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大陸に渡る理玖 皇都近郊で起きる異変 

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「さぁて! 行くわよ!」
「お嬢、待ってくださいよ~!」
 
 清香の妹、葉桐涼香。彼女は一派の武人四人を率いて皇都を出発した。これから数日かけて皇都周辺の村々を回り、何か異変が無いか、困っている者はいないか巡回するのだ。

 これまで皇都に近い場所で起きる大きな事件は、万葉の予知夢で防がれてきた。だが万葉も全ての事変が見える訳ではないし、それに加えて最近はこうした予知夢を見る事が少なくなっていた。

 今見る予知夢は、幻獣の大侵攻と自分の死の二つだけ。それ以外は普通の夢を見るのみである。指月はその原因はやはり、万葉の死が近づいているためではないかと考えていた。
 
 結果、皇都近辺でもいくつか不幸な事件が勃発し始める。こうした事態に対応するため、皇国軍も巡回を行っているが、どうしても軍隊行動では細かい場所までは対応しきれない。そこを涼香の様に、才の認められた若手武人が補っているのだ。

 涼香自身、このお役目は初めてではないし、何より皇都から出て広い景色を馬上から眺められるのはとても気持ちよく感じていた。涼香に率いられるのは年上の武人たちであったが、皆この姉が大好きでわんぱくな葉桐家の娘を好ましく思っていた。
 
 村々を回り、細かく村人たちに話を聞いて回る。
 
「ああ、葉桐様!」
「葉桐様がまた来てくださったぞ!」
「葉桐様。この間、西の森に小型ですが幻獣の姿を見たという者がおりまして……」
「葉桐様、実は近くの山に破術士を頭領とする山賊が住み着いたのです」
「葉桐様! どうぞこちらの握り飯を召し上がってください!」
 
 訪ねる先々で涼香は多くの村人に認知されていた。これまでの活動の賜物である。
 
「よぉし、次は南の村ね! 今日はそこで休ませてもらいましょう!」
「はい!」
 
 葉桐の姫君に率いられ、五人の隊は皇都圏最南の村を目指す。以前にも行った事のある村だ。村長がお婆ちゃんなのだが、美味しいお餅を振る舞ってくれたのを覚えている。

 またあのお餅が食べられるかも、と期待を胸に真っすぐ南を目指す。だがその村に着いた涼香の目には、信じられない光景が映し出されていた。
 
「なに……これ……」
 
 村は壊滅していた。田畑は荒らされ、家もほとんど破壊されている。さらに辺りに漂うのは血臭。

 おそるおそる村へと立ち入ると、そこかしこに村人の死体が散乱していた。どの死体にも傷跡があり、誰かが明確に殺意を持って殺したのが伺える。
 
「! そんな……! お、お婆ちゃんまで……!」
「ひでぇ……! 一体誰がこんな事を!?」
「恐れ多くも辺境とはいえ、ここは皇都近郊! 皇族をも恐れぬこの所業、万死に値する!」
「この家の壊れ方……。普通の賊には無理だ。おそらくは破術士の術……!」
「涼香様! 村の外へ向かう足跡があります! ここを襲った賊のものでは!?」
「行ってみましょう、お嬢!」
 
 だが涼香はゆっくり首を振る。
 
「私は村の人達を埋葬します。このままではあまりにも報われないわ。……ですが賊は必ず討ちます。二人、先行して足跡を追って。ただし途中で痕跡を見失った場合は引き返してくる事。また万が一賊らしき者を見つけても慎重に」
「はっ!」
 
 涼香の指示に従い、二人は足跡を追って森へ入って行く。
 
 

 
 
 賊は割と村から近い場所で見つける事ができた。賊を見つけた二人の内の一人は涼香へ報告しに行き、もう一人は賊がその場から動かないか見張っている。

 それにしても妙な賊だった。なかなか見ない大男振りもそうだが、背にはその身とほぼ同じ大きさの鎚を背負っている。

 まだあの大男が村を襲撃した犯人だと決まった訳ではないが、怪しい事には変わりはない。程なくして涼香に報告に行った仲間が戻ってきた。
 
「どうだ?」
「ああ。まだあの場から動いていない。嬢ちゃんは?」
「直ぐにこちらに来る」
「よし……」
 
 このまま待とう。そう言いかけた時だった。大男が自分たちの方に向いて話しかけてくる。
 
「くく……。いつまでそうしているつもりだ? 仕掛けてくるのを待っててやったというのに。二人になったのなら丁度良い。どれ、まとめてかかってくるがいい」
「!」
 
 簡単にばれる様な距離ではないはず。だが大男は明確にこちらに言葉を投げかけてきている。涼香が来るまで足止めもしなくては。そう思い、二人は姿を現す。
 
「あんた、随分と大きな鎚背負ってんな。それで村をやったのかい?」
「否」
「……?」
 
 村を襲った賊とは別人かと疑問に思うが、その答えは直ぐに返ってきた。
 
「羽虫如きに振るう様なものではない。村人なら腰の刀、それに我が肉体で砕いたのよ」
「きさまっ……!」
 
 大男は嬉しそうに語り続ける。
 
「くく、他愛なかったぞ? 女子供であれば柔らかい身体ごと骨を砕き、叩き折る。男であればこれ、この刀で首を落とす。爺婆など蹴り飛ばせば柘榴の様にはじけ、風の様に飛んでいく。逃げ出そうにも子供を泣かせばすぐ殺されに戻ってくる。くく、久々の皇国で良い暇つぶしになったわ」
「……村人を! 暇つぶしで殺したと申したか!」
「ああ、言った」
「その所業、万死に値する! 涼香様を待つまでもない、ここで貴様を討つ!」
「なんだ、まだ連れがいるのか。……ふむ、貴様ら武人だな? そのお前らが様付で呼ぶ女……。いい、いいぞ。その女にお前らの砕けた死体を見せてやるとしよう」
 
 大男から圧倒的な霊力の気配がほとばしる。ここでこの大男がやはり只者ではないと二人は理解した。刀を抜いて身体に霊力を漲らせる。
 
「せめて我が鎚、振るうに値する相手であってくれよ?」
 
 

 
 
 俺はシュドさんの協力も得て秘密裏に東大陸に降り立つ事ができた。まさか本当に、この地にまた足を踏み入れる事になるなんてな……。

 今の俺は眼帯を巻いている以外は普通の皇国民の装いだ。じいちゃんの形見である神徹刀は別の場所に仕舞ってある。見た目は武器をもたない、か弱い平民だろう。
 
「俺は皇都辺境で生まれた平民。村が貧乏なので家へ仕送りするため、皇都に仕事を探しにきた。左目の傷は幻獣にやられたもの。よし、これで行こう」
 
 そもそも俺が国を出たのは15の時。21になった今は、その顔つきも体つきも大きく変わっている。神徹刀を持っていなければ、パッと見てすぐに俺の事が分かる奴なんてそうはいないだろう。

 ……いや、そういやシュドさんは割と直ぐ気付いていたな。いやいや、多分大丈夫だろう。そもそもばれたところで問題も無い。
 
「それにしてもたかだか神徹刀を持ちだしたくらいで何だってんだ。だいたいこれはじいちゃんの形見、いわば陸立家の所有物。俺が持って何が悪い」
 
 誰が俺の皇国籍を抜く判断をしたのか知らないが、面倒な事しやがって。そもそも皇国には俺の殺害を命じた奴もいるはずなんだ。見つけ出して必ず報いを受けさせてやる。

 これから向かう皇都での事をいろいろ考えながらも、足を北に向ける。
 
「それにしてもここの森。やっぱ俺が過ごした森と全然違うな」
 
 幻獣と突然出会う事もないし、出会っても命の危険も無い。なんと安全な森なんだろうか。そうだ、森とは本来こうあるべきだ。これまで過ごしてきた凶悪な年月を振り返って改めてそう思う。思っていたが。
 
「……誰か戦ってんな」
 
 幻獣ではない、人同士の殺し合いの気配。それを強く感じた。目を閉じて少し集中する。
 
「……武人らしき人物が二人に、妙な気配を持つ男が一人、か」
 
 どうするかと考える。丁度自分の進行方向で三人は戦っている。面倒だし回って行こうかと考えたところで。
 
「……く、くく。何で俺があいつらのために、自分の行き先を変えなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。前に群島地帯で誓ったじゃないか。もう逃げないって」
 
 関わり合いにならない明確な理由があるなら回り道をしただろう。だが今、真っすぐ皇都を目指すにあたって、俺が奴らに遠慮して回り道するなどあり得ない。

 お前らが俺に道を空けろ。そう強く決意を固め、左目に疼きを感じながらも足は前に進める。ほどなくして件の三人……いや。一人と二人の死体が視界に入った。
 
「くく……。武人といえど我が鎚を振るうまでもなかったな。皇国の武人も質が落ちたか。いや、ここで待てば女も来る。くくく……今からどう泣き叫ぶのか楽しみだ……」
 
 ああ、こりゃまた随分とキレた奴だ。しかし誰かは知らんが、武人を二人相手にして傷すら負わないとは。相当な腕前、誠彦など五十人いても勝てないだろう。だが今は俺の進む道に立つ邪魔者だ。
 
「おい、でかいの。邪魔だ、そこをどけ」
「!」
 
 大男はビクッと肩を震わせこちらに身体を向ける。その全身には大量の返り血を浴びていた。

 死体の状態からして相当派手に暴れたと見える。しばらく無言でこちらを観察していたが、静かに背中に背負った鎚に手を回した。
 
「ほう……。貴様、何者だ」
「何者でもねぇよ、お前が見たまんまだ」
「くくく……面白い事を言う。この俺に気配を感じさせず、そこまで近づけたのだ。只者であるはずがない」
「おいおい、どんだけ自己評価高ぇんだよ。面白いのは図体と武器だけにしとけ」
 
 それにしても。妙な気配を感じさせていた正体はアレか。大男の身長に迫る巨大な鎚。あれは見た目通りの武器じゃないな。わずかだがあいつらの……大精霊の気配を感じる。
 
「いいぞ、いいぞ貴様。貴様を見た時、我が手は自然と大蔵地砕槌に伸びた。強者の気配は感じるが、まったく霊力は感じぬ。だが先の武人より楽しめそうだ」
「……話が長ぇよ。最後だ。どくのか、どかねぇのか」
「通りたくば押し通してみよ!」
 
 男は鎚をまるで重さを感じていない様に高速回転させ、軽やかな足取りで俺に向かって駆けてくる。

 大蔵地砕槌だとかいう武器を、あそこまで使いこなすのに相当な修練を積んできたのが分かる。男は十分に距離を詰めると、鎚で真っすぐ俺を叩き潰そうと振りかぶってきた。
 
「砕けよ!」
「お前がな」
 
 十分に鎚を引き付けたところで、俺は身をよじってそれを躱す。そのまま大男に至近距離まで近づき、その巨躯に向けて拳を突き出した。
 
「ぐぅ!」
 
 大男もただ殴られるだけでなく、俺の反撃は避けられないと判断するや即座に後ろに飛びのいた。

 それなりに手傷は負わせたはずだが、胴を砕くまでは至らなかったか。かなりの実力者である事は倒れなかった事からも明らかだ。

 霊力で身体能力を強化しただけではああはいかない。霊力だけに頼らず、常に自分の身体を鍛えているのが分かる。
 
「くく……わが身が傷を負うとはいつぶりであろうか……! それにあの刹那で我が鎚を躱してみせるとは! あと数瞬遅ければ肉体は砕け散っていたであろうに、なんという豪胆さ! いいぞ、増々貴様を殺したくなった!」
「殺したくなるのは勝手だが。ここで死ぬのはお前の方だ。今のでだいたいお前の実力は分かった。……死ね」
「!」
 
 次で殺す。その気迫を込め、右目で大男を睨む。当たれば即死の攻撃なんて、もう何年もそんな事が日常の環境に身を置いていたんだ。しかも相手はどう動き、肉体のどこが武器なのかも分からない幻獣。お前の様な分かりやすい奴など脅威でも何でもない。俺は全力で大男に向かって踏み込む。
 
「なに!?」
 
 間合いの内側、至近距離まで一気に踏み込み、そのまま両手を使って大男を攻撃する。ある時は握り拳、ある時は手刀。またある時は手を開いて大男の抵抗を受け流す。

 大男は俺によって次々に肉体を切り刻まれ、壊されていく。指を立てればその肉を突き刺し、拳を握れば中身を砕く。大男は俺から距離を取ろうとするが、それを許す俺ではない。
 
「お、おおお!? ばかな!?」
「言ったぞ。どくどかないの問答は最後だと」
 
 こいつは俺の問答に対してどかないという道を選んだ。自分で決めた道だ、その責はしっかり負ってもらう。

 もう少しで心臓に届く、と思った刹那。大男の鎚に強い霊力の気配が集う。
 
「!」
 
 これはさすがに警戒せざるを得ない。俺は一旦大男から距離を置く。大男は地に向け鎚を勢いよく振るった。途端にそこを起点に大爆発が起こる。巻き上がる土煙、見通しが効かない視界。
 
(これで俺の視界を奪ったつもりか……? 残念だが、こういう視界の悪い環境での殺し合いの経験もそれなりに豊富だ。これに乗じてくる様なら楽で助かるんだが……)
 
 だが俺に向かってくる敵意は感じない。それどころか、大男の気配も消えていた。

 目を閉じて少し集中する。周辺に男の姿は見えなかった。どうやら敵わないと判断して逃げる事を選んだか。あの妙な鎚に一杯食わされたな。だが気になる事が一つ。ここに向かって新たに近づく女が一人いる。
 
 土煙が晴れ、そこに立っていたのは武家の者と思わしき女だった。女は眼下の二つの死体、それに俺との間で何度も視線を行き来させている。そして俺を見る時、俺の指にしたたる血でしっかりと目が釘付けになっていた。
 
「そ……そんな……」
 
 ああ、これは完全に誤解されている。魔境暮らしが長いとはいえ、さすがに俺も人としての感情は残っている。同門でもあった武家の者に対して積極的に戦う気にはなれない。
 
「おい、一応言っておくが……」
「ゆ、許さない! 許さないわ陸立理玖! よくも私の配下を! 皇国のため、ここであなたを誅します!」
「な、なにぃっ!?」
 
 一目で俺だと見抜かれただと!? そしてこの女は誰だ、全く見覚えがない!
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