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帝都の冥狼 劇場への誘い

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 帝都某所。そこでは冥狼のボスであるキヤトと、幹部たちが終結していた。話の内容はもちろん、先日の事である。

「ボス……まずいですぜ。今度という今度は、騎士団も本気だ。あんな真似をした俺たちを、騎士団は決して許さない」

「だから表に出るのは反対だったんだ……! くそ、リアデインの奴……! 勝手するだけして、自分はさっさとくたばりやがって……!」

「だが騎士団はハイラントが抑えてくれるんじゃ……?」

 その疑問に答えたのは、針刺しオーバンだった。

「ハイラントだがなぁ。奴さん、宮中で力を失ったよ」

「……は?」

「地下闘技場で保管していた資料が盗まれたのは知ってるだろぉ? どうやらそれがミドルテアの手に渡っていたみたいでなぁ。俺たちとの繋がりが疑われたばかりか、閃刺鉄鷲の暗殺者を自分の派閥に放っていたっていう噂も立っている。これも流したのはミドルテア派だろうがなぁ」

 ヴェルトから資料を受け取ったエルヴァールの動きは早かった。彼は正面からヴィンチェスター・ハイラントを糾弾する様な事はせず、騎士団や一部の者たちと資料を共有した。

 腐ってもハイラントは帝国において大貴族の一人だ。その彼が失脚すれば、影響は多くの方面で出てくる。

 具体的に言えば、騎士団絡みの利権や各地領主に対する影響力、商売や裏組織との繋がりを含めた絡み、その他既得権益だ。その中には宮中における人事権も含まれる。

 それに下手すれば巨大派閥が空中分解を起こし、末端の者が勝手に動く可能性もあった。

 下手に失脚させるのもリスク。そのため、ヴィンチェスターには分かりやすい形での冷や飯を食わせる事にした。

 皇帝は直々に地方への休養を命じ、ヴィンチェスターがそれに従わざるを得ない状況を作り出したのだ。

 彼も冥狼との繋がりを示す証拠を直接突きつけられた訳ではないが、騎士団や有力貴族の動きから、完全に外堀は埋められていると理解した。

「名前だけのハイラント派閥は残ってはいるが。しばらくミドルテア派閥が幅を利かす事になるだろうなぁ。そしてミドルテア家の背後にいるのは黒狼会だ。これまでどの組織とも関係を持ってこなかったミドルテアとどうやって距離を詰めたのかは分からねぇが、こいつはまずい。冥狼は組織としても、与した貴族も完全に食われた形だ。既にガーラッドの野郎が冥狼関連組織にこの事を吹聴してやがる。うちから離れる組織も増えるだろうよぉ」

 このまま騎士団の本格的な捜査が進むと冥狼としてもまずい。地下闘技場の場所もばれている以上、その内調査委の手が入ってくるだろう。

 信じられない事に、いつの間にか冥狼は組織としての影響力で黒狼会に追い抜かされていた。だがキヤトは誰もいない壁を睨みつける。

「……まだだよ。私たちには例の結社がついているんだ」

「ボス。その結社の者も、黒狼会には……」

「あぁ!? てめぇ、まさか俺があいつらに劣っているって言うのか、あぁん!?」

 声を荒げながら部屋に入ってきたのはグナトスだった。グナトスは腹部に包帯を巻いている。

「グナトスさん。その、今回の件。結社は……」

「その前に確認しとく事がある。リアデインをやったのは黒狼会のボスであるヴェルト。間違いないな?」

「え、ええ」

 ヴェルトについても頭の痛い問題だった。何せリアデインはヴェルトをヴェルトハルト・ディグマイヤーと言ったのだ。

 帝都でディグマイヤーと聞けば、正剣騎士団団長のクインシュバインしか心辺りは存在しない。年齢からいって息子という訳ではないだろうが、おそらく血縁なのだろう。

 リアデインを圧倒する実力に、貴族としての影響力。おそらくは騎士団とも深く関わっている。ミドルテアと距離を詰められたのも、ディグマイヤーの名が無関係とも考えづらい。

 表では騎士団が、裏では黒狼会が追い詰めてくる。冥狼にとってかなりやりにくい相手だった。

 今にして思うと、黒狼会最高幹部たちの過去が洗えなかったのは、ディグマイヤー家を含む帝国貴族が全力でその痕跡を消したからかもしれない。

「リアデインの死体は確認したが、いくつか不可解な点もあった。ヴェルトはどんな武器を使っていた?」

「え……と。確か剣と、何かの飛び道具も使っていた」

「剣……?」

 グナトスは地下通路で朽ちたリアデインの死体の姿を思い出す。全身は細かく切り刻まれており、肉片も多く飛び散っていた。剣による外傷と言われれば、違和感が強く残る。

 そして何より、その死体からはリアデインの身体に埋め込まれたエルクォーツが、2つとも的確に抜かれていた。偶然ではないだろう。

「はん……。まぁ考えていても分からねぇか。だが総裁には報告しておく必要がある。それに今回、俺が帝都に来た目的は別件だからな……」

「目的……? 我々の2年における実験成果を取りにこられたのでは……?」

「あぁ? ……ふん、実験結果か。まぁそれもあるがな。もっと優先順位が大きな任務があんのさ。だが黒狼会をそのままにもしておけねぇ。おい。黒狼会の幹部で人相の悪くて図体がでかい男はガードンっていうんだな?」

「は、はい」

 グナトスは片目をつぶりながら自分の役割を再認識する。そして両手で強く握りこぶしを作った。

「ヴィンチェスターが持つ石は絶対回収しなければならねぇもんだ……。もうすぐあいつらも帝国領に来る。考えるのはそれからでもいい……」
 



 
 ダグドを通してフィアナを援助し、徐々に影狼復活に向けて黒狼会も動き出す。もうすぐフィアナには影狼の新なボスとして裏社会に喧伝してもらい、帝都から冥狼の影響力をこそぎ取っていく予定だ。

 だが影狼が冥狼にそっくり取って代わり、貴族界や犯罪組織と変に距離を詰められても困る。ある程度の首輪は必要だろう。

「ま、ダグドにはその辺も含めて上手くコントロールしてもらうか」

 増々ダグドの負担は増すな。まぁあいつも二大組織の一つを間接的に支配する立場に立つんだ。やりがいは十分だろう。

「ヴェルトさん。エルヴァール様から手紙が届いています」

「ありがとう。読むよ」

 ミュリアから手紙を受け取り、俺は早速中身を確認した。内容は俺を貴族街にある劇場に誘うものだった。そこで劇を見ながら話をしたいらしい。

 日付も指定されており、初対面の時からこちらの都合を気にしていたエルヴァールにしては珍しいと感じた。

「ふぅむ……。エルヴァールだけであれば、俺の空いている日に合わせてくるはずだ。他にも同席する貴族がいる可能性があるな……」

 帝国貴族の一部は俺がアデライアを救出したことを知っているため、中には話を聞きたがっている奴もいるはずだ。むしろ今日まで騎士団から召致されていない事に違和感を覚えていた。

「今はもうエルヴァールの屋敷に詰めている訳じゃないからな。俺と話すにはこういう形を取るか、商売の絡みで会うくらいになる。そしてエルヴァールと繋がっている黒狼会に対し、同じく距離を詰めておきたい貴族も出る頃合いだろうが……」

 黒狼会としては、エルヴァール以外の貴族と変に懇意になるつもりはない。貴族の世界で影響力を広くしても、面倒事の方が多くなるリスクがあるからだ。

 大貴族であるエルヴァールの後ろ盾がある。黒狼会はこれで十分だ。あえてこれ以上の繋がりを持つとすれば、ガルメラードくらいだろう。

「ま、日付が指定されている以上、大人しく従うさ。最近はいろいろと余裕もできたしな」

 冥狼はあれ以来なりをひそめているし、黒狼会の関連組織が襲撃される事もない。アックスたちに見回りはしてもらっているが、何も異常はない。黒狼会としては商売も順調だ。

「そういや最近、リリアーナの姿を見てないな……。まぁ何もないとは思うが」

 あいつもそれなりの使い手の様だし、いざという時は自分の身くらい自分で守れるだろう。そう考え、俺は劇場に行く当日の服装をどうするかと考えるのであった。
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