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運命の時 1

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 魔猿料理を食べ、腹も膨れた頃。俺は夜風に当たろうと外に出ていた。少し小高い丘に上がると、そこにはサリアもいた。

「あれ? リク?」
「サリアも夜風に当たりに来ていたのか」
「うん」

 俺はサリアの側まで移動する。思い返すと二人だけで話すのは初めての事だった。

「どうリク。ここには慣れた?」
「ああ。居心地も良いしな。行く当てのなかった俺に、居場所をくれたシュドさんには感謝してる」
「そう。そう言ってくれるなら、きっと親父も喜ぶと思うな!」

 これは本心だ。国を捨てた俺にはどうやって生きていくのか、考えなんてなかった。とにかくあの家から……あの国から出たくて仕方がなかった。

 行き当たりばったりになってしまったが、こうして今という時間を過ごせている事には感謝しかない。

「親父ね。前に言ってたんだ。いろんな奴を見てきたけど、あの年であんな目をした小僧は見た事がない。既にガイナル一家に喧嘩を売っちまって、群島地帯で平穏には過ごせない。なら俺がもらってやろうって思ったって」
「……どんな目をしていたんだ」
「こーんな目!」

 そう言うとサリアは指で自分の両目を引っ張る。吊り上がった瞼は線の様に細くなっていた。

「いや、さすがにそれはないだろ」
「いやいや。リクったら酷い目してたよ!? 親父はさ、昔から子供には甘いのよ。きっとガイナル一家を敵に回したリクの事がほっとけなかったんだね」
「俺の国では15で成人なんだが……」
「15なんて親父から見ればガキみたいなもんよ!」

 国や場所が違えば、当たり前だが習慣や考え方も変わる。皇国から出た事の無かった俺にとって、この半年は新しい価値観に触れる事ができ、とても刺激的な毎日だった。

 何よりここにはあいつらがいないし、俺の事を知っている奴もいない。国を捨て、逃げた先で俺は自分の居場所を見つける事ができた。中にはベックの様な奴もいるが、シュドさんとサリアが俺を受け入れてくれたおかげで、一家に居場所を作る事ができたしな。

「さっきも言ったが、俺はシュドさんにはもちろん、サリアにも本当に感謝しているんだ。これからもこの力を、一家のために役立てたいと考えている」
「うんうん、リクは強いからねー! うちは元々群島地帯ではそれなりの一家だったけど、さらに強くなったって感じ!」
「でも俺の強さなんて霊力……西では魔力って呼んでいるんだっけか。とにかく、魔力持ちからすれば取るに足らない力だ。サリアも魔力を持っているし、今でも俺よりも強いんじゃないか?」
「群島地帯にいる魔力持ちなんて大した事ないよ。帝国の貴族や魔術師と違って、しっかりと魔術ってのを理解している訳ではないし。私も我流で魔力の塊を撃ちだす事がせいぜいだしね。知ってる? 西の魔術師はセプターっていう魔術具を持っているんだよ。それで火をおこしたり、氷を作ったりもできるんだって。ここにはセプターなんてないし、そんな魔術を使える人なんていないからね」

 西大陸と東大陸では魔力、霊力の扱い方にかなりの違いがあると聞いている。西の事は詳しくは知らないが、少なくとも皇国の術士はセプターなんて道具は使わない。

 魔力も霊力も同じ力らしいが、発展の歴史はそれぞれ大きく異なっている。共通しているのは、元は初代の王族や皇族が持っていた力であり、その血族……貴族にしか使えないという事だ。

「ま、ここにはそんな貴人なんてこないからね。島流しも随分昔の文化だし。他がどうかは知らないけどさ、ここではリクは強い! それでいいじゃない?」
「サリア……」

 ああ。サリアとの言葉のやり取りの一つ一つが、ここに俺が居ていいと肯定してくれている様で。こんな俺でも誰かのためにやれる事があるんだって思わせてくれて。

「え、ちょっと、リク!? どうしたの!?」
「え……」

 気付けば俺の目からは涙が流れていた。どれだけ年下の霊力持ちに痛ぶられても。偕達の駆け上がっていく姿を側で見せつけられ、どれだけ自分が惨めだと思っても。今まで泣いた事なんてなかったのに。俺に涙を流させる、この心に宿る気持ちは一体なんだ?

 そして。思わぬ所で涙なんて流したからだろうか。俺はその男が側に近づいてくるまで、全く気付く事ができなかった。

「りぃぃくうぅぅ! てんめぇぇぇ、お、お嬢になぁにしてやがるううぅぅぅ!」
「な!?」
「え!?」

 いつからそこに居たのか。その男は全身が乳白色に輝いていた。足取りもおぼつかない様子で、引きずる様に近づいてくる。姿は違うが、その声には聞き覚えがあった。

「その声……ベック、なのか……?」
「うひ、うひひひひひ! そうだよ、俺だよ! ベック様だよおぉ!」
「ベック!? うそ、街に戻ったんじゃ……。それにその姿は一体なに!?」

 今やベックは全くの別人となっていた。乳白色の全身に加え、輝く湯気が全身に立ち込めている。

 何よりもそれがベックだと直ぐに分からなかったのは、背に生えた二つの巨大な角に、新たに胸から生えた二本の腕が原因だった。そう、およそ人の形をしていないのだ。さっきまで話していた人物が怪物になっている事実を前に、全身に冷たい汗が流れる。

「てめぇはよおおぉ。ずっと、ずぅっと気に入らなかったんだ! いつも俺を舐めた目で見やがってええぇ! 許さねえ、俺はお前よりも古参だぞ!? ああ許さねえ、ぶっ殺してやる!」

 ベックの絶叫と同時に後方で大きな爆発音が響いた。後ろを振り向くと空は赤く燃え上がっており、村人の悲鳴が夜空に響く。異形と化したベックに異変の生じた村。間違いなく何か良くない事が起こっている。

「うひひひ! あっちも始まったようだなああぁぁ!」
「一体……何が……」
「俺はてめぇを殺れればそれで良いんだがなぁぁあ!? あいつは村人に用があるんだとぉ! うひひ、せっかく幻獣から守ってやったのに、ご愁傷様だなあぁぁ!?」

 ベックは俺に向かって駆け出し、巨大になった腕を振るってくる。俺は咄嗟に刀でそれを受け止めたが、尋常ではない力により後方へと飛ばされる。

「くっ……!」
「リク!?」
「サリアは村へ! ベックの狙いは俺だ! ここは俺がやる!」

 一瞬悩んだ様子を見せたが、サリアは頷くと燃える村へと走った。この島を支配する頭領の娘として、村人の安全確保は義務の様なものだ。ここで動けなければ、シュド一家は島民からの信頼を失う。そして今や異形と化したベック。こいつを村に入れる訳にはいかない。

「死いいぃぃねやぁぁぁ!」

 文字通り化け物の力で俺に駆け寄り、腕を突き出してくる。俺は重心を落とし、しっかりとベックの動きを見て冷静な足運びでこれをいなす。腕の伸び切ったところで、その腕を切り落とそうと刀を振るう。だがまるで鋼を叩いたかの様な感触が俺の腕に返ってきた。

「な!?」
「おらあぁ!」

 ベックの激しい蹴り上げを、なんとか間に合わせた防御体勢で受ける。人外の膂力で、俺はまた大きく吹き飛ばされた。

「ぐぅ……。ベック、一体どうやってそれほどの力を……」
「うひ、うひひひひ! あいつがなぁ、俺に力をくれたんだよぉ! 素晴らしいぜ、この力は! てめぇがただのガキ同然だ!」

 ベックは叫びながら四本に増えた腕を振り回してくる。俺は直撃は避けるものの、勝機がつかめずにいた。全身はどこを斬っても鋼の様に固く、斬る事ができない。あるいは俺に霊力があれば、金剛力の力で斬鉄も可能なのだが。

「くそ!」

 しかもベックの腕の一振りは、俺にとって致命傷になりえるこの状況。一発でもまともに受けてしまえば、俺は無事ではいられないだろう。さらにベックの体力は衰える様子が見えない。このままでは先にこちらの体力が尽きる事は明白だった。

(こんな所で……! やられてたまるか! 俺は! 絶対にあきらめない! ここからは、逃げたくないんだ!)

 人外の者を相手する事に恐怖はある。だがあの時の父に比べれば!

「おおおおおお!」

 迫りくる四本の腕。それらを神徹刀で弾く。だが弾ききれなかった腕が俺に襲い掛かる。このままではまともに胴に受けてしまう! そう思った瞬間だった。

「ぐおおおぉぉぉぉおお!?」

 ベックがその場で苦しみだし、膝を着いたのだ。原因は分からない。だがその瞬間、俺に迷いは無かった。演技とも罠とも考えない。素早くベックへと駆け寄り、その口に刀を差し込んでいく。

「ぐべべべああああああ!? か、かひゅっ……」

 鋼の様な堅さは、昆虫の様に外だけだったのか。貫く事はできなかったが、口腔内にはすんなりと刀を差し込む事ができた。一度刀を引き抜き、今度は目から頭内目掛けて刀を突き刺す。ベックは一瞬大きく痙攣したが、それっきり動かなくなった。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」

 初めて人を殺した。いや、人だったのかもう分からない。確かなのは、やらなければ俺が確実に死んでいたという事。

 何故ベックが急に苦しみだしたのかは分からない。激しく動機を打つ心臓を必死になだめながら、俺は心身共に落ち着きを取り戻そうと大きく息を吸う。

「そ、そうだ、サリアはどうなったんだ!? む、村へ行かなきゃ……」

 俺は中々落ち着かない呼吸を何とか鎮め、赤く燃える村へと向かった。
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