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3人目の女神

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 世界新創生神幻会には多くの少年少女たちが所属している。最も年長の者でも17才だ。

 その年長者であるグリノは奇妙な部屋にいた。壁や天井が陶器の様な艶やかな質感をしているのだ。

 そしてその長い白髪を揺らしながら、部屋の奥に鎮座する女性を模った像の前まで移動し、そこで跪いた。

「お母さま。スランが死にました」

 部屋にはグリノしかおらず、そのグリノも像に話しかけるのみだ。しかし像からはしっかりと返事があった。

『そう……。死体は?』

「回収できています」

『ああ、よかった。スランには幻霊タイプXX-2因子が発現していたからねぇ。死体は凍らせた後、いつもの部屋まで運んでおいてね』

「分かりました」

 グリノは「お母さま」がスランの死に対し、特に哀しみの感情も何も示さない事に僅かな疑問を抱く。だがそれを表情に出す事は無かった。

『しかしシルヴェラの奴。なかなか面白い研究を進めていたみたいだけど。箱舟を押さえに来なかったのは失敗だったね。扉さえ開ければそれで良いと思っていたんだろうけどさ。いつも詰めが甘いんだから』

 いつものように「お母さま」の独り言が始まる。

 「お母さま」はこうして話しながら自分の考えをまとめているという事を、グリノはよく理解していた。

『ま、おかげで私は幻霊因子の研究に専念できたんだけどねぇ。あ、そうそうグリノ。スランはなんでやられたんだい? よく考えればスランが死ぬのはおかしな話。何か特大の油断でもした?』

 ようやくスランの死に興味を持ち始めたかと思いながら、グリノは口を開く。

「現場にはエルクォーツを埋め込んだ戦闘員の死体も合わせてありました。そしてスランですが。死因は溺死です」

『うん? 溺死ぃ? 川で泳いでたの?』

「いいえ。辺りは水場も遠い荒野の真ん中でした」

『ちょっとグリノぉ。どういう意味よ?』

「……分かりません。ですが私が「視た」ところ、確かに幻霊因子の反応が残っていました。重力痕もあった事から、そこで戦闘が行われたのは間違いありません」

 スランの死については、グリノも分からない点が多かった。

 逃亡者ミニリスの幻霊武装に水の要素はない。そしてその場で戦闘が行われ、その結果スランが死んだことも間違いない。だがその死因が溺死である。これには理解できなかった。

『なんて言ったっけ。ほら、シルヴェラが作ってた……』

「エル=グナーデ」

『そう、それ! そこの生き残りがそういう能力でも持っていたのかしら? で、たまたま遭遇してしまったとか?』

「あぶり出しのために特殊なルートを使って情報を流していたので、その線も考えられます」

『でしょ! でも不思議なのは変わりないわね。スランであれば、多少の格上が出たところでなんとでもなりそうなんだけど……』

 グリノはその意見については半分同意、半分懐疑的であった。

 確かにスランの能力は強力ではあったが、本人には強い驕りという傾向が見られていた。油断して敵にべらべらと能力を話していた可能性もある。もちろんそれを知ったからといって、簡単に対策を練られるものでもないのだが。

『んん……っ! どうしようかしら。行き先は帝都よね?』

「まず間違いないかと」

『帝都ではあの計画が進んでいるところなのよねぇ』

「ブラハード様の計画ですね」

『そうそう! 面倒だけど、こうして研究が進められた義理だけは果たしてあげないとね』

 エルオネル・ブラハード。フォルトガラム聖武国の貴族である。

 世界新創生神幻会の一部の子どもたちは、ブラハード領にある施設に閉じ込められていた。

『帝都はまだ未知数な事が多いのよねぇ……。シルヴェラを止めたのは、多分例のなんたらっていう組織なんだと思うんだけど』

「エル=ダブラス」

『そう、それ! でももう本拠地はもぬけの殻だったのよね?』

「はい。スランが調べてくれましたが、フェルグレッド聖王国内にもはや構成員は残っていませんでした。少し前に組織を抜けた者の話によると……」

『ああ、それはどうでもいいわ。で、そいつらも帝都にいるんでしょ?』

「……はい」

 帝都には予測不可能な要素がそろいつつあった。聖王国から拠点を移した結社エル=ダブラス、フォルトガラム聖武国の王女、そして世界新創生神幻会の子どもたち。

 そこで進む策謀も含め、これから何が起こるのか。想像するのは難しい。

『シルヴェラがこの世界で活動できていた以上、波動制御因子と親和性の強い巫女がいたはずなのよね。もう死んだのかしら? 気にはなるけど、今は置いときましょ。どちらにせよ良い気味だわ。大幻霊石が自壊する様にしていたなんて、きっと想像もしていなかったでしょうね。んくくく……!』

 また「お母さま」の独り言が始まる。だがもう慣れているグリノは黙って話の続きを待った。

『とにかく。こうして私の手で魔法を持つ人種を作れる以上、また女神を崇める神国が出来上がる日は近いわ! 今は邪魔者のシルヴェラも、そしてアディリスもいないのだから! ああ、素晴らしい! でも時間が欲しいのも確か。それまではブラハードのお遊びにも付き合ってあげましょ。今も何人か付けてあげてるのよね?』

「はい。お母さまとブラハード様のご希望通り、顔の良い男女を付けています」

『そうそう、そうだったわね。子どもなら男でも女でも興奮できる変態なんて嫌よねぇ。ま、私も肉体が復活すればいろいろ楽しんじゃうつもりなんだけど!』

 像は相変わらず無表情で動きもなかったが、その顔からは「お母さま」の興奮した声が出ていた。グリノは改めて話題を戻す。

「逃亡者ミニリスと幻霊武装の使い手はいかがいたしましょう」

『使い手はさっさと殺して。ミニリスはなるべく生かして連れ帰って。万が一死んだ場合は、絶対に死体を持ち帰ること。いいわね?』

「はい。ですが帝都で騒ぎを起こすと、エル=ダブラスが出てくる可能性もあります。その場合は……」

『決まってるでしょ。ちゃっちゃとエルクォーツを回収しちゃって。でも油断はダメよ。この間もリークの死体が見つかったのだし。いくら私の子どもたちと言えど、油断すれば死んじゃうんだから』

 世界新創生神幻会の子どもたちはこれまで多くのエル=グナーデ残党を狩っていたが、中には返り討ちに合う者もいた。

 おそらく結社の閃罰者や、閃刺鉄鷲の七殺星が相手だったのだろうと推測されている。

 自分たちの魔法は強いが、相性や油断で死ぬ可能性は十分にあるという事をグリノは理解していた。

「帝都は人口も多い街です。人目に付くリスクもありますが……」

『構わないわよ。どうせ遠からず、あなたたちの存在……この時代に適応した新たな人種。幻霊因子を持つ魔法使いの事を、誰もが知ることになるのだから』

 箱舟の施設と「お母さま」の研究によって、新たに創造された魔法使いは主に3種類。詠者、顕者、そして駆者である。

 しかしグリノだけはその全ての特徴を有する上に、1人でいくつもの能力を持っていた。

『そう、そうよ。またあの輝かしい時代が戻ってくるのよ……! あれからどれくらいの時が経ったのかは知らないけど。こうして再起動できたのだもの。んくくく……! シルヴェラを倒したエル=ダブラスには感謝をしつつ、更なる礎になってもらいましょう! 世界を新たに創り、神を復活させる私の子どもたち。世界新創生神幻会のね』

 相変わらず像は一切動かずそこに佇むのみである。だがその声色には様々な感情が入り乱れていた。

『それからぁ。グリノ、ちゃんと抑制剤は飲んでる? あなた、ちょっと腕がヒビ入ってるわよ?』

「……規定量は飲んでいるのですが」

『そう? 耐性がついてきちゃったのかしら。仕方ないわね、今日から倍量接種しなさい』

「分かりました」

『頼むわよぉ。あなたの代わりはいないんだから』

 お母さまの言葉にグリノの心は満たされていく。

 頼りにされている。愛されている。必要とされている。

 例えその言葉が仮初の愛情によるものであったとしても。頭がそう理解していても、心が反応を示してしまうのだ。

『んくくく……私の可愛い子どもたち。栄光の時代をよみがえらせる女神の従僕。さぁ行きなさい』
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