上 下
15 / 155

魔境の理玖 静寂の中で見つけたもの

しおりを挟む
 西部へ渡って二日目。俺は西部の端、海の見える所まで来ていた。今回は約5日分の水と食料を持ってきていたため、探索に手こずる様なら途中で森に引き返す事も考えている。幸いここまでは順調に来られたが。

 ……いや、順調ではないな。虫の襲撃に地中に潜む大型の蛇。群れを成す六本足の獣、半透明のトカゲ。ここでも毎回命がけの戦いが行われた。分かっていた事だが、場所を移したからといって安全になった訳ではない。

「やっぱりどこまで見渡しても海、だな……。他に何も見えん……」

 海を見ながら水を飲み、どうするか考える。西部は島内でも高さがあり、海岸も断崖絶壁の様を呈していた。海に出られる手段を得たとしても、ここからでは難しいだろう。

「……とりあえずもう少し北上してみるか……」

 森へは直線距離で進めば、周囲に警戒しながらでも二日あれば帰れる。あと一日は探索に余裕がある。そう考え、俺は海岸線沿いに北上を開始する。こうして進めば前後左右の内、注意を前後右に集中できる。

 もちろんここでは何が起こっても不思議ではないので、左の注意も怠らないが。というかここでは地中にも幻獣がいるので、下への注意も必要だ。そうして進む事しばらく。半日も歩けば島の北部が見えてくる。

「あの辺りが西部と北部の境目か……」

 北部は相変わらず雷雨が降り続けており、その奥は見通せない。ここまでと判断した俺はその日はここで休み、次の日には森への帰路についた。もはや日常と化して久しい幻獣との殺し合いを続けながら森を目指す。

「結局この地も何もなし、か。いや、生息する幻獣に違いがあると分かったのは重畳か」

 少なくともここは、森に生息する幻獣とは違った対処が求められる。長く森で過ごしてきた俺にとってやりづらい相手だった。水場も見当たらないし、拠点にするならやはり森が一番だろう。軽くなった籠を背負いながら歩く事しばらく。俺の目に不可解な物が映っていた。

「……洞窟……? 何故こんなところに? いや、やはりおかしい」

 行きとは違う道を通っているので、西部探索初日に見られなかった光景が広がっているのは理解できる。

 だがこの洞窟は明らかにおかしかった。岩場のど真ん中に平然と存在しているのだ。しかもその洞は真っすぐ地下に伸びている。つまり地上部分に洞窟の入り口だけ飛び出しているのだ。

「……自然にできる様な洞じゃない、よな」

 自分で言葉に出して嫌な事に気付く。そもそも常に雷雨が降る大地や炎の平野なんてもの、自然にできるものなのか? 

 いや、この島自体そうだ。東西南北でそれぞれ違った環境、生態系が存在するなんてどう考えても不自然だ。

 ここが大陸ほどの大きさがあるのならともかく、人の足で回れる範囲の島で、これほど目まぐるしく環境が変化するなんて事、あり得るのか? もしこの島が誰かの手によって、人工的に作られたものだとしたら。

「仮にそうだとして……。この洞窟、無関係って事はないよな?」

 何しろ不自然な島に現れた不自然な洞窟なのだ。何か意図があって作られたものと考える事もできる。そう考えた俺は、十分に警戒しながら軽く足を踏み入れてみる。

「あれは……」

 洞窟内は光が届かない場所こそ真っ暗だが、目を凝らすと奥に僅かな明かりが確認できた。

「洞窟の奥に……明かり? どうやって? 何が光っている?」

 どうすべきか考える。油断はできないが、洞窟内に何か潜んでいる気配は感じられない。つい先刻、胸に過ぎった嫌な予感もある。だが。

「このまま森に引き返しても、ここの存在はずっと気になり続けるだろう。ならば」

 進む。見つけてしまったからには捨て置く事はできない。ここで洞窟を無視してしまえば、島に居ている間ずっと気になる箇所になるに違いない。そう思い俺は足場を慎重に選びながら真っ暗な洞窟を目指す。奥に光る明かりを目指して。

 明かりは段々大きくなってくる。確実に距離が縮まっているのだ。だがここで歩調を早める事はない。どこまでも慎重に、冷静に。

「なんだ……これは……」

 とうとう明かりのある空間に辿り着く。光っていたのは洞窟の奥にある部屋全てだった。この部屋の壁が、床が、天井が。全て淡い薄緑の光を放っている。

 明らかに誰かによって拵えられた、人工の部屋だった。部屋はかなり広い長方形の形をしている。そして部屋の中心部には、透き通った水が流れる台座があった。

「一体誰が……いつ、何の目的で……?」

 やはりここは天然自然の島なんかではなく、誰かが作ったものだったのだ。学者連中に言わせれば、部屋だけで結論を急ぐべきではないと言うかも知れない。だが今、俺の中には確信があった。

 周囲に幻獣の姿はない。しかし決して警戒を緩めず、俺は台座に近づく。水は森のものと同じく非常に澄んでいる。手ですくって飲んでみるが、普通の水だ。問題ないように思う。そして台座部分。そこには一枚の平板がはめ込まれていた。

「これは……六王時代の文字……?」

 いわゆる古代文字だ。今でも国家間同士の取り決めには古代文字が用いられている。大精霊の契約者を先祖に持つ国の貴族であれば、誰もが教わる文字である。当然、俺も習得済みだ。まぁ武家の生まれだったし、こういう座学は必要最小限しか学んでいないが。

「試練の地、ここ、定め、後世に記録、伝える……北に? 静寂の間、訪れし愚者よ、清らか、水を腹……ああ、飲めって意味か。多分この水の事だな。ええと、水を飲んだら……山を登って北を向け? なんだ、これは」

 訳し方を間違えたかとも考えるが、単語の意味を考える。試練の地っていうのはこの洞窟……ではなく、島全体の事だろうか。

 大昔にこの島が作られ、その時の事がどこかに記録されている? 静寂の間っていうのはこの部屋だろう。この雰囲気、静寂と呼ぶに相応しい。で、ここの水を飲んで山を登れってか。

「……分かった様な分からないような。ま、せっかく手に入れた手掛かりだ。一先ず言うとおりに動いてみようか」

 もう一度水を飲み、空いた袋にも水を入れていく。山と聞いて思い当たるのは、島の中心部よりやや南寄りに位置する、以前にも登ったあの山しかない。森へ戻ったら一度寄ってみよう。そう考えをまとめ、俺は洞窟を後にした。





 森へ帰って二日目。俺は新鮮な鳥のもも肉を食べ終わると山を登り始めた。前回は頂上までは行かなかったが、今回は頂上を目指すつもりだ。それほど高い山ではないし、すぐに登りきれるだろう。

「こうして山を登ると、島に来た日の事を思い出すな……」

 あの時は最初、鳥に殺されそうになったんだっけか。今も油断できる相手ではないが。あいつら、群れで襲い掛かってくる時もあるからな。

 だが思い返してみると、自分自身随分強くなったと思う。負けが死に繋がる限界ギリギリの戦いを毎日しているためか、刀も随分速く振る事ができる様になったし、身のこなしも家に居た頃とは比べ物にならないだろう。

 毎日身体のどこかに怪我を負って死にかけてはいるが、まだ死んでいない。負けていない。生きてここを出る事を諦めていない。

「今の俺、どれくらい強くなっているんだろうか……」

 ふとそんな事を考える。少なくともこの島の幻獣は、霊力が扱える武人でも油断できる相手ではないだろう。何しろ幻獣の一撃はほとんど必殺なのだ。霊力に目覚めたばかりの、成人前の武人では勝てない相手だと思う。

 だが近衛は別だろう。近衛は皇国最強の武人。直接相まみえた事はないからその強さを直には知らないが、少なくともここで過ごしていけるだけの実力はあるはずだ。

「そう思うと霊力を持たない俺はまだまだだな……」

 どれだけ俺が生身で強くなろうとも。やはり霊力持ちとそうでない者の間には、越えられない壁があるのだろう。

 ここで生き延びて大陸へ戻れても、俺は霊力持ちの奴らとの間で壁を感じながら生きていく事になるのだろうか。

 そう考えた時、左目がより一層強く疼きだす。この疼きを強めたのは、限界を感じてしまった自分自身への怒りか。一瞬でも魔術師であるパスカエルに勝てるのだろうかと疑ってしまった事への怒りか。あるいはサリアが早く自分の仇をとれと囁いているのか。

「……くそ」

 疼きを鎮める事ができないまま、俺は山の頂を目指す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです

養子の妹が、私の許嫁を横取りしようとしてきます

ヘロディア
恋愛
養子である妹と折り合いが悪い貴族の娘。 彼女には許嫁がいた。彼とは何度かデートし、次第に、でも確実に惹かれていった彼女だったが、妹の野心はそれを許さない。 着実に彼に近づいていく妹に、圧倒される彼女はとうとう行き過ぎた二人の関係を見てしまう。 そこで、自分の全てをかけた挑戦をするのだった。

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨
ファンタジー
コミックシーモア電子コミック大賞2025ノミネート! 11/30まで投票宜しくお願いします……!m(_ _)m ――小説3巻&コミックス1巻大好評発売中!――【旧題:聖女の姉ですが、国外逃亡します!~妹のお守りをするくらいなら、腹黒宰相サマと駆け落ちします!~】 12.20/05.02 ファンタジー小説ランキング1位有難うございます! 双子の妹ばかりを優先させる家族から離れて大学へ進学、待望の一人暮らしを始めた女子大生・十河怜菜(そがわ れいな)は、ある日突然、異世界へと召喚された。 召喚させたのは、双子の妹である舞菜(まな)で、召喚された先は、乙女ゲーム「蘇芳戦記」の中の世界。 国同士を繋ぐ「転移扉」を守護する「聖女」として、舞菜は召喚されたものの、守護魔力はともかく、聖女として国内貴族や各国上層部と、社交が出来るようなスキルも知識もなく、また、それを会得するための努力をするつもりもなかったために、日本にいた頃の様に、自分の代理(スペア)として、怜菜を同じ世界へと召喚させたのだ。 妹のお守りは、もうごめん――。 全てにおいて妹優先だった生活から、ようやく抜け出せたのに、再び妹のお守りなどと、冗談じゃない。 「宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」 内心で激怒していた怜菜は、日本同様に、ここでも、妹の軛(くびき)から逃れるための算段を立て始めた――。 ※ R15(キスよりちょっとだけ先)が入る章には☆を入れました。 【近況ボードに書籍化についてや、参考資料等掲載中です。宜しければそちらもご参照下さいませ】

「最初から期待してないからいいんです」家族から見放された少女、後に家族から助けを求められるも戦勝国の王弟殿下へ嫁入りしているので拒否る。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に仕立て上げられた少女が幸せなるお話。 主人公は聖女に嵌められた。結果、家族からも見捨てられた。独りぼっちになった彼女は、敵国の王弟に拾われて妻となった。 小説家になろう様でも投稿しています。

『無頼勇者の奮闘記』〜無力だった青年が剣豪に至るまで〜

八雲水経・陰
ファンタジー
―「今度こそ、救えるのかと聞いてるんだ。」―  二つの数奇な運命が交差したその日、一人の男の終わらない旅が始まった。  後に、英雄とも死神とも呼ばれる男の人生は静かに、覚醒の時を迎えた――。  大企業の御曹司・吹雪清也は、24歳でありながら自分では何も出来ない青年だった。  これまで一度も自分で何かを成し得た事はない。常に守られ、敷かれたレールの上を歩いて来た。  その道に苦難は無く、成長も意味も無い。残されたのは"未熟な自分と苦悩"だけ。  当の本人は、その現状を快く思っていなかった。いつかは"名字に頼らず生きていく"。それだけが彼の望みであった。  しかし現在まで、彼は自らが求める"無頼"とは程遠い人生を歩んでいた。  そんな中他人を庇って事故死した彼は、女神により"勇者達"の一人として、新たな人生を与えられる。  しかし他の転生者が次々と異能力を得る中で、彼だけは能力の享受を断った。  その根底にある思い、それは"自立への羨望"。自らが目指す姿に至るため、彼は女神の申し出を断ったのだ。  転生先の世界で、彼は多くの経験と仲間との交流を通して成長していく。  そんな中、波瀾万丈に進む冒険の影で、黒衣に身を包んだ一人の男が己の知る"破滅の運命"を変える為、密かに奔走していたのだった――。  300年前から紡がれる巨大な因縁に交わった一人の青年。その影で蠢く1人の男と、彼の知る数奇な運命。  終わらない旅路の果てに彼は何を求めるのか。これは、"全てが始まる物語"――。 〜〜〜〜〜 ※基本的に三人称視点です。 ※"小説家になろう"でも連載中です。 ↓ https://ncode.syosetu.com/n2382gz/ ※☆マークは、なろう版と細かい描写の差がある話です。基本的にあちらの方がマイルドです。 ※♡マークは、R18相当の性描写があるとして、一部をR18シーン集(アルファポリスに有ります)に移転した話です。 ↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/115033031/365529704 ※キャラの立ち絵は、キャラメーカーで作った物です。 ※3部作で一区切りです。その後の話は、オムニバス形式で完結編に統合します。

王妃ですけど、側妃しか愛せない貴方を愛しませんよ!?

天災
恋愛
 私の夫、つまり、国王は側妃しか愛さない。

彼女の未来を守るため私は戦う~悪役令嬢の婚約者~

鷲原ほの
ファンタジー
乙女ゲームの登場人物が王立学園に集う前から始動する婚約破棄絶許騒動。 悪役令嬢の婚約者達に前世の記憶が戻るところから運命の物語は動き出す。

処理中です...