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ゲームと皇女と若き貴族たち
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ヴェルトが帝都を出て直ぐ。アックスたちは賞金首リストを確認していた。
「おうおう、どいつも良い面構えしてやがんじゃねぇか!」
「賞金は各々好きにしてええということじゃったのぅ」
「でもリストに記載されている賞金首が全員、この帝都にいる訳ではないんですよね?」
「そうかもだけどさー。私は何人かはいると思うな!」
「ああ。帝都で犯罪を犯した者も多く含まれている。何よりこれだけの人口だ。隠れるにはもってこいだろう」
中でも全員が注目していたのは、賞金500万エルクの怪物だった。凶悪な事件性はもちろん、目撃談による化け物の見た目にも強い興味を持ったのだ。
「ミュリアちゃん。俺たちがやるべき仕事って何かある?」
「アックスさんとガードンさんは夜から依頼のあった地区の見回りを。ロイさんはここでヴェルトさんの代行を。フィンさんとハギリさんは特に予定はありませんが、夜間はなるべくここ本拠地に居ていただきたいです」
「つまりロイ以外は街をぶらつく余裕があるって訳だ」
元々群狼武風にいた頃は、アックスはヴェルト隊の副隊長としてサポートをしていた。
だが帝都に来てからは、ロイがヴェルトのサポートをする機会が増えていた。
今もヴェルト不在の帝都において、ヴェルトの代行を任されている。
これはアックスが責任者の代行は面倒だと考えていたのと、ヴェルトがロイを管理職として教育したいという思惑が重なった結果であった。
「あ、じゃあさ! 誰が一番賞金を稼げるか勝負しない?」
「お! 面白そうだな!」
「この広い帝都で、いるかどうかも分からん賞金首探しか? 骨が折れるのぅ。……で、どういうルールでやるのじゃ?」
「参加者はヴェルトを除いた私たち5人! 20日ごとに集計を行い、一番稼いだ人が勝ち! てのはどう?」
フィンを中心に、ゲームのルールが出来上がっていく。ミュリアは凶悪犯罪者を、まるで景品の様に話す5人を見て若干あきれていた。
この数日で黒狼会の最高幹部たちが、自分たちとは少しずれた者たちであるという事には気づいていた。基本的に緊張感がないのだ。
しかし適当という訳でもなく、黒狼会の威光を庶民に振りかざすこともしない。むしろよく気を回している方だろう。近くで見れば見るほど、奇妙な集団にしか思えなかった。
「俺からも一ついいか?」
「なになに、ガードン」
「もしターゲットがバッティングした場合。最初に見つけた者が3割、捕まえた奴が7割でどうだ」
「つまりもしバッティングしても、見つけた者が最後まで面倒をみれば10割ということじゃな。わしは構わんよ」
「見失った場合はそいつの不手際、後から俺が最初に見つけたって言うのは無しだぜ」
ある程度ルールが固まったところで、ロイを除く4人は屋敷を出て行った。
「僕はヴェルトさんが帰ってくるまではお留守番ですね」
「……よろしいのですか? 賞金首探しなど、少し危険なのではと思いますが」
「ああ見えてみんな引き際はわきまえています。それに黒狼会としての仕事を放りだすことはないですよ。心配ないでしょう」
賞金首を探すとなれば、人が寄り付かない相応の地区や、他の組織とぶつかる可能性がある。
仮にも黒狼会の最高幹部に何かあれば、自分たちと懇意にしている住民や商人たちにも影響が出てくるのでは。
ミュリアはそういった意味で話したのだが、ロイには微妙に話が通じていなかった。
(6人の中では、ロイさんが比較的私たちに雰囲気が近いのですが。こういう危機管理意識は他の人たちとあまり変わりませんね……)
大商人の娘として育ってきたミュリアとしては、組織運営には慎重を期してほしいと思うのであった。
■
リーンハルト・ディグマイヤーは忙しい日々を送っていた。貴族院にいる間はヴィローラ皇女の護衛を務め、その合間を縫って自身も選択科目の授業を受けていく。
特に騎士団入りを目指すリーンハルトとしては、騎士科の科目は落とせなかった。
厳密に言えば、騎士科の科目を取らなければ騎士団に入れない訳ではない。貴族の全員が貴族院に通う訳ではないし、適正試験や伝手を頼れば、騎士団入り自体は難しくないからだ。
だが父が名の通った騎士団長である上に、ディグマイヤー家の後継として相応の経歴が求められているのだ。幸いリーンハルトは運動神経は良く、剣技も好きだったので、年齢の割には高い実力を備えていた。
貴族院内において、ヴィローラ皇女の護衛を任された者はリーンハルトを含めて全部で4人。その4人は今、貴族院内の廊下を歩いていた。
「ここからは皇女様と一緒にお茶タイムかぁ」
「不満そうだな、アリゼルダ」
「えぇ!? 別にそんなつもりで言ったんじゃないって!」
アリゼルダ・ベルレイト。騎士科総合成績4位の女性貴族だ。
そしてやや高圧的な態度でアリゼルダを嗜めたのは、騎士科総合成績3位の男。ダンタリウス・ルングーザだった。
「ここで上手く皇女殿下に顔を売っておくと、貴族院を出た後に専属護衛として召し上げてもらえるかもしれんぞ? 何せ女性騎士という存在は貴重だからな」
「別に。私は騎士として大成したい訳じゃないし。騎士科の科目を選択しているのも、兄上に言われて仕方なくだし……」
「ふん。大した意識もなく、人に誇れる理念もない。そんな気持ちで騎士科を受けているばかりか、限定的とはいえ皇女殿下の護衛を務めるとはな。他のやる気のある者と変わった方が良いんじゃないのか?」
「……なにあんた。もしかして喧嘩売ってる訳?」
「俺が? お前に? おいおい、冗談はよしてくれ。お前と俺では喧嘩にすらならない。家格でどれほどの差があると思っているんだ」
雰囲気が悪くなっていくのを感じ取り、リーンハルトは溜息を吐いた。
「まぁまぁ。それより皇女殿下に、騎士科の実地研修について説明しないと」
「説明も何も、皇女殿下が良いと言えば行けるし、否だと言えば貴族院内で護衛任務だ。リーンハルト、お前まさか実地研修に行くことを前提に説明するつもりじゃないだろうな?」
「いや、俺は……」
どう言ったものか。親同士の因縁もあり、自分とダンタリウスは相性が悪い。そう考えていたリーンハルトだったが、そこでもう一人の女性が口を挟んだ。
「この実地研修は、帝都に住む民たちの安寧に寄与するものだ。そして騎士を目指す者として、帝都の治安維持に携われることは栄誉でもある。ヴィローラ様も行くなとは言うまい」
「臣下の身でありながら、皇女殿下のお考えを決めつけるのか?」
「ふっ……」
もう一人の女性……ディアノーラ・アルフォースはダンタリウスを一瞥すると、それ以上は何も話さずに前を向いて足を進めた。
ディアノーラは騎士科の総合成績1位にして、貴族院最強の名を欲しいままにしている天才剣士でもある。
そしてアルフォース家はゼルダンシア帝国において、長い歴史の中で代々帝国騎士の剣術指南役を務めてきている。
皇帝の剣として、多くの皇族専門の護衛騎士たちを輩出してきた武門の棟梁。家柄、実績、実力。全てにおいて最高峰の貴族である。
ダンタリウスはそれ以上ディアノーラに何も言えず、無言で廊下を歩いた。そうして庭園でくつろぐヴィローラの下へとたどり着く。ヴィローラの周囲には3名の女性護衛騎士が身を固めていた。
「ヴィローラ様。お待たせいたしました。これより御身を護衛するという栄誉を授かりたく思います」
「みなさん。申し訳ございません、それぞれご都合もありますのに。そろそろ貴族院内では自由にさせて欲しいと、お兄様に話しておきますわね」
「い、いえ、そんな……!」
4人はヴィローラの護衛任務を受けるまで、彼女とまともに話したことがなかった。
しかしこれまでヴィローラの周囲を固めていたルズマリア一派がなりを潜めていることもあり、以前よりもいくらか話しやすい距離感にはなっていた。
ある程度話が進んだところで、ディアノーラは口を開く。内容は騎士科の実地研修についてだった。
「実地研修ですか?」
「はい。騎士科の授業を選択している者の多くは、騎士団へと入団いたします。今の内から騎士団の仕事を手伝い、将来に向けて知見を広めようというものです」
近く始まる実地研修について、ディアノーラは説明をしていく。その途中でヴィローラの護衛騎士を務めているジークリットはああ、と声に出した。
「私もやりましたね。実地研修といっても、帝都の外には出ませんが。あくまで帝都内で、騎士団の仕事を手伝うというものです」
「そうなのですか。具体的には何をなさるのかしら?」
「兵たちと少人数の組を作っての巡回やお使い、それに荷運びなどですね。ただあからさまに騎士の恰好をしていては、平民たちを無駄に緊張させてしまいます。そこで時には平民の衣装に着替えて、身分を明かすことなく見回ったりもするのです」
ジークリットの話は、リーンハルトたちにとっても興味深いものだった。先輩騎士としてその話は勉強にもなる。そしてヴィローラも瞳を大きく輝かせていた。
「まぁ! 貴族街から出ますの?」
「ええ。昔は戦場視察の実地研修もあったと聞きますが、今は大きな争いはありませんからね。それに戦のある国境は、この帝都よりかなり離れた場所になります。ここ10年ほどは、帝都内での実地研修に収まっているのですよ」
しかしヴィローラがジークリットの話を聞いて瞳を輝かせていたのには理由があった。
(あの時、私たちを助けてくれた少女。彼女は帝都に存在するいずれかの組織に身を置いているはずです。これは……うまく利用すれば、彼女を探すチャンスになるのではないでしょうか)
ヴィローラの頭の中で、いくつかの計算が進む。
自分が貴族街を出るリスク。出た際に発生するコスト。少女を見つけられる可能性。そして平民が暮らす街を直接見てみたいという好奇心。
これらを加味した上で、結論が出るまでにそう時間がかからなかった。
「なるほど。その実地研修があるので、その間私の護衛が難しくなるという訳ですね」
「その通りです」
ディアノーラが淡々と答えるのに対し、ダンタリウスは口を挟む。
「いえ! 我らは皇女殿下の忠実なる僕でございます! 殿下がここに残り御身を護衛しろと申されるのでしたら、喜んでその様に努めます!」
しかしヴィローラはいたずらっぽく目を細めると、静かに首を横に振った。
「いいえ、それには及びませんわ。それより私、いつも貴族院内で貴重な時間を削って護衛してくれている皆さんに対し、申し訳なく思っておりましたの」
「いえ、そんな……!」
「そこで。私から皆さんの経歴に華を添える様な、そんな実地研修を送りたいと思います」
ジークリットは嫌な予感を覚え、額に薄く汗を流す。
「姫様。何を……」
「貴人にそうと知られず、ひっそりと護衛をする。これも立派な騎士の務めではなくて?」
「……まさか」
ジークリットはヴィローラの求めに応じ、帝都に存在する組織の情報をいくらか渡していた。そしてどこかの組織に所属しているであろう少女を探したいと考えていることも把握している。
そんな中、舞い込んだ帝都内での実地研修。ジークリットの中で嫌な予感が確信に変わった。
「まずはお兄様に話を通さないといけませんわね」
「……はぁ」
かくなる上は、皇子殿下が何とか止めてくれるのを祈るしかない。
しかしその皇子がヴィローラに甘いことを、ジークリットはよく知っていた。
「おうおう、どいつも良い面構えしてやがんじゃねぇか!」
「賞金は各々好きにしてええということじゃったのぅ」
「でもリストに記載されている賞金首が全員、この帝都にいる訳ではないんですよね?」
「そうかもだけどさー。私は何人かはいると思うな!」
「ああ。帝都で犯罪を犯した者も多く含まれている。何よりこれだけの人口だ。隠れるにはもってこいだろう」
中でも全員が注目していたのは、賞金500万エルクの怪物だった。凶悪な事件性はもちろん、目撃談による化け物の見た目にも強い興味を持ったのだ。
「ミュリアちゃん。俺たちがやるべき仕事って何かある?」
「アックスさんとガードンさんは夜から依頼のあった地区の見回りを。ロイさんはここでヴェルトさんの代行を。フィンさんとハギリさんは特に予定はありませんが、夜間はなるべくここ本拠地に居ていただきたいです」
「つまりロイ以外は街をぶらつく余裕があるって訳だ」
元々群狼武風にいた頃は、アックスはヴェルト隊の副隊長としてサポートをしていた。
だが帝都に来てからは、ロイがヴェルトのサポートをする機会が増えていた。
今もヴェルト不在の帝都において、ヴェルトの代行を任されている。
これはアックスが責任者の代行は面倒だと考えていたのと、ヴェルトがロイを管理職として教育したいという思惑が重なった結果であった。
「あ、じゃあさ! 誰が一番賞金を稼げるか勝負しない?」
「お! 面白そうだな!」
「この広い帝都で、いるかどうかも分からん賞金首探しか? 骨が折れるのぅ。……で、どういうルールでやるのじゃ?」
「参加者はヴェルトを除いた私たち5人! 20日ごとに集計を行い、一番稼いだ人が勝ち! てのはどう?」
フィンを中心に、ゲームのルールが出来上がっていく。ミュリアは凶悪犯罪者を、まるで景品の様に話す5人を見て若干あきれていた。
この数日で黒狼会の最高幹部たちが、自分たちとは少しずれた者たちであるという事には気づいていた。基本的に緊張感がないのだ。
しかし適当という訳でもなく、黒狼会の威光を庶民に振りかざすこともしない。むしろよく気を回している方だろう。近くで見れば見るほど、奇妙な集団にしか思えなかった。
「俺からも一ついいか?」
「なになに、ガードン」
「もしターゲットがバッティングした場合。最初に見つけた者が3割、捕まえた奴が7割でどうだ」
「つまりもしバッティングしても、見つけた者が最後まで面倒をみれば10割ということじゃな。わしは構わんよ」
「見失った場合はそいつの不手際、後から俺が最初に見つけたって言うのは無しだぜ」
ある程度ルールが固まったところで、ロイを除く4人は屋敷を出て行った。
「僕はヴェルトさんが帰ってくるまではお留守番ですね」
「……よろしいのですか? 賞金首探しなど、少し危険なのではと思いますが」
「ああ見えてみんな引き際はわきまえています。それに黒狼会としての仕事を放りだすことはないですよ。心配ないでしょう」
賞金首を探すとなれば、人が寄り付かない相応の地区や、他の組織とぶつかる可能性がある。
仮にも黒狼会の最高幹部に何かあれば、自分たちと懇意にしている住民や商人たちにも影響が出てくるのでは。
ミュリアはそういった意味で話したのだが、ロイには微妙に話が通じていなかった。
(6人の中では、ロイさんが比較的私たちに雰囲気が近いのですが。こういう危機管理意識は他の人たちとあまり変わりませんね……)
大商人の娘として育ってきたミュリアとしては、組織運営には慎重を期してほしいと思うのであった。
■
リーンハルト・ディグマイヤーは忙しい日々を送っていた。貴族院にいる間はヴィローラ皇女の護衛を務め、その合間を縫って自身も選択科目の授業を受けていく。
特に騎士団入りを目指すリーンハルトとしては、騎士科の科目は落とせなかった。
厳密に言えば、騎士科の科目を取らなければ騎士団に入れない訳ではない。貴族の全員が貴族院に通う訳ではないし、適正試験や伝手を頼れば、騎士団入り自体は難しくないからだ。
だが父が名の通った騎士団長である上に、ディグマイヤー家の後継として相応の経歴が求められているのだ。幸いリーンハルトは運動神経は良く、剣技も好きだったので、年齢の割には高い実力を備えていた。
貴族院内において、ヴィローラ皇女の護衛を任された者はリーンハルトを含めて全部で4人。その4人は今、貴族院内の廊下を歩いていた。
「ここからは皇女様と一緒にお茶タイムかぁ」
「不満そうだな、アリゼルダ」
「えぇ!? 別にそんなつもりで言ったんじゃないって!」
アリゼルダ・ベルレイト。騎士科総合成績4位の女性貴族だ。
そしてやや高圧的な態度でアリゼルダを嗜めたのは、騎士科総合成績3位の男。ダンタリウス・ルングーザだった。
「ここで上手く皇女殿下に顔を売っておくと、貴族院を出た後に専属護衛として召し上げてもらえるかもしれんぞ? 何せ女性騎士という存在は貴重だからな」
「別に。私は騎士として大成したい訳じゃないし。騎士科の科目を選択しているのも、兄上に言われて仕方なくだし……」
「ふん。大した意識もなく、人に誇れる理念もない。そんな気持ちで騎士科を受けているばかりか、限定的とはいえ皇女殿下の護衛を務めるとはな。他のやる気のある者と変わった方が良いんじゃないのか?」
「……なにあんた。もしかして喧嘩売ってる訳?」
「俺が? お前に? おいおい、冗談はよしてくれ。お前と俺では喧嘩にすらならない。家格でどれほどの差があると思っているんだ」
雰囲気が悪くなっていくのを感じ取り、リーンハルトは溜息を吐いた。
「まぁまぁ。それより皇女殿下に、騎士科の実地研修について説明しないと」
「説明も何も、皇女殿下が良いと言えば行けるし、否だと言えば貴族院内で護衛任務だ。リーンハルト、お前まさか実地研修に行くことを前提に説明するつもりじゃないだろうな?」
「いや、俺は……」
どう言ったものか。親同士の因縁もあり、自分とダンタリウスは相性が悪い。そう考えていたリーンハルトだったが、そこでもう一人の女性が口を挟んだ。
「この実地研修は、帝都に住む民たちの安寧に寄与するものだ。そして騎士を目指す者として、帝都の治安維持に携われることは栄誉でもある。ヴィローラ様も行くなとは言うまい」
「臣下の身でありながら、皇女殿下のお考えを決めつけるのか?」
「ふっ……」
もう一人の女性……ディアノーラ・アルフォースはダンタリウスを一瞥すると、それ以上は何も話さずに前を向いて足を進めた。
ディアノーラは騎士科の総合成績1位にして、貴族院最強の名を欲しいままにしている天才剣士でもある。
そしてアルフォース家はゼルダンシア帝国において、長い歴史の中で代々帝国騎士の剣術指南役を務めてきている。
皇帝の剣として、多くの皇族専門の護衛騎士たちを輩出してきた武門の棟梁。家柄、実績、実力。全てにおいて最高峰の貴族である。
ダンタリウスはそれ以上ディアノーラに何も言えず、無言で廊下を歩いた。そうして庭園でくつろぐヴィローラの下へとたどり着く。ヴィローラの周囲には3名の女性護衛騎士が身を固めていた。
「ヴィローラ様。お待たせいたしました。これより御身を護衛するという栄誉を授かりたく思います」
「みなさん。申し訳ございません、それぞれご都合もありますのに。そろそろ貴族院内では自由にさせて欲しいと、お兄様に話しておきますわね」
「い、いえ、そんな……!」
4人はヴィローラの護衛任務を受けるまで、彼女とまともに話したことがなかった。
しかしこれまでヴィローラの周囲を固めていたルズマリア一派がなりを潜めていることもあり、以前よりもいくらか話しやすい距離感にはなっていた。
ある程度話が進んだところで、ディアノーラは口を開く。内容は騎士科の実地研修についてだった。
「実地研修ですか?」
「はい。騎士科の授業を選択している者の多くは、騎士団へと入団いたします。今の内から騎士団の仕事を手伝い、将来に向けて知見を広めようというものです」
近く始まる実地研修について、ディアノーラは説明をしていく。その途中でヴィローラの護衛騎士を務めているジークリットはああ、と声に出した。
「私もやりましたね。実地研修といっても、帝都の外には出ませんが。あくまで帝都内で、騎士団の仕事を手伝うというものです」
「そうなのですか。具体的には何をなさるのかしら?」
「兵たちと少人数の組を作っての巡回やお使い、それに荷運びなどですね。ただあからさまに騎士の恰好をしていては、平民たちを無駄に緊張させてしまいます。そこで時には平民の衣装に着替えて、身分を明かすことなく見回ったりもするのです」
ジークリットの話は、リーンハルトたちにとっても興味深いものだった。先輩騎士としてその話は勉強にもなる。そしてヴィローラも瞳を大きく輝かせていた。
「まぁ! 貴族街から出ますの?」
「ええ。昔は戦場視察の実地研修もあったと聞きますが、今は大きな争いはありませんからね。それに戦のある国境は、この帝都よりかなり離れた場所になります。ここ10年ほどは、帝都内での実地研修に収まっているのですよ」
しかしヴィローラがジークリットの話を聞いて瞳を輝かせていたのには理由があった。
(あの時、私たちを助けてくれた少女。彼女は帝都に存在するいずれかの組織に身を置いているはずです。これは……うまく利用すれば、彼女を探すチャンスになるのではないでしょうか)
ヴィローラの頭の中で、いくつかの計算が進む。
自分が貴族街を出るリスク。出た際に発生するコスト。少女を見つけられる可能性。そして平民が暮らす街を直接見てみたいという好奇心。
これらを加味した上で、結論が出るまでにそう時間がかからなかった。
「なるほど。その実地研修があるので、その間私の護衛が難しくなるという訳ですね」
「その通りです」
ディアノーラが淡々と答えるのに対し、ダンタリウスは口を挟む。
「いえ! 我らは皇女殿下の忠実なる僕でございます! 殿下がここに残り御身を護衛しろと申されるのでしたら、喜んでその様に努めます!」
しかしヴィローラはいたずらっぽく目を細めると、静かに首を横に振った。
「いいえ、それには及びませんわ。それより私、いつも貴族院内で貴重な時間を削って護衛してくれている皆さんに対し、申し訳なく思っておりましたの」
「いえ、そんな……!」
「そこで。私から皆さんの経歴に華を添える様な、そんな実地研修を送りたいと思います」
ジークリットは嫌な予感を覚え、額に薄く汗を流す。
「姫様。何を……」
「貴人にそうと知られず、ひっそりと護衛をする。これも立派な騎士の務めではなくて?」
「……まさか」
ジークリットはヴィローラの求めに応じ、帝都に存在する組織の情報をいくらか渡していた。そしてどこかの組織に所属しているであろう少女を探したいと考えていることも把握している。
そんな中、舞い込んだ帝都内での実地研修。ジークリットの中で嫌な予感が確信に変わった。
「まずはお兄様に話を通さないといけませんわね」
「……はぁ」
かくなる上は、皇子殿下が何とか止めてくれるのを祈るしかない。
しかしその皇子がヴィローラに甘いことを、ジークリットはよく知っていた。
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