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襲撃! 最南の地で動く者 

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 翌朝。昨晩の狼十郎との鬼ごっこの後、偕たちは風呂で汗を流し就寝についた。そして今、食堂で朝食を食べている。
 
「今日の任は久しぶりに三人一緒だな」
「そうね。……はぁ、結局あの男を捕まえる事はできなかったわ……」
「すごかったですね。でもあの絶影一つとっても、やっぱり狼十郎さんは只者ではないと分かります。普通に修練を積んでいたらまずできない事です」
「あんなの、もう絶影じゃないわよ……」
 
 偕から狼十郎の絶影を聞いた二人は大層驚いていた。絶影の歩行中で飛ぶなんて、勢いが余り過ぎてまず無事に着地できないからだ。
 
「絶影をしながら強硬身で身を固めるなんて事も不可能だしな。伊達に武叡頭は仰せつかってはいないって訳か」
「それより何よ、今日の任務は! あいつの護衛だなんて!」
「ま、まぁまぁ。狼十郎さんだけじゃないですから……」
 
 昨日道場で狼十郎より聞かされた、今日の任務。それは宴会の護衛だった。毛呂山領領主、毛呂山勝重の催す宴に狼十郎も招待されていたのだ。
 
「大型幻獣の心臓を明日皇都に運ぶので、勝重様は最後にそれを眺めながら宴会をするんだっておっしゃっているという話でしたよね」
「何よそれ! 幻獣の心臓なんてさっさと運べばいいじゃない!」
「でも大型幻獣といえば滅多に現れないが、現れたら大戦力を動員しなければならない災害だ。その心臓ともなれば、術士からすればかなりの価値になるんじゃないか?」
「で、そんな貴重な品が無くなる前に、みんなでそれを肴に酒でも飲もう、という訳で開かれる宴会なんですよね」
「心臓見ながらお酒なんて何がいいのかしら。どうせ飲む口実になるなら何でもいいのよ」
 
 清香の言う事には一理ある。毛呂山勝重は実際そういう男だった。

 だがこうした宴会には狼十郎を始め、毛呂山領を支える要人を定期的に招いているため、意外とその人脈の広さはばかにできない。もっとも清香からすれば、宴会を楽しむ狼十郎の護衛なんて乗り気にはなれないのだが。
 
 

 
 
 破術士の集う組織、霊影会。その幹部である「必中の佐奈」「烈火の菊一」、そして霊影会に所属する破術士六角の三名は、毛呂山領近くの森に居た。
 
「で、今晩毛呂山邸にて目的の心臓がお披露目されるって訳だ」
「でもよ。明日になりゃ心臓は領都から運び出される訳だろ? そこを狙った方がよくないか?」
「ろっちんは分かってないなぁ~、全然だめだめじゃん!」
「ろ、ろっちん……」
 
 霊影会が幻魔の集いより請け負った仕事。それは毛呂山領の所有する、大型幻獣の心臓の奪取であった。

 偕たちがこの地に来る前、毛呂山領南の砦で大型幻獣との戦いがあった。多くの犠牲者を払いながらもなんとかこれを撃破。その後幻獣は解体され、毛呂山領にとって大きな利益となった。

 だが心臓は術士が特殊な氷に封じ、毛呂山邸の宝物庫に保管されていたのだ。これが皇都の九曜家に献上される事が決まり、今宵最後に心臓を見ながらの宴となった次第である。
 
「皇都に献上されるお宝だよ。超厳重な警備が付いているに決まってるじゃん。でも宴の開かれる屋敷に直接しかけたらさ?」
「毛呂山勝重は事あるごとに都の要人を集め、宴会を開いていると聞く。であるなら、今回も多くの要人が集められてんだろ。中には武人だけじゃねぇ、町人も多い。つまり守らなきゃいけない足手まといが多いって訳だ」
 
 もちろん宴会の警備も厳重なのは百も承知だ。だが守る物が心臓だけの輸送隊を狙うか、多くの人命を守らなければならない宴の襲撃、どちらがやりやすいかと聞かれると。
 
「こっちは人数も少ないんだし。絶対宴を狙った方がいいよ」
「な、なるほど……」
「俺らは適当に暴れられるが、奴らは他にも襲撃があるかもしれないと、警戒しながらの対応を迫られる。それにアレもあるんだ、勝機は十分だろ。……んで六角よ。本当に良いんだな?」
 
 菊一に問われ、六角は不適に笑う。
 
「ああ。アレで実際超人になった奴もいるんだ。危険? 結構じゃねぇか! 俺はやるぜ!」
「……そうか。期待してるぜ、六角」
 
 そう言って菊一は、懐から取り出した黒い杭を六角に渡す。
 
「へへ……。これを考えた奴は絶対に狂ってるぜ。超人になるのに二つの難関を越えなきゃいけねぇんだしよ」
「その一つ目で躓いたら作戦は無しだ。明日、輸送隊を狙う方に切り替える」
「その心配いらねぇよ。もう覚悟はできてんだ。今から楽しみで仕方ねえ」
 
 六角は黒い杭を懐にしまうと、二人に背を向ける。
 
「それじゃあな。次会う時は新しい俺になってるぜ」
「ああ」
「ろっちん、また今夜ね!」
 
 六角の姿が見えなくなったところで佐奈は口を開く。
 
「……いいのかな? 言わなくて」
「いいだろ。あいつも望んでんだ。それに幻魔の集いから受けた依頼は二つ。心臓と、アレを使った奴の観察及び報告だ。今のところ超人になった奴らは全員、数日後に死んでいる。が、もしかしたらあいつは生き残るかもしれないだろ?」
「思ってないくせにー」
 
 偕たちのあずかり知らぬ所で、霊影会の企みも着々と進んでいた。
 
 

 
 
「皆よく集まってくれた! 今日は皇都より酒も取り寄せた! まずはこれらをはるばる毛呂山領まで運んでくれた大商人、弥助殿に感謝の意を伝えたい!」
 
 いよいよ毛呂山邸にて宴会が始まった。上座では領主の毛呂山勝重が挨拶を始めている。偕たちは宴会場から見える庭園に配備されていた。要人たちに最も近い場所と言える。
 
「他にも毛呂山領を運営する上で、日ごろお世話になっている方々をお招きできて俺は嬉しく思う! 皆、今日は心行くまで楽しんでくれ! 乾杯!」
 
 宴会場には様々な料理、お酒が次々と運び込まれている。その香りは事前に食事を済ませてきた偕たちにすら、十分に食欲が刺激されるものであった。
 
「いいなぁ、俺も参加してぇ……」
「全く……。領主がこんなにお金のかかる催しをするなんて……! 狼十郎も武人として一言物申すべきよ!」
「まぁまぁ、清香さん。僕らは僕らの任を全うしましょう」
 
 宴会場にはざっと五十近い人が集まっていた。割合で言うと平民の方が多く参加している。これだけの平民と貴族が同じ卓を囲む事など、皇都ではまず見られない光景だった。
 
「あ、いたいた。お兄ちゃーん!」
「雫!? 雫も警備役を仰せつかっていたのか」
「うん。他にも術士や楓衆も来てるよ。嘉陽さんは来ていないし、ほとんどがお屋敷の外に配備されているけど」
「はぁ~。武人に術士に楓衆。こりゃ戦力過剰だろ」
「まったくね。税と人員の無駄遣いだわ」
「ま、まぁまぁ。それだけ毛呂山領にとって重要な人達が集まっているんですよ」
 
 だが実際偕もこれだけ戦力が集中していれば、鬼種の幻獣といえど容易く討伐できるだろうという印象を抱いていた。隣で雫は空を指さす。
 
「でも実際、蟻も入れないくらいの警備よ。屋敷の四方には常に術士が待機して結界を張り続けているの。後で私も交代で結界を張りに行くんだ」
「屋敷は結界、内外にも術士と武人。こりゃどんな幻獣や破術士が来ようと、ビクともしないな」
 
 宴会の参加者もお酒が回り始めたのか、陽気な笑い声がよく聞こえてくる様になった。偕たちも庭園に待機しつつ会話を続けている。
 
「そろそろ交代かなぁ」
「何か交代の合図でもあるのかい?」
「うん。宴の途中で幻獣の心臓が運ばれてくるんだ。そしたら今結界を張っている人と交代なの」
「お、そろそろじゃないか」
 
 しきりに宴会場を覗いていた誠臣が指をさす。その先には毛呂山勝重が立つ姿があった。
 
「みなさん! お待たせしました! これより世にも珍しい、値千金とされる大型幻獣の心臓をご覧いただきましょう! こちらの心臓、明日には皇都へ献上されます! 皆様にはその前に、この貴重な機会をお楽しみいただきたい!」
 
 勝重の合図と共に運ばれてくる大きな木の立方体。それが開封され、中から氷に封印された真っ黒な心臓が見えた。
 
「おお……!」
「あれが以前、討伐したという大型幻獣の……!」
「なんという禍々しさだ……」
「なるほど、貴重な呪物というのも頷ける」
 
 その心臓は人のそれとは比べ物にならない大きさであった。遠目にも強い霊力が宿っているかの様な気配が感じられる。

「なぁ……あれ、動いてないか?」
「え、ええ。かすかにだけど、脈打ってるわね……氷の中なのに……」
「うわー。いかにも九曜家が好きそうって感じがする……」
「え、そうなの!?」
 
 見るからに不気味なそれは、術士達にとっては素晴らしい物に見えるのだろうか……と偕は考えていた。

 しかし雫が少し引いていた事から、自分の妹は普通の人間の感性を持っているようだと安心する。
 
「しず……」
「狼十郎様! 狼十郎様はおられますか!」
 
 偕が雫に声をかけようとしたその時。外で警備の任に就いていた武人が宴会場に走り込んできた。
 
「何事か!」
「おおい、俺ならここだ。どうした?」
「はっ! 領都に襲撃者有り! すでに内部に入られています!」
 
 武人の報告に偕たちを含め、その場の皆が驚く。
 
「なんだって? 相手は? 数は?」
「はっ! そ、それが……相手は鬼種幻獣が十! それを見た事の無い人型の幻獣が率いております!」
「……鬼種に人型の幻獣? もう少し具体的に頼む」
「そ、それが……なんと言いましょうか……。身体は乳白色に輝き、人語を操る怪物です。妖の類とでも申しましょうか……」
「…………! 偕、誠臣!」
「おう!」
「はい!」
 
 妖の類。この単語に反応を示したのは、偕たちと雫の四人であった。毛呂山領に来る際、嘉陽から聞いた言葉を思い出す。月御門万葉の夢に出てくる、将来万葉の命を奪う存在。人ではなく、妖の類だというその言葉を。偕たちは宴会場に躍り出る。
 
「な、なんだ、お前らは!」
「火急にてご免! 狼さん、俺たちに行かせてくれ!」
 
 偕たちの反応を訝しみつつも、狼十郎は冷静に報告に来た武人に言葉を続ける。
 
「……その幻獣たちには対応できているのか?」
「それが、襲撃者の勢いすさまじく! 鬼種は術士武人協力して何とかとどめておりますが、妖はその足止める事敵わず! 真っ直ぐここに向かってきております!」
「狼十郎さん!」
「……分かった。偕、誠臣、それに雫。武叡頭として役目を与える。これより鬼種及び言葉操る妖を討滅してこい」
 
 九曜一派に所属する術士である雫は本来、狼十郎の直属の配下ではない。だが有事の、領都防衛のための権限において、狼十郎は術士にも命令ができる立場にあった。

 武叡頭とは配属地における武の最高責任者なのだ。その狼十郎の発した命に、清香は納得がいかず叫ぶ。
 
「……ちょっと! 私は!?」
「嬢ちゃんと他の術士はここで待機だ」
「なんでよ!? 私が葉桐家の者だから!? いらぬ気遣いよ!」
「んな訳ねぇだろ。とにかく嬢ちゃんは駄目だ。おら、お前らはさっさと行け」
「は、はい……」
「私も……!」
「駄目だ。行けば武叡頭の命に背いたとみなす。これは俺の決定だ」
「……っ! 最っ低……!」
 
 偕たちは戸惑いながらも屋敷を後にする。妖の類。その言葉に言いようのない不安を抱えながら。
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