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戦場のハギリ、アックス、ロイ

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ゼノヴァーム領の領軍とクイン率いる騎士団は、帝都から出て陣形を組みつつ前進する。俺たちは遊撃部隊として配属される事になった。

 立ち止まっての軍議がもったいないとの事で、軍の中心であるクインとレックバルト、それにグラスダームは馬に乗りながら話合いをしていた。俺も仮面を付けた状態でクインの横を並走している。

「では……」

「ええ。我が領軍は中央から左翼に。騎士団には右翼でそれぞれ陣形を展開、そのまま進軍します」

「了解した。殿下は……」

「当然中央だ! もちろん下手に前線に出て諸君らの邪魔になる様な事はせんが、中央から左右の状況を把握し、危ない箇所には随時対応するとしよう!」

「そういえば殿下は、フェルグレッド聖王国と戦のご経験がおありでしたな……」

 フェルグレッド聖王国の名が出た事でリリアーナの話していた事を思い出す。

 そうか、こいつが聖王国の王女に惚れているとかいう皇子か。そのおかげでフェルグレッド聖王国民の奴隷の単価が、とんでもない事になっていそうだが。

「そちらの仮面のお兄さんは遊撃部隊として、独自に動くという事だったね。陛下より話は聞いているよ」

 レックバルトは俺に顔を向けてくる。ウィックリンが自分の懐刀だと言って、無理やり部隊にねじ込んでくれたのだ。しかし文句を言う者はいなかった。

「まさか父上に、この様な者たちが仕えていたとはな。皇宮での戦いはこの目でも見たし、実際に6人で城を奪還して見せたのだ。それも1人も死者を出さないという、圧倒的戦力差を前に手加減をする余裕すらあった。皇族として心強く思うぞ!」

「……ありがとう存じます」

「しかしお主たちの強さは一体なんなのだ。アルフォース家所縁の者か?」

 グラスダームは割と直球で疑問を投げてくる。だが俺はこれに無言を貫いた。

「む……? どうした?」

「……殿下。彼らは今日まで秘密にされていた戦士です。簡単には話せない事もあるでしょう」

「おお、そうか! これは失礼したな!」

 グラスダームは特に気を悪くした様子も見せず、むしろ謝罪をしてきた。

 良くも悪くも素直な心根をしているのだろう。ヴィンチェスター辺りが与しやすいと近づいたのかもしれないな。

「殿下の周囲は私の配下が担当します。御身に傷はつけさせませんので、ご安心を」

「おお、あの大男だな! 聞いているぞ! 皇宮ではメイスの一撃で突風が巻き起こり、多くの兵士たちを吹き飛ばしておったな!」

 レックバルトはグラスダームの話に興味を示す。

「……へぇ? 殿下の言葉でなければ、にわかには信じられないけれど……」

「直接この目で見た私も信じられんかったのだ、無理もあるまい。期待しておるぞ! えーと……」

「私に呼び名はございません。ご自由にお呼びください」

「おお! ではマーカスと呼ぼう! 伝説の傭兵団、群狼武風。その団長の名だ、お主の強さに相応しい名だろう!」

 …………。いや、まぁいい。どうせ今日だけの名だ。隣でクインは苦笑していた。
 




「ヴィンチェスター様! 帝都から騎士団と、ゼノヴァーム領の旗を持った軍が動きました!」

「兵数はこちらが有利です!」

「ゼノヴァーム領軍も帝都には着いたばかり。この速度で来たのです、おそらく強行軍のはず。兵たちは疲れ果てておりましょう!」

「ヴィンチェスター様! ご指示を!」

 ルングーザ・テンブルク領軍が陣を展開するテントでは、軍議が開かれていた。

 テンブルク領軍はガリグレッドがまだ帝都に残っていると思い、取り返す気でいる。またランダイン・ルングーザやログバーツ・ローブレイトらはここで活路を見出さねば後がない事を理解していた。

 ここで負ければ、自分たちは反逆者の汚名を着せられ。国境に配備されている騎士団や、皇帝の意向を受けた領軍が自領へと押し寄せるだろう。

 だが目の前の軍を撃破し、再び帝都を押さえる事ができれば。また話は変わってくる。

 ランダインはそういう思考であったが、一方でヴィンチェスターは自分が難しい立場に立たされた事を理解していた。

 無理やり帝都を押さえても、全ての貴族が自分に従う訳ではない。しばらく内乱は続くだろう。

 この問題に対し、当初は復活するであろう魔法の力で乗り切るつもりだった。それに常人には無い力の持ち主が集う結社の戦力もあった。

 だが今、その前提であった魔法の復活が現実的ではなくなっている。つまり帝都を押さえても、自分の治世を強行するのが難しいのだ。

(まさかウィックリンも、結社と同等の戦力を隠し持っていたとは……! だが! ここでやらねば、どちらにせよ私に未来はない……!)

 状況は難しくなったが、だからといってもはや退路もないのだ。それに兵数ではこちらが有利。

 この戦力差でルングーザ領なりテンブルク領に後退すると、貴族たちのいい笑い者になる。もう誰もついてこないだろうし、誰からも侮られる事になるだろう。 

「よし……! 蹴散らしてくれよう! ここで騎士団を徹底的に打ち砕き、再び帝都を押さえるのだ! 皇族さえ手中に収めれば、後はどうとでもなる……!」

「おお!」

「やりましょう!」

 こうしてルングーザ・テンブルク同盟軍も陣形を展開し、進軍してくる騎士団・ゼノヴァーム領軍を迎え撃つ事になる。

 帝都近郊で戦が始まるのは、実に数百年ぶりの出来事であった。
 



 
 日が傾き始めた頃。とうとう戦端が開かれた。

 当初は戦力差から反乱軍有利かと思われていたが、序盤からそれは大きく裏切られる。

 ここ右翼ではクインシュバインが騎士団の指揮を執り、自身も前線に出ていたが、敵も味方もその視線は2人の男に注がれていた。

「な、なんだ、あの仮面の男たちは!」

「だ、だめだ、誰も近づけん……!」

「ぎゃあああああ!」

 黒狼会の中で右翼に配置されたのは、アックスとハギリだった。

 アックスは水糸を広範囲に展開し、大軍の動きを大きく止める。そこを騎士団が突き、確実にその戦力を削りつつあった。

 そしてハギリは誰にも捉えきれない速度で戦場を縦横無尽に駆け抜け、多くの指揮官を斬り伏せていく。

「ふぉっふぉ。レクタリアに比べるとなんと温いことか」

「じいさん……それを言ったら誰でもそうだろ」

「そこの仮面の男どもよ! これ以上好きにはさせんぞ! 我は……!」

「るせぇなぁ」

 アックスは中指から鞭の様にしならせた水糸を放つ。水糸が男の首に絡まると、そのまま強く引っ張る。運が悪いとも言えるが、男はそのまま首の骨を外されてしまった。 

「随分便利な使い方ができる様になったのぅ」

「鎧を着ていなければ、もっと簡単に決着を付けられるんだがなぁ」

 アックスの水糸による切断技は、金属鎧を着こんだ相手には難しい。そのためどうしても水糸で切断したい時は、生身の部分を狙う必要がある。

 だが切断が目的ではなく、その場に食い止める事だけを目的にした水糸は応用性も高く、戦場で大いに活躍していた。

 クインシュバインも指揮を執りつつ、2人の戦いをその目にする。

(あれが……幻魔歴を戦い抜いた群狼武風の魔法使いか……。実際にこの目で見ても、やはりとんでもないな……)

 ヴェルトの話では、幻魔歴でも魔法使いは珍しい存在だったという事だが、改めてそんな戦乱の世を生き抜いた兄を心の中で称賛する。

 そして今、こうして互いにこれまでの人生で得た力を振り絞り、共通の目的を持って同じ戦場に立っているのだ。この状況で奮い立たない訳がない。

「2人が作った隙を逃すな! たたみかけろ!」

「おおおお!!」

 こうして右翼は大きく敵戦力を瓦解させ、追い込んでいく。

 


 
 黒狼会で左翼陣営に配属されたのはロイ1人だった。だがそのロイが戦場に立った時。それだけで戦局はもう決定していた。

「あれが……陛下の懐刀……」

 呟いたのはレックバルトだ。ロイが腕を一振りすると、戦場ではたちまち大爆発や火柱が立つ。もはや敵だけではなく、味方まで正しく状況を把握できていなかった。

 敵もロイが何かしているとは察しているが、どれだけの大軍で襲撃しても誰も近づけないのだ。

 爆風で身体が舞い、あとは無残に肉片が舞い落ちるのみ。また火で焼かれている事もあり、周囲には肉がよく焼けた匂いも充満していた。

「レックバルト様……あの方は……」

「さすがに皇族の歴史は伊達ではないのだろう。あれはまるで、古の魔法使いの様ではないか」

 まだ戦いは始まったばかりだというのに、左翼は早くも瓦解しつつあった。

 飛び出せば爆風と炎で炙られるのだ。どうしてそんな現象が起こるのかも分からないし、人は理解できないものに対して恐怖を抱く。特にこういう戦場では。

 レックバルトもロイの活躍に飲まれていたが、いつまでもそうしている訳にはいかない。何より、せっかく騎兵を左翼に固めたのだ。早くも訪れた機会を逃す訳にはいかない。

「このまま敵左翼を抜くぞ! その後、敵中央を背後から強襲する!」

「おおおお!」

 兵が呼応して叫ぶが、そのタイミングで一際大きな爆発が巻き起こる。その爆発は衝撃波が空気を伝って伝播するほどの威力があった。

 思わず怯みそうになる味方を、レックバルトは鼓舞する。 

「見よ! 我が方の攻撃により、敵はすでに陣形を維持できておらん! ゆくぞ! 我らの手でこの戦を終わらせるのだ!」

「お、おおおお!!」

 ロイの攻撃手段は理解できないが、この場において味方であるのは事実。そしてレックバルトは大きく傾いた戦局を見る眼を確かに持っていた。

(当初の予定では、どうにか敵陣に綻びを作り、そこを抜いて背面へと回り込むつもりだったが……! これほど早くその機会が訪れるとは……! しかしあの男。仮面の下ではどんな凶悪な表情を浮かべているのやら)

 そのロイの側を多くの騎兵が駆けていく。だがロイは馬に乗っているにも関わらず、共に進む事はしなかった。

 ロイは敵残党の動きを警戒しつつ、後からゆっくりついていく。

(さすがにもう魔法は使えませんね……。今日だけでかなり無理を押して使い続けました。ですが戦場に混乱をもたらし、レックバルトは騎兵による突撃を効果的なタイミングで行った。もはや左翼は決着がついたと見ていいでしょう)

 対集団戦で無類の強さを誇るロイであったが、もはや魔法が撃てるほどの力は残っていなかった。

 そもそもレクタリア戦でも一度、限界近くまで魔法を使用しているのだ。元々身体能力の強化もできないので、ここで無理して前に出る必要はないと判断する。

「遊撃としての役割は十分果たしたと言えるでしょう。騎兵たちも練度が高い様ですし。……後は中央がどこまで押し込めるかですね」

 レクタリアとの戦いが終わってから、ロイはヴェルトがまともに魔法を扱えていない事に気付いていた。

 全く使えない訳でもなさそうなので、いずれ回復するだろうとは見ているが。

「僕が心配せずとも、ヴェルトさんなら自分の力で道を切り開くでしょうけど。いずれにせよこの混乱に、終結の兆しは見えてきましたね」
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