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あやしい会合

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 俺は屋敷でマルレイアと打ち合わせを進めていた。マルレイアたちもこの数日で帝都にすっかり慣れていた。

「今は建国祭の影響で、一番忙しい時期だからな。正直、マルレイアたちが居てくれて助かってるよ」

「いえ、こちらこそ。ふふ、こうして表に立てる職に就くのも悪くはないですね」

 今までは秘密結社兼聖王国の諜報部を担っていたわけだからな。マルレイア自身、時代に合わせた生き方を模索していたのかもしれない。

「建国祭は私も初めてなのですが。最近は毎日多くの貴族たちが帝都にやってきているようですね」

「おかげで食料や日用品の需要がかなり高まっているな」

 建国祭には多くの貴族が帝都に来るが、さすがに全ての貴族が集まる訳ではない。場所によっては往復だけで相当な時間がかかるところもあるからな。

 だがアルグローガの時代に帝国領となった場所にいる貴族たちは、そのほとんどが帝都へとやってくる。

 そしてそうした貴族は共に多くの従者を引き連れてくるため、帝都はそうした従者向けの消耗品がよく売れるのだ。

「聞けば既に帝国四公も帝都入りしているとか」

「テンブルク、カルガーム、ゼノヴァーム、そしてロンドニックだな。テンブルクは反乱の準首謀者だし、難しい立場だろうが……」

「必要ならその辺りの情報も調べられますよ?」

 さすがだな。貴族街に人を送って情報を抜いてくるくらい、マルレイアたちからすればわけないのだろう。

 たしかに気になる情報ではあるが、俺はいざとなれば直接聞ける弟がいるんだよな。というか、多分ウィックリンにも聞ける。

「……いや、いいよ。わざわざ探る必要のある情報じゃない」

「そうですか。……そういえば。お耳に入れておきたいことがあるのです」

「うん?」

 マルレイアは柔和な笑みのまま、言葉を続ける。

「聖王国王都で別れた元結社の者がいるのですが。先日、その中の数人が死体で見つかりまして」

「……なに?」

「全員共通してエルクォーツが抉り出されていました。おそらく……」

「例のなんたら会の少年たち……か」

 以前マルレイアと話していた時に俺が懸念を示した点だ。

 少年少女たちはエル=グナーデ残党からエルクォーツを奪っていた。そしてエルクォーツを持っているのは、エル=グナーデだけではないという事も把握していたのだろう。

 元々エル=ダブラスの本拠地があった聖王国でも行動に移してきたというわけだ。

「……だがお前たち、一応秘密結社なんだろ? 国家レベルの諜報機関ならともかく、そんな怪しい組織にまで把握されているものなのか?」

「組織の性質にもよりますが。今ヴェルト殿がおっしゃった通り、国家であれば結社の情報はおおよそ掴んでいたでしょう。もしかしたら世界新創生神幻会というのは、どこかの国の諜報部と繋がっているのかもしれません」

 別に珍しいことでもないか……? 黒狼会も間接的に、諜報機関の情報を教えてもらったことがあるしな。だが……。

「魔法に準ずる何かを持っている組織と、どこかの国が繋がっているっていうのは。面倒な予感しかしないな」

「国そのものというより、一部の貴族という可能性もありますけどね」

 ヴィンチェスターとガリグレッドの事を思い出す。その可能性も十分あるな。

 とくに力ある貴族であれば、諜報員を自前で持っていてもおかしくない。レックバルトなんかが良い例だろう。

「なんにせよこれで少年たちと体制側が繋がっている可能性も出てきたわけだ」

「世界新創生神幻会の登場人物に大人が出てきていない以上、その可能性の方が高いでしょうね」

 こちらも気になる情報ではあるが、黒狼会として具体的にどうという話ではないんだよなぁ。

 それこそエル=ダブラスを追って帝都に来たのなら、また話は変わってくるのだが。

「……気になるが、まだこちらからどうにかする段階ではないな。だがもしマルレイアたちを追って帝都に来るというなら。後手になるのは避けたいところだ」

「すみません。ご迷惑をおかけします」

「いや、いいんだ。マルレイアたちの能力は高く買っているしな。とりあえず十分気をつけてもらう方向で頼む」

「はい」

 せっかくこの数ヶ月は何もトラブルなく平和に過ごせているのに、また斬った張ったの争いがはじまるのは避けたいところだ。

 従業員や帝都に住む民たちのためにもな。

「あと今夜はちょっと会合があってな。何かあったらロイとミュリアに相談してくれ」

「あら。そうなのですか?」

「ああ。最近上客ができてな。そことの付き合いだから、断れないんだよ」

 黒狼会と関係を持ちたがる貴族や商会は多い。そのため、付き合い自体はかなり制限している。

 この辺は先行者利益というか、以前から付き合いのあるライルズさんたちやエルヴァールをある程度優先させておきたいのだ。

 だが最近になって高級ラウンジを経営する商会と商売を始めた。エルセマー領から仕入れた高級酒も大量に買ってくれるし、それとは別に黒狼会に資金援助までしてくれるという気前の良さだ。

 黒狼会自体、高級住宅街が続く北部との付き合いはかなり浅かったからな。これを期に商売の幅を広げていきたいと考えている。

「まだまだ黒狼会の勢いに衰えは見えませんね」

「帝国政府から表彰を受けたのも影響が大きかったな。あれで多くの商人たちから信用を得た形だ」

「会合にはお1人で行かれるのですか?」

「そのつもりだ。いろいろ指定が多くてな……」

 実は変なお願いをされているのだ。今夜店に行くのに着て来てください、と送られてきた服があるのだが。どう見ても従業員の制服だ。

 しかも店の裏口から入って欲しいとも言われている。

(ぜっっっったいなにか裏があるだろ。しかし害意は感じなかったんだよなぁ……)

 服装も使いの者が直接届けに来たのだが、終始かなり腰が低かった。本当に申し訳ございません、という態度だったのだ。

(俺に従業員の服装をさせたいのは、先方と黒狼会が会ったという事実を伏せておきたいからだろう。だが既に黒狼会と商売しているのは、調べれば誰でもわかる。なぜここにきて俺との会合を隠したい……?)

 黒狼会も方々に恨みをまき散らしているからな。一瞬俺の暗殺が目的かとも考えたが、即座にその可能性は否定した。

 それならそもそも内密に俺を呼ぶだろう。だがこうして俺は他者に今夜の会合の事を話している。

 それに俺たちの武力も今や広く知れ渡っている。本気でやるつもりなら相応の装備や人員は必要だし、失敗すれば自分たちがどんな目に合うかも理解しているはず。

 つまり俺を狙うという行為は、リスクを踏むだけでメリットが得られにくい。

「どうかされましたか?」

「……いや。まぁ考えていてもしょうがないからな。とりあえず留守を頼むよ」

「かしこまりました」
 



 
 そしてその日の夜。俺は指定された制服を着て店の裏口へと近づいた。

 既に裏口の周囲には先方……レイグ商会の者たちがいた。

「ああヴェルトさん! 本当にすみません! このようなお願いを聞いていただき……!」

「いえ。何か事情があるのでしょう?」

「え、ええ。中でレイグの方から詳しく話させていただきます。ささ、どうぞこちらへ……」

 俺は裏口から店に入ると、案内されるままに廊下を歩く。さすがに貴族も利用する高級店だけあり、造りはかなり豪華かつ広かった。

 いろんな絵画や壺を眺めながら歩くことしばらく。1つの個室に通される。中では今日の会合相手であるレイグが待っていた。

「おお、ヴェルトさん……! よく来てくれました……!」

「いえ。レイグさんにはいつもお世話になっていますからね」

 実際レイグは本当に金払いが良い。そして黒狼会における大きな収入源でもある。

「それよりわけを聞かせていただけるので?」

「それはもう……!」

 やっぱり敵意は感じない。レイグにその気があるのなら、そもそも黒狼会に資金援助を行う理由もないのだ。何かわけがあるのだろうが。

「実はヴェルトさんに、内密に会っていただきたい方がおられるのです」

「……なるほど。万が一にも黒狼会のボスと会っていたという噂が流れないように、こうして従業員に変装させたのですね」

「そうです。そしてあくまでヴェルトさんは私と会っていた。そういうことにしていただきたいのです」

 たとえ俺が今日ここに来ていたと話が出回っても、店の中で会っていたのはレイグのみ。そういうことで口裏を合わせて欲しいという事か。

 それ自体は別に構わない。レイグは上客だし、今のところは……だが。

「もしかして。最初からそのつもりで黒狼会と取引を?」

「こういう打算がまったくなかったと言えば嘘になりますな。ですが個人的にヴェルトさん含め、黒狼会と関係を持っておきたかったのは本心です」

 レイグも今までかなり交渉し慣れてきているな。下手な嘘でごまかさず、本音を入れながら俺の出方を伺っている。これでは俺も邪見にしづらいというものだ。

「事情は分かりました。他ならぬレイグさんの頼みです、会うだけ会いましょう。しかしこうまでして私との会合に慎重を期すとは……。もしかして相手は、それなりの高位貴族の方ですか?」

「……さすがですな。その通りです。実は私どもも最近急に言われたのですよ。ヴェルトさんとの席をセッティングして欲しいと」

「それは……苦労が絶えない付き合いですね」

 貴族から命令されれば、力のない平民では否とは言えないからな。黒狼会に直接言っても俺が断る可能性もあるため、こうしてレイグを使って接触をしてきたか。

 いずれにせよここで俺が席を立てば、レイグのこれまでの準備が水泡に帰すばかりか、商人としての顔にも泥を塗るわけだ。

 ここまで世話になった以上、俺もレイグの頼みは断りにくい。最初からすべてレイグの計算だとすれば、商人として一歩出し抜かれた形になるな。

「それで。その方は何と言う方なのです?」

「それについては私の口からは何とも。申し訳ございません」

 ……可能性として高いのは、帝国四公かそれに準ずる領地持ちの貴族か。

 今は帝国各地から貴族が帝都に来ているからな。誰かが黒狼会に……そして俺に興味を持ったのかもしれない。

「レイグ様……」

 個室の扉が僅かに開く。それを見てレイグは俺に視線を合わせてきた。

「どうやら先方が到着されたそうです。案内させますので、ここからはヴェルトさんお1人でどうぞ」

「レイグさんは一緒されないのですか?」

「はい。内密の話をしたいとの事ですので……」

 ここまでされると逆に俺も気になってくるな。

 というか、俺。いつの間にこんなに気を使って、会合の席を設けられる立場になったんだ。

 俺は個室を出ると先導に従って階段を上がる。そして薄暗い廊下の奥に見える扉の前まで案内されたのだった。
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