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クインとディナルドによる現状把握
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ヴェルトたちが帰った後、クインとディナルドは劇場で話を続けていた。
「あれがお前の兄……そして幻魔歴末期を戦い抜いた群狼武風か」
「ええ。フルメンバーをこうして見たのは私も初めてでしたが。さすがに全員、一筋縄ではいかなそうでしたね」
「報告ではあのフィンという少女が、貴族街で閃刺鉄鷲の暗殺者たちを無力化したのだったか。とてもその様な実力者とは思えなかったが……」
「そうですか? 私はむしろ、6人の中ではあの少女から一番異質な空気を感じました。おそらくあの子は笑いながら生きた人間を解体できる……そんな類の少女ですよ」
クインも10代の頃から多くの戦場を渡り歩いてきた猛者だ。戦いに身を置く者であれば、初見でもある程度のあたりをつけられる眼を持っている。
確かにその実力の程は計りづらかったが、それでもフィンからは何か異質な雰囲気を感じ取っていた。
「貴族にとりたて、その力を帝国に組み込む事にも失敗したな」
「そうなる事は予想できていましたが。しかし実際黒狼会は貴族でなくとも、帝国に協力的だ。それで良しとしなくては」
「そうだな。思えば騎士団に対して協力的だったのも、お前がいたからこそだろう」
その点はクインも同意見だった。これまでは陰ながら協力してくれていたのが、今では表立って堂々と手を携える事ができる。この事実もクインには嬉しい事だった。
「ですが実際、ヴィンチェスター殿と結社にはどう対処するのです?」
「まだ両者の繋がりを示す証拠は何もない。第一、これまで帝国でほとんど活動をしていなかった結社と、いきなり距離を詰められるとも考えにくいのだ。間に誰か入っていると考えるのが普通だろうが……」
「可能性がありそうなのはテンブルク領領主ですが。しかし彼も帝国貴族。いつ結社と関係を持つに至ったのか、それが分からない」
「現状では仮説に仮説を重ねるという、幻想に近しい予想にしかならんな」
だが常にあらゆる事態を考えておかなくてはならない。一方で、アデライアの守りに対しては楽観的でもあった。
いざとなれば帝国兵に扮した黒狼会の者をアデライアの側に配置すればいいのだ。1人側に置くだけでもその守りはかなり強固なものになると言えるだろう。
「だが群狼武風は過去の経緯もあって信用できる。得難いカードを手にできたと言えるだろう」
「それも特級の切り札です。何せ兄は結社最強だという女性に対し、これ以上ない相性を持つ魔法の使い手ですから」
「戦闘経験も十分であり、魔法の力まで兼ね備える。……つくづく敵でなくて良かったな」
ヴェルトとリステルマとの戦いは、終始ヴェルトが圧倒していた。
本気を出したリステルマにはクインも近づく前に敗れるだろう。あれと戦うには、相応の装備を整えた騎士団による連携が必要だ。決して1人で戦う手合いではない。
だが群狼武風であれば、1人で抑えきれるのだ。まさに特級戦力と呼べる。
クインは改めて、幼い頃に死に別れたと思っていたヴェルトが幻魔歴を生き抜き、こうして6人の群狼武風を連れて現在に戻ってきてくれた幸運に感謝した。
「5日後。お前には再び帝都守護職を務めてもらう」
「はい。正剣騎士団の休暇もここまでですね」
「だが各方面への睨みは利かせておきたい。特にこれからはルングーザ領とテンブルク領が匂ってきそうだからな」
そして両方とも各々で自前の領軍も持つ。またかつて戦争が多かった時代には、多くの武功もあげているのだ。
こうした領軍はクインシュバインの様な中央の騎士団とは折り合いが悪い。エリートの坊ちゃん貴族が偉そうに剣を握っている……というイメージを持たれがちなのだ。
これには領地の独立性もさながら、豊富な戦闘経験も関係している。前皇帝は自らも戦場に立つくらいの武闘派であり、こうした地方の領軍の支持も集めていた。また豪放快活な性格であり、その暴力性と相まって恐れられていた。
そんな者たちからすると、今の国内情勢を整えようとするウィックリンはいくらかやりやすい皇帝であった。
舐められている……という訳でもないが、前皇帝よりも侮られているのは確かだ。そしてその事はウィックリン自身、よく理解していた。
また騎士団の人事に着手したため、軍閥との距離感にも問題がある。ディナルドはそこをうまく埋める様に立ち回っているのだ。
「それに結社の出方ですね。現状では黒狼会と結社は敵対関係にあり、結社の狙いがアデライア様である以上、帝国とも敵対しています。ですが……」
「万が一、結社がこのままヴィンチェスター殿を通じて帝国に降り、大人しくその技術を提供してきた場合。我らは敵対する理由がなくなる」
「もちろん、アデライア様の安全と引き換えではありますが」
クインシュバインが気になっているのはここだった。結社の出方次第では、敵味方が大きく入れ替わる可能性もあるのだ。
現状ではヴィンチェスターと結社の繋がりは状況証拠でしかなく、はっきりとした確証がある訳ではない。それがまた複雑な点であり、騎士として表立った行動ができない理由でもあった。
「やはり結社の狙いを突き止めるのが先でしょうね……」
「ああ。このままではいつまで経っても後手後手だ」
研究所の話もここまで進んでしまった以上、今さら取り潰す事も難しい。下手に強権を振るえば多くの貴族の反感を生む事になる。今もなおハイラント派閥に属する者は多いのだ。
ディナルドとて自分が面倒な立場に立たされているのは分かっている。しかしディナルドはかつて、現皇帝ウィックリンに強い忠誠を誓った過去がある。
同世代である彼らは幼少の頃より何度も話す機会があった。ウィックリンは幼いながらも未来の帝国に対するヴィジョンを持っていた。
その国力に物を言わせた経済力で、大陸において絶対的な地位を築き上げる。最終的には大陸における経済の中継地点として、武力とは別のアプローチで他国を制するという構想も練っていた。
もちろんそれは絶大な軍事力があってこそ可能な話なのだが。しかし拡大路線の真っただ中で独自の理想を描き、戦火の巻き添えになる民を少しでも減らしたいというその想いには考えさられるものがあった。
何より民に思いを寄せるのは、これからの皇帝に必要な素質ではないかとも思えた。
皇帝となったウィックリンは、今も常に民を考えた政策を立案している。時々もどかしく思う事もあるが、それでも自分が忠誠を誓うのはやはりウィックリンしかいないとも思っている。
だからこそ。騎士総代という、難しい上にやりづらい職務にこうして向き合っているのだ。今ではかつて捧げた忠誠から目を背けないという、半ば意地にもなっていた。
(優しい方なのだ、陛下は。今もあの時から変わらない。まだまだこの大帝国の皇帝として、その椅子に座り続けていてもらわねば)
皇子の中には武闘派で好戦的な者もいる。フェルグレット聖王国を攻略した皇子なんかが代表的な例だろう。彼もどちらかといえばハイラント派閥と距離が近い。
(いくつか騎士団を呼び戻し、帝都の守りを厚くする必要もあるか……?)
皇帝、各派閥、他領へ行ったヴィンチェスター、ルングーザの動きに新たにできる研究所、そして騎士団と黒狼会に結社。帝国という地には今、多くの因子が集中している。
それらがどう動き、どの様な化学反応を見せるのか。ディナルドはそれらの予測も交えた立ち回りが求められていた。
「あれがお前の兄……そして幻魔歴末期を戦い抜いた群狼武風か」
「ええ。フルメンバーをこうして見たのは私も初めてでしたが。さすがに全員、一筋縄ではいかなそうでしたね」
「報告ではあのフィンという少女が、貴族街で閃刺鉄鷲の暗殺者たちを無力化したのだったか。とてもその様な実力者とは思えなかったが……」
「そうですか? 私はむしろ、6人の中ではあの少女から一番異質な空気を感じました。おそらくあの子は笑いながら生きた人間を解体できる……そんな類の少女ですよ」
クインも10代の頃から多くの戦場を渡り歩いてきた猛者だ。戦いに身を置く者であれば、初見でもある程度のあたりをつけられる眼を持っている。
確かにその実力の程は計りづらかったが、それでもフィンからは何か異質な雰囲気を感じ取っていた。
「貴族にとりたて、その力を帝国に組み込む事にも失敗したな」
「そうなる事は予想できていましたが。しかし実際黒狼会は貴族でなくとも、帝国に協力的だ。それで良しとしなくては」
「そうだな。思えば騎士団に対して協力的だったのも、お前がいたからこそだろう」
その点はクインも同意見だった。これまでは陰ながら協力してくれていたのが、今では表立って堂々と手を携える事ができる。この事実もクインには嬉しい事だった。
「ですが実際、ヴィンチェスター殿と結社にはどう対処するのです?」
「まだ両者の繋がりを示す証拠は何もない。第一、これまで帝国でほとんど活動をしていなかった結社と、いきなり距離を詰められるとも考えにくいのだ。間に誰か入っていると考えるのが普通だろうが……」
「可能性がありそうなのはテンブルク領領主ですが。しかし彼も帝国貴族。いつ結社と関係を持つに至ったのか、それが分からない」
「現状では仮説に仮説を重ねるという、幻想に近しい予想にしかならんな」
だが常にあらゆる事態を考えておかなくてはならない。一方で、アデライアの守りに対しては楽観的でもあった。
いざとなれば帝国兵に扮した黒狼会の者をアデライアの側に配置すればいいのだ。1人側に置くだけでもその守りはかなり強固なものになると言えるだろう。
「だが群狼武風は過去の経緯もあって信用できる。得難いカードを手にできたと言えるだろう」
「それも特級の切り札です。何せ兄は結社最強だという女性に対し、これ以上ない相性を持つ魔法の使い手ですから」
「戦闘経験も十分であり、魔法の力まで兼ね備える。……つくづく敵でなくて良かったな」
ヴェルトとリステルマとの戦いは、終始ヴェルトが圧倒していた。
本気を出したリステルマにはクインも近づく前に敗れるだろう。あれと戦うには、相応の装備を整えた騎士団による連携が必要だ。決して1人で戦う手合いではない。
だが群狼武風であれば、1人で抑えきれるのだ。まさに特級戦力と呼べる。
クインは改めて、幼い頃に死に別れたと思っていたヴェルトが幻魔歴を生き抜き、こうして6人の群狼武風を連れて現在に戻ってきてくれた幸運に感謝した。
「5日後。お前には再び帝都守護職を務めてもらう」
「はい。正剣騎士団の休暇もここまでですね」
「だが各方面への睨みは利かせておきたい。特にこれからはルングーザ領とテンブルク領が匂ってきそうだからな」
そして両方とも各々で自前の領軍も持つ。またかつて戦争が多かった時代には、多くの武功もあげているのだ。
こうした領軍はクインシュバインの様な中央の騎士団とは折り合いが悪い。エリートの坊ちゃん貴族が偉そうに剣を握っている……というイメージを持たれがちなのだ。
これには領地の独立性もさながら、豊富な戦闘経験も関係している。前皇帝は自らも戦場に立つくらいの武闘派であり、こうした地方の領軍の支持も集めていた。また豪放快活な性格であり、その暴力性と相まって恐れられていた。
そんな者たちからすると、今の国内情勢を整えようとするウィックリンはいくらかやりやすい皇帝であった。
舐められている……という訳でもないが、前皇帝よりも侮られているのは確かだ。そしてその事はウィックリン自身、よく理解していた。
また騎士団の人事に着手したため、軍閥との距離感にも問題がある。ディナルドはそこをうまく埋める様に立ち回っているのだ。
「それに結社の出方ですね。現状では黒狼会と結社は敵対関係にあり、結社の狙いがアデライア様である以上、帝国とも敵対しています。ですが……」
「万が一、結社がこのままヴィンチェスター殿を通じて帝国に降り、大人しくその技術を提供してきた場合。我らは敵対する理由がなくなる」
「もちろん、アデライア様の安全と引き換えではありますが」
クインシュバインが気になっているのはここだった。結社の出方次第では、敵味方が大きく入れ替わる可能性もあるのだ。
現状ではヴィンチェスターと結社の繋がりは状況証拠でしかなく、はっきりとした確証がある訳ではない。それがまた複雑な点であり、騎士として表立った行動ができない理由でもあった。
「やはり結社の狙いを突き止めるのが先でしょうね……」
「ああ。このままではいつまで経っても後手後手だ」
研究所の話もここまで進んでしまった以上、今さら取り潰す事も難しい。下手に強権を振るえば多くの貴族の反感を生む事になる。今もなおハイラント派閥に属する者は多いのだ。
ディナルドとて自分が面倒な立場に立たされているのは分かっている。しかしディナルドはかつて、現皇帝ウィックリンに強い忠誠を誓った過去がある。
同世代である彼らは幼少の頃より何度も話す機会があった。ウィックリンは幼いながらも未来の帝国に対するヴィジョンを持っていた。
その国力に物を言わせた経済力で、大陸において絶対的な地位を築き上げる。最終的には大陸における経済の中継地点として、武力とは別のアプローチで他国を制するという構想も練っていた。
もちろんそれは絶大な軍事力があってこそ可能な話なのだが。しかし拡大路線の真っただ中で独自の理想を描き、戦火の巻き添えになる民を少しでも減らしたいというその想いには考えさられるものがあった。
何より民に思いを寄せるのは、これからの皇帝に必要な素質ではないかとも思えた。
皇帝となったウィックリンは、今も常に民を考えた政策を立案している。時々もどかしく思う事もあるが、それでも自分が忠誠を誓うのはやはりウィックリンしかいないとも思っている。
だからこそ。騎士総代という、難しい上にやりづらい職務にこうして向き合っているのだ。今ではかつて捧げた忠誠から目を背けないという、半ば意地にもなっていた。
(優しい方なのだ、陛下は。今もあの時から変わらない。まだまだこの大帝国の皇帝として、その椅子に座り続けていてもらわねば)
皇子の中には武闘派で好戦的な者もいる。フェルグレット聖王国を攻略した皇子なんかが代表的な例だろう。彼もどちらかといえばハイラント派閥と距離が近い。
(いくつか騎士団を呼び戻し、帝都の守りを厚くする必要もあるか……?)
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