれでいいし、ここはヴィオルガに任せよう。
■
「おいパスカエル! どういう事だ!?」
グライアンはパスカエルの元を訪れていた。要件はシュドによってもたらされた、パスカエルの過去の悪逆についてだ。
「お前、まさか本当に……!」
「落ち着いてください、殿下。すでに私の意思とは関係無く、西国魔術協会はあなたを推すと決めている。次期皇帝はグライアン殿下で決まりですよ」
「俺が言っているのはそういう話ではない!」
グライアンは興奮したまま、パスカエルに詰め寄る。
「あれだけ帝国内での事には目を瞑ってきたのに、群島地帯での事まで俺がカバーできる訳がないだろう! 下手打ちやがって……! 元々俺よりテオラールの方が有力視されていた事は知っているだろう! 今頃になって、やはりお前の推す俺よりも、テオラールの方が良いのではないか、と言い出す奴もでてきた! 父上も今はお前に気を使っているが、それもどうでるか分からん! 分かっているのか!」
一度は届くと思った次期皇帝の座。それが幻になるのでは、とグライアンは苛立っていた。
グライアンの最大の武器はパスカエルとの関係だ。だがグライアンと西国魔術協会の距離が近いという訳ではない。
そして西国魔術協会は帝国最大の魔術師派閥とはいえ、過半数を占めている訳でもないのだ。オウス・ヘクセライを始めとした、その他勢力の動向次第で、まだどう転ぶかは分からない。
何より、パスカエルの評判に土が付いたのがいただけなかった。これを「無頼漢の戯言」と無視する事はできる。だが一度付いた噂はなかなか消えないもの。それが貴族ともなれば尚更だ。
そしてそのパスカエルに推されて皇帝になったとしても、常にグライアンはリスクを負わされる事になる。
グライアンはシュドの訴えの内容が本当の事だと知っている。何かの拍子で自分以外にその事を知る者が洩れた場合、帝国は再びグライアン派とテオラール派で分かれるだろう。それもグライアンにとって不利な状況で。今の状態では、落ち着いて皇帝の椅子に座る事もできない。
「次期皇帝ともあろう方が、この程度でうろたえるものではありませんよ」
「誰のせいで……!」
「こちらには切り札があるのです。グライアン殿下の御代に不安の種などございませんよ」
「切り札……!?」
「私の研究です。殿下はいずれくる幻獣の大量発生に対抗するため、私と協力関係にあったのでしょう? その時がくれば、私の研究や殿下の判断の正しさに誰もが納得するはずです」
元々グライアンがパスカエルに近づいたのは、その支持を得るためだ。引き換えにパスカエルの実験に協力してきた。
そして幻獣の大量発生が起これば、その功績もあわよくば自分のものにしたいとも考えている。
グライアンにはグライアンの、パスカエルにはパスカエルの考えがあって、互いに利用していた。
「その研究のせいで、今こうして頭を悩ませているんだ……!」
パスカエルはお前が頭を悩ませても仕方あるまい、と胸中で呟く。
「すべては脅威を乗り越え、帝国を次なる時代に繋げるため。そのための研究に、私は何ら恥じるところはございません」
元々趣味が高じて始めた研究であったが、パスカエル自信、今では自分の研究が帝国のためになると信じている。
選ばれし魔術師を次なるステージに押し上げ、幻獣以上の存在に昇華させる。自分の手でその偉業を行える事に、パスカエルは快感を感じていた。
「それより王女殿下の護衛を務めている皇国人の件ですが。なかなか面白い結果に終わったそうですね?」
「……ああ。なんだ、あの皇国人は」
「さて……。ですがシュド王はあの皇国人を通じて王女殿下に、そして皇帝陛下に訴えを行ったと聞きます。今回の件、テオラール殿下陣営の策略では?」
「なに……! ヴィオルガめ……! あの皇国人は護衛以外にも、シュドとの橋渡しも兼ねさせていたという事か……!」
もちろんかつて群島地帯に訪れていたパスカエルは、シュドと理玖の関係に想像がついている。だが理玖が今回の件に積極的に絡んできていない以上、グライアンに余計な事を言う必要もないと判断した。グライアンの注意をヴィオルガに向けさせるのに活用するくらいだ。
「皇帝陛下のご心労を思うと、私も胸が痛いです。……そうですね、近く直接陛下とお話ししてみましょう」
「本当か、パスカエル」
「ええ。陛下のお悩みを取り除くのも臣下の務め。こちらの都合がつき次第、王宮へ行きましょう」
グライアンは皇帝の都合を確認せず、自分の都合で皇帝に会いに行くというところに、パスカエルの帝国内における影響力の強さを改めて感じ取る。
だがこの大貴族の後ろ盾が、今の王族にとって必要なものであるとも考えていた。
帰りは一瞬で済むのはありがたいな。戻った俺にヴィオルガは期待の眼差しを向けていた。
「どうだった、シュド王は」
「全面的に協力するってよ。この間使者が発ったから、もうじき帝都にシュドさんの使いがくるだろ」
シュドさんは帝国貴族との関係が無いため、使者を出しても皇帝に謁見できる伝手がない。手紙を出しても、それが皇帝まで届くかも怪しい。
しかしヴィオルガと群島地帯に寄った際に、俺へ物資の提供を行った。ヴィオルガの護衛として雇われている俺に。
今回はその伝手を使い、俺を通してヴィオルガにシュドさんの使者を紹介する段取りを組んでいる。あとはヴィオルガが父である皇帝に繋げば、間接的にシュドさんと皇帝の間でやり取りが可能になる。
「今や名実ともに群島地帯の王となったシュドさんのからの使者、帝国といえど無視できないだろ。俺やヴィオルガを経由させなくてもよかったんじゃないか?」
「念のためよ。それにシュド王と関係を持てる貴族は絞っておきたいの」
ヴィオルガにはヴィオルガの思惑があるという事か。シュド王との関係は、王族の立場に影響すると考えているのかもしれない。
「それよりそっちはどうだったんだ?」
「聖騎士総代と会ってきたわ。なかなか面白い会合だったわよ」
「確かマルクトアの父だったか」
「ええ。おかげで話も早かったわ」
ヴィオルガはマルクトアの父から、改めて聖騎士の現状について話を聞いたらしい。帝国における魔術師と聖騎士の格差は大きい。そんな中、聖騎士が不忠の事件を起こしたのにも関わらず、その立場を現状から動かそうとするヴィオルガには、積極的な協力をしたいと話していたそうだ。
「見返りは聖騎士の待遇改善か」
「それは私も考えていたところだし、聖騎士側が具体的に何を望んでいるのかも聞けたからよかったわ。そしてそのために西国魔術協会が邪魔だという点では、目的は一致している」
「なら一先ずは味方か」
「そうね。あとはシュド王の訴えをどれだけ活用できるかね。これで直ぐにパスカエルにダメージは負わせられないけれど、便乗してくる貴族は必ずいるわ」
シュドさんからの使者はその後直ぐにやって来た。そして約六年前にパスカエルが群島地帯で行った狼藉について、皇帝に直接訴える。
シュドさんからの要求は三つ。賠償金の要求、公の場でパスカエルが謝罪する事、そして皇帝は帝国の法に則り、パスカエルを罰する事。
これらが成された時、シュドさんは帝国に対する確執を捨て、今後は帝国と友好的な関係を築いていくと約束した。
■
それからしばらく経って、俺はヴィオルガに帝国貴族の反応を確認する。
「どうだ? 少しはこちらの有利に傾きそうか?」
「どうかしらね……。皆パスカエルの影響を気にしてか、そこまで大きな騒ぎにはなっていないわ」
「そう上手くはいかないか……」
やっぱりさっさと暗殺する方が良いか。
「でも水面下で私に接触してくる貴族も増えたわ」
「へぇ?」
「特に自領の特産品を輸出している貴族達ね」
シュドさんは現在、帝国船籍の船には高い停泊費を要求している。それはそのまま輸送費の向上に繋がるため、帝国産の特産品の物価が上がっているのだ。
群島地帯や皇国に輸出する事で儲けていた貴族からすれば、この事態は看過できるものではない。だからといって軍隊を出してシュドさんを脅そうにも、帝国からの一方的な圧力はシュドさんと皇国の繋がりを深くする事になりかねない。
群島地帯は両国の狭間にあるから価値があるのだ。完全に皇国の属領になる様な事態は避けたい。そういう意味でも、群島地帯は手を出しづらい場所であった。
だがシュドさんが帝国に対し、あからさまな態度を取っている原因がはっきりした。パスカエルの暴虐な振る舞いだ。全員がこの話を信じている訳ではないが、中には「ああ、やっぱり」と思う者もいる。
だが交易によって利益を得ていた貴族達にとっては、どちらでもいい話だ。早い話、パスカエルとシュドさんの問題が片付けば、それで元通りになるのだから
「皇帝の判断は?」
「まだ保留よ。でも今、シュド王に一定の譲歩をすべしという貴族も出始めている。陛下は胃を痛めているでしょうね」
ここでシュドさんの訴えを「無頼漢の戯言」と取り合わなければ、領主貴族から不満が募る。シュドさんの要求を呑めば、多くの魔術師から反感を買う。
皇国と違い、国の運営に様々な派閥の思惑が絡む帝国だからこそ、皇帝としても難しい選択を迫られる事になる。
「シュドさんの訴えは皇帝に強く影響を与えているという事か」
「何か折衷案を考えている可能性もあるけれど。いつまでも保留にできない分、近いうちに何らかの判断は下されるでしょうね」
シュドさんの訴えには、パスカエルが群島地帯で行った事について、具体的に記載がされていた。
自らの実験のため、多くの島民を犠牲にした事。村を焼き、シュドさんの娘もその手にかけた事。さらに人を化け物に変異させるという、人の道から外れた事を行った事まで書かれていた。
『かつて初代皇帝は人を幻獣の脅威から解放するために、大精霊と契約してその力を人に伝えた。だというのに、今の帝国貴族はその力を使って暴虐の限りを尽くすのか』
シュドさんからの書状に記載された、帝国貴族全体を痛烈に批判する文面だ。これでパスカエルを盲目的に信じている奴らの何人かでも、目を覚ましてくれれば良いんだが。
「でも陛下が即決できないという事は、それだけ判断が慎重になっているという事よ。何かのきっかけでどちらにも傾く可能性はある」
「強権は振るえずとも皇帝は皇帝。帝国の代表者か」
「ええ。……そうね、改めて陛下にお話ししてみるわ。幻獣の大量発生に対して皇国が進めている取り組みを。どうせ誕生祭後に皇国からの使者で分かる事だけれど、もしかしたら陛下のご裁可に影響を与えられるかもしれない」
言うほど簡単な事ではないだろうが、何もしない理由にはならないか。俺はパスカエルの邪魔ができればそれでいいし、ここはヴィオルガに任せよう。
■
「おいパスカエル! どういう事だ!?」
グライアンはパスカエルの元を訪れていた。要件はシュドによってもたらされた、パスカエルの過去の悪逆についてだ。
「お前、まさか本当に……!」
「落ち着いてください、殿下。すでに私の意思とは関係無く、西国魔術協会はあなたを推すと決めている。次期皇帝はグライアン殿下で決まりですよ」
「俺が言っているのはそういう話ではない!」
グライアンは興奮したまま、パスカエルに詰め寄る。
「あれだけ帝国内での事には目を瞑ってきたのに、群島地帯での事まで俺がカバーできる訳がないだろう! 下手打ちやがって……! 元々俺よりテオラールの方が有力視されていた事は知っているだろう! 今頃になって、やはりお前の推す俺よりも、テオラールの方が良いのではないか、と言い出す奴もでてきた! 父上も今はお前に気を使っているが、それもどうでるか分からん! 分かっているのか!」
一度は届くと思った次期皇帝の座。それが幻になるのでは、とグライアンは苛立っていた。
グライアンの最大の武器はパスカエルとの関係だ。だがグライアンと西国魔術協会の距離が近いという訳ではない。
そして西国魔術協会は帝国最大の魔術師派閥とはいえ、過半数を占めている訳でもないのだ。オウス・ヘクセライを始めとした、その他勢力の動向次第で、まだどう転ぶかは分からない。
何より、パスカエルの評判に土が付いたのがいただけなかった。これを「無頼漢の戯言」と無視する事はできる。だが一度付いた噂はなかなか消えないもの。それが貴族ともなれば尚更だ。
そしてそのパスカエルに推されて皇帝になったとしても、常にグライアンはリスクを負わされる事になる。
グライアンはシュドの訴えの内容が本当の事だと知っている。何かの拍子で自分以外にその事を知る者が洩れた場合、帝国は再びグライアン派とテオラール派で分かれるだろう。それもグライアンにとって不利な状況で。今の状態では、落ち着いて皇帝の椅子に座る事もできない。
「次期皇帝ともあろう方が、この程度でうろたえるものではありませんよ」
「誰のせいで……!」
「こちらには切り札があるのです。グライアン殿下の御代に不安の種などございませんよ」
「切り札……!?」
「私の研究です。殿下はいずれくる幻獣の大量発生に対抗するため、私と協力関係にあったのでしょう? その時がくれば、私の研究や殿下の判断の正しさに誰もが納得するはずです」
元々グライアンがパスカエルに近づいたのは、その支持を得るためだ。引き換えにパスカエルの実験に協力してきた。
そして幻獣の大量発生が起これば、その功績もあわよくば自分のものにしたいとも考えている。
グライアンにはグライアンの、パスカエルにはパスカエルの考えがあって、互いに利用していた。
「その研究のせいで、今こうして頭を悩ませているんだ……!」
パスカエルはお前が頭を悩ませても仕方あるまい、と胸中で呟く。
「すべては脅威を乗り越え、帝国を次なる時代に繋げるため。そのための研究に、私は何ら恥じるところはございません」
元々趣味が高じて始めた研究であったが、パスカエル自信、今では自分の研究が帝国のためになると信じている。
選ばれし魔術師を次なるステージに押し上げ、幻獣以上の存在に昇華させる。自分の手でその偉業を行える事に、パスカエルは快感を感じていた。
「それより王女殿下の護衛を務めている皇国人の件ですが。なかなか面白い結果に終わったそうですね?」
「……ああ。なんだ、あの皇国人は」
「さて……。ですがシュド王はあの皇国人を通じて王女殿下に、そして皇帝陛下に訴えを行ったと聞きます。今回の件、テオラール殿下陣営の策略では?」
「なに……! ヴィオルガめ……! あの皇国人は護衛以外にも、シュドとの橋渡しも兼ねさせていたという事か……!」
もちろんかつて群島地帯に訪れていたパスカエルは、シュドと理玖の関係に想像がついている。だが理玖が今回の件に積極的に絡んできていない以上、グライアンに余計な事を言う必要もないと判断した。グライアンの注意をヴィオルガに向けさせるのに活用するくらいだ。
「皇帝陛下のご心労を思うと、私も胸が痛いです。……そうですね、近く直接陛下とお話ししてみましょう」
「本当か、パスカエル」
「ええ。陛下のお悩みを取り除くのも臣下の務め。こちらの都合がつき次第、王宮へ行きましょう」
グライアンは皇帝の都合を確認せず、自分の都合で皇帝に会いに行くというところに、パスカエルの帝国内における影響力の強さを改めて感じ取る。
だがこの大貴族の後ろ盾が、今の王族にとって必要なものであるとも考えていた。
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