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ガーラッド邸に迫る黒甲冑 報復の黒狼会

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 フィンと共に屋敷へと戻る。既にアックスたちも帰還しており、俺たちは再び会議室へと移動した。

 よく見るとじいさんも仮面を持っている。

「殺したのか?」

「自刃しおったんじゃ。わしはちゃんと生かして捕えようとしたわい」

 聞けばアックスたちの追いかけていた暗殺者は、逃げきれないと悟るやその場で自らの喉を刺したらしい。徹底してやがるな。

 ためらいなく死ねる覚悟といい、相当狂った奴らの集まりの様だ。俺は改めてフィンとガードンに、ロイ案の説明を行う。

「ほう。俺たちが直接出向くのか」

「ああ。幹部たちの自宅ももう調べはついている。雷弓真も黒狼会と同じく、見かけはちゃんと商売をして税を納めている営利団体だからな。この辺りを調べるのは簡単だった」

 これが本物の闇組織と、俺たち地域振興会との違いだろう。

 中には脅しやゆすり、詐欺など働いている組織も多いが、見かけ上はちゃんと一営利団体として機能しているところが多い。一方で闇組織は、本当にその全容が掴めない。

「早速今から行くか?」

「……いや。明日の早朝にしよう」

「なんでー?」

「さっき魔法を使って疲れたというのもあるが。夜よりも早朝の方が、幹部たちも自宅に帰っている可能性が高いんじゃないか?」

 それに他にも暗殺者の仲間が近くを張っている可能性もある。

 今日だけで3人の暗殺者が消えたのだ、まだ仲間が残っていれば、何らかのアクションを起こしてくるかもしれない。

 閃刺鉄鷲の情報は少ないが、狂った奴らの集団だというのは分かっているからな。警戒はしておきたいのだ。

「乗り込んだ先で幹部がいなかったら?」

「黒狼会の仕業だと分かる様に暴れて帰ればいい。その後は自由行動だ」

 細かな指示は出さず、各々の裁量に任せる。今の俺たちは群狼武風だった頃とは違い、一隊を預かっての集団行動なんてしないからな。

 それにここにいる誰もが、個人で相応の実力を持つ者たちだ。下手にあれこれ指示を出すより、好きにやらせた方が効率が良いだろう。

「一応暗殺者には警戒しておけよ。毒の類も持っているだろうしな」

 ある程度の打ち合わせを終え、朝まで身体を休める。気になるのは先ほど戦った化け物の存在だ。あんな怪物、これまで見た事がない。

 お嬢さんたちの様子を見るに、帝都だから偶に見るとかいう手合いでもないだろう。

 それにフィンが言うには、何の前兆もなく急に姿を変化させたとの事だ。俺は感覚の戻った左腕に視線を向ける。

(……あれだけの力だ、脅威なのは間違いない。被害を少なく留めるには、魔法の力は必須。化け物の正体……仕組みは把握したいが……)

 魔法の力有りであれば、絶望的な脅威という訳でもない。しかし人目があれば、こちらは魔法が使いにくい。

 ロイであれば複数の化け物相手でも戦えるだろうが、確実に派手な魔法を使う事になる。

「今は考えていても仕方ないな。それに化け物の存在は騎士団にも知られるところになった。下手に首を突っ込むのも藪蛇だな」

 今は目の前のことに集中しよう。そう考え、俺は静かに両目を閉じた。



 

「…………」

 ガーラッドは眠れない夜を過ごし、朝を迎えた。理由はオーバンが貸してくれた閃刺鉄鷲の暗殺者たちだ。

(どうなっている……!? 何故誰も帰ってこない……!?)

 初めに異常を感じ取ったのは、暗殺者の一人である黒一だった。

「黒狼会に潜り込ませていた黒三からの定期連絡が途絶えた……!?」

「ああ。黒三は決して連絡を怠る男ではない。何か連絡ができなくなった理由があるのだろう。しばらくここを離れるぞ」

 そう言って黒二と共に屋敷を出て行った。しかし一晩明けた今も誰も帰ってこないのだ。

 閃刺鉄鷲の暗殺者たちの実力に疑いはない。彼らが最近貴族街で白昼堂々仕事をしたという話も聞いた。

 何より冥狼が、中途半端な戦闘員を貸し出すことなどあり得ない。

「あいつらは間違いなく本物だ。いくら黒狼会が武力で成り上がったとはいえ、所詮は素人。殺しのプロって訳じゃあない。一体何があったんだ……?」

 暗殺者たちの存在が黒狼会に悟られ、返り討ちにあったとは考えにくい。もしばれたら、暗殺者たちもその事をこちらに伝えるくらいはできるはずだ。

 そもそも密かに忍び寄る暗殺者をどうやって見つけられるというのだ。ガーラッドはそう考えていた。

「とはいえ、黒狼会の力が測り切れていなかったのは確かだ。本来ならもう少し情報を集めてから動くつもりだったが……」

 しかし冥狼から指示が飛び、お膳立てまでされた。ここまでされて動かない訳にはいかない。

 それに戦闘員の差し入れまで受けたのだ。ある意味、この抗争の勝利は約束されている様なものだった。

「冥狼が黒狼会を放置しないことは分かっていた。自らの派閥に誘い、それを正面から蹴ってきたんだ。これを許せば、いい笑い者になっちまう。それにあの規模の組織が影狼の派閥に入られても厄介だ」

 影狼は冥狼に比べると、積極的に自派閥を拡大している訳ではない。というより、この数年は活動自体があまり表に出てきていない。

 その分、粒ぞろいの組織が多い印象だ。そこに資金力に加え、話題性もある黒狼会が入るという展開は避けたかった。

「……くそ。黒一たちはどこで油売ってやがんだ……」

 もう日も昇り始めた。一度仮眠を取るか。そう考えていた時だった。不意に部屋の扉が開かれる。

「誰だ!?」

 ここは雷弓真のボスたるガーラッドの私室だ。ノックも無しに入ってくる奴は、屋敷に駐留している構成員や使用人たちの中にはまずいない。

 考えられるとすれば、黒一たち閃刺鉄鷲の暗殺者。ガーラッドはやや機嫌を損なったが、一方でどこか安心もしていた。しかし。

「久しぶりだな、ガーラッド。要件は分かっているな?」

 部屋に入ってきたのは、全身を黒い甲冑で身を固めた男だった。

 そしてガーラッドは、帝都でそんな奇妙な恰好をする者なんて、一人しか思い当たる人物がいなかった。




 
「お……! お前……! ヴェルト……!?」

「さすがにこの恰好だと、顔は見せなくても分かるか」

 日が出始めた早朝。俺は一人でガーラッドの屋敷に入り込んだ。目についた使用人や雷弓真の構成員たちは、速攻で気絶させていく。

 少し騒ぎにはなったが、ガーラッドの部屋までは距離もあり、ここまで走れる者は残っていなかった。

 俺は構成員の一人を適度に脅し、ガーラッドの居場所を確認する。幸い屋敷の私室にいるとの事だった。もし外に出ている様なら、しばらく待たせてもらおうかと考えていたところだ。

「一体どうやってここまで……!? 他の奴らは何をしていた!?」

「俺の視界に入った奴でしばらくまともに動ける奴はいない。これからこの屋敷を訪ねてくる者までは把握していないがな」

 ガーラッドの顔色は見る見るうちに悪くなっていく。

 今は以前会った時とは違い、周囲に配下もいないのだ。一人で俺と相対する事に多少は緊張しているのだろう。

「ガーラッド。あんたには美味い飯と酒をご馳走になったからな。個人的には仲良くやっていこうと思っていたんだ。本当だぜ?」

 ゆっくりとガーラッドに近づいて行く。ガーラッドの背後には壁しかなく、既に逃げ場はなかった。

「黒狼会の掟にこういうのがあってな。売られた喧嘩は全て買う。身に覚えがあるだろ?」

「……何のことだ?」

「赤柱のことを言っているんだがな。あんたがあいつらをけしかけたおかげで、世話になっている商人に迷惑がかかっちまった。黒狼会としても付き合いの深い人だ。どうしてくれる?」

 語気に殺気を込め、低い声で問いかける。

 だがさすがに雷弓真のボスだけあり、声はまだ落ち着いていた。

「なんだぁ、赤柱ってのは。冥狼の派閥にそんな名前の組織があったかもしれねぇが、俺とは何も関係はねぇなぁ!」

「ほぉう? あいつらはお前の指示で、黒狼会と商人を狙ったと吐いたがなぁ……」

「証拠はあんのかぁ!? てめぇもボスなら、一々ほら吹きを信じこんでんじゃねぇ! それよりてめぇ、よくもこんな真似をしてくれたなぁ!? 分かってんのか!? 雷弓真は冥狼の直接の下部組織だぞ! お前、帝都を無事な姿で出歩けると思ってんのか、あぁ!?」

 冥狼の影響力を引っ張りだし、俺を言いがかりだと決めつけて追い出す気か。だがもうその段階の話は終わっている。

 俺は手に持っていた布につつまれた物体を、ガーラッドの足元へ放り投げた。

「あん……!? …………!!!! こ……!! これは……!!」

 布から滑り出てきたのは、暗殺者たちが身に付けていた仮面だった。

 きっちり三つ。それを見てガーラッドは顔色を大きく変える。声にも震えが混ざり始めた。

「ば……!? や……やった、のか……!?」

「…………」

 俺は無言でいる事を選ぶ。

 しかしやはりあの暗殺者たちはこいつらが仕掛けたことか。確証はなかったが、ガーラッドの反応で確信を得た。

 さらに何かしゃべらないかと、俺は無言を続ける。

「あ……ありえねぇ……! それも……三人……全員……!」

「なかなか口は固かったが。うちにも拷問好きの奴がいてな。中には全身を化け物みたいに変えた奴もいたぜ?」

「ひぃ……っ!!」

 化け物の存在を、拷問の結果だと匂わせる様に話す。

 だがガーラッドは純粋に拷問だと信じた様子だった。化け物の事は知らないか……?

「これ以上の説明は必要か?」

「く……! そ、それで、俺に報復しようってか!? い、言っておくが、雷弓真の規模は黒狼会よりも上だ! ボスである俺に何かあったら、残った幹部連中は全員黒狼会に殺到するぞ……!」

「それはない」

 強い語気で断言する。そうして俺はさらにガーラッドに距離を詰めた。

「今ごろ幹部連中は全員、先にお前を待っているだろう」

「は……?」

「あの世でな」

「…………!!」

 青かったガーラッドの顔が、今度は白くなっていく。俺がこの時間に、一人でここにいる意味を察したのだろう。

「お前の言う通り、うちは雷弓真ほどでかくはないからな。他は仲間たちに任せて、ここには俺一人で来たわけだ。ボスはボス同士、話した方がいいだろう?」

「あ……暗殺者だけでなく……他の連中もやったってのか……!?」

「ああ。向こうももう終わっているだろう」

 完全に互いの距離が縮まったところで、俺はガーラッドの肩に手を置く。ガーラッドはびくりと震えた。

「どうした、何を怖がっている? この前会ったお前はもっと堂々としていただろう?」

「あ……う……」

「ガーラッド。お前にはいろいろ聞きたいことがある。しばらく眠ってもらおうか。……安心しろ、次に目を覚ました時。そこは素敵な場所だ」

 そう言うと、俺は手加減を考えつつガーラッドの意識を奪った。
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