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劇場の群狼武風 

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 俺たちを乗せた馬車は劇場に着くと、前回と同じく二階席へと案内される。

 だが前回とは違い、より大きな個室に通された。舞台を見下ろせる特等席には既に2人の人物が腰かけていた。

「……! まさか6人全員が来るとはな……」

「せっかくの機会だ。全員で話を聞かせてもらうぜ」

 席に座っていたのは、クインとディナルドだった。クインはディナルドには事情を説明すると言っていたし、もう群狼武風の事も知っているのだろう。

 向こうもこちらの事情を理解している。その確信もあり、俺たちは堂々とテーブルまで歩いた。ディナルドは俺たちの服に付けられたバッジを見ながら、席に座る様に促す。

「さすがに全員が座ると手狭じゃろ。わしらは適当に立ちながら話を聞いておるから、代表として坊が座るとええ」

「だから坊はやめろって……」

 だが確かに、ガードンなんかは座るとかなり幅をとるからな。俺はじいさんに促されるまま、1人席に座った。

「確認だが。ここにいる全員が魔法を使える……のだな?」

「そうだ。今日用事があるのは黒狼会ではなく、こっちの俺たちだろう?」

「うむ……。しかしまさか、あの伝説の群狼武風をこの目で見られるとは思わなかった。しかもクインの兄とは……」

「あんたも義兄として、クインたちの面倒をよくみてくれたみたいじゃないか。俺は何もしてやれなかったからな。感謝している」

 ディナルドに素直に感謝の気持ちを伝える。アドルナー家はディグマイヤー家にとって恩人と言えるだろう。そして当のディナルドは騎士総代でもある。

 これも黒狼会として、騎士団に協力する理由の1つになる。

「そういえば、昼間はリーンが剣の稽古をつけてもらったそうですね。ありがとうございます」

「気にするなよ。俺にとっても可愛い甥だ、いつ訪ねてきてくれても構わないって」

 そう答えた直後、舞台から音楽が鳴り始める。どうやら劇が始まった様だ。

「わ、すごい。舞台もキラキラしてる!」

「こんな娯楽、幻魔歴じゃお目にかかれなかったなぁ」

「もしかしたらあったのかもしれませんが。僕たちには縁がなかったでしょうね」

 みんなこうした劇を見るのは初めてになる。ガードンとじいさんはあまり興味がなさそうだった。

 演目が群狼武風絡みだったらまた違ったんだろうが、今日は前回とは違う演目みたいだ。背の高い俳優が模造剣を掲げて、高らかに声をあげている。

「……今日の演目は英雄王アルグローガ伝記の第3節。五国会談を取りまとめた時の話が中心のものだな」

「確か群雄割拠となった大陸を、ある程度まとめあげた時の話だったか」

「ほう……詳しいな」

 歴史関連の書物はダグドに集めさせ、それなりに目を通していたからな。

 五国会談とは、アルグローガが周辺にある4つの国の王を自国に招いて取りまとめた会談だ。4人の王はアルグローガに忠誠を誓い、大陸に一つの巨大な王国が生まれる事となった。それこそがゼルダンシア帝国の前身だ。

 そしてその時の王族は今も帝国の大領主として血を繋いでいる。そういえばテンブルクもその1つだったか。

「ヴィローラ様がアルグローガの父が誰なのか、いたく気になっていたが。かく言う私も気になっていてね。この辺りの考察は歴史のロマンを感じるところでもある。君はその答えを知っているのだろうが、知りたい様な、このままロマンを胸に抱いていたい様な。複雑な心境だな」

「確実にそうだと言える確証がある訳ではないが。名前と当時の状況からして、思い当たる人物は1人しかいないのは分かっている。ま、俺はあの人だろうと信じているがね」

 アルグローガの父は群狼武風の団長であるローガ。まぁまず間違いないだろう。

 シャノーラの夫が記録にないのに、子だけはアルグローガだとはっきりしている。もしローガが父親だったら、記録に残っていないのも頷ける話だ。

 俺の言葉にクインも反応を示す。

「エルセマー領では確か、恩人の血筋だと話していましたか……」

「よく覚えているな。そう、あの人がいなければ、今の俺は存在していなかっただろう。性根ももっと腐っていたはずだ。その人物こそ……」

 群狼武風団長、ローガ。そう言おうとしたところで、個室にノックが鳴る。そして扉は直ぐに開かれた。

 新たに顔を見せたのは2人の人物。1人はエルヴァールだ。だがもう1人は初めて見る顔だった。しかしその人物の顔を見るなり、クインとディナルドは席を立つ。

「久しぶりだな、ヴェルト殿」

「エルヴァール様。ご無沙汰しております」

 俺もつられて席を立つ。新たな人物の登場に、ロイたちも視線を向けていた。俺たちの視線を集めた人物はゆっくりと首を横に振る。 

「あくまで非公式の場だ。楽にしてくれ。今日は私が無理を言ってセッティングしてもらった様なものだしな」

 貴族としてのオーラはあまり感じない。どちらかといえば、街中で花に水をやっていそうな雰囲気の男性だ。隣のエルヴァールの方がよっぽど貴族らしい。

 そんな地味な印象を抱いた人物は、こちらに近づくと改めて名を名乗った。

「群狼武風の諸君には初めまして……になるな。私はウィックリン・ゼルダンシア。ゼルダンシア帝国において皇帝位にある者だ。……君たちには娘も世話になった。その礼をしたいと前々から考えていたのだよ」

 …………!! この男が……! ゼルダンシア帝国の現皇帝か……! まさかこの様な場所で……というか、こうして俺たちと顔を合わせる機会がくるとは思わなかった。

 ロイたちも驚いた様子で目を見開いている。ウィックリンはテーブルに座る様に促すと、そのまま自分も椅子に座った。

「この場にエルヴァール様もいるという事は……」

「ああ。私もヴェルト殿たちが、過去の世界から渡ってきた者だと聞いている。といっても、本当にこの間聞いたばかりなのだが」

 エルヴァールの言葉に、ウィックリンは肯定する様に頷く。

「私は音楽祭での騒動の後、娘から話を聞いたのだがね。だがこれからの帝国の体制強化を思えば、今のうちにエルヴァールも巻き込んでおいた方が良いと判断した。元々私とエルヴァールは、国内政治に対する視線が近いという事もあるしな」

 拡がり過ぎた帝国の版図をこれ以上拡大せず、国内の安定に力を注ぐ。同時に、他国に対しては経済の方面からアプローチしていき、ゆくゆくは大陸経済網の中心地として栄える構想……だったか。

 確かに現皇帝になってから、帝国も各国への侵略戦争を止めたという話だが。

 しかしこれに不満を抱いていたのが、ハイラント家を中心とする派閥だった。

 理由は簡単、ハイラント派閥は元々騎士団と距離が近い。拡大路線を止めると、割を食うのは騎士団になる。そうしたいざこざも多かったと話だけは聞いている。

「初めにアデライアからヴェルト殿たちの話を聞いた時は耳を疑ったが。しかしシャノーラ様の言い伝えもある、いつかはそんな日もくるのではないかと考えていた。もっとも、それが私の代だとは思わなかったがね」

「だがシャノーラ殿下が幻魔歴を生き残り、こうして言葉を繋いでくれたおかげで、俺たちはその筋の者ながらこうして居場所を作れたんだ。殿下には改めて感謝を捧げないとな……」

 俺たちに魔法の祝福を与え、アルグローガをこの世に生みだし。そして今の帝国の国母となった。

 クインもその帝国で名を上げる事ができたし、こうして再会する事もできた。本当にいくら感謝しても足りないくらいだ。

「さて……。できればゆっくりと話したいのだが、こう見えて忙しい身でね。早速だが本題に入らせていただこう」

 そう言うとウィックリンは周囲を見渡す。どうやら今日、俺たちに用があったのはウィックリンらしい。

「率直に言おう。貴公たちに貴族位を与えようと思う。帝国貴族となった後は騎士団に入り、娘を守ってもらいたい」
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