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路地裏の激突
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「殺人事件……?」
「そうなの。これで4人目なんだけど……」
アックスたちがルズマリアの住む屋敷に泊まった次の日。ルズマリアは紅茶を飲みながら最近領都で起こった事件を話していた。
「治安維持で巡回している兵士たちから気を付ける様に言われたのよ。最近、女子供を狙った悪質な殺人事件が起こっているみたいで……」
ルズマリアの話を聞き、ディアノーラは明確に反応した。
「詳しく聞いても良いか?」
「ええ。殺された子たちなんだけど。全身を何か細い針か管で穴があけられていて、血がほとんど残っていなかったそうなの。全員同じ死に方をしていた事から、同一犯の可能性が高いらしいんだけど……」
そこまで聞いて全員が同じ人物を思え描いていた。
針刺しオーバン。冥狼の幹部にして、帝都では名の知れた賞金首の犯罪者だ。元々オーバンは帝都で同じような殺人事件をいくつも起こしていた。
「これは……どうやら間違いないみたいだな。殺人現場について、詳しい話を聞く事は可能だろうか?」
「ここには毎日定期的に巡回が来ているから。その時に聞けば教えてもらえると思うわよ?」
やはり冥狼はここにいる可能性が高い。そう考え、ディアノーラたちは具体的な行動に移し始めた。
■
「ここか……」
巡回の兵士に話を聞いたディアノーラたちは、今日は領都の外へは出ずに街の中を捜索していた。
オーバンが起こしたと思わしき殺人事件はどれも近場で起こっており、人の気配のない暗い路地裏で行われていた。
「おそらくここまで運んでことに及んだのだろうな」
「ふん……異常者め」
ダンタリウスは心底から蔑む様な目を、血痕の残った地面に向ける。その怒りは本物であった。
「……どう思う?」
「仮にオーバンがやったとして。領都のどこかに隠れ住んでいるってこと?」
「だろうな。まさかここまで追手がかかっているとは思わず、久しぶりに殺人事件を起こしたのだろう」
アックスはあえて何も言わず、事の成り行きを見守っている。そしてここで疑問を呈したのがリーンハルトであった。
「どうしてわざわざ死体をここに残したんだろう? 死体の状態からして、見る者が見ればオーバンの仕業だと気付くはずだ。そうなればせっかく身を隠した冥狼のアドバンテージが失われる」
「異常者がそこまで考えている訳ないだろう。追跡の激しい帝都から逃げられて、気が緩んだだけだろ」
可能性はいろいろ考えられる。だが確証も物証もない。ディアノーラは少し考えてから口を開いた。
「……どちらにせよ、我々がこの地に留まれる日数は限られている。今日からはこうした路地裏を中心に、聞き込みや捜索を進めるべきだと思うが。どうだろうか」
「私は良いよ」
「ふん、僕も構わないとも」
「俺もだ。その線で行こう」
4人の視線がアックスに集中する。アックスもにやにやしながら片手をひらひらさせた。
「俺はお前らの方針に従うとも」
「お前……まったく役に立っていないな。一体何しに来たんだ?」
「ま、まぁまぁ。アックスさんがいると心強いし、いいじゃない」
「お前は何を言っているんだ? この男が心強いと感じる場面など、一度でもあったか?」
アリゼルダの言葉をダンタリウスは正面から否定する。しかし当のアックスは気にした素振りを見せなかった。
そうして4人が移動を開始し始めた時だった。不意に先頭を行くディアノーラがその足を止める。
「どうした?」
「……人の気配がする。そこにいるのは誰だっ!」
ディアノーラは正面に向かって声を発する。すると拍手をしながら角から一人の男が姿を現した。
「驚いたねぇ。まさかこの距離で気付くなんて」
「……! お前、あの時の……!」
ディアノーラはその男に見覚えがあった。アデライア救出の際、地下空間で冥狼のボスであるキヤトの側にいた男の一人だ。
「おまけに俺の事まで覚えてやがんのか。たいしたもんだ。改めて名乗らせてもらうぜぇ。俺は冥狼の幹部、オーバン。針刺しオーバンと言った方が分かりやすいか?」
「!!」
目的の人物が現れた事に、ディアノーラたちの間で緊張が走る。だがダンタリウス剣を抜くと一歩前へと出た。
「まさか貴様から姿を現すとはな……! 冥狼のおかげでルングーザ家は大きな迷惑を被った! 罪人如きがルングーザ家に泥を塗りおって……! 絶対に許さんぞ! のこのこ姿を見せた事、後悔するがいい!」
「おうおう、威勢のいい坊ちゃんだ。でもありゃ俺たちのせいじゃねぇ。俺たちもいやいや命令に従ってたんだよ」
「黙れ! ここで貴様を……!」
「ダンタリウス!」
それまであまり口出ししていなかったアックスが大きく鋭い口調でダンタリウスの名を叫ぶ。
ダンタリウスはその気迫に押され、思わず足を止めてしまうが、その一歩先に矢が刺さったのはほとんど同時だった。
「え……」
「ぼさっとすんな! 囲まれてんぞ!」
「!!」
周囲に目を向けると、いつの間にか人相の悪い男たちがディアノーラたちを取り囲んでいた。中には短弓を持っている者もいる。
「どうしてわざわざ俺の仕業だと分かる死体を、同じような場所に残しておいたと思う? ……実はお前たちが俺たちを追って、領都にきたという情報を掴んでいてなぁ。邪魔だったんで、こうしておびき寄せたのさ」
「なに……!」
「騎士に毛が生えた貴族が3人に、アルフォース家の娘が1人。そして従者らしき平民が1人。ま、嬢ちゃんは脅威なのは間違いないからなぁ。こっちもそれなりの助っ人を呼ばせてもらったぜぇ」
そう言うともう一人、男が角から姿を現した。その男を見た時、ディアノーラに強い警戒心が宿る。
「ほう! お前が彼のアルフォースの名を継ぐ娘か! お前と戦えること、楽しみにしていたぞ!」
やたらと声のでかい男だった。その男は大剣なのか槍なのか判別の難しい獲物を持っていた。
どう見ても簡単に振り回せる様な重量ではない。だというのに、男は軽々とその武器を肩に担いでいた。
「へへ。嬢ちゃんが強いのはあの時に分かっていたからなぁ。助っ人に嬢ちゃんを任せ、残った者を数の暴力で仕留める。こういう作戦って訳だ。悪く思うなよぉ。恨むならこんなところまで追ってきた自分の判断を恨むんだなぁ」
オーバンの言う事にも一理あった。元々ディアノーラたちはあくまで捜索を主にした部隊であり、冥狼残党を捕えることを目的にした部隊ではない。
オーバンらしき存在が把握できたのであれば、その時点で帝都に戻って騎士団に報告するのも選択肢の一つであった。
ディアノーラは目の前の男から、リアデインに近い気配を感じ取っていた。リアデイン並かは分からないが、近しい実力はあるかもしれない。自らも長剣を引き抜き、構えたところで。アックスが声をあげた。
「交代だ、ディアノーラ。正面は俺がやる。お前らは周囲のごろつきを片付けろ」
「え……」
「ディアノーラを中心に、隊を組んでごろつきを倒すんだ。見たところ、弓にだけ気を付けておけばそう大した奴らはいない。だが正面のこいつだけは少しまずい。ま、ここは俺に任せてなって!」
アックスは笑顔を浮かべながら前に出た。ダンタリウスは不審な表情を浮かべていたが、ディアノーラは大人しくアックスの指示に従い、後方へと下がる。
よく見れば確かに周囲を取り囲んでいる者たちは、ごろつきと呼ぶに相応しい相手だった。自分やリーンハルトなら問題ない。
ダンタリウスとアリゼルダも騎士科でそれなりの実績を残してきた者たちだ。大きな心配はいらないだろうと判断する。
「……かたじけない」
「気にすんな。こんな時のための俺だ。という訳で、お前には俺の相手をしてもらおうか」
「ふむ!? なるほど、まずは前菜という訳だな! 面白い! 身の程をわきまえぬ向こう見ずさは嫌いではないぞ!」
そう言うと男は長大な槍を振り回してみせる。空気を切る音と旋風が周囲に巻き起こった。
「改めて名乗ろう! 俺の名はガディ! 人呼んで火閃のガディ! お前が今から見るのは、人を超えた上位者の持つ力よ!」
「はは。中々可愛らしい名前じゃねぇの。んじゃ俺も名乗ろうかねぇ。俺の名はアックス。黒狼会幹部の一人さ。ああ、覚える必要はないぜ? どうせここで死ぬんだからな」
黒狼会の幹部、アックス。その名を聞いて、オーバンは初めて両目を大きく見開いた。
「な……! お、お前がアックスだとぉ!? なんでこんなところに……!」
「ふはは! 威勢の良さも申し分なし! いくぞ!」
ガディは槍の重さを感じさせない動きでアックスに迫る。その動きは確かに常人以上と言えた。
「ふんっ!」
上から勢いをつけて槍をアックスに叩きつける。だがアックスはぎりぎりまで槍を引き付けると、大きく真横に跳んだ。
着地と同時に姿勢を整え、二本の小剣を握る。右手では逆手、左手では順手に握ると、アックスはガディに向かって駆けだした。
「っらぁ!!」
懐に入り込み、一気にケリをつける。そのつもりであったが、ガディは強引に槍を真横に振り回す。アックスにぶつかる……と思われたが、当のアックスはジャンプでそれを躱す。
しかし空中に跳んで身動きの取れないアックスに対し、ガディはさらに下から槍を払い上げた。
槍の重量を考えると、これも普通の人間には不可能な動きだ。通常であればその動きを予測する事はできないだろう。しかし。
「っとぉ!」
「ほう!?」
アックスは下から迫る槍に対し、両手で握った小剣で受け止める。そのまま勢いを利用し、ガディの後方へと着地した。
いくらガディの力が異常とはいえ、この立ち位置から後ろを向いて槍を回すまでは隙が生まれる。対して、アックスは既に走り始めている。あとは走り抜ける際に小剣で斬りつけるだけ。
そう考えていた時だった。ガディは身体は振り向かず、右手の人指し指だけをアックスに向ける。その指の先端は薄っすら光っていた。
そして次の瞬間。ガディの指先から赤い閃光が迸る。
「!!」
これこそガディの二つ名の由来にして、切り札だった。指先から走る閃光は熱を帯び、対象を高熱で撃ち貫く。
発動時間は1秒にも満たない極短時間、射程距離も短くはあるが、内臓を焼かれれば対象の絶命は必至。ガディはアックスの想像を超える健闘を称え、自らの切り札を見せたのだった。
一瞬の出来事でアックスには何が起こったのか理解もできないだろう。そう思っていた。
「……へ?」
しかしアックスは閃光など受けた形跡もなく、そのままガディに距離を詰める。そしてその肉体を大きく切り裂いた。
「お……!」
おかしい。確かに命中したはずだし、アックスも避けられるタイミングではなかった。だというのに、アックスは全く動きを崩さず、自分を斬ってみせた。
その事実にガディは動揺しながらも槍を振り回す。
「はは! 全然当たっていねぇぜ! まずは俺が一勝だな!」
「お前……! ど、どうやって俺の切り札を……!」
「あぁん? 何かしたのかぁ!?」
「く……!」
もちろんアックスも自分が謎の攻撃を受けた事には気づいていたし、ガディの指先から不可思議な閃光が瞬いたのも見ていた。
しかしアックスの魔法は水を自在に操る水舞耀閃。祝福を受けた当初こそ水球を作るだけの魔法だったが、今やハギリじいさんやヴェルトの様に、その力を大きく進化させていた。
そしてその一つが今発動していた。アックスは自分の周囲に弓などの飛来物が高速で向かってきた時、ピンポイントでそれらを弾く水の膜をオートで生み出すという魔法を習得していた。
ただの水膜では、勢いよく飛んでくる物体を食い止められない。そこでアックスは、膜が常に激しく流動し、真っすぐ向かってくる運動エネルギーを無理やり方向転換させるという使い方をしていた。
ガディの放った閃光は物体ではない。しかし閃光は熱を帯びており、発現時間もごく僅か。この攻撃とアックスの水の膜が奇跡的にかみ合い、ガディの閃光を完全に食い止めていた。
この魔法が発動中は他に水の魔法は使えないし、普段の様に水を糸に見せかけて対象を切断するという魔法も使えない。
それにそもそも、水の糸をディアノーラたちに見せるつもりもなかった。第一、アックスにとってガディは、そこまで本気の魔法を使わなければならない相手でもない。
「そらそらそらぁ!」
「ぐぅ……!」
ガディは動揺を止められないまま、槍を振るい、時折指先から閃光を放つ。
だがやはりアックスには通用していなかった。的確に距離を詰められ、ガディの手傷が増えていく。
「オーバン! 聞いていないぞ! なんだ、こいつはぁ!」
「そ、その男は黒狼会の幹部だ! あの組織の幹部は、どいつもこいつも化け物揃いなんだよぉ!」
「なんだそれはぁ!」
ガディは大きく隙を見せるものの、槍を深く地面に突き刺す。これまでとは違う動きに、アックスは警戒して少し距離を置いた。
「グナトス流……! 地裂衝晃破ぁ!」
「うお!?」
ガディは槍を勢いよく振り上げると同時に、抉れた地面から石をまき散らしながら衝撃が走った。さすがに飛んでくる石の数が多く、アックスも多少は受けてしまう。
だがそのいずれもが水の膜によって弾かれており、直撃はなかった。そして土煙が晴れた時。そこにガディの姿はなかった。
「へ……」
周囲からこちらを伺っている気配もない。おそらくあの高い身体能力を活かして逃げたのだろうと考える。
そしてそう考えたのは、残されたオーバンも同様だった。
「…………!」
オーバンの判断も早かった。ガディがいなければアックスはおろか、ディアノーラも仕留められない。オーバンも即座に背中を見せ、その場から素早く撤退を開始する。
元々オーバンはアックスたちの戦いに巻き込まれない様に、距離を置いていた。ここからなら十分に逃げられる。そう思っていた。しかし。
「……へ?」
何か細い糸が周囲に走った様に見えた。目を細めるが、どこにも糸らしき物は見えない。
気のせいか……と思うのも束の間、オーバンは視界が天地逆さになっている事に気付く。
「……っ!」
思わず叫びそうになったが、声も出なかった。ふと見上げてみると、空に地面が見える。その地面には、首の無くなった自分の身体があった。
(お……! な……! 俺の……身体ぁ!? く、首!? 斬られっ!? 一体、いつ……!)
自分の身に何が起こったかは、その一瞬で理解できた。ふと端に見えるアックスの表情から、自分の首を斬ったのが彼だと理解する。
薄れゆく意識の中、何故かアックスの声をはっきりと聞き取る事ができた。
「ま、お前は逃がすと、また人様に迷惑をかける事が分かっているしな。ここで確実にやっとかないとなぁ」
その発言が最後に聞いた言葉になり、オーバンの意識は完全に闇に飲まれた。
「そうなの。これで4人目なんだけど……」
アックスたちがルズマリアの住む屋敷に泊まった次の日。ルズマリアは紅茶を飲みながら最近領都で起こった事件を話していた。
「治安維持で巡回している兵士たちから気を付ける様に言われたのよ。最近、女子供を狙った悪質な殺人事件が起こっているみたいで……」
ルズマリアの話を聞き、ディアノーラは明確に反応した。
「詳しく聞いても良いか?」
「ええ。殺された子たちなんだけど。全身を何か細い針か管で穴があけられていて、血がほとんど残っていなかったそうなの。全員同じ死に方をしていた事から、同一犯の可能性が高いらしいんだけど……」
そこまで聞いて全員が同じ人物を思え描いていた。
針刺しオーバン。冥狼の幹部にして、帝都では名の知れた賞金首の犯罪者だ。元々オーバンは帝都で同じような殺人事件をいくつも起こしていた。
「これは……どうやら間違いないみたいだな。殺人現場について、詳しい話を聞く事は可能だろうか?」
「ここには毎日定期的に巡回が来ているから。その時に聞けば教えてもらえると思うわよ?」
やはり冥狼はここにいる可能性が高い。そう考え、ディアノーラたちは具体的な行動に移し始めた。
■
「ここか……」
巡回の兵士に話を聞いたディアノーラたちは、今日は領都の外へは出ずに街の中を捜索していた。
オーバンが起こしたと思わしき殺人事件はどれも近場で起こっており、人の気配のない暗い路地裏で行われていた。
「おそらくここまで運んでことに及んだのだろうな」
「ふん……異常者め」
ダンタリウスは心底から蔑む様な目を、血痕の残った地面に向ける。その怒りは本物であった。
「……どう思う?」
「仮にオーバンがやったとして。領都のどこかに隠れ住んでいるってこと?」
「だろうな。まさかここまで追手がかかっているとは思わず、久しぶりに殺人事件を起こしたのだろう」
アックスはあえて何も言わず、事の成り行きを見守っている。そしてここで疑問を呈したのがリーンハルトであった。
「どうしてわざわざ死体をここに残したんだろう? 死体の状態からして、見る者が見ればオーバンの仕業だと気付くはずだ。そうなればせっかく身を隠した冥狼のアドバンテージが失われる」
「異常者がそこまで考えている訳ないだろう。追跡の激しい帝都から逃げられて、気が緩んだだけだろ」
可能性はいろいろ考えられる。だが確証も物証もない。ディアノーラは少し考えてから口を開いた。
「……どちらにせよ、我々がこの地に留まれる日数は限られている。今日からはこうした路地裏を中心に、聞き込みや捜索を進めるべきだと思うが。どうだろうか」
「私は良いよ」
「ふん、僕も構わないとも」
「俺もだ。その線で行こう」
4人の視線がアックスに集中する。アックスもにやにやしながら片手をひらひらさせた。
「俺はお前らの方針に従うとも」
「お前……まったく役に立っていないな。一体何しに来たんだ?」
「ま、まぁまぁ。アックスさんがいると心強いし、いいじゃない」
「お前は何を言っているんだ? この男が心強いと感じる場面など、一度でもあったか?」
アリゼルダの言葉をダンタリウスは正面から否定する。しかし当のアックスは気にした素振りを見せなかった。
そうして4人が移動を開始し始めた時だった。不意に先頭を行くディアノーラがその足を止める。
「どうした?」
「……人の気配がする。そこにいるのは誰だっ!」
ディアノーラは正面に向かって声を発する。すると拍手をしながら角から一人の男が姿を現した。
「驚いたねぇ。まさかこの距離で気付くなんて」
「……! お前、あの時の……!」
ディアノーラはその男に見覚えがあった。アデライア救出の際、地下空間で冥狼のボスであるキヤトの側にいた男の一人だ。
「おまけに俺の事まで覚えてやがんのか。たいしたもんだ。改めて名乗らせてもらうぜぇ。俺は冥狼の幹部、オーバン。針刺しオーバンと言った方が分かりやすいか?」
「!!」
目的の人物が現れた事に、ディアノーラたちの間で緊張が走る。だがダンタリウス剣を抜くと一歩前へと出た。
「まさか貴様から姿を現すとはな……! 冥狼のおかげでルングーザ家は大きな迷惑を被った! 罪人如きがルングーザ家に泥を塗りおって……! 絶対に許さんぞ! のこのこ姿を見せた事、後悔するがいい!」
「おうおう、威勢のいい坊ちゃんだ。でもありゃ俺たちのせいじゃねぇ。俺たちもいやいや命令に従ってたんだよ」
「黙れ! ここで貴様を……!」
「ダンタリウス!」
それまであまり口出ししていなかったアックスが大きく鋭い口調でダンタリウスの名を叫ぶ。
ダンタリウスはその気迫に押され、思わず足を止めてしまうが、その一歩先に矢が刺さったのはほとんど同時だった。
「え……」
「ぼさっとすんな! 囲まれてんぞ!」
「!!」
周囲に目を向けると、いつの間にか人相の悪い男たちがディアノーラたちを取り囲んでいた。中には短弓を持っている者もいる。
「どうしてわざわざ俺の仕業だと分かる死体を、同じような場所に残しておいたと思う? ……実はお前たちが俺たちを追って、領都にきたという情報を掴んでいてなぁ。邪魔だったんで、こうしておびき寄せたのさ」
「なに……!」
「騎士に毛が生えた貴族が3人に、アルフォース家の娘が1人。そして従者らしき平民が1人。ま、嬢ちゃんは脅威なのは間違いないからなぁ。こっちもそれなりの助っ人を呼ばせてもらったぜぇ」
そう言うともう一人、男が角から姿を現した。その男を見た時、ディアノーラに強い警戒心が宿る。
「ほう! お前が彼のアルフォースの名を継ぐ娘か! お前と戦えること、楽しみにしていたぞ!」
やたらと声のでかい男だった。その男は大剣なのか槍なのか判別の難しい獲物を持っていた。
どう見ても簡単に振り回せる様な重量ではない。だというのに、男は軽々とその武器を肩に担いでいた。
「へへ。嬢ちゃんが強いのはあの時に分かっていたからなぁ。助っ人に嬢ちゃんを任せ、残った者を数の暴力で仕留める。こういう作戦って訳だ。悪く思うなよぉ。恨むならこんなところまで追ってきた自分の判断を恨むんだなぁ」
オーバンの言う事にも一理あった。元々ディアノーラたちはあくまで捜索を主にした部隊であり、冥狼残党を捕えることを目的にした部隊ではない。
オーバンらしき存在が把握できたのであれば、その時点で帝都に戻って騎士団に報告するのも選択肢の一つであった。
ディアノーラは目の前の男から、リアデインに近い気配を感じ取っていた。リアデイン並かは分からないが、近しい実力はあるかもしれない。自らも長剣を引き抜き、構えたところで。アックスが声をあげた。
「交代だ、ディアノーラ。正面は俺がやる。お前らは周囲のごろつきを片付けろ」
「え……」
「ディアノーラを中心に、隊を組んでごろつきを倒すんだ。見たところ、弓にだけ気を付けておけばそう大した奴らはいない。だが正面のこいつだけは少しまずい。ま、ここは俺に任せてなって!」
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ダンタリウスとアリゼルダも騎士科でそれなりの実績を残してきた者たちだ。大きな心配はいらないだろうと判断する。
「……かたじけない」
「気にすんな。こんな時のための俺だ。という訳で、お前には俺の相手をしてもらおうか」
「ふむ!? なるほど、まずは前菜という訳だな! 面白い! 身の程をわきまえぬ向こう見ずさは嫌いではないぞ!」
そう言うと男は長大な槍を振り回してみせる。空気を切る音と旋風が周囲に巻き起こった。
「改めて名乗ろう! 俺の名はガディ! 人呼んで火閃のガディ! お前が今から見るのは、人を超えた上位者の持つ力よ!」
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「な……! お、お前がアックスだとぉ!? なんでこんなところに……!」
「ふはは! 威勢の良さも申し分なし! いくぞ!」
ガディは槍の重さを感じさせない動きでアックスに迫る。その動きは確かに常人以上と言えた。
「ふんっ!」
上から勢いをつけて槍をアックスに叩きつける。だがアックスはぎりぎりまで槍を引き付けると、大きく真横に跳んだ。
着地と同時に姿勢を整え、二本の小剣を握る。右手では逆手、左手では順手に握ると、アックスはガディに向かって駆けだした。
「っらぁ!!」
懐に入り込み、一気にケリをつける。そのつもりであったが、ガディは強引に槍を真横に振り回す。アックスにぶつかる……と思われたが、当のアックスはジャンプでそれを躱す。
しかし空中に跳んで身動きの取れないアックスに対し、ガディはさらに下から槍を払い上げた。
槍の重量を考えると、これも普通の人間には不可能な動きだ。通常であればその動きを予測する事はできないだろう。しかし。
「っとぉ!」
「ほう!?」
アックスは下から迫る槍に対し、両手で握った小剣で受け止める。そのまま勢いを利用し、ガディの後方へと着地した。
いくらガディの力が異常とはいえ、この立ち位置から後ろを向いて槍を回すまでは隙が生まれる。対して、アックスは既に走り始めている。あとは走り抜ける際に小剣で斬りつけるだけ。
そう考えていた時だった。ガディは身体は振り向かず、右手の人指し指だけをアックスに向ける。その指の先端は薄っすら光っていた。
そして次の瞬間。ガディの指先から赤い閃光が迸る。
「!!」
これこそガディの二つ名の由来にして、切り札だった。指先から走る閃光は熱を帯び、対象を高熱で撃ち貫く。
発動時間は1秒にも満たない極短時間、射程距離も短くはあるが、内臓を焼かれれば対象の絶命は必至。ガディはアックスの想像を超える健闘を称え、自らの切り札を見せたのだった。
一瞬の出来事でアックスには何が起こったのか理解もできないだろう。そう思っていた。
「……へ?」
しかしアックスは閃光など受けた形跡もなく、そのままガディに距離を詰める。そしてその肉体を大きく切り裂いた。
「お……!」
おかしい。確かに命中したはずだし、アックスも避けられるタイミングではなかった。だというのに、アックスは全く動きを崩さず、自分を斬ってみせた。
その事実にガディは動揺しながらも槍を振り回す。
「はは! 全然当たっていねぇぜ! まずは俺が一勝だな!」
「お前……! ど、どうやって俺の切り札を……!」
「あぁん? 何かしたのかぁ!?」
「く……!」
もちろんアックスも自分が謎の攻撃を受けた事には気づいていたし、ガディの指先から不可思議な閃光が瞬いたのも見ていた。
しかしアックスの魔法は水を自在に操る水舞耀閃。祝福を受けた当初こそ水球を作るだけの魔法だったが、今やハギリじいさんやヴェルトの様に、その力を大きく進化させていた。
そしてその一つが今発動していた。アックスは自分の周囲に弓などの飛来物が高速で向かってきた時、ピンポイントでそれらを弾く水の膜をオートで生み出すという魔法を習得していた。
ただの水膜では、勢いよく飛んでくる物体を食い止められない。そこでアックスは、膜が常に激しく流動し、真っすぐ向かってくる運動エネルギーを無理やり方向転換させるという使い方をしていた。
ガディの放った閃光は物体ではない。しかし閃光は熱を帯びており、発現時間もごく僅か。この攻撃とアックスの水の膜が奇跡的にかみ合い、ガディの閃光を完全に食い止めていた。
この魔法が発動中は他に水の魔法は使えないし、普段の様に水を糸に見せかけて対象を切断するという魔法も使えない。
それにそもそも、水の糸をディアノーラたちに見せるつもりもなかった。第一、アックスにとってガディは、そこまで本気の魔法を使わなければならない相手でもない。
「そらそらそらぁ!」
「ぐぅ……!」
ガディは動揺を止められないまま、槍を振るい、時折指先から閃光を放つ。
だがやはりアックスには通用していなかった。的確に距離を詰められ、ガディの手傷が増えていく。
「オーバン! 聞いていないぞ! なんだ、こいつはぁ!」
「そ、その男は黒狼会の幹部だ! あの組織の幹部は、どいつもこいつも化け物揃いなんだよぉ!」
「なんだそれはぁ!」
ガディは大きく隙を見せるものの、槍を深く地面に突き刺す。これまでとは違う動きに、アックスは警戒して少し距離を置いた。
「グナトス流……! 地裂衝晃破ぁ!」
「うお!?」
ガディは槍を勢いよく振り上げると同時に、抉れた地面から石をまき散らしながら衝撃が走った。さすがに飛んでくる石の数が多く、アックスも多少は受けてしまう。
だがそのいずれもが水の膜によって弾かれており、直撃はなかった。そして土煙が晴れた時。そこにガディの姿はなかった。
「へ……」
周囲からこちらを伺っている気配もない。おそらくあの高い身体能力を活かして逃げたのだろうと考える。
そしてそう考えたのは、残されたオーバンも同様だった。
「…………!」
オーバンの判断も早かった。ガディがいなければアックスはおろか、ディアノーラも仕留められない。オーバンも即座に背中を見せ、その場から素早く撤退を開始する。
元々オーバンはアックスたちの戦いに巻き込まれない様に、距離を置いていた。ここからなら十分に逃げられる。そう思っていた。しかし。
「……へ?」
何か細い糸が周囲に走った様に見えた。目を細めるが、どこにも糸らしき物は見えない。
気のせいか……と思うのも束の間、オーバンは視界が天地逆さになっている事に気付く。
「……っ!」
思わず叫びそうになったが、声も出なかった。ふと見上げてみると、空に地面が見える。その地面には、首の無くなった自分の身体があった。
(お……! な……! 俺の……身体ぁ!? く、首!? 斬られっ!? 一体、いつ……!)
自分の身に何が起こったかは、その一瞬で理解できた。ふと端に見えるアックスの表情から、自分の首を斬ったのが彼だと理解する。
薄れゆく意識の中、何故かアックスの声をはっきりと聞き取る事ができた。
「ま、お前は逃がすと、また人様に迷惑をかける事が分かっているしな。ここで確実にやっとかないとなぁ」
その発言が最後に聞いた言葉になり、オーバンの意識は完全に闇に飲まれた。
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公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
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長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
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